(美少女だ。前髪は下ろして、長い髪をポニーテールにしている。少し目がキツイのが難点かな)
 崇はそう思った。
 さきほどから視線を感じていたのだが、無視していた。
 高校生の男子としてはそれほど背は高くもなく、ついでに顔のほうは童顔とも言える顔立ちであった。中学生と間違えられるのならまだ我慢できるが、時には小学生に思われることもある。持って生まれた顔なのだから、しかたないとは思っているのだが……。
 そして、崇はそのほうを見た。そして思ったのだ。
(美少女だ)
 彼女は、プラットホームの柱の側に立っていた。崇と目があっても見動ぎもしなかった。
(あれ?)
 と崇は視線を外しかけて、また戻した。そして首を傾げた。
(気のせいか)
 彼女の額で何か光ったような気がして見直したのだが、何も見えなかった。離れているとはいえ、崇は視力はいいほうであった。崇は少女が気になったが、入ってきた電車で帰路についた。電車の揺れに身を任せていた崇は、もう一駅で下りる駅だ、とふと思った時、
「あの」
 と声をかけられた。振り向くと青年が立っていた。髪は五分刈りにして、プリント柄のシャツにGパン、少し太めの体格だが、身長は崇と同じぐらいであった。
「あなた、布城崇くんですね」
「え?」
 自分の名を呼ばれて、崇はマジマジと相手を見つめた。年は二十前半というところだろうか、少なくとも崇には全く見覚えがない顔であった。
「あの、あなたは?」
 崇は町を歩いているとよく宗教絡みの声をかけられる。性格もそうだが、外見もおっとりしていて、話しかけられやすいようだった。崇はまたその関係か、と思った。ただ、名前を知っていることが解せなかった。
「下りないんですか」
 青年は開いたドアを指さして言った。いつの間にか、崇の下りる駅についていた。崇はホームに下りて、人々が改札を抜けるのを待った。
「あなたは誰です? 何故、僕の名前を知っているんですか」
 青年は崇を見つめたまま、
「布城くん、あなたは命を狙われています」
 と真面目な顔で言った。
(参った)
 と崇は思った。無視してさっさと帰ればよかったのだ。この手の人は、思い込んだら他人までも引き入れようとする。そのパワーには感服するが、係わり合いにならないほうが一番良かったのだ。ふう、と溜め息をついて、崇は歩きだした。とにかく家に帰ろう、と思ったのだ。案の定、青年はついてきた。
「私の言うことを信じていませんね。でも、これは真実なのです。そして、私たちはあなたの身を守り、相手を倒します」
 無視されていると判っているはずだが、青年は崇の隣を同じ歩調で歩きながら、喋り続けていた。
「布城崇、1984年3月5日生まれ。出生地は東京。小、中と公立の学校に通う。現在、私立陬生学園高等部1年A組。1学年597人中席次は3位以内。中学から弓道を始めるが、その上達ぶりは天賦の才があったとしか思えないほど」
 ゾクッと崇は背を震わせた。思わず足を止めて、青年のほうを見る。
「何? 僕の素行調査?」
「いいえ、私はただあなたの身を守るのが役目なのです。あなたのことは何でも知っています」
 そこまで言っておいて、青年はふと思いついたように、
「私は出雲大社の命を受けた、仁多という者。あなたの護衛です」
 と名乗った。崇はさらに当惑顔になった。
 仁多と名乗ったその青年の目は真剣そのもので、冗談を言っているとか、あるいは、少しおかしいのではないか、と思わせるようなところが微塵もない。それだけに、崇は無言で仁多を見つめることしか出来なかった。
「さきほど、あなたを見つめていた男女。私と同じような匂いがしました。もしかすると、敵かもしれません。でも、心配することはありません。私の《力》は出雲の中でも五指に入るほど。あなたの身に触れることすら叶わないでしょう」
 自信ありげな笑いを浮かべて仁多は言った。崇はいきなり走りだした。
(やはり、係わり合いにはならないほうがいい)
 と思ったからだ。家までは走れば1分余りであった。あれだけ崇のことを知っているのだから、住所も知ってて当然、とは思ったが、まさか、家の中まで入ってくるわけはないだろうと考えて、走りだしたのだ。しかし、仁多は追ってこなかった。駆け込むように家に戻ると、崇は玄関先にへたり込んだ。
「さいってー!」
 何か、今日という日は、どう考えてもいい日だとは思えなかった。荒い息を弾ませながら、崇は吐き捨てた。朝霞には逃げられるし、美少女には見つめられるし、あげくの果てには、わけの判らない男に声を掛けられた。入学式以来、崇は美少女に少々、辟易していたのだ。

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