「高等部から編入してきたみなさん、僕が陬生学園高等部学生会会長の、朝霞です。ちなみに、さきほどからスピーカーで声を披露してくださっていたのは、副会長の霧島麻績です」
 舞台の袖から、背の高い学生が出てきた。そして、朝霞のすぐ後ろに立って、
「僕が副会長の霧島麻績です。ほとんどの学生はよくご存知だと思いますが、会長は、究極の悪戯好きです。それを抑えるのが、副会長の僕の役目。しかし、僕も悪戯が嫌いではありません。編入してきたみなさん、よく覚えておきましょう。僕たちに目をつけられた時が、人生、もとい、学生生活の終わり。慎んで、それをお受けください。僕たちをリコールする気があるのなら、いつでも相手になります。しかし、高等部の文化行事は、僕たちの学生会がなければ成立しません」
 麻績はぼうーっと立っている崇の腕を取った。
「君は編入生ですね」
「はい、布城崇です」
 ととっさに崇は言った。そして、朝霞に目をやり、
「あ、あなた、さっきの……」
 と言った。
「どうして、僕より先に会場につくんですか。ご丁寧に衣装まで変えて……」
「今頃気づくなんて鈍いなあ。あの時君が走り去らなければ、連れてきてあげたのに。学生会の役員は、テレポートを使えないとなれないからね」
 崇は呆気に取られた顔で朝霞を見つめた。
「駄目ですよ、編入生を騙しては……。役員が使えるのは、サイコキネシスですよ」
 麻績の言葉に、はあ? と崇は首を傾げた。いったい、この会話は何なのだ。
「会長、いい考えがある」
 別の声が、舞台に登ってきた。
「あ、さきほどのおじさん」
 丸い顔に丸い眼鏡の男であった。
「おじさんには違いないが、いちおう渋谷神室という名前を持っている、高等部の化学の教師だ。君のクラスの担任でもあるんだよ、布城くん。学園主催の入学式には出ていなかったけどね」
「すみません。よろしくお願いします」
 と頭を下げる崇から目を移して、朝霞に神室は言った。
「この布城くんは、弓道の腕で陬生学園に勧誘されたんだが、編入試験の成績も格別のものだった。学生会の一員として、充分にふさわしいと思うがね」
「そうなんですか。それは良い拾い物をしました。味も格別でしたから」
 本人の目の前で、本人を無視して、とんでもない方向に話が弾んでいた。
「あの、もしもし、すみませんが、僕は別に学生会に入りたいとは、思っていないんですが……。あの、もしもし……」
 朝霞は神室、麻績と一緒に、何の役職がいいか、の話に弾んでいた。崇は、これもさきほど麻績が言っていた、目をつけられた悪戯の続きなのだろうか、と思った。
「で、先生、彼は何が一番得意みたいでした?」
 朝霞の言葉に、神室は一瞬黙って、
「そうですね。どれもすばらしい成績でしたが、やはり、私の化学でしょうか」
 と嬉しそうに言った。
「そうですか。化学ですか。では、会計に決まりですね」
「そうですね」
 と三人は盛り上がった。
「あの、もしもし、どうして、化学が得意だと、会計なんですか。数学が得意だと会計だとか、国語が得意だから、書記だとかなら、理解出来るんですが……」
 崇の言葉に、朝霞の目が光った。
「判らぬか。うーん、素人にはこの理論は難し過ぎるかも知れぬなあ、麻績」
「僕が説明しましょう。学生会の会計とは、いかに学生たちから金を取られないか、ということにのみ、力を入れなければならないのです。学生たちは、あの手この手で我々から金を取ろうと思っています。それを阻止するのが、会計の仕事です」
「はあ……」
 それが、化学にどう繋がるのだろう、と崇は麻績を見つめた。
「要は、彼らに金を取る気を起こさせなければいいのです。そのための薬を作るのが会計の仕事です。薬を作るには、化学の知識が必要です。つまり、編入試験ですばらしい成績を残したあなたの、もっとも得意としたのが化学ということは、あなたが会計の仕事をするのにふさわしい、ということになります」
「あ」
 と言ったまま、崇は二の句が継げなかった。麻績の言っていることが、冗談かどうかは別にして、観点が全く違うのだ。これでは、何を言っても通用すまい。
 崇の陬生学園での1日目は、女装した朝霞に騙されてキスをした挙げ句、学生会の会計に就くという、劇的な出来事で過ぎていった。そして、崇は自分にはまともな高校生活を送れないのではないか、という、確固たる現実を予測していたのであった。


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