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 東京。
 倭と朝熊はやってきた。
 梅雨の最中だが、今年は空梅雨であった。いつ明けてもおかしくないぐらい、すでに本格的な夏がやってきたと言える頃であった。
 倭は生成りのTシャツに草色のベスト、七分丈のジーンズで、長い髪はポニーテールにしていた。青藍のリボンで髪を留めている姿は、どこからみても美少女であった。
 朝熊は黒でまとめた服装で、ついでのように黒い帽子も頭に乗せている。朝熊は顔立ちはもちろんだが、また違う意味でよく目立っていた。
 勾玉は、それを持っている者にはそれが見えるが、普通の人間には見えない。だから、倭と朝熊が額につけてある勾玉は、ここにいる誰にも見えないはずであった。
「なんて人が多いんだ」
 倭は口の中で呟いた。二人とも人々の注目を浴びているのに気づかないように、その波を見つめていた。
「とりあえず、戻ろうか」
 朝熊が倭を促した。朝熊は倭を人に馴れさせるために、しばらく、人込みを選んで過ごしていたのだ。
「そろそろ、馴れたか」
 朝熊の顔をフッと見て、肩を竦めた。
「習うより、馴れろだね」
 倭の目が笑いを含んだ。
 歩きだそうとした倭を朝熊の雰囲気が、そっと止めた。
「何?」
 倭が朝熊を見上げる。その姿は、朝熊に全幅の信頼をしているようであった。確かに彼女の場合はその通りなのではあるが……。
 朝熊の目は、一人の少年に止められていた。倭も彼を見つめる。可愛い顔をしていた。中学生かあるいは、小学生だろう、と思った。
「朝熊」
 倭は朝熊が、彼に何を思ったのか、と思った。
 朝熊の勘の的中率は、ほぼ、100パーセントなのだ。
「あの子が? もしかして、透明の勾玉の持ち主なのか」
 朝熊はうん、と頷いた。
「と思う。だが、半信半疑だ。私の勘も、違うかもしれないと言っている」
「朝熊、あの子は勾玉をつけていないぞ。勾玉を持っている者には、他の者の勾玉が見えるはず。私には見えないぞ。それとも、朝熊には見えるのか?」
「いや、私にも見えない。倭にさえ見えないものが、私に見えるはずはない。ただ、彼が本当に勾玉の持ち主だとしても、目覚めていなければ勾玉はないんだ。伊勢では、みなすぐに目覚めるから、勾玉は最初から見えるが……。巫覡の言った通り、透明の勾玉の持ち主の目覚める可能性がほとんどない、となると、勾玉でそれを探そうとするのは、無駄ということだ」
「では、どうやって見つける」
 倭の目が、それではどうしようもないではないか、と語っていた。朝熊がクスッと笑って、
「倭、私の勘と、あとは出雲と奈半利が手掛かりだ」
 と言った。倭は朝熊の言いたいことが判って、ふうん、と呟いた。
「透明の勾玉の持ち主を、囮として使うのか。朝熊らしいな」
 倭のジッと見る視線に気づいたのか、彼は倭のほうを向いた。すぐに目を逸らしたが、一瞬倭に視線を戻して、すぐに入ってきた電車に乗り込んだ。倭はその視線が、自分の額に向けられていたような気がしたが、そんなはずはないと忘れた。
 布城崇と、倭、朝熊は、最初の接触を駅のホームで行った。
 そして、物語の歯車は動き始めるのだ。


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