倭が弓道場へ向かったのは、崇を見たかったこともあるが、彼女にとって弓道というものが、武道の中では一番気に入っているものだからである。
 弓を引く時、その間には自分と的しかない。他者が決して立ち入ることの出来ないこの静かな武道を、崇は倭以上に気に入っているようであった。そして、崇のほうも相手からそう思われているようであった。
 崇が練習していたのは、遠射であった。他には遠射をやっている者はいなかった。たまたま崇の隣があいていたから、というのも、倭が弓を引いた理由ではあったが、何より、崇の腕前が倭が今まで見た中でも一番のような気がしたからだ。
「お相手願いたいな」
 崇が一息いれていた時、倭はそう切りだした。崇が倭に視線を向けて、あ、と声を出した。
「君、昨日の……」
 駅のプラットホームで自分に視線を向けていた美少女が現れたのだ。崇は驚いた。
「ここの学生だったのか」
 倭が陬生学園の制服を着ていることで、崇はそう言ったのだが、倭はかなり間の抜けた台詞だと思った。
 やがて静かな道場に、ときおり、的を打ち抜く音が響いた。
 しばらく後に、倭と崇はお互いに満足げにその試合を終えた。僅かに倭のほうが結果は良かったとはいえ、崇の腕前も一流であった。崇はそれで良かったが、倭は崇の前から去ってから、ハッと朝熊に叱られることを覚悟しなければならなかった。
 そして、朝熊が朝霞といるところを目撃したのだった。


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