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昼寝から目覚めたのはもうすでに日が傾いた頃で、ファロンとフリックは夕食をとるために連れ立ってサロンへ向かうべく歩いていた。兵舎の横を回りこみ、道場の入り口辺りまで来たときに目の前を白いモノがひょこひょこと通る。
 「?」
 ファロンは初めて見るそれに足を止めた。その白いモノも何かの気配を感じたのか、不思議そうな顔をして(少なくともファロンにはそう見える)ファロンを見上げている。トラン解放軍とは違い、デュナン軍には人外のものが沢山参加している。
 トラン解放軍にもいないではなかったが、数から言えばこちらのほうがはるかに多い。
 だから、そのうちの一匹もしくは一頭なのだろうと思いながら、その白いモノと見詰め合っているとそれはにこ、と笑ったような気がした。
 「…ブライト。フッチは一緒じゃないのか?」
 フリックの言葉にファロンがはっとする。
 「フッチ!?…この子、フッチの?」
 「ああ。はぐれ竜なんだそうだ。マチルダにある洛帝山で孵化したんだ。」
 「へぇ…竜洞以外でも竜が生まれることがあるんだ。…この白さはアルビノ種、なのかしら。」
 ファロンはしゃがんで竜に目線を合わせると、そっと頭をなでてやる。ブライトはくすぐったそうにしてファロンがなでるのをじっとして受け入れていた。
 「よしよし、お利口さんだね。」
 キュウンとかわいらしい声で返事をするように一啼きするとまもなく聞き覚えのある声が近づいてくる。
 「…イト…、ブライトーっ!」
 それはかつての盟友であった少年の声で、ファロンはその声にびく、と体を震わせた。
 「…ブライト!ここにいたんだ。」
 駆け寄ってきた彼は一緒に戦った頃よりも少しだけ大人びていて、それでも少しすねたような目があの頃と変わらない。まだまだ少年のまま。
 「…あ。…ファロンさん。」
 「うん。…久しぶり。」
 少し困った顔でファロンが返事をすると、フッチは明るい顔でファロンの隣にしゃがみこむ。
 「ブライト、ファロンさんに遊んでもらってたんだ?」
 フッチが手を差し伸べると、当たり前のようにブライトはフッチの腕に擦り寄って、そこが居場所とばかりに腕の中に納まる。
 「…ごめんね、挨拶しにいかなくって。…来ていたのは知ってたんだけど、次の日から訓練に出ちゃってて、さっき戻ってきたばかりなんだ。」
 フッチの笑顔にファロンは少しだけ安心して頷いた。
 「ファロンさん、元気だった?」
 「うん。…フッチも?」
 「うん、元気だよ。…良かった、ファロンさんに会うことができて。僕ね、ファロンさんに伝えたいことがあったんだ。」
 にこにこと嬉しそうな笑顔で言うフッチにファロンは少し面食らいながらも、なんだろうと首をかしげる。フッチはえーと、などといいながらちょっとの間、頭の中で言いたいことを整理していたらしく、何をか考えるそぶりをしてから話を切り出した。
 「…あの時、ブラックを失ったこと、きっとファロンさんは自分のせいだって言うだろうけど、そうじゃないんだ。」
 びくりと、ファロンが肩を震わせて、悪夢でも思い出したかのようにやや怯えたような瞳でフッチを見るのと対照的に、フッチは微笑んでいる。
 「あのとき、あそこに誰かが行かなければ竜洞の竜は全滅だったから、僕は勝手に行ったんだ。」
 竜洞の竜が原因不明の眠り病に襲われて、残っているのはスラッシュとブラックの2匹だけで。スラッシュはファロンたちを乗せて他の場所に出ていたのだ。
 「グレッグミンスターで僕はブラックを守ることができなかった。ブラックを失ったのは僕が未熟だったからだって思うんだ。」
 まだ思い出すと辛いのだろう、悲しそうに伏せられた瞳にファロンはあの時、ブラックを失ったときのフッチの悲しみを思い出す。
 自分のせいだと、ファロンはあのとき激しく後悔した。
 自分がちゃんと止めていたら。きちんとグレッグミンスターにある材料の入手方法を考えていたら。テッドのことにとらわれず、他の人間にも心を配っていたら。
 ファロンはそのときのことを今でも後悔していた。ブラックを失ったせいで竜洞を出なくてはならなくなったフッチに、ファロンは負い目を感じていたのである。
 そのことでフッチに責められても仕方がないとも思っていた。
 だからフッチのこの言葉が意外で、ファロンはそれが彼の本心であるかどうかすぐには図りかねていた。
 「…ファロンさん。竜洞の竜はファロンさんが来る前からもう病気にかかっていたんだ。竜たちがそうなったのはもちろんトラン解放軍のせいじゃない。むしろリュウカン先生を連れてきてくれて、そのおかげで他の竜たちが助かったんだと思う。だから、ブラックを失ったのはファロンにまったく関係のないことなんだ。」
 そういった瞳は強く、ファロンはその強さにはっとする。
 「最初は、どうして僕が竜洞を出なくちゃいけないんだって思った。だけど、そうじゃないんだってこと、今ならわかる。僕は何かを守る、ということがどういうことなのか、ハンフリーさんと旅を続けて少しだけわかった気がするんだ。」
 そうしてフッチは腕の中で甘えるブライトを2,3回軽くなでてやる。
 「…そして、どれだけファロンさんが大変だったか、ようやく僕にもわかったんだ。だからね、今度、会うことができたら絶対に言おうって決めたんだ。ブラックが死んだのはファロンさんのせいじゃないって。」
 キュウウウン、とさびしそうな声でブライトが啼く。
 「僕、これからはこの子を大事に育てるよ。今度こそ、ちゃんと守ってあげるんだ。そうすることがブラックへのおわびになると思うんだ。」
 その言葉の強さと、瞳の強さが彼が本気であるということを物語っていて。ファロンは少しだけほっとした。
 「そう…。」
 「だからね、もうブラックのことで自分を責めないで。それを伝えたかったんだ。」
 「わかった。」
 ファロンが頷くと、フッチはほっとしたような顔で息をつく。
 「あー、良かった。…ずっとね、気になってたんだ。早く言わなきゃ、早く言わなきゃって。すっきりしたぁ。」
 「…すっきりはいいけど。ブライト、おもらししてるぞ?」
 フリックの指摘にフッチが慌ててブライトを見ると、確かにぽたぽたとしずくがたれていて。
 「わーっ、待って!待って!まだだめだよっ!じゃあねっ、ファロンさんっ!」
 そういいながらフッチは慌しく走っていく。
 その様子を姿が見えなくなるまでファロンはそこでたって見送っていた。
 「…みんな、前に進んでいくんだね。」
 ぽつりと。
 ファロンの漏らした言葉に、フリックは微笑んで、ぽんとファロンの頭に手を乗せてくしゃくしゃとなでる。
 「ほら。行くぞ。…早くしないとビクトールにメシ、全部食われちまう。」
 「ん。」
 ごしごしと、ファロンは袖で顔をこするとフリックについてサロンへの道を辿り始めた。
 
 
 
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