「頓原!」
 と言う叫び声と、頬を叩かれたのが、同時のように頓原には思えた。パッと目を開いて、それが斐川によって行われたのに気づくと、
「痛いじゃないか」
 と起き上がった。
「何よ、その言い方は。私が心配して様子を見に来たら、無様な恰好で気を失っているじゃない。せっかく助けてあげたのに、その言葉はないんじゃない」
「心配? お前なんかが俺を? もしかして、お前って俺に気があるのか」
 斐川の眉がきりりと上がる。
「出雲五真将の一人として言ってるのよ。どうせ、私なんかに助けられたのが、不本意なんでしょうけど、五真将1位の座にあるものとして……。でも、真実ですからね」
 斐川の鼻で笑った音が、頓原の気に障った。ムッとする頓原に、斐川は追い討ちを掛けるように、
「それに、男とキスをするなんてね。頓原って、その気があったのね。相手の男も顔はよかったし、あんたもその筋に向いてる顔だし」
 とそう言いつつ、クスクスと笑って去っていった。頓原は斐川の背を見送りながら、さきほどの唇の感触が嘘ではなかったことを再認識させられた。
(でも、何故?)
 ということには、頓原の思考はいかなかった。少なくとも今のところは。それ以上に衝撃を受けていたからであった。


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