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 奈半利の王国。
 出雲、伊勢、戸隠の一族から離反した人々が作ったのが、奈半利の王国であった。他の三つの王国が、日本地図の通りに実在するのに較べて、奈半利はその場所を隠蔽していた。
 奈半利の王は魚梁瀬といった。年齢は44歳。三つの一族の王よりもずいぶん若かった。他の一族が王の後継者を決めるのに、血筋を主とするのに対して、奈半利は《力》だけがすべてであった。つまりは、魚梁瀬が奈半利での一番の《力》の持ち主ということであった。魚梁瀬は結婚しているが、子供はいなかった。
 魚梁瀬は僅かに残った髪の毛を名残惜しそうに撫でていた。その前には、一人の男がいる。名を物部、30歳の魚梁瀬の従弟であった。
「物部、どうやら今度が、年貢の納め時かな」
「どちらの、でございますかな」
 物部が笑いもせずに言った。魚梁瀬はフフフッと笑った。
「出雲の者どもは、どうやら早死にしたいらしい。出雲五真将など、数を合わせただけの者がほどんどだ。我らの足元にも及ばまい」
「確かに……」
 物部が膝を組んで軽く頷いた。
「だが、何故、出雲は今になって我らを消滅させようとするのだろうか」
 魚梁瀬は物部から目を逸らして、窓の外を見つめた。
「別に今に限ったことではない。ただ、今までは、我らがその場所を秘めていたからな。出雲は最初から、奈半利を許せなかったのだ。何故なら、奈半利のほとんどが、出雲からの離反者で占められていたからな。私もお前もその血を引いているし」
 魚梁瀬が物部に視線を戻した。
「魚梁瀬、この場所が見つかったということか?」
「いや、それは違う。ここは見つかることはない」
 魚梁瀬はそう自信たっぷりに言って、フッと真面目な顔になる。
「東京での我らの行動が出雲の目に触れた、ということだな」
「ほう」
 物部が魚梁瀬をチロリと見る。表情はほとんど変わらない。
「では、布城崇に目を付けていることを気づかれた、ということか」
「まあ、そういうことだな。この際だから、こちらも本気で考えるとするか」
「やはり本気か。出雲だけでなく、伊勢、戸隠さえも滅ぼすつもりなのか。出来ると思っているのか」
 声にも表情を見せず、物部が問う。魚梁瀬がニヤリと笑った。
「出来る、と確信している。但し、という前提がつくがな」
「それが、布城崇……ということか」
「そういうことだ。まずは、布城崇を手に入れることが第一目的だ。東京の連中が巧くやってくれることを願うだけだ」
 魚梁瀬が少し表情を動かして言った。そうなのだ。崇を手に入れないことには、すべてが始まらないのだ。
「巧くやってくれるかな、檮原たちは……」
 呟くように、物部が言った。


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