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 阿品とは人の固有名詞ではない。たとえば、後月や流水たちの総称が巫覡であったように、阿品は、その巫覡たちを守る祭司の役職名と考えればよかった。
 王は、伊勢の王祖の長男の子孫、巫覡は三男と長女の子孫、阿品は、二男の子孫であった。巫覡に直接に会えるのは、阿品はその役目柄もちろんだが、あとは、王のみであった。
 現在の阿品は、芳養より20歳若い高屋であった。5年前に先代の阿品が若くして亡くなったので、阿品にしては若かった後継者が継いだのだった。
 祭司という役目柄、王と阿品はいちおう同格のように扱われていた。
「これは芳養様、わざわざのお越しでございますね。何かこざいましたか」
 高屋は33歳の阿品。髪の毛を剃る必要はないのだが、高屋は好んでスキンヘッドにしていた。黒に見えそうな濃い紫色の服を着ている。がっちりとした体格で、顔も男らしい。そのせいか、女性によくもてるようで、高屋自身もその誘いを無下にはしなかった。それを知った芳養が、
「阿品の血で、伊勢は覆い尽くされるのではないか」
 と言ったところ、高屋はしたり顔で、
「そんなヘマはしません」
 と言ったという。その真偽のほどは判らないが、高屋はまだ妻子ともいなかった。
「巫覡のことだ」
 芳養の言葉に、高屋は椅子に座るように促した。
 巫覡が亡くなったことを知っているのは、高屋をいれて4人であった。芳養と倭、朝熊は必然的に知ってしまったが、高屋には芳養が伝えた。高屋はその時、驚きはしなかった。まあ、それは当たり前かもしれない。巫覡に一番接していたのは、阿品なのだから。
「枝下に何か言われたか、高屋様」
 高屋は、
「ええ」
 と頷いた。
「巫覡がいないことを?」
 芳養が驚いて高屋を見つめた。高屋は首を振った。
「いいえ、私が枝下殿に言ったのは、巫覡の1代目のことです。次代の王としてそれを知っていてもおかしくはないはず。それが何か?」
「高屋様は、枝下が次代の王としてふさわしいと思っておられるのか」
「芳養様は、枝下殿がふさわしくないと思っておられるのですか」
 二人はお互いに見つめあった。やがて、芳養が首を振った。
「私は、倭に王位を譲りたいと思っている。安芸様の血を引いており、透明により近い勾玉の持ち主であり、何より、巫覡が気に入っていた」
 高屋は腕を組んだ。
「芳養様、それは少し違います。巫覡が次代の王としたかったのは、透明の勾玉の持ち主の方。倭を御前に呼んだのは、倭しか透明の方を探し出せる者がいなかっただけのこと。倭に次代の王がふさわしかったからではありません。倭は伊勢にとってみれば、都合のいい《力》の持ち主だった、ということです」
 芳養は一言も反論出来なかった。高屋の言うことは真実だったのだ。
「ただ、伊勢の行末が、倭の肩にかかっているということは言えるでしょうけどね。何とも重い宿命を持って生まれてきたことか。それを倭だけが知らないのです」
 高屋は首を振った。重く。
「芳養様、次代の王位のことに心を惑わされるより、倭のことをまず見守りましょう。それしか、私たちに出来ることはないのですから……」
「そうだな」
 芳養の言葉は重く響いた。


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