薄暗い中にカチッカチッと音がして、やがて明かりが灯された。沢渡の駄科を治療している側に座っているのは、宮が二人。それは、宮と唐と呼ばれている双子であった。
 駄科の腕を落としたのが、宮。木賊色の一重に長い髪を緋色の紐で結んでいる。駄科にその後声を掛けたのが、唐。真赭の袷に、これも長い髪であった。唐は着物にあわせた真赭の紐で結んでいた。
「見事な切り口じゃな、宮様。駄科の腕はとりあえずは元通りにはなるぞ。ただし、普通の生活をする上ではな」
 沢渡が一時も手を休ませることなく動かしながら言った。宮は沢渡の背に冷たい一瞥をくれただけで無言であった。
「宮様、何故駄科の腕を落とされたのじゃ」
 ギロッと睨むようにして沢渡が振り向いた。宮は少し眉をひそめた。
「何故? 兄者が私に対して挑戦してきたんだぞ。それを私は受けただけだ。それのどこが悪い? 私が手を抜いたら、兄者を愚弄することになるではないか」
「宮様の腕ならば、駄科の腕を落とさない、他の方法を見つけることが出来たと思うがな。唐様も唐様じゃ」
「おばば、私が何をしたと言うのだ?」
 唐が宮と同じ表情を作る。
「宮様を止めることは、無理だったかもしれぬ。だが、駄科を抱えてここまで運ぶことは出来たであろ。それさえやらないとは、声を掛けるだけ残酷だと思うぞ」
 唐と宮は同じようにムスッと沢渡の言うことを聞いていた。治療を終えて沢渡は土間に下りて手を洗った。
「まあ、よい」
 沢渡は軽い溜め息を落として苦笑した。
「そのように育てたわけではないのに、双子というものはそっくりなのじゃな」
 沢渡はそう言って二人の前に座った。
「お二人が生まれて十八年の間、出会った人間は、わしと駄科の二人しかおらぬ。それは、わしがそうしたからだ。だが、人間というものは、いろいろな人々との交わりによって生きていくものじゃ。宮様と唐様と、お二人だけで生きていくものではない」
「私はそれでも別に構わないぞ。山を下りたければ、おばばも兄者も下りればいいんだ。唐もそう思うだろ」
 宮の言葉に唐は頷いた。
「駄科が宮だけを連れていこうとしたのは、おばばの差し金か」
「別に宮様だけを連れていく、と言っても、それが永久の別れというわけではない。駄科もそのつもりで言ったわけではないぞ。しばらくお二人とも互いに離れて過ごしてみるのもよいかな、と思ったのじゃ」
「必要ない」
 宮の返答はにべもない。唐は黙ったままであった。沢渡はやれやれと首を振った。そして話題を変えたのだ。
「お二人とも、ご自分の素性をお知りになりたいか」
 四つの瞳が沢渡を直視していた。どれも同じように冷やかだ。
「別に知りたいとは思わない」
「おばばが喋りたいのなら、聞いてもいい」
「だが、どうしていまさらそんなことを言いだすのか、その理由のほうが気になるな」
「もしかして私たちの親が、いまさら会いたいと言っているわけでもあるまい」
 意識していないはずなのに、宮と唐の台詞は流れるように交互に言葉となる。
「会いたいと言われておる」
 そう言って沢渡は立ち上がった。宮と唐は互いに見交わす。
「ついてこられるがよい」
 沢渡が戸を開けて外に出た。そしてそれとは思えぬほどの速さで林の中を走っている。宮と唐の二人は、その後を音もなくつき従った。
 三人が立ち止まったのは、小高い丘の上であった。沢渡が指を指す。そこにあったのは、見たかぎりでは質素な輿。それに十数人がつき従っていた。少なくともそこそこに身分があるようだ。唐が近くの木にふわっと飛び上がった。宮はその下に座る。沢渡は二人に向き直った。
「お二人が会いたくないと言われれば、そのままお帰りになるとおっしゃった。宮様、唐様、どうなさるかな」
 宮が唐を見上げて沢渡にその視線を移した。
「おばばは会わせたいのか?」
「おばばがそう望むのなら会ってもいいが、その代わり、なあ、宮」
「そう、その代わり、私たちを捨てた報いを受けてもらわねば、なあ、唐」
「そうだな。腕の一本ぐらいで許そうか」
「足の一本も貰おうか」
 宮と唐の二人はそう言って沢渡に向かってニッと笑った。沢渡がクククと笑った。
「出来ませぬよ」
 唐が眉をひそめた。
「出来ぬ? あのお付きの者の中にそれほどの手練がいるとでも言うのか」
 唐がふわっと宮の横に飛び下りた。
「そうとは見えないな。だが、本当にいるとすれば、面白い」
 宮がすっと立ち上がった。そして宮と唐は、どちらからともなく輿のほうに駆けだしていった。沢渡がゆっくりと歩きだしながら、
「さて、姫宮様にはお久しぶりじゃな」
 と呟いて二人の後を追った。


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