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8月14日土曜日。
 お盆の帰省ラッシュは今年はピークもないままにだらだらと続いている。東京駅へ来る経路が全然違う二人は東京駅で待ち合わせることにした。龍麻は時間よりも5分ほど早く待ち合わせ場所に着いたのだが翡翠は既に到着している。
 「おはよう、龍麻。」
 爽やかな笑顔で挨拶されると、龍麻は未だに照れてしまう。頬を少し赤らめながら挨拶を返した。
 「おはよう。待ったでしょう?」
 「いや、僕も今来たところだよ。それに時間よりもまだ早い。」
 翡翠の荷物はそれほど多くはない。右肩にかけるようにして持っている黒のナイロン製のバッグにはまだ随分と余裕がある。
 「さぁ、行こうか。」
 促されて翡翠の後について新幹線の改札を通り、通路を歩いていく。途中で簡単な朝食を買ってホームに上がると既に列車は入線していた。丁度、反対側のホームからのぞみが出発し、空いたホームにわらわらと自由席待ちの人が列を作り始めるのが帰省ラッシュらしい光景である。
 それを横目で見ながらひかりの指定席の車両に向かう。編成の中ほどの車両に乗り込み、切符にかかれている座席を探した。進行方向に向かって右側の車両中ほどの二人並びの席を見つけると翡翠が右手を差し出す。
 「ほら、龍麻、鞄を貸してごらん?」
 鞄を渡すと棚の上に乗せてくれて手荷物だけを手元に残してようやく席におちついた。
 「すごく楽しみ。」
 今から胸がどきどきしている。隣で翡翠は小さく笑うと朝食に買ってきたサンドイッチを龍麻に手渡した。
 「京都の夏は暑いから、とりあえず良く食べてよく眠らないとバテるから。」
 「はーい。」
 食事をしながら翡翠は今日の仕入れのスケジュールを教えてくれる。
 「今日はまずは清水の知人の店と平安神宮側の知人の店に行くよ。せっかくだから観光もしていこう。おそらくそれだけで今日一日が潰れるはずだから。」
 そう言いながら翡翠は長い指でぱらりとメモをめくる。
 「今回は焼き物が中心だね。品薄になってきているし。事前に連絡して品物のあたりはつけてあるからそんなに時間はかからないと思うけど。」
 「全部で何点ぐらい?」
 「あたりをつけているのは15点だけど、その他にも気に入ったのがあれば買うつもりだよ。」
 そういう話をしているときは、さすがに骨董品店の店主らしい。
 サンドイッチを食べながらメモを開いている翡翠なんて珍しい光景だから思わず見とれていると、翡翠が不思議そうに龍麻をみた。
 「なにか?」
 「…サンドイッチ、食べてるのなんて珍しいなぁと思って。」
 「そうかな?」
 翡翠はまじまじと自分の手元を見る。
 「別に洋食が嫌いじゃないんだよ。あまり自分のレパートリーにないだけで、結構食べるし。春まではよくマージャンのときに壬生が作ったのも食べてたし。」
 「紅葉、洋食得意だもんね。」
 「壬生は料理が上手いからね。負けたときに次回の料理当番に指名していたよ。」
 「紅葉、負けるんだ?」
 「毎回じゃないけどね。」
 「毎回負けてたのは京一でしょう?」
 「ああ。」
 龍麻の脳裏にはなんとなく光景が目に浮かぶ。
 京一はギャンブルは強い方だけど、何しろ相手が悪い。強運の持ち主である村雨と、お金がかかると絶対にひかない翡翠と、恐ろしいほどの計算力を見せる紅葉と。この3人相手に、京一は自らの閃きだけで立ち向かっていくのだから無謀というか、怖いもの知らずというか。
 京一は村雨と初対面のときにギャンブルで負けて身包みはがされてパンツ一枚になったことを思い出し、笑いが毀れてしまう。
 龍麻がいかにもおかしそうに一人で思い出し笑いをしていると、みるみるうちに隣にいる翡翠の表情が不機嫌そうになる。
 「あ…れ?どうしたの?」
 「別に。」
 それきり、翡翠はふいと横をむいてまたサンドイッチを食べ始めた。なんとなく、怒ってるみたいだったから、理由を尋ねようとしたところで、同じように龍麻の様子を伺おうとちらりと見た翡翠と視線があった。
 「…気にしないでいいよ。…単なる嫉妬だから。」
 ぼそりと呟いてまた憮然とした表情のままサンドイッチを口に運ぶ。
 「…ごめんなさい。」
 「いいさ。…蓬莱寺が中国へ行ってから4ヶ月、いやもうすぐ5ヶ月だからね。あれだけ毎日龍麻にべったりしてたんだ。懐かしくもなるだろうし。」
 「…元気かな?」
 「殺したって死ぬようなタマじゃないだろう?」
 「言えてる。」
 お互いに笑いあって一瞬の気まずい雰囲気は消し飛んだ。
 「ごめんね。…でも、いつだって翡翠のこと、好きだよ?」
 そういうと、翡翠は色白の顔をほんのりと紅くした。
 
 
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