同じ京の、同じ夜、屋敷だけが変わって、宮の姿は再び天井裏へと潜んでいた。一つの部屋に音もなく下り立つ。その部屋で一人床に入っているのは、今年、三十歳の男。宮はその側でジッとその男を見つめていた。男は少しも起きる気配を見せずに静かに寝息を立てていた。やがて宮は再び天井裏へと戻り、その屋敷から出ていく。男はそのことに気づくことがなかった。
「もう一方、会われたほうがよろしいのではありませんか」
 その屋敷から離れて少しした時に、突然後ろから声を掛けられた。宮は驚きもせずに振り返る。
「何故、そこにいる、明石」
 松の木の影から出てきたのは先程明石と名乗った男。明石は一礼して、
「尾けたわけでないことはお判りのようですね。私はただ単に推測していただけのこと。公房殿を兄と呼び、もしこの屋敷に近づくのならば、あなたは私の考えている方だと思ったまでのことです」
 と言った。宮が鋭い視線で明石を見つめる。
「お前はいったい何者だ?」
 明石はその愛嬌のある目を微笑ませた。
「私の正体など、意味があることではありません。宮様、熾仁様にもお会いなさい」
 明石はそう言いながら暗闇の中へと去っていった。宮はそれを追おうとはしなかった。しようと思えば、可能だった。だが、宮はそれをせずに、明石の言葉に従っていた。有栖川宮家に向かったのである。



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