|   
それから何日か後。俺はいつものように如月骨董品店を訪れた。
 「やぁ、いらっしゃい。」
 笑顔でいつものように出迎えた如月に軽くうなづくと、今日はすぐには座敷に上がらずに店の一角に立ち止まる。如月はどうしたんだろうと俺の顔を覗き込むようにして側に寄って来た。
 「なぁ、この櫛…いくらだ?」
 俺が尋ねたのは、柘植の櫛で櫛を入れる布のケースがついているものだった。ケースの花模様と同じ模様が櫛にも彫り込んであって、なかなか洒落たものである。他にもウサギの模様とかあるけど、花のが一番綺麗だ。実は、俺は随分前からこの櫛に目をつけていたのだった。
 「それは…5000円だが…。そんなもの、どうするんだい?」
 その櫛は誰がどう見ても女ものである。いくら髪が長い俺でも、俺が持つべき品物ではない。如月は訝しげに俺が手にした櫛と、俺とを見る。
 「明日、美里が誕生日なんだよ。…プレゼントにしようと思って。」
 その目的を明かすと、他の、ウサギや鳥の柄の櫛の位置を直そうとした一瞬如月の手がぴたりと止まる。
 「如月?」
 「ああ、そうか。それは知らなかったな。」
 どうかしたのだろうかと思って尋ねると、やけにはっきりとした口調でうなづいて、すぐにまた手を動かし始める。
 「どうするかい?もし買うのならプレゼント用にラッピングをするが?」
 ディスプレイを直し終わるとこちらに向いてたずねてくる。5000円は少し痛いが、まぁ、転校以来いろいろと世話になっているからこの際、仕方がないか。
 「ラッピングはタダ?」
 「ああ、ほかならぬ美里くんのためだからね。」
 にこ、と微笑んでうなづいた。
 如月は本来は防御力が低く、攻撃の及ぶ範囲が広いため後方支援にまわすところだが、行動力の高さと如月の骨董屋魂から前線に近いところで戦うことがある。そのために美里がいつも力天使の緑をかけ、傷つけば真っ先に回復をしてやるように頼んでいる。だから美里には恩義を感じているのかもしれない。
 「じゃあ、頼むわ。」
 そう言って商品とお金を渡して座敷に上がりこむ。如月は帳場に櫛を置いて、お金をしまってから一度お茶を入れにお勝手に入って、それからラッピングをしてくれる。
 こんなのがこの店にあったのかというような、綺麗な和紙の包装紙をどこぞから取り出して櫛を包んだあと、器用に花のようにリボンを形作っていく指先を見ていたら、その指が俺みたいに太くなく、いわゆる白魚のような指であるのに気付いた。それは、白く、華奢な作りでとても男の指とは思えない。
 ラッピングをするのに俯いている顔を見れば、長いまつげが伏せられて僅かな陰を作っている。すっきりと通った鼻筋に、引き結んだ唇の紅。
 つくづく、ホントに美形。これで女だったらなー。
 とそこまで思って、俺は顔が赤くなった。
 ちょっと待て。女だったらどうだって?
 いや、確かに如月はいいヤツだし、好きだけど。
 付き合うとか、そういうこと考えた?
 それこそ、ほんとにホモになってしまう。いや、でも、ちゃんと女だったらって思ったし。
 一気に混乱してパニクった俺にラッピングが終わった如月が顔を上げた。
 「できたよ。」
 そう言って渡してくれるが、その顔がなんだか頼りなげな微笑みを浮かべていて、それを見た瞬間になぜだか俺は心臓が止まりそうだった。
 「あ、あ、ありがとう。」
 礼を言うのにらしくもなく上ずった声がでる。
 「どういたしまして。…さて。ゆっくりしていくといい、といいたいところだけど、今日はこれから用事があってね。もう店も終いなんだ。」
 そういいながら、如月は閉店の準備を始める。
 「あ、そうか。ごめん。」
 「悪いが、…また、今度。」
 本当に申し訳なさそうに眉を寄せて言う如月に俺は慌てて首を振る。
 「いや、こっちこそ閉店間際にすまなかった。ありがとう。」
 「…うん。」
 如月は酷く子供じみた言い方でうなづいて、くるりと俺に背中を向けると、帳場にあった帳簿やら何やらを急いで片付けている。
 「じゃ、また…。」
 「悪いな。」
 そう言って謝った彼の顔は気のせいか泣き出しそうだった。
 
 
 如月骨董品店からとぼとぼと家に帰る道すがら、俺は如月のことを考える。
 泣きそうな顔をしていたのが気になって。…一体、どうしたのだろうか。
 いつ行っても穏やかに微笑んで迎えてくれて、他愛もない話をしながらお茶を飲んで過ごすのに、今日に限ってそれができない。
 如月の都合が悪いのだから仕方がないのだが、それが酷くつまらなく思う。いつも当たり前のようにしていたことが、急にできなくなることの喪失感、虚無感。
 あの店の、あの座敷での日常が俺にとってかなり重要な部分を占めている。
 いや…そうじゃない。
 店に行かない日もあるし、そんな日だって、こんな思いはしたことがない。そう、たとえば、旧校舎もぐりをした日とか。
 こんな思いをしたのはいつだっけ?俺はぼんやりと記憶の底を探ってみる。
 それがいつだったかを思い出したとき、俺は気が付いた。ぼんやりとしていたものが、急に鮮明になって目の前に浮かんできた。
 いつだって、側に如月がいた。
 あの、青山霊園の地下の入り口で共同戦線を張ってから、いままでずぅっと、如月がいた。学校と、家に帰って風呂入って、寝るとき以外はほとんど一緒だったのだ。
 今日みたいな、なんとなくつまらない気分を味わった日。それは、如月が仕入れのために3日ほど京都に出掛けていたときだった。
 あの店の座敷、ではなく、そこに如月がいることが大事なんじゃないか?
 別に店でゆっくりと出来なかったからじゃなく、如月とゆっくりと話すことができなかったのが気になっているからじゃないのか?
 如月に会うのは、楽しくて。食べ物に釣られてるわけじゃなく、あいつのいる空間が心地よくって。一人でいるよりも、ずっとずっと穏やかな気持ちでいられる自分に、そのときようやく気が付いた。
 ふと脳裏に先日の橘さんとの会話が浮かんでくる。
 『つまり、尊敬してると?』
 『尊敬…そうだな、尊敬、なのかな?…いや、そんな大仰なんじゃなく、もっと身近な感じなんだけどさ。…とりあえず、如月の考え方とか性格とか好きなわけよ。要は魂。そーゆーのって性別関係ないじゃん?』
 確かに橘さんの言う通り、尊敬もしている。飛水の家に生まれて、主君である徳川が支配しているわけでもないのに、何の見返りもなしに律儀に東京を護っているなんて普通だったらやってられない。自分の義務として、当たり前のようにそれをやっていくことの辛さは俺なんかじゃ計り知れない。なのに愚痴一つ零さずにたった一人でそれをやっている。それに店の主としてしっかりと経営をしていて商品の知識の会得や研究に余念がない。マメに帳簿もつけるし、在庫管理もしてちゃんと先のことを考えている。そんなに忙しいのに、ちゃんと学校の勉強もできる。こんだけのことを一人でやっているのだから尊敬するに充分値すると思う。
 でも、尊敬だけじゃない。
 もっと、違う、親しみのある他の感情がある。
 単純に言ってしまえば、好きなんだけど、それがどんな好きなのか。それがよくわからない。
 尊敬している部分のほかに彼の好きなところ。
 たとえば、料理の美味いところ。
 着ている和服が似合っていて、とても落ち着いているところ。
 頭がよくって、打てば響くような答えを返してくれるところ。
 誉めると、嬉しそうに笑うところ。
 俺を立ち直らせてくれるところ。
 昼寝してる俺にタオルケットをかけてくれるところ。
 笑って出迎えてくれるところ。
 数えるときりがない。
 如月が笑うと俺も楽しい。側にいると、落ち着く。如月に優しくされるととても嬉しい。
 だから毎日通ってしまう。
 分からない。どれが恋愛感情で、どれが友達なのか。
 たとえば、京一に対して抱いている感情が友達というならば、如月に対するこの感情は別のもの。醍醐のソレと京一のはかなり似ていると思うけど。
 …これって、やっぱりヤバイ感情…なのかな。
 俺は大きなため息をひとつつく。
 
 
 それから、数日の間にマリア先生と美里が誘拐されたり、鬼道衆との決戦や九角との戦いがあったりして『慌しい』なんて一言じゃ表せないような毎日が続いた。
 ようやくそれをやり過ごして、ほっとする間もなく修学旅行があり、忙しい日々を過ごしていた。
 やっぱり修学旅行では、如月がいないことに寂しさを覚えて、大した用事もないのに電話をかけて、ついでを装って土産は何がいいかとかどうでもいいことを聞いてみたりしてた。
 アホじゃないか、俺。
 自己嫌悪に陥りながらも土産を買って届けに行く辺り、かなり重症と自分でも思う。そんな俺に如月は別に前と変わらない応対をしている。
 そして、修学旅行以外では戦闘のたびに如月に援護を頼んでいたが、やっぱり顔を合わせるとどうにも意識をしてしまう。喋るときはぎくしゃくしてしまったり、うわずったりして、絶対に変だと自分でも思う。
 そんなんだったら呼ばなきゃいいのに、それでも顔は見たくて、ついつい呼んでしまうのだ。
 如月の方は、あのときに見せた泣き出しそうな表情はやっぱり気のせいだったらしく、普段とかわらない笑顔を浮かべていたし、飛水の術とすばやい行動力で次々と敵を倒し、骨董屋魂で余計にアイテムを見つけていく。
 「ふぅ…そろそろいいかな。」
 フロアの中央に全員を集めると上に戻るように指示を出す。とりあえずの事件は片付いたものの、仲間も増えたし、なんとなくまだ安心ができなくて装備を揃えるために金稼ぎと、訓練もかねて旧校舎に潜っていた。
 今日は9月の末から精神的な疲労のたまっていた美里と小蒔を外して代わりに舞子と織部姉妹を編成に加えた。女性が多いメンバー構成になったために、今日はあまり深くに潜らずに目標をクリアしたらさっさと帰ることにしていたのだ。
 地上に上がると参加していたメンバーが挨拶を交わしながらぱらぱらと帰っていく。
 俺は、如月と一緒に戦利品の売り渡しの相談をしていた。
 「これ、いくらで買う?」
 「内にも在庫があるからね。こんなものだ。」
 細い指先が電卓をたたく。その数字よりも、俺は指先の美しさに目が行ってしまった。
 「いいか?」
 聞かれて、はっとして慌ててうなづく。おおよその相談がついたところにちょっと離れたところで立っていた舞子がすすっと近寄ってくる。
 「ねぇ、ダーリン♪舞子ねぇ、新しい白衣が欲しいのぉ♪」
 そのために一人残っていたようで、舞子が甘い声でおねだりをする。そういえば、舞子の白衣は最初に買ったきりで最近変えていなかった。
 「あ、そか。気付かなかった。ごめんな、舞子。」
 「ううん、いいのぉ。だってぇ、これもダーリンがくれたものだから結構気に入ってるんだぁ。」
 にこ、と笑って嬉しそうに白衣のスカート部分を摘み上げる。舞子のこういうとこ、可愛いよな。俺は笑いながら如月のほうに向き直る。
 「えーと、如月。これよりもいいヤツ、あるか?」
 すると如月は無表情にうなづいた。
 「予算は?」
 「今日の、これで買えるヤツ。」
 「今は持ってきていないが、店にある。品物の受け渡しはどうする?」
 舞子と俺とを見て、どちらが取りに来るかを尋ねる。すると、舞子が無邪気に手を上げてにっこりと微笑んだ。
 「舞子ぉ、自分で取りに行くぅ。」
 「じゃあ、代金はこれから引いて、ブツは舞子に直接渡して。」
 「ああ、分かった。」
 商談がまとまると如月は戦利品を抱えて立ち上がった。
 「じゃあ、また何かあったら呼んでくれ。」
 淡々とした口調でそう言って、夕方の新宿の町に如月は消えていく。その背中を見送っていたときに、ふと、隣で舞子が呟いた。
 「あのねぇ、舞子ぉ、今見えちゃったのぉ。」
 「あ?」
 なんだろうかと聞き返すと間髪いれずに答えが返ってくる。
 「女の人。」
 また幽霊、なのだろうか。ここに醍醐がいなくってよかったな。まぁ、確かに、旧校舎には出てもおかしくはない雰囲気がある。
 「どこに?」
 俺はきょろきょろと辺りを見回した。
 「如月君のぉ、後ろ。」
 なんだと?驚いて舞子を見ると、悲しそうに眉を八の字にしている。
 「多分ね、おかあさん。如月君とそっくりでぇ、すっごい美人。」
 『すっごい』というところにかなり力が入っていたところをみると、ほんとに美人なんだろう。だけど、舞子は表情をさらに曇らせて泣き出しそうになる。
 「おかあさん、泣いてるのぉ。ごめんね、ごめんねって。」
 そうだった。舞子は話も出来るんだった。
 「聞こえたのか?」
 「うん。…それでね、もう、いいんだって言ってた。飛水流はもういいから、幸せになりなさいって。それだけがお母さんのお願いなんだって。」
 「幸せに…?」
 俺はその言葉に考えを巡らせる。
 如月に幸せになれというのは、どういうことなんだろう。とりあえず、鬼道衆との戦いは済んで如月の義務は果たしたことになる。だから、幸せになりなさい?
 そもそも、如月の幸せってなんだろう?ヤツがいわゆる、フツーの高校生に戻ったところで、ヤツの幸せとはほど遠い気がする。
 すると、舞子が急に神妙な顔をして言う。
 「…あのねぇ、ダーリン、絶対他の人に言っちゃダメよ?」
 「うん?」
 「ダーリンはぁ、とても如月君と仲良しだしぃ、口も堅いから教えてあげる。」
 一体なんだろうと訝りながら、俺は舞子にうなづいた。
 「如月君、女の子なんだって。」
 「…へ?」
 舞子から告げられた言葉を俺はすぐに理解できなかった。女の子?誰が?いや、今、如月の話をしてるんだった。あれ?如月が女の子?女か、そうか。なるほど。
 いや、ちょっと待て。
 「おんなーーーっ!?」
 ようやく理解できて俺は思わず叫んでしまった。
 「ちょ、ちょ、ちょっと待て!如月が女って…。」
 「おかあさん、そう言ってたのぉ。女の子の幸せを掴みなさいってぇ。」
 舞子も困ったような顔をしている。
 「…なんであんなカッコしてるんだ?」
 「わかんなぁい。」
 きっとその辺の事情には如月のかーさんも触れてなかったようで、舞子も不思議そうに、可愛らしく小首をかしげている。
 「これってぇ、やっぱりみんなに知られちゃいけないんだよねぇ?如月君、何も言ってないもんねぇ?さっき、如月君に教えてあげようと思ったんだけどぉ、他の人いたしぃ…。」
 舞子は舞子なりに気を使っていたらしい。いい判断だと、俺は素直に思った。わざわざ男として生活しているのは何か理由があるのだろう。それをみんなの前でばらすような真似をしたらヤツはきっと自尊心がひどく傷つくに違いない。
 「ああ、そうだな。舞子は気がきくなぁ…。」
 「えへへへ。」
 誉めると舞子は嬉しそうに笑った。
 「如月のトコ、白衣取りに行った時に教えてやれよ。」
 「うん、そうするぅ。」
 「それから、分かってるとは思うけど、この話、絶対に誰にも喋っちゃだめだよ?」
 舞子は大きくうなづいて、それから無邪気に天使のように笑った。
 
 
 それにしても。
 女だとは。
 俺は少し複雑な心境だった。正直言って、女の子だったのは本当に嬉しい。いや、だって俺はホモじゃないって分かったわけだし。俺は正常だったというわけだ。
 だけど、それと同時に今まで俺が如月に対してやってきたことを思い出すと、女の子に対してはすごく失礼なことの連続で、申し訳ないやら恥ずかしいやらでいたたまれなくなる。
 今まで如月はよく何も言わなかったよなぁ…。
 その我慢強さには本当に脱帽する。
 でも、女だってわかって、改めてイロイロと考えてみると納得できることが多い。
 体の線が細いこと、動きが俺なんかとは段違いにしなやかなこと。そしてかなり打たれ弱いこと。
 生活面だってそうだ。几帳面だし、綺麗好きで、毎日毎日の家事をちゃんとやっている。性格だといってしまえばそれまでだが、女だといわれれば妙に納得してしまう。
 俺もなんで気付かなかったんだろう。可能性としては大有りだったのに。
 ふと、俺は婿に行くなんてことを口走っていたことを思い出す。やばいなぁ、あれ、きっとからかわれてるって思っただろう。知らなかったとはいえ、如月に対してすごく失礼だ。
 たとえ、それが半分は本気だったとしても、他人がいる場所でいうべきことじゃない。
 明日、謝りに行こう。それで、ちゃんと本当の気持ちを伝えよう。
 あ、でも…。俺はふと考える。
 俺は如月が好きだけど、如月はどうだかわからない。やっぱり、言うのはやめたほうがいいだろうか?
 まぁ、とにかく、謝るだけ謝ろう。俺は決意を固めた。
 
 
 しかし。
 それからずっと如月がつかまらない。
 翌日、進路相談があって、如月の店に行ったのはかなり遅くなってからだった。行ってみるとすでに閉店されていて、中には如月がいる気配もない。携帯にかけてみるが電源が入っていないとアナウンスがいう。
 出掛けているのだろう。そう結論付けてまた翌日出直すが、やはり同様で。
 その次の日も、また次の日もそうだった。
 毎日通うが、店は閉店で、如月もずうっといない。
 そんなことが1週間続いた。
 なんか変だ。
 夏休み、仕入れだといって京都に出かけるときにもわざわざ如月は俺に連絡を入れてくれた。今度はなぜ連絡もくれないんだろう。しかも携帯電話はずっと電源が切ってある。
 こんなことは仲間になってから初めてだった。
 まさか、何者かに襲われた?
 俺は嫌な考えを思わず脳裏に浮かべてしまう。前に、如月が鬼道衆から奇襲をくらったときに毒にやられて店で倒れて、橘さんに助けてもらったことがあった。
 そうだ、橘さん。
 俺は慌てて携帯のメモリを探す。
 「はい、橘です。」
 前に会った時に番号を聞いておいて良かった。
 「こんちわ。緋勇です。覚えてるかな?」
 覚えてるだろうが、万が一忘れられてたらと思いながら言うと、すぐに明るい声が返ってくる。
 「ああ!勿論です。久しぶりですね。どうかなさいましたか?」
 少しびっくりした声で尋ねられて、俺は一瞬うっと詰まってしまった。そうだよな、急に電話かけたら驚くよな?そうは思ったが、とりあえず急いで用件を切り出してみる。
 「えーと、如月なんだけど…。学校、行ってる?」
 「それが…。」
 困ったように橘が口篭もる。
 「来てないの?いつから?」
 予感的中か?俺は焦って問いただすような口調になっていた。
 「昨日からなんですが…今日は休むだろうって予想はしていたんですけど、昨日は予想外だったんで…どうしたかなって心配はしていたんです。」
 「昨日?じゃあ、ずっとそれまでは学校に行ってた?」
 「はい。…どうかしたんですか?」
 逆に聞かれて俺は慌てて弁解する。
 「あ、いや、なんでもないんだけど。…今日、休みってのはなんで?」
 「今日は、如月君、誕生日なんです。」
 「え?」
 唐突な話に俺は思わず聞き返してしまった。電話の向こうで橘さんが笑っている。
 「ファンからもらう山ほどのプレゼントが面倒くさいらしくって、如月君、必ず休むんです。」
 「あ、ああ…なるほどね。」
 そうか、如月の誕生日なんて知らなかった。
 そういえば、如月は他のヤツみたいに誕生日のプレゼントを強請るような性格はしていない。だから、誕生日がわからなかったのだ。
 「でも、昨日は休みなんて聞いてなかったし…文化祭の看板の件もあるしで…昨日行ってみたんですけど、中に入れなくって。」
 如月の家には玄武の結界が張ってある。だから玄武本人か、俺じゃないと入ることが出来ないようになってるんだった。
 「ああ、わかった。じゃあ、俺、行ってみるよ。」
 「もし、如月君に会えたら、看板はどうなったか連絡を下さいって伝言お願いします。」
 「オッケー。じゃあ、ありがとねー。」
 携帯を切って、俺は如月の店に向かって歩き出す。
 おとといまではちゃんと学校に行ってたという事実が俺に少なからずショックを与えた。
 もしかして避けられているかもしれない。
 思い過ごしかも知れない。
 だけど本当かもしれない。
 途端に心の中がどんよりとした気持ちになる。心がブルーどころか、天気で言うともう雨が降り出す一歩手前の真っ暗な空。青さであらわすとするなら限りなく黒に近い濃紺。
 俺、なんかしただろうか?
 最後に如月に会ったのは、旧校舎潜りのとき。そうそう、舞子が白衣を買ってくれって言ってたんだ。そのときに、俺、何かしたのかなぁ?
 考えてみるが、如月を怒らしたようなことは何も思いつかず。
 偶然なのだろうか、それとも避けられてるのだろうか?もし、本当に避けられていたら。そう思うだけで、一気に気持ちが沈みこむ。
 俺は誰にそうされても平気でいる自信はある。たとえ京一だろうと(京一がそんなことをするわけがないとわかっているけど)誰だろうと、俺は平然としていられると思う。
 それなのに。
 如月から避けられていると思うだけで、ひどく動揺する。不安で、いてもたってもいられない。自分に何か落ち度がなかったか、自分の行動を考えてしまう。
 俺をこんな気持ちにさせるのは、相手が如月だからだと思う。
 ホント、重症。
 一人でそっと苦笑した。
 何か怒らせてしまったのならとにかく謝って。…もしも本当に怒ってたとしても謝らないよりもずっとマシ。
 俺は後先考えずに如月の店に向かう。
 
 
 
 |