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倭と朝熊は、夜道をホテルへと向かっていた。
伊勢を出てから、すでに半年が過ぎている。
ふいっと倭が何気なく朝熊のほうを見た。朝熊が首を振る。二人の前に出てきたのは、倭と同年ぐらいの少年であった。人懐っこそうに笑っている。素肌の上に直接Gジャンを着て、色を合わせたGパンを履いていた。
「あんたたち誰?」
顔に似ず、不遜な口調で少年は言った。服装さえそうでなければ、秀才タイプに見えないことはない。倭は立ち止まった足を再び動かした。少年はすっと倭の目の前に立ち塞がった。
「ねえ、おねーさん、俺たちの邪魔をしないで欲しいな。おねーさんって、結構美人じゃん。まるっきり俺の好みなわけ。おねーさんが俺たちの邪魔をすると、俺はおねーさんに立ち向かわなければならないじゃん。そーなると、俺としては不本意ながら、おねーさんを倒さなければならないわけさ。そーゆーことは、俺の趣味に反するから、俺たちの邪魔をしないって言ってよ、ねえ、おねーさん」
少年の軽い口調に倭は目を細めた。馴れ馴れしい口調と態度、朝霞もそのタイプなのだが、少なくとも倭に対してはそういう風にはしていない。倭はこのタイプが嫌いなのだ。
「何のことだ」
倭は冷たく言うと、少年を無視して朝熊を促した。朝熊は何も言わずに、倭に従う。立ち去ろうとする二人を、少年は今度は言葉で止めた。
「俺は、出雲五真将の一人、頓原。17歳のいたいけな紅顔の美少年、恋人は今のところ募集中でーす。ちなみに、ほんとに、おねーさんって俺の好みなの。今後ともお付き合いしたいなあー」
最初の言葉には二人は反応したが、その後の言葉で張り詰めた緊張を解かされてしまった。
(あまりにも、軽い……)
倭は思わず頭を抱えた。
(こんな奴が、出雲五真将の一人なのか)
そう思って、改めて頓原と言った少年を見ようとしたが、ハッと殺気を感じた。それは頓原のほうから向かってきたのだが、倭の前に立ち塞がった朝熊によって、それはそれを放った本人に返された。
「やるのか」
ポツリと朝熊が言った。今までずっと無言だった朝熊が口を開いたのだ。
「まっさかー」
頓原は返されたそれを避けておいて(ちなみにそれは後ろの木を折った)、手を振った。
「相手の正体も判らないままに、やるわけないじゃん。今のはほんの冗談だよ、おにーさん。でもとりあえずは、俺たちと同じような《力》を持っているっていることが判ったからね。ところで、俺は、ちゃんと自己紹介したよ。だから、おねーさんの名前も知りたいな」
にこにこ笑って頓原は言った。朝熊は相手の言ったことが嘘ではなかったのでそれ以上は追求しなかった。
「でも、お前の言っていることが、真実かどうかは判らない。お前が出雲五真将など、あまり信じたくはないな」
倭はそう言って、それでも、
「私は倭、彼は朝熊だ」
と付け加えた。とりあえず、相手は自分の名を言ったのだ。それが、本当かどうかは本人しか判らない。だが、名を名乗ったことに対する礼儀というものを、倭は無視することが出来なかった。
「倭か……。おねーさんにぴったりの名だね」
頓原の前にいると、話が終わらないような気がして、倭は無視して立ち去ることに決めた。朝熊は何も言わずに、倭に従う。
「また、会えるみたいだね、倭おねーさん。楽しみだなあ」
頓原はそう言って手を振っていた。だが、すでに背中を見せていた倭と朝熊はそれを知らなかった。
「本当に、頓原の趣味が抜け出たような女ね」
頓原がすっかり見えなくなった二人を見送って、くるりと踵を返した時、目の前に立った女がそう言った。
「何か用か」
頓原がいきなり不機嫌そうになって女を見た。
「頓原、あんた、自分の使命を忘れたわけじゃないでしょうね。あんたがしなければならないことは、あの二人の正体を探ることでしょう。あんたが相手に正体をばらしてどうするのよ。全く、だいたいあんたがこの使命を受けた時から、こんなことになるんじゃないかと思っていたわ。仁多もとんだ計算違いをしたものね」
「斐川、言いたいことはそれだけか。自分が仕事を貰えないからと言って、俺に当たるのはお門違いってもんだよ。まあったく、困ったもんさ。同じ出雲五真将を名乗っている者として、お前のような者がいることが許せないよ。そんなお前が、俺に説教しようってんだからね。世の中狂ってるとしか言えないじゃん。あーあ、仁多の計算違いは、きっと出雲五真将が五真将足らない、ということだよね」
頓原がお手上げだー、という恰好でそう言った。斐川と呼ばれた女は、眉をきりりと上げたが、何も言わずに頓原の前から姿を消した。頓原はフン、と言って歩き始めた。
「斐川もあれで、結構美人なのになあ……。ひがみっぽいから困るんだよね」
と頓原がぶつぶつ呟いて、石を蹴った。
斐川は19歳。長かった髪を今はばっさりと切って、襟足に届くぐらいにしていた。見様によっては美人かな、という程度で、年よりも上にいつも見られていた。
出雲五真将のうち、頓原が一番若く、次いで斐川であった。仁多が一番年上で、と言っても27歳であるが。あと二人は、船通21歳と潜戸24歳、それが現在の出雲五真将であった。
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