やがて、沢渡が話し終わると、春獄は沢渡と親子を代わる代わるに見た。
「おばば殿、その方たちもここに来られると言うことなのだな」
 沢渡は頷いた。そして親子のほうを向いて、
「姫宮様、春獄殿と二人だけにしていただけるかな」
 と言った。親子は、
「判りました」
 と言って春獄に頭を下げると出ていった。沢渡はそれを見送って春獄のほうに向き直る。
「姫宮様は聡いお方じゃ。それ故……」
 沢渡は口を噤んだ。
「おばば殿、私に出来ることなら何でもしよう。姫宮様のために力になりたい。姫宮様が降嫁されることは、ひいては幕府のためにもなること。それを邪魔することは許せない」
「春獄殿、わしらを追い出さないことだけで充分に力になっておる。手を汚すのはわしらだけでいい。姫宮様も春獄殿も、何もなさらないうちに、すべては終わるだろう」
 そう言って沢渡は立ち上がった。
「おばば殿……何が起こるか判っておられるのか?」
 春獄の問いに、沢渡は首を振った。
「わしは確かに未来を見る。だが、それが確実に起こることだとは、いつも思っていない。いつも思っているのは」
 沢渡は障子を開けた。
「春獄殿、前と同じ部屋を使わせていただいてよろしいのかな」
 春獄は立ち上がった。そして沢渡に聞きたいことがあった。だが、何も聞かず、
「はい。ご自由にお使いください」
 と言って頭を下げた。沢渡は庭に下りて木々の間に消えた。
「おばば殿の見た未来とは、いったいどんなものだったのだろう」
 カタリと音がして春獄は振り向いた。隣部屋の襖がスウッと開く。そこに座って春獄を見上げているのは、側用人、秋葉春野であった。見た目はそのふさふさとした白髪でかなりの年に見えるが、実際は三十代後半である。
「秋葉、また少し住人が増えるが、よろしく頼む」
「沢渡殿の他にもまた幾人かいらっしゃるようですね」
 春獄は頷いた。そして困ったように秋葉を見た。
「おばば殿のように入ってくることはないだろうが、それより厄介かもしれんな。秋葉、くれぐれも間違いのないように」
 秋葉は、
「承知しております」
 と頭を下げて襖を閉めた。
「殿、この屋敷もしばらく賑やかになりそうですね」
 襖の向こうからの声に、春獄は呆れて言った。
「秋葉、物見湯山に来られるわけではないのだぞ」
 秋葉の笑い声がクスリと零れた。
「承知しております」
 そう言って秋葉は静かに去っていった。春獄は苦笑して庭に下りた。そして屋敷のほうへと戻るのであった。



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