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真神学園旧校舎地下。「ふっ!」
 発した巫炎にざしゃっと、異形の者が血溜まりに崩れる音を合図に龍麻が構えを解く。さらさらと、確かに形のあったものは瞬く間に消えてなくなり、そこには、ころりと何か皮のものが残った。龍麻はその長身を、膝を折らずに体を曲げそれを拾う。
 「なんだ?」
 隣で同じように異形の者をたたき伏せた京一が覗き込む。
 「手甲みたいだな…見たことがない。あとで如月に聞いてみるか。」
 龍麻はそう言いながら他のメンバーの状況を見るためにぐるりと薄暗いフロアを見渡した。大方片付け終わったのを確認し、龍麻はフロアの中央に集合をかけた。
 これ以上をどうするかと時計を見ると、もういい時間になっている。地上に戻ったなら、おそらくはまん丸な月が出ている時刻であろう。冬至を迎えるにはまだ随分間があるが、最近は日が落ちるのも早くなってきた。
 「今日はそろそろ切り上げるか。」
 龍麻の一言で地下からぞろぞろとみんなが地上を目指す。
 「エレベーターがほしいよなぁ…。」
 京一の呟きに誰ともなく忍び笑いが聞こえる。
 一度は収まったかに思えた異変は再び形を変えて起こり始めた。つかの間の平穏は崩され、また力を持った者達が集まり始める。ヒーロー志願のグループ、歌姫とそれを護る騎士、剄を操るひよこ好きの中国人。そして何より龍麻の気にかかるのは九角の予言。敵であったが、嘘をつくためだけにわざわざ復活するようなハンパな真似をする奴じゃない。
 龍麻が一時やめていた訓練目的の旧校舎もぐりを再開したのはそんな理由があったからだった。
 言いようのない焦燥感に襲われるのは龍麻だけではなく。自発的に旧校舎に集まった仲間もかなりいた。最近では時間ができると旧校舎に潜り、己の力を高めていく。そんな毎日であった。
 ようやく地上に戻るとすっかりとあたりは暗くなっていた。
 「如月―っ。アイテムの鑑定頼むわ。」
 「ああ。」
 1階の部屋で龍麻は今日入手したアイテムを広げる。如月もそこにしゃがんで並んだ装備品の類を鑑定し始めた。
 「これは伏姫の靴だね。黒崎君の装備品だが、確か彼はもう持っていたね。よければ僕が買い取ろう。…それからこれは白虎。名前で分かるように醍醐君の足甲だ。足甲の中ではおそらく最高級品だから彼にこのまま使ってもらえばいい。」
 「醍醐。どうする?使うか?」
 「ああ。じゃあ、こっちを引き取ってもらおう。」
 龍麻は醍醐に白虎を渡し、代わりに今のものを受け取って如月にそのまま渡した。
 「それから、これは?」
 龍麻は最後に拾った手甲を如月に見せる。龍麻も拾ったときはよく見ていなかったが、それは芸術品といっても差し支えないほど精巧な細工が施してある。今にも動きそうなほど緻密でリアルな模様は4体の生き物からなっていた。一つ、轟くような咆哮が聞こえそうな虎、一つ、空へ駆け上がる如く珠を握る龍、一つ、羽ばたけば熱風が巻き起こりそうな見事な翼を広げた鳥、一つ、齢を重ね岩石のように重厚な亀甲に幾重にも絡みつき爛々と目を光らせる蛇。
 「四神…?」
 龍麻の呟きに、如月がこくりとうなづいた。
 「ああ。四神甲、だよ。」
 「へぇ…。」
 龍麻が珍しそうに眺めている。
 「それは今の宿禰甲よりもいいものだよ。使うのなら自分で持っているといい。」
 「んじゃ、そうする。こっち、引き取って。」
 龍麻は自分のつけていた手甲を外して如月に渡す。
 「でもさ、なんで俺の手甲に四神があんの?…醍醐の白虎とか如月の玄武とか、変生する人の装備品にあるのがフツーじゃないの?」
 そんな龍麻の言葉に如月はぴくりと僅かに眉を動かすが、聞こえないふりをして細い指で電卓を叩いて龍麻に見せた。
 「では、これも含めて今日はこんなところだね。」
 「ああ、それでいい。…お金は口座に振り込んでおいてくれ。」
 「わかった。」
 アイテムのやり取りが終わると今日の旧校舎潜りは終了である。各々帰り支度を始めるとすすっと京一が龍麻に近寄ってくる。
 「あーあ、疲れたー。ひーちゃん、ラーメン食ってこうぜ。」
 待ってましたとばかりに誘った京一に龍麻は冷たい視線を返す。
 「やだ。…ラーメンばっかで栄養のバランスとれないし。」
 にべもなく断る龍麻に京一がしなだれかかる。
 「いーじゃんかよぅ。じゃあ、今日はタンメンにしよう!あれなら野菜一杯で…。」
 「今日、オレ、如月ん家行くから。」
 「え?」
 すると京一の目が不機嫌そうにすうぅと細められた。
 「またこいつの家かよ。」
 新しく自分の装備品となった四神甲をはめながら龍麻がうんとうなづいた。京一の不機嫌なのは全く意にも介さないようで、四神甲の具合を熱心に調べているのだ。その横では如月が困ったような顔で京一と龍麻のやり取りを見、側にいた葵や小蒔や醍醐も不穏な空気を感じて京一と龍麻を見る。
 「またメシで釣ってんのか?」
 イライラしながら京一は如月をねめつける。如月は困ったように微笑んで「さぁ、どうだろう」と肩を竦めて見せた。それに余計に頭に来たのか、京一は再び龍麻のほうに向き直る。
 「なんで、こいつんちに入り浸ってんだよ。」
 龍麻は龍麻で京一のイライラの原因がわからずに、当たってきた京一に驚いた顔で素直に返した。
 「なんでって…如月の家の本を借りに。」
 「本ぐらい図書館で借りればいいだろ?」
 「如月の家はそんじょそこらの図書館じゃ置いてない本があるんだよ。」
 ちっ、と京一の舌打ちが聞こえて、面白くなさそうにじゃあなと短く告げて京一は旧校舎を後にする。
 「なんだ、アレ?」
 きょとんとした顔で龍麻は京一の背中を見送った。困惑気味の顔で醍醐、葵、小蒔、の3人は同じように京一の背中を見送っている。
 「ヤキモチ、よね?」
 葵が恐る恐るといった風に呟いて小蒔に同意を求める。
 「うん…多分。」
 小蒔も断定はしないけれど、葵の意見に賛成で、ちらちらと如月と龍麻の両方を見ながら答えて、さらに助け舟をだしてくれといわんばかりに醍醐にまで視線を送る。
 「まぁ、その、なんだな。京一は龍麻に夕食をフラれたのがショックだったんだな…。」
 醍醐の言葉にさらに龍麻は首をかしげる。
 「なんで?」
 「なんでって…。」
 醍醐はその先を言って良いものやら困惑の表情を浮かべたままちらりと如月を見た。
 「龍麻と僕が仲がいいのが気にいらないのだろう?」
 言いにくそうにしている醍醐の代わりに如月が龍麻から買い上げたアイテムを持ってきた鞄の中に詰め込みながら言うと、龍麻が一瞬きょとんとし、続いておなかを抑えて笑い出した。
 「ばっかじゃねぇのっ!?」
 言い切った龍麻に3人はどう返事してよいものやら困惑の表情を浮かべたまま。如月は相変わらずすまして鞄にアイテムを詰め込んでいる。
 「何をヤキモチやく必要があんだよ。…俺の取り合いしてどうすんだよ?…ったくよ、俺のカノジョでもあるまいし。」
 「でも龍麻はずぅっと如月くんと一緒でしょう?」
 珍しく葵が龍麻に言い返す。滅多にない葵の反撃におや、という表情を浮かべて、龍麻は葵のほうに向き直った。葵は普段、龍麻に対して意見することなんかない。それでも必死で自分を見る龍麻を見つめ返す。
 「だから、京一くんだって…寂しいんだと思うわ。」
 龍麻の視線に気圧されながらも葵が言い切る。龍麻は葵の視線にため息をついてゆっくりと優しい口調で返事をする。
 「京一とはそれこそ学校でずうっと一緒だろう?席も近いし、出席番号さえも前後だから体育の二人組みで準備運動も、生物の実験も、掃除の当番も、何すんにも一緒だよな?せめて学校以外で京一といる義務はないわけだから、自分だけで行動するのは自由だろう?…それに如月と話しているのが楽しい。メシを食う間も勿体ないくらいにな。こいつが迷惑かもしんねぇけど、オレは楽しい。」
 「別に、迷惑じゃない。」
 そう返事が来るのが分かってたように、龍麻はにんまりと満足そうに笑って葵に続ける。
 「俺はホモじゃない。俺が誰と付き合おうが男にヤキモチを妬かれても困る。もっとも…。」
 龍麻は後ろに立っている如月を振り返った。
 「ま、如月とならホモでも一向に構わないけどな。」
 その言葉に如月は苦笑して、アイテムを詰め込んだ鞄を持った。
 「帰るよ。」
 「おう、俺も行く。じゃあな。」
 そう言って裏門から出て行く二人の後姿を三人は複雑な表情で眺めていた。
 
 
 「だーかーらー。今日はラーメン食ってこうぜ!」
 翌日。京一は性懲りもなくまたラーメン屋に龍麻を誘おうとまとわりついている。
 「あのなぁ…。」
 龍麻はふぅっとため息を付いた。自分だってラーメンが嫌いなわけじゃない。だけど週3日も食べるほどラーメン好きでもないのだ。
 「今日も如月の家に行くんだよ。」
 その一言で京一の頭にかぁっと血が上る。
 「なんだよ。如月、如月って!そんなにあいつがいいのかよっ!」
 京一も冷静だったら絶対にそんなヘンなセリフをはかないだろうが、すっかりと逆上してしまっている今の京一に冷静という文字はない。
 「いいよ。」
 その京一をさらに逆なでするようにすました顔できっぱりと龍麻も答える。
 「そんなにいいなら王蘭にでも転校しちまえばいいだろっ!」
 叫んでから京一はしまったと思ったが遅かった。龍麻は一瞬だけ酷く冷たい視線で京一を見つめ、ふいっと視線をそらす。
 「それはいい考えだな。」
 独り言のように呟いた龍麻の冷たい声に心底ぞっとしたのは京一だけではない。一緒に歩いていた葵も小蒔も醍醐でさえも背筋の寒くなる思いをした。
 「ひーちゃん…。」
 京一がその冷ややかさに驚いて、思わず彼の名前を呟いたときに校門の外から聞き覚えのある声が響く。
 「龍麻っ!」
 ふと顔をそちらに向けると、酷く焦燥した顔の亜里沙が立っている。慌てて駆け寄ると、亜里沙は普段の彼女らしくなく、瞳に一杯に涙をためて龍麻の顔を見上げる。
 「どうした?」
 「エルが…。」
 「エル?亜里沙の可愛がってた犬か?エルがどうしたんだ?」
 「エルがいなくなっちゃったの。」
 ぽろりと、瞳にためきれなくなった涙が零れ落ちる。
 「なんだって?」
 普段から女性には優しい龍麻は泣いている藤咲を放っては置けずに、即刻エルを探しに行こうと藤咲の地元に向かう。しかし、その間中、龍麻と京一はほとんど喋らない。普段の藤咲なら、そのなんともいえない気まづさをすぐに察知するのだろうが、今の藤咲にはそんな余裕さえもない。
 「じゃあ、適当に分かれてエルを探そう。」
 藤咲の地元に到着すると早速分かれてエルを探し始めることにした。京一は藤咲と、醍醐と小蒔、龍麻は葵と組んで散らばっていく。
 「なんだ。…何かいいたそうだな。」
 龍麻は複雑な表情でいる葵に笑いながら尋ねる。
 「京一君が…王蘭に転校してしまえって言ったの…本気にしていないわよね?」
 恐る恐るといったように葵が龍麻に尋ねる。
 「ああ、そのことか。」
 ふ、と龍麻は短く笑った。
 「当たり前。」
 ほっとしたように葵が安堵の息を漏らしたのに薄く微笑を浮かべてから、公園内にある色づいた木々を見上げて呟くように漏らす。
 「もうすっかり秋だよな。」
 銀杏や櫨が今年の最後の飾りにと綺麗な色に染めた葉を、力尽きて冷たい土に落とし始めている。
 「もうあと半年もすれば俺たちはみんなそれぞれの道を行かなくちゃいけない。」
 な?と微笑んで葵を見つめ、同意を求める。
 「京一は京一の道を、俺は俺の道を歩き始める。そんときにさ、俺が京一と同じ道を歩かないからといってスネられても困るだろう?」
 あ、と葵はそこで小さく声をあげた。そうだった。度々起こる事件に忘れてしまいがちだが自分達は高校3年生。これからの進路を真剣に考えなければならない時期に差し掛かっているのだ。見失いがちだった進路という問題を真剣に考えている龍麻を葵は尊敬の眼差しで見つめる。
 「夕食をともにして、馬鹿話をするのも悪くはない。夢を語るのもいい。だけどさ。俺はもう自分のやりたいことを見つけてしまっているから。」
 龍麻の口調は実に穏やかなのだが、葵は急に寂しさを感じる。自分達と一緒にあった龍麻が何時の間にか自分達の側から離れていこうとしている。
 「それは、如月君に関係することなの?」
 思わず口から毀れてそれが失言だったことに気付くまでほんの僅か。さきほどそれで京一が龍麻を怒らせたばかりだったというのに。怒られる、と葵が肩を竦めたが、龍麻はふふっと微笑んでうなづいただけだった。
 「まぁ、そんなとこかな。」
 怒ることはせずに、そのまま茂みをエルを探して先に行く。
 「ねぇ…龍麻のやりたいことって…。」
 聞きかけて、それは聞いてはいけないような気がして葵は口をつぐむ。
 がさがさと茂みを掻き分ける背中を見ながら葵は一つのことに思い当たった。
 そういえば、龍麻のことを誰も知らない。
 どうして一人で暮らしてるのか、家族はどうしたのか。前の学校はどこだったか、何があって真神に転校してきたのか、どこで武道を習っていたかなど。
 龍麻が得意な科目や苦手な科目など学校生活に関したことは知っていても、そのプライベートとなると誰も知らない。
 相棒を自称している京一でさえ龍麻の自宅に入ったことがないかもしれない。
 龍麻のやりたいこと。普段、学校で散々顔を合わせている自分達には知らされてなくて、学校外で仲間になった如月だけがそれを知っているということに葵も微かに嫉妬を覚える。
 それに葵は気付いていた。
 龍麻は如月と話しているときに、本当に楽しそうに笑うのだと。
 その話の内容が、別に他愛もないアイテムの話や、装備品の話でも、嬉しそうに話している龍麻に、京一ではなく葵自身が微かに嫉妬をしているのも自覚している。だから昨日だってついつい京一の肩をもってしまった。それが結果的に、龍麻と如月の関係がかなり密であることを思い知らされただけで、さらに嫉妬を味わう結果になってしまったこともまだ記憶に鮮明である。
 葵は如月の静かな微笑を思い出す。
 如月は知ってるのだろうか。自分達の知らない龍麻のことを。
 どうして龍麻は自分達に話してくれないのだろう。どうして如月だけが龍麻のことを知っているのだろう。
 そう思うと、その穏やかな微笑でさえも嘲笑に思えてくる自分があさましいと葵は唇をかみ、前を行き一生懸命にエルを探す龍麻の後姿を葵は悲しげに見つめていた。
 そして、直後、困った事態が起こる。
 一緒にエルを探していたはずの藤咲と京一が行方不明になってしまったのだった。
 「ちっ…どうしたか…?」
 龍麻は嫌な予感を拭うことが出来ない。
 「もしかして先に帰ってるのかもしれないよ?」
 小蒔が明るく言うが、それはほとんど考えられないことであった。
 京一がいくらオネーチャン好きでも、現在の事態を考えた上で行動を起こすし、目的から外れること、勝手なことをする人間ではないと龍麻がよく知っていた。
 おそらく何かがあった。
 それは本能的にも感じていたことだった。
 あれほど藤咲になついていたエルが逃げることなどありえない。何よりも犬は人につく動物だから、弟の形見に、何よりも可愛がっていたエルが藤咲の側を離れることなんてありえない。
 そしてその藤咲自身も消えてしまったことが余計に龍麻に危険を訴えている。
 かといって、どうしようもなく、様子を見るということでその日は一時解散することになった。
 
 
 
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