「やれやれ、ホントに忠実なお守り役じゃん。倭おねーさんのおとうさん、みたいだね」 頓原がまた肩を竦めて言った。倭はその言葉をまた心の中で笑った。 「さっきの続きだが、出雲の《力》とは?」 邪魔者がいなくなって、嬉しそうにしていた頓原は、その余韻を瞬く間に消されて泣く真似をした。 「はあー。やっとまた二人きりになれたのに、少しぐらい静かな時を過ごしたいと思わない?」 「好き好んで二人きりになったわけではない。話す気がないのなら、帰るぞ」 「しょうがないなあ。出雲は風水師さ。自然の力を利用しての《力》。すべての出雲が使えるわけではないけど、出雲の一族ならば、一つだけは少しだけならみな、《力》があると言ってもいい。五真将を名乗れるのは、完全に風水師である者だけ。五真将と同じような《力》がある出雲の一族は、宍道だけ。王族が五真将になれない決まりさえなければ、五真将1位の座は、宍道になっていたのさ。つまり、宍道は王位継承者、王の木次がもうそう認めているから、実質的な出雲の王ということかな。おっと、これは五真将以外のことだった」 わざとらしく手を口に当てて、頓原は言葉を切った。 「風水師……か」 自然の力を利用する、風水師。倭はその名だけは聞いたことがあった。だが、実際に出会ったことはなかったし、その《力》を見たこともなかった。倭が見たことがないのは、当たり前であろう。伊勢には風水師はおらず、倭は伊勢の一族以外の者を見たことがなかったのだから。 「まだ、何か聞きたい?」 頓原が人懐っこそうな笑顔に戻って言った。 「何故、出雲五真将が、私たちに干渉してくる。お前が、でなくて、出雲五真将が、だ」 倭は前もって茶化されないように釘を打っておいた。 「干渉? それは、きっとお互いにそう思っているんじゃないのかな。俺たちが東京に来たのは、もちろん宍道の命令で、奈半利の一族を消滅するためだよ。伊勢に対して、何か意趣を含んでいるわけじゃないのさ。きっと伊勢もそうなんだろう。お互いのカードを見せ合ったほうがいいんじゃない? 俺の見たところ、ジョーカーが誰の手にもない。だから、誰も勝つことが出来ないんだろ。お互いのカードが判ると、協力することも可能だと思うけど?」 倭は思わず頓原を見つめ直していた。この少年は、倭に重大な申し入れをしているのだ。これは、頓原を見直す重要なきっかけになった。しかし、かといって、じゃあ、札を開きましょうか、ということは出来なかった。少なくとも、朝熊に相談をしなければならない。そして、倭はまだ、頓原を信用しきっているわけではなかった。 「まあ、このことは、おとーさんとよく相談したら? 他に出雲五真将について聞きたいことがあった?」 「いや、今はこれで充分だ」 倭はそう言ってから、ハッとさきほどの条件を思い出した。頓原は何も言わない。倭は一つ息を吐いて、 「約束は、守る」 と言って、頓原の頬に唇を近づけた。その瞬間に倭は目を閉じたのだが、後になってそれをしごく後悔する羽目になった。頓原は、自分の頬に近づいてきた倭の唇に、頭を動かすと唇を重ねた。倭が目を開けて、パッと離れる。あまりの怒りと後悔に何も言えない倭に、頓原は笑いかけて、 「油断禁物でしょ、倭おねーさん。でも、俺にとっては嬉しいかぎり。じゃ、またデートしましょ」 と言いつつ去っていった。倭は呆然とブランコに座り続けていた。 頓原は、しかし、またもやその余韻を消されることになった。倭の視界から外れた途端に、頓原の目の前に降って湧いたように朝熊が現れたからだ。 「や、やあ。お元気?」 それでも頓原はその顔に笑みを浮かべたまま、しかし気の抜けた挨拶をした。朝熊が黙ったまま、頓原のほうへ一歩近づく。押されるように、頓原は一歩下がった。 「お前の目的は、何だ」 静かに朝熊が問う。頓原は、垣根に背をぶつけた。朝熊の顔が、頓原のすぐ側に近づく。 「俺は、おねーさんたちの素性を調べるのが、目的だった」 朝熊の左手が、やんわりと頓原の首に巻き付く。締めつけられているわけではないのに、頓原は息苦しさを感じていた。 「ならば、目的は達したはず。二度と倭の前に現れるな」 朝熊の顔がさらに近づいて、頓原にそう言った。朝熊の頓原の首に巻かれた左手に力が込められて、頓原は気を失った。その途中に、自分の唇に何かが触れたような気がしたのは、きっと気のせいだろう、と頓原は思っていた。
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