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朝熊の帰りを待っていたのは、もちろん倭であった。倭は朝熊の疲れたような姿を気にしないでもなかったが、頓原のことのほうが気になっていた。
「実はな、頓原に会った」
朝熊の頬がぴくっと引きつる。
「出雲五真将の一人として、伊勢に話があるそうだ。朝熊と一緒に話を聞いて欲しいと言っていた。帰ってきたら、この番号に電話してくれということだった。どうする、朝熊、話を聞いておいたほうがいいよね」
朝熊がほう、と考え深げに腕を組んだ。
「出雲五真将の一人として、伊勢と話をしたいって? それは、頓原が出雲の意志として言っているのか、それとも、頓原が一人の考えとして言っているのか。さて、どちらだろうな。しかしどちらにしても、話を聞いてみないことには始まるまい。私がかけてみよう」
朝熊は倭から、メモを受け取ると電話をかけた。一コールで相手は出た。
「朝熊おにーさん、明日、10時にこの間会った公園で待ってるよ。もちろん、倭おねーさんも一緒にね」
朝熊が何も言わないうちに、頓原はそう言った。
「頓原、一つ聞きたいのだが、それはお前の意志か、それとも出雲全体の意志か?」
朝熊の問いに、頓原はすぐには答えなかった。呼吸する音さえ途切れた電話の向こう側の様子に、朝熊は電話が切れたのか、と思った。だが、クスクスと笑いが零れてくる。
「慎重だね。さすが、朝熊おにーさんだよ。それも明日話しましょ。そうそう、さっきおにーさんの姿をちらっと見ちゃったんだけどね、俺。相手はもしかして、俺たちの狩りの相手かな」
朝熊はギュッと受話器を握った。
「ま、とにかく、電話じゃなんでしょ。明日、待ってるからね」
と頓原は言うと、電話を切った。朝熊はすぐには受話器を置かずに、何かを考え続けていた。
「朝熊……どうしたんだ」
倭が声を掛けて、やっと朝熊は受話器を置いた。
「明日、10時に公園で会うことになった」
朝熊はそう言って、倭に向かって笑った。
「倭、話はその時だ」
倭は頷いて、それから朝熊に問うた。
「ところで朝熊、お前が尾けていた女は、何者だったんだ」
朝熊はぴくっと頬を動かした。
「奈半利の……祖谷という女らしい。逃してしまった」
ポツリと朝熊は言って、倭に背を向けた。倭はその後の質問を出来なかった。全く何も言えなかった。朝熊はそのまま黙って外へ出ていく。倭は困った顔をして、しかし何も出来なかった。明日の朝には、いつもの朝熊に戻っていることを期待することしか出来ないのだ。
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