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陬生学園。
中等部と高等部の間に、カフェテラスがある。その一つのテーブルに、倭と朝熊は座っていた。何故か倭は制服を着ていた。今朝、朝熊に渡されたものを、最初は嫌々ながら、しかし、着てしまうとすっかり気に入っているようであった。伊勢の王国では学校というものはあっても、制服という概念がない。元々そういうものがあることを知らないので、別段憧れていたわけでもない。だが、昨日学園の中を歩いていた倭の目に、違う世界の雰囲気に触れたいという気持ちがあったのだろう。朝熊はそんな倭の気持ちを察して、黙ってその制服を渡したのだった。
陬生学園に来たのは、もちろん、崇を観察するためであった。昨日はとりあえず、学園内を歩き回って、地理を確かめたに留まったが、今日は崇を見つけるつもりであった。このカフェテラスにいるのは、高等部の学生が弓道場へ行くためには、必ずここを通るからであった。
倭はティーフロートのスプーンをくるくると回していた。
「そろそろかな」
倭は待ちくたびれたような口調で言った。朝熊は答える代わりに、いきなりガタッと立ち上がった。
「どうした、朝熊」
倭は朝熊の視線の先を見る。崇がやってきていた。そして、その隣には朝霞。
カフェテラスには他に何人かの客がいたが、その注目先は倭たちであった。当然、朝熊が立ち上がったところも注目されている。それに気づいて朝熊は座った。だが、視線は崇たちに注がれたままであった。
朝霞がチラッとこちらを見たが、すぐに視線を外して崇とともに二人の視界からじきに消えた。
「朝熊、どうしたんだ」
視線をグラスに戻したまま、無言の朝熊に倭は心配そうに言った。朝熊がハッと気づいて、
「いや、何でもない。似ている人に見えたから。よく見たら違う人だった」
と笑って言った。倭はホッとして、
「そう、それならいいんだが」
と言った。
(何故、戸隠が出てくるんだ)
朝熊の心の中はその思いで一杯であった。朝霞が戸隠であることを知っている朝熊なのであった。
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