◆
春獄の側用人である秋葉春野は、いきなり住人が増えた松平家が華やいで嬉しく思っていた。まだ若いのに隠居・蟄居を命じられ、他人面会も表向き禁じられているこの屋敷に訪れる人はほとんどいなかった。秘かに一橋慶喜がやってくることだけを楽しみにしていた秋葉は、この数日の間に何人もの客人がしばらく逗留することになったことを喜んだ。やはり、主人である春獄には、楽しそうな顔をして欲しい。
「姫宮様、何かご入り用なものはございませんか」
唐とともに庭に出ていた親子に、秋葉は尋ねた。親子がニコッと笑って、
「秋葉殿、いつも気にかけてくださってありがとうございます。何かあったら、私のほうからお頼みしますわ。お兄様は別に何もございません?」
と言った。唐が首を振った。
「秋葉殿、私たちは無理にこの屋敷に逗留している。それだけでもありがたい」
秋葉は大きくかぶりを振った。
「私は姫宮様方に感謝しているのでございます。殿のためには、賑やかなのが一番ですから」
それでは、と付け加えて秋葉は二人の前から去っていった。
(仲の良いご兄妹だ)
と秋葉は思った。見た目も雰囲気も、それを表している。秋葉には本当のことは知らされていないが、親子の兄が今の帝だけであることは知っていた。つまりは、この二人は表向きは血の繋がりなどないのだ。だが、それに何の意味があるというのだろうか。あれほどに仲の良い間柄は見たことがない。
(宮様は、しかし、唐様と違うのか)
まだ数日しか観察していない秋葉には、それにあまり顔を合わせることがない宮に対しては、その本質まで見抜くところまでは至っていない。特に、宮はそれを隠し続けていたから。
秋葉に判っていたのは、今日は朝から宮の姿を見ないことであった。宮がどこに行ったのか、今は誰も知らなかったし、今は誰も気にしなかった。
←戻る・続く→