「ねぇ、また来るよね?」
夕食の後、部屋に戻っていたファロンを急に訪ねたシェイが開口一番に言った言葉がそれだったものだから、ファロンは酷く驚いて目を見張る。
「…な、に…?」
「シーアン城に、また来てくれるでしょう?」
それでもシェイはまっすぐに、もう一度強く念を押すように言う。
そして、どうやらシェイの言っている意味が理解できたファロンは困ったように笑って、シェイにとりあえず座るように言った。
まだ未成年のシェイにはワインは飲ませられない。
ファロンはグレミオから貰ったジュースをシェイに出してから彼の前にある椅子に座る。
「…なんでそんなことを?」
分かっているはずなのにそう言うのは、きっとはぐらかしたいからなんだ、と思ったシェイはなんとか約束を取り付けたくてもう一度口を開く。
「だって、この間ファロンは言ったでしょ?自分の全力を尽くしてくれるって。…だったら、明日、一度トランに戻ってもまたここに来てくれるよね!?」
ファロンに問いかける目は酷く真剣で、はぐらかされまいとする意思がみなぎっている。
「シェイ…。」
どうしてわかってしまったのだろうと、ファロンは内心ひっそりとため息をついて、それでもなんとかシェイをなだめようと言葉を探すが、ファロンの動かない表情からどう読み取ったのか、シェイは敏感にファロンの心の動きを判断してなおも続ける。
「僕、まだファロンと話したいんだ。ずっと考えてきたこととか、いろんなこと!」
畳み掛けるような言葉にファロンが困惑の表情をいっそう深くする。
「ファロンまかせじゃいけないってわかってるけど。…だけどマイクロトフだって、カミューだってファロンにはすごく信頼をよせているし、ゲオルグさんだってファロンにいてほしいって思ってる!僕だって…。」
そこまで言って、あとは何を言ったらファロンがまた来てくれるのか、わからなくなって、シェイは少し押し黙った。
とにかく戻ってきてほしい。
シェイの頭にはそれだけしかなかった。
ファロンがもう戻ってきてくれないんじゃないかって思ったのは、昼間、トランの使者が来たとき。
シェイの直感では、使者の二人はファロンが好きで、でも、ファロンはそうじゃなくって。それをわかっていても二人はどうしてもファロンを手に入れたいらしくて、彼らのやり取りがフリックさんの気に触って。だからファロンも二人を怒った。
もしかしたら、もう二度とここに来てくれないかもしれない。
そんな風に思ったのはそのときだった。
「フリックさんが…気にかかる…?」
漠然とした直感が、形となってシェイの頭に降りてきたときに、思わず口からそんな言葉が漏れてきた。
しまった、と口をつぐんでも遅くて、恐る恐るファロンの顔色を伺うと、力なく微笑んでいるだけで。
「ごめんね…。」
シェイが謝ると気にしなくてもいいといったように、ファロンが小さく頷いた。どうやらシェイの言葉は的を得ていたようで、ファロンは困ったような表情を浮かべている。
「ねぇ、聞いていい?」
「なに?」
「使者できた二人。どういう人?」
ファロンはうーん、とどう説明していいものかと首をかしげて考え、それから口を開く。
「…あの二人は解放戦争終盤に解放軍に加わった、私の父が最も信頼してた部下なんだ。」
「えっ!?」
ファロンの言葉にシェイが固まる。
ファロンの父はファロン自身が手を下した、ということをシェイは知っている。
それは仕方のなかったことだと、避けては通れぬ道だったとビクトールは言っていた。
ビクトールの話では、早くに母を亡くしているせいかファロン親子はとても仲が良かったらしい。ファロンは父をとても尊敬していたし、父もファロンを可愛がっていて、ゆくゆくは自分の右腕にし、手元でじっくりと育て上げて将軍職を譲ろうとしていたというし、ファロンはファロンで一日も早く父に追いつこうとしていたらしい。
そこまで仲の良い親子が互いに殺しあわなくてはいけないということはどんなに辛いことだったろう。
そして、その父親の部下、しかももっとも信頼していた部下ということは、彼らがファロンに対して、何がしかの感情をもっていたことを想像するに難くない。尊敬する将軍を手にかけたという負の感情よりも、やはりそれは跡継ぎとなるべき将軍の娘ということからも最も彼女の婚姻相手にふさわしい、という自負があっただろう。
「私の父をかなり尊敬していて、解放軍に加わった当初なんかは、娘の私でさえも神様か何かのように思っていてね。正直、困っていたんだ。」
そういったファロンの顔はどうやら今でも困っているようで、シェイは悪いと思いながらも笑ってしまう。
シェイにはそれで、あの二人がフリックにつっかかる理由も分かったような気がした。
それは単純なこと。単なる嫉妬だったのだ。
本来ならば父親の肩腕といっても差し支えない部下である自分達のどちらかと、将軍の娘であるファロンが結ばれて将軍家を継ぐつもりだった。だけど、ファロン自身は解放軍に加わってしまい、紆余曲折を経て自分もようやく解放軍入りをしたがすでにそこにはフリックがいた、ということだろう。
そしてファロンの鈍さもそれに拍車をかけている。
あれだけ頭がいいのに、自分が絡む恋愛沙汰となると鈍くて、恐竜なみの鈍さである。
気の毒に。
シェイは心の中でひっそりと二人に同情したが、今はトラン共和国のことよりも、ファロンがまたデュナン軍に来てくれないと困るのだ。
「僕、ファロンが気兼ねなく来れるようにできるだけのことはするから。ね?お願い。まだまだたくさんファロンに話したいことがある。考えたこととか、これからのこととか。誰にも言うことができない話しもある。シュウにでさえも。」
これでどうだ、とばかりに放った台詞の効き目を確かめるようにシェイはじっとファロンを見つめた。
彼女の眦が下がり、やれやれとでも言いたげになったのをみてシェイはほっとする。
「わかったよ。…用事があったら家に来るといい。しばらくはまだグレッグミンスターに滞在するつもりだから。」
「やった!ありがとう、ファロン!」
躍り上がるようにして喜び、ファロンの手を握ってぶんぶんと嬉しそうに振り回す。
「さーて、そうと決まったらファロンの部屋、決めておかなきゃ。それから…。」
嬉しそうにファロンのために整えることを考えながらシェイが部屋から出て行くのを見送りながらファロンはふぅと小さくため息をついた。
これから先の戦局はおそらく厳しいものになると簡単に予想できる。願わくば自分と同じ轍を踏まぬように。どうか、少しでも苦しみが軽くてすむように。
自分の力が及ぶ限りのことをしてやろう。
それがシェイのためでもあり、ひいてはフリックを助けることにもなるのだから。
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