側にいるだけで〜2〜

 

その翌日、彼女は店に来なかった。変わりに黄龍甲を取りにきたのは蓬莱寺で、なんでも龍麻はちょっと具合が悪いらしい。期末テストを目前に控えて体調を整えたいからということで彼が代わりに来たのだが、それもすぐさまおかしいと思わなかった迂闊さに腹が立つ。龍麻ほどの人間が、自分の武具の受け取りに他人をよこすこと自体がおかしい。いくら龍麻の相棒と公言してはばからない蓬莱寺だとしても、だ。しかも、それにすぐに気づかなかったほど、自分は愚かだった。
そして今日で龍麻が来なくなってから10日ほどが過ぎた。もう真神でも期末テストはとうに終わっていると、遠野さんが新聞の広告代の集金に来た時に言っていた。それとなく聞いたが、みんな元気でいるらしい。龍麻も具合の悪いところなどなく、元気に学校の球技大会とやらで桜井君と活躍していたようだった。
一体、どうしてしまったのだろう。春先に出会って以来、10日も店に来ない時などなかったのに。用事がなくても、ここにやってきてはお茶を飲みながら庭を眺め、他愛もない話をしていたというのに。
避けられているのか?
ふと脳裏を横切る嫌な考え。自分の武具でさえ取りに来たくないほどにここを、僕を避けたい何かがあったのか?しかし、僕は彼女を不愉快にさせるようなことはしていないはずだ。それと気づかぬうちに何かをやらかしてしまったのだろうか。記憶の糸を手繰るが一向に原因らしきことが出てこない。一体、自分は何をしてしまったのだろう。僕は、どうしたらいいのだろう。
それともただの思い過ごしだろうか?偶然にここに来れない日々が続いているだけであるとか。例えば、彼女も一人暮らし。年末に向けてあれこれと忙しいとか、または学校行事が何かあって忙しい、例えば進路指導、クリスマス。
彼女に確かめてみようか?胸ポケットから携帯電話を取り出してワンタッチキーで龍麻の携帯番号を表示する。なんて言えばいい?たまには顔を出してくれよ?それとも黄龍甲の具合はどうだい?いくつかの台詞が浮かぶがどれも陳腐すぎる。
頭おかしいんじゃないの?そう言われるかもしれない。たった10日龍麻が来ないだけでこんなに焦っているということ自体、頭がやられている証拠かもしれないが。結局、僕は龍麻に直接確かめる勇気もなく、そのままずるずると日は過ぎていった。


街中がどこもかしこもクリスマスで浮かれている。
僕は店でぼんやりと今日も来ない人を待っていた。クリスマス。生まれてから今まで、自分には全く縁のなかったイベントだが、今年は何かしてみようか。店に置いてある指輪を見ながら考える。美里くんや裏密くんが装備すれば特異な効果を示すこれらも、それ以外の人が使うとただの指輪。デザインは多少古臭いが、それでも使われている石は上等だ。
いや、それではあまりにも。自分の考えがおかしいことに気づいて首を振る。
そうだな、龍麻には何が似合うだろうか。
最後に来た時に呟いた彼女の言葉は寒くなってきたねだった。コートとか、マフラーとか?その途端、あの無表情な暗殺者の顔が思い浮かぶ。どうしてなんだか、あまりにも彼のイメージからかけ離れた手芸部に所属している彼が、気合入れて作って龍麻にプレゼントしそうだな、などと考えをめぐらした。他には何がいいだろう?
そうだ、プレゼントを渡しながら、最近来なくなったわけを聞くのはどうだろうか。
そんなことを考えながら、ぼんやりと龍麻にあげるものを何にするべきか考えていた。女の子にプレゼントをするなんて生まれて初めてのことだった。無難なところで花という線もあるが、これではあまりにも無難すぎるだろう。それに外してしまうと目もあてられない。
「如月君?」
急に掛けられた声にはっとする。我に返って見ると、目の前には橘が立っていた。
「あ、ああ、ごめん。いらっしゃい、日曜なのに珍しいね?」
慌ててきゅっきゅっと手にしていた招き猫を磨いてみたりする。
「近くを通りかかったものだから。」
ふと見ると、彼女は私服であった。制服とは随分とイメージが違う。そういえば、龍麻の私服って一度しか見ていない。あれは確か、港区のプールで会ったときだった。ジーンズにシャツという軽装で、初めてスカート以外の服装を見たんだった。そういえば、僕はあのあとから仲間になったんだ。あの頃は夏だったのに、季節は移り変わってもう冬だ。
「さっきから、何を考え込んでいるの?」
橘の声に再び我に返った。
「あ、いや、なんでもない…。」
慌ててごまかして、手にしていた招き猫を所定の位置に置いた。
「あのね、如月君、24日なんだけど…。」
丁度、橘が何か言いかけたときに店に置いてある年代モノの黒電話がけたたましいベルを鳴らした。
「あ、ごめん、ちょっといいかな?」
「うん…。」
しゅんとしてしまった橘に申し訳ないと謝りながら電話に出てみた。
「如月かっ!?」
電話の相手は蓬莱寺だった。
「ああ。蓬莱寺か?どうした?」
「いいか、よく聞け。」
電話の向こうの蓬莱寺の声は掠れて、なんだか泣いているようだった。ただ事じゃないその様子に僕は瞬間に身構える。
「ひーちゃんが、斬られた。」
蓬莱寺の言葉に一瞬、頭の中が真っ白になる。なんだ?…一体、なんだ?今、自分が何を言われたのかが理解できない。キラレタ。どういう意味だ?蓬莱寺、何を言ったんだ?
「重体だ。」
悲痛な声で続けられた。何が、何が起こっている?何を言っている?何、何、何?
「桜ヶ丘病院だ。すぐに来い。」
それだけで蓬莱寺からの電話が切れた。受話器を握り締めたまま、呆然とその場に立ち尽くす。ツーツーという音を残している受話器もそのままに、今の電話の内容を必死で把握しようとしていた。
タツマガ?キラレタ?ジュウタイ?
頭の中で回るのはただの文字の羅列。
「どうかしたの?如月君?」
その声に飛んでいた意識が急に現実に引き戻された。龍麻が斬られて重体。ようやく文字の羅列が意味をなす。
嘘だ。龍麻が、重体だなんて、どうしてそんなことが。重傷ではなく、重体?命にかかわる?
「如月君?」
二度目の問いかけにはっとして傍らを見ると不安そうな顔の橘がたっていた。
「ああ、すまない。龍麻が…あ、いや、急用だ。店を閉める。」
そう言って手近にあった上着を取る。
「すまない、また後日。」
店を閉めるとそのまま病院に向かった。

 

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