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 オレンジの髪は本当に目立つ。それが自分に近づいてくるのに気づいて、潜戸は思わずどうしようと思った。オレンジ色の髪が珍しくて、ジッと見つめていたのを気づかれたのだろうかと、潜戸は顔を伏せた。短く切った髪の毛は軽くウェーブかかって、そよ風に揺れている。銀行の制服を着た潜戸は、昼休みに一人で公園のベンチに座っていた。
「あの、すんません」
 そのオレンジ色の髪は、潜戸のすぐ前に立ち止まった。はい、と潜戸が顔を上げた。
「出雲五真将の潜戸やね。奈半利の越知の炎の舞を見せてやるわ」
 ハッとする暇もなかった。潜戸は紅赤の炎が己を包むのを、ただ受け入れるしかなかった。出雲五真将と名乗るにふさわしい五真将は、仁多と頓原しかいないのだ。他の三人は僅かに他の出雲よりは、《力》があるとしか言えない。越知はその髪の毛を炎の色に染めて、潜戸を見つめていた。
「奈半利の越知……出雲は、決して奈半利を許しはしない」
 崩れゆく体を感じつつも、潜戸は越知を睨み続けた。越知は楽しそうに笑った。
「出雲五真将など、名乗るのもおこがましい奴。確か、出雲は風水師。お前もそれを操れるんやろ。僅かなりとも、反撃して欲しかったな」
 青い瞳でウィンクしておいて、越知は手を振った。潜戸を包んでいた炎が小さくなってやがて消えた。越知はそれを見ることなく、潜戸から背を向ける。潜戸はベンチに座ったままの姿であった。燃えたような形跡はないが、焼死であった。これで、出雲五真将の一人が消えた。出雲がその穴を埋めないかぎり、とりあえずは五真将は四人になった。
 オレンジ色がふわっと揺れる。いきなり、越知が膝をついたのだ。そのまま越知が振り向く。越知を見つめているのは、上下のスーツを着て純白のネクタイをし、銀縁の眼鏡をかけた青年。胸ポケットから形よく覗いた青丹のハンカチが、絹の光沢を放っていて、この青年の洒落っ気を表していた。いいところのお坊ちゃん、という印象をまず持たせる。
 越知がゆっくりと立ち上がった。青年は眼鏡を少しずり上げた。
「出雲五真将の船通」
 と青年は名乗った。越知は手櫛で髪をすくと、
「奈半利の越知」
 と名乗り返した。二人はそのまま、無言で見つめ合っていた。
「私の《力》はあなたに効かないようですし、あなたの《力》も私に効かないようですね。私たちがやりあうのは、浪費の限りということです。お互いに他の者を向かわせるのが適当だと考えますが、いかがですか」
 船通はそう言って、越知の答を促した。越知は24歳、船通は21歳だが、明らかに船通のほうが年上に見える。その姿とその落ち着きと。
「そうやね」
 越知は短く答えた。船通は頷くと、足元に置いてあったスーツケースを手に取った。その姿は、どうひいき目に見てもエリートサラリーマンであった。
「潜戸のことについては、何も言わないことにしましょう。確かに、出雲五真将を名乗るのが間違っていたような人でしたから。私の姉であるというだけで、五真将を名乗らされていたのですよ、この人は。ですが、出雲五真将みなが、潜戸のように《力》が弱いわけではありませんからね。残念ですよ、私の手で姉の仇を取れないということは……」
 船通は軽く越知にお辞儀をすると、立ち去っていった。越知はその背を見えなくなるまで見送っていた。越知は残念に思っていた。相手が船通でなければ、出雲五真将のうちの二人を今日のうちに始末することが出来たのに……。越知はチッと舌打ちをした。
(でもしゃーない。きっと相手もそう思っているはずや)
 越知の《力》は炎。そして、船通の《力》も炎であった。それが、熱いものと冷たいものとの違いではあっても。その正反対の《力》のため、相手に致命傷を与えることが出来ないのだ、お互いに。それを互いに気づいたから、何もしないまま別れたのだ。
 越知はジャケットのポケットに手を入れた。そして歩きだす。口笛を吹きながら、オレンジの髪の毛を揺らしながら。


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