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同じ公園で、倭、朝熊と頓原が会ったのは、それより前であった。10時の約束を三人はきっちりと守ったのであった。
「頓原、最初に聞いておきたいが、今日のこの呼び出しはお前の一存か、それとも出雲の意志か?」
倭ににこにこと笑いかけていた頓原は、朝熊の問いにいやーな顔をした。
「全く、容赦ないね。俺の思いは判ってるくせに……。少しぐらいさあ、優しくしてくれても、罰は当たんないと思うけど」
そう言いつつ、はあーっと溜め息をついた。
「俺の一存です、はっきり言ってね」
頓原はGジャンのポケットに手を突っ込んで、真面目な顔になって言った。
「出雲全体の意志は、出雲だけで奈半利を消滅させようとすること。だが、他の一族と手を結ぶことが、それにとってプラスにならないだろうか、と俺は考えたわけさ。俺は自分たちだけでそれをしなければならないなんて、しょーもない考えを固持するつもりはないからね。まあったく、そうは思わないかい。少なくとも今、俺たちは敵対していないし、同じ相手を敵としている。ね、そうでしょ、倭おねーさん」
頓原の言い分に倭は頷いた。
「それで、伊勢と手を結ぼうと言うわけか」
「そう、そういうわけさ」
ふうん、と朝熊は考えた。確かに頓原の申し出は、歓迎すべきものではないか。奈半利を消滅させることは、伊勢の意志ではないが、だが、それをすることによって、透明の方を守ることに繋がると言えないことはない。
「いいだろう、頓原。お前の申し出は、我らにとっては悪いものではない」
「だが、他の出雲は伊勢と手を結ぶことを喜ばないのだろう。それはどうするんだ」
倭がそう問うた。頓原が肩を竦めた。
「まあ、それは俺がどうにかするさ。どう考えても、こうしたほうがいいのは判るだろうから。そこまでみんな、バカじゃないと思うからね。それより、俺から質問をしてもいいかな。俺は出来るかぎりのことは答えたつもりだよ。俺の質問にも答えてくれてもいいと思うんだけど」
頓原がどうかな、という表情で首を傾げる。そんな仕種は17歳の少年というよりは幼く見える。
「どんな質問だ。お前の今までの態度に、少しぐらい感謝を示してもいいかもしれないからな」
朝熊がニッと笑ってそう言った。頓原がニコッと笑った。
「じゃあ、お言葉に甘えて、質問しまーす。たった一つだけでいいんだ。彼は伊勢にとって何者?」
朝熊が僅かに眉をひそめる。
「彼?」
判っていながら、朝熊は問い返した。
「君たちのジョーカーだよ。布城崇。彼は何者なの?」
朝熊は頓原をジッと見つめた。
「他の一族のことは調べればすぐに判る、と言ったはず。では、彼のことも判っているのではないのか」
頓原はにこにこと笑った。
「彼のことは判らなかった。彼は伊勢の一族かい」
「そうであるとも言えるし、違うとも言える。ただ、布城崇の《力》が目覚めたとすると、彼は伊勢にとっては重要な人物となる。つまり、目覚めなければ、伊勢には全く関係がないのだ」
朝熊の答に頓原はふうんと頷いた。
「この答は気に入らないか」
朝熊の言葉に、頓原はポケットから出した両手を頭の上で組んだ。
「まあ、いいでしょ。とりあえず、今日の話はこれだけさ。倭おねーさん、このおとーさんをちょっと借りるよ」
「倭、私も頓原に話があるから、先に帰れ」
二人にそう言われて、倭は渋々ながら帰り始めた。帰ったふりをして話を聞こうと思ったが、二人の回りにはだだっぴろい芝生しかない。諦めて倭は帰った。
「で、どちらの話からする?」
頓原が芝生の上に座り込んで、朝熊を見上げた。朝熊はその隣に座って、お先にどうぞ、と無言で促した。
「あのさ、えっと」
と頓原は言い難そうに呟いた。
「何だ」
朝熊が頓原を見つめる。頓原がそれを見つめ返して、
「確かにいい顔してるよね。俺も顔はいいし、男同士であることを除けば、お似合いかもしれない」
とぶつぶつと呟いた。朝熊が何を言っているのか、という顔をしていた。頓原がキッと朝熊を見た。
「この間、俺にキスしたでしょ。気づかなかったのは俺の不覚だったけど、もしかして俺って、朝熊おにーさんの好みなの」
朝熊がきょとんとした表情で、頓原を見る。そしていきなり笑いだした。
「ああ、あのことか。頓原、それを気にしていたのか。お前が倭に手を出すからだ。ちょっと懲らしめてやろうと思っただけのこと。倭公認ならば私は何も言わないが、この間は、お前の不意打ちだったからな。それに、別に男同士が悪いと思っているつもりはないが、私はやはり異性のほうが好みだな。気にしていた、と言うことは、お前は私が好みだったのか」
頓原の頬にパッと赤みが射した。それを見て、朝熊は笑いを消すと、
「では、私のほうの質問だな。奈半利は何人いる。昨日、私を見たと言ったな。誰が奈半利か、お前は知っているのか」
と言った。
「まあね」
頓原はすでにいつもの表情になって頷いた。
「東京へ来ているのは、昨日おにーさんが相手をした祖谷、それから越知と檮原の三人。舐められたものだね、出雲も。たった三人で滅ぼすことが出来ると思われているんだから。いや、出雲だけでなく、伊勢、戸隠さえもすべて消滅させようと思っているのさ、奈半利は……。奈半利はそのために、布城崇を手に入れようとしているんだ。だが、まだ誰の手にもない。彼は未だね」
頓原はそこで一回言葉を止めた。
「不思議だと思わない? 奈半利は何故、未だに布城崇に手を出そうとしないのだろうか。一番最初に布城崇に目を付けていたのは、奈半利なのにね」
「頓原、お前はずいぶんいろんなことを知っているんだな。感心するほどに物知りだな」
朝熊がそう言うと、頓原はまあね、と笑った。
「まあ、ともかくも私たちはお互いに手を結んだのだから、一時的な仲間ということだな。倭のことについては許すつもりはないが、他のことについてはまあ協力しよう。倭のことがあるから、あまり気に入らないがな。頓原、この間言ったことは冗談ではない。倭には手を出すなよ」
頓原が首を振った。
「しかたないね、朝熊おにーさんの邪魔はしないように気をつけるよ。でも、倭おねーさんが俺のことを気に入った時は、別にいいでしょ。ねえ、おとーさん」
朝熊は頬をピクリと動かして、だが笑った。
「倭がお前を気に入ることはないさ。倭の一番嫌いなタイプだよ、お前は」
「そーかなー」
頓原が立ち上がりながら呟いた。
「ま、とりあえずは、今日は別れましょうか。朝熊おにーさん、連絡はあなたにするようにするよ」
当たり前だ、という表情で朝熊は立ち上がった。
そして、二人は別れた。
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