「透明の勾玉の持ち主が現れなくなって、どれだけの時が流れただろう」
 芳養の言葉に、倭はチラリと目を上げた。芳養は呟くような声で喋り続けていた。
 巫覡に呼ばれて二人で向かう途中であった。
「私の代になってからはまだ現れていない。先代の武儀の代にも現れはしなかった」
 倭は口を挟まぬままに芳養に従っていた。
「倭、お前は巫覡をどう見る?」
「は?」
 倭は思わず立ち止まって、芳養の顔を見つめた。そうすることが王に対する無礼ということを忘れていた。
「純血を守る、ということは、いわば、自然に対する反逆ということでしかないのだ。巫覡は、その体質の結晶なのだ」
 倭がギョッと息を止めた。
「王よ……それは……」
 その言葉は、我が神に対する冒涜になるのではないか。それは許されないことなのだ。たとえ、王であっても、いや、王であるからこそ。
 芳養は、倭に微笑みかけた。そして、その額の勾玉にそっと触れる。
 倭の勾玉は、透明の中に僅かに水色と緑色が混ざっている。芳養のそれは、それよりずっと水色が濃いものであった。
「倭、お前のこれは、光の加減で全くの透明にも見える」
「でも、透明ではありません」
「そうだな、透明ではない。しかし、お前の《力》はそれに勝るとも劣らぬだろう」
「それは……」
 倭は自分の勾玉にそっと触れた。
 普段は半濁の緑色なのだが、王の前に出ることから本来の色に戻してあった。ある程度の《力》がある者ならば、その勾玉の色を変えることは可能であった。但し、それよりも透明度を増すことは出来なかったが……。
 透明度が増すほどに《力》が強いのだ。つまり、透明の勾玉が現れていない今現在では、倭の《力》を凌ぐ者はいないということなのだ。
「お前はその色を持つことが宿命だったのだ」
 芳養は一つ吐息を落とした。
「巫覡は、透明の勾玉が現れるまでの、単なる間待ちでしかないのだ」
「王よ」
「倭、純血種を守る、ということは、他に障害の種を向ける、ということなのだ。どれほどに工夫しても、これ以上は無理だ」
 倭は、うかつにも芳養が自分にだけ、重要な話をしていることにやっと気づいた。
「王よ、私は馬鹿でございました。今になってそのようなことに気づくとは……。王よ、それほどまでに私を王位につかせたいのですか」
 倭は口惜しげに囁くように言った。
 王を尊敬してはいる。しかし、倭は己の《力》が他を凌ぐものであり、それ以上に、己は王を支える者として、決して侮られることはないはずであった。それは、王自身に対してもそうでなければならなかった。
「倭、巫覡は、もはや存在していないのと同じことだ」
 芳養は、倭の言葉が聞こえていないかのように喋り続けていた。
「王よ」
 倭は叫んだ。芳養の目がやっと倭に向く。だが、倭が口を開く前に芳養の言葉が続いた。
「我ら一族が滅亡への道をたどらないためには、透明の勾玉の持ち主を探さなければならない。だが、それを探しているのは、我らだけではない」
 芳養の手が突き当たりの岩を軽く押した。スウッと岩が動いて、水色の光が洩れてきた。
 巫覡のいる場所であった。
「さあ、入るがよい。巫覡が話をしたいのは、お前にだ。私はこの場所で待っておる」
 芳養が倭をそっと押してその場所に入らせ、自身は岩を元通りにすると、倭はそこに一人になった。

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