招待〜12〜

 

 

その日は午前中にようやく体の空いたシェイがファロンにくっついて回っていた。
招待して以来、ファロンと沢山遊んだり話したりしたいのに、軍主としての仕事が次々に舞い込みそれをこなすのに精一杯で、結果的にはかなり長期間ファロンを放っておくことになってしまった。
「ごめんね、ほんとにごめんね。」
シェイは朝からファロンに謝りっぱなしで、対するファロンといえば苦笑するだけで。自分も昔、軍主だったからシェイの忙しさはわかっている。だから気にしなくて良いというのに、シェイは気がすまないらしい。
「いいって。それより、今日はどうしようか?」
ファロンが笑顔で尋ねるとようやく話が進む。シェイはここ数日のファロンの行動をクラウスやシュウから聞いていたので彼女が城内のほとんどの施設を回ってしまっていることを知っていた。
「そうだなぁ…。釣りでもしようか。」
シェイに誘われてファロンはヤム・クーの釣堀へと足を運ぶ。
もちろん、ファロンが釣堀にも行っていた事は知っているが、バナーでもファロンが釣りをしていたことを思い出し、そう嫌いではないと判断しての選択であった。
うす曇の、悪くないコンディションのもと、シェイとファロンはヤム・クーの側でのんびり釣り糸をたれながら、いろんな話をした。
軍のこと、宿星たちのこと、城のこと。戦争のことだけではない、小さい頃のことや好きな食べ物、今まで一番びっくりしたこととか、可笑しかったこととか。およそ、同年齢の友達がするような話を二人はゆっくりとした。
シェイは小さい頃、キャロの町ではジョウイぐらいしか仲の良い友達はいなかった。だからこういったなんでもない話をジョウイ以外の人とするのはほぼ初めてで、だから嬉しくて、夢中になってファロンとそんな他愛のない話をする。
ファロンのほうもそんな話をするのは久しぶりだった。
小さい頃は将軍の娘として周囲から一目置かれていて、周りは常にグレミオやクレオやパーンを始めとする大人に囲まれていた。記憶中では唯一無二の友人であったテッドとそんな話をして以来のことで、先の戦争が始まってからはついぞそんな話をする時間もなく、トランを出奔してからはお供としてついてきていたグレミオはファロンとほぼ同じ体験をしているのでわざわざそんな話をするわけでもない。
そういえば、シーアン城に来てからというもの、人と久しぶりにゆっくり話しているかもしれない。そんなことを思い当たってファロンはくすりと小さく笑う。
「あ、かかった。」
ファロンの竿がぴくりと跳ね、慌ててあげてみると吊り上げたのはエビだった。
「どうしますか?」
ヤム・クーが尋ねるのに、ファロンはびくの中にエビを放り込む。
「厨房に持っていく。お昼ごはん。」
「ああ、そうですねぇ、それもいいですねぇ。」
ヤム・クーの表情は長い前髪でほとんどが隠れて見えないけれど、口元はにっこりと微笑んだ。兄貴分のタイ・ホーと違って穏やかな性格のヤム・クーは博打をするでもなく、酒は飲んでもさほど深酒もしない。タイ・ホーに比べると地味ではあるが、地に足の着いた堅実さをオデッサ城にいるときにファロンは随分と買っていた。タイ・ホーが無茶できるのも、ヤム・クーの支えがあってこそ、といっても過言ではないと思ってる。
だけど、今回、ファロンの見知ったもうひとつの顔がない。不思議に思ってファロンが尋ねてみる。
「そういえばキンバリーは?」
「兄貴がどうにも煩くて叶わないって逃げ回ってましてね。」
タイ・ホーの押しかけ女房のキンバリーは戦後すっかりとタイ・ホーの家にいついてしまった。いつも一緒にいるヤム・クーを煩がっていると、先日シーナから聞いた覚えがある。
「ヤム・クーにしては、今のほうが楽しいでしょう?」
「さぁ、どうなんでしょうねぇ。」
だけど、その声も、口元も明らかに肯定していて。ファロンはひっそりとキンバリーに同情しながら笑う。
「まさか逃げてきてここにいるってわけじゃあないよね?」
ファロンの問いかけにヤム・クーは苦笑して、ゆっくりと首を振った。
「ちょっと頼まれてこっちまで出かけてきたんですがね。兄貴の悪い癖が出て。」
「もしかして、シェイに負けた?」
「察しの通りですよ。ファロンにしても、シェイにしても、軍主さまとなると博打も強いんですかねぇ?今回も見事に負けちまいましてね。」
ね?とヤム・クーがシェイに同意を求めればシェイも可笑しそうに頷いて続ける。
「タイ・ホーが弱すぎるんだよ。シロウさんとこに入り浸ってるようだね。カモられて大負けしてるんでしょ?」
「兄貴はすぐ熱くなるから。」
だけど、その口調はまるでやんちゃな子供を見守る母親のようで。やっぱりヤム・クーの方がしっかりしている、とファロンもシェイも無言で認識を新たにする。
「…ヤム・クーは、なんで釣堀なんてしてるの?」
それにしても、ファロンの記憶の中ではいつもタイ・ホーのあとをくっついていたのに、一人で、ここで釣堀をやっているのがどうにもファロンには不思議で仕方ない。話をしたところ別に仲が悪くなったというわけでもなさそうだ。
ファロンの素朴な疑問に彼は口元だけで困ったように笑った。
「…なんでといわれても返答に困っちまいますが…。」
ぽりぽりと、その長い髪を掻いて言葉を捜す。
「タイ・ホーの兄貴が博打ですられてくるんですよ。…ですからね、その埋め合わせ。」
なるほど。ファロンは弟分の苦労を知って微笑んだ。
「…やっぱり仲がいいなぁ。」
からかう様に言うと、ヤム・クーは照れたようにぽりぽりと頬を掻く。
「タイ・ホーも果報者だよね。こんなに暖かく見守ってくれる弟分がいて。」
ファロンの言葉にヤム・クーはにっこりと微笑んで、それから穏やかな声で言う。
「それぐらいしか、できませんから。」
穏やかで控えめな彼らしい言葉だとファロンは感心する。
「こういう、のんびりとしたところ、好きだなぁ。」
ファロンが伸びをしながらいうとうれしそうにヤム・クーも口元を綻ばせるのを、シェイは珍しそうに眺めていた。
普段、あまり表情を表さないヤム・クーがここまで笑うのを見たことがない。
「なんだか、気持ちよくって。ゆっくりできる。」
ファロンの言葉に、ヤム・クーがそうでしょう、とばかりにうなづいた。
「…タイ・ホーの兄貴だけでなく、ファロンやシェイだって、遠慮せずに何かあったらここに来るといいんです。…ここはのんびりできるでしょう?…ぼんやりと過ごすには丁度いいし。何か嫌なこととか、悲しいこととか、みんなにはいえない何かを言いたいとき、ここで言えばいいんです。…俺、軍の詳しいことなんてよくわかんないけど、それでも聞くことだけはできますから。」
ね?と笑ったヤム・クーに二人は一瞬呆然としてしまっていた。
その二人のリアクションに、少し恥ずかしかったのか、困ったようにぽりぽりと頬を書きながら彼は続ける。
「…俺ね、ちょっとだけ後悔してたんです。…トラン解放戦争の後、ファロンがいなくなったって聞いたとき、すごく辛いこととか、悲しいことがたくさんあって、でもそれを周りの誰にもいえなかったんだなぁって思ったら、俺、なんにもファロンにしてやらなかったことを思い出しちまって。…俺なんか時間なんて腐るほどあったのに、なんで聞いてやれなかったんだろうなぁって反省したんです。…だから今度はシェイにそういう思いをさせないようにって思って。…息抜きできる場所を作ろうって思ったんですよ。」
それぐらいしかできないんですけどね、なんて付け足すように慌てて言って、ヤム・クーはまた恥ずかしそうに笑う。
「…そうだったんだ?」
「そうなんですよ。」
そんな他人事な返事をしながらヤム・クーが釣竿をあげる。そこには白身魚がかかっていて、ファロンのビクにプレゼントだなんていいながら放り込む。
「だから俺には遠慮しないで下さいよ。…リーダーってのがどんくらい大変かはよくわかんねぇけど、ちっとでも助けになれば嬉しいですから。」
ね?とヤム・クーはもう一度念を押すように二人に笑いかける。
「ヤム・クーって…優しいなぁ。」
ファロンが呟くと一瞬にしてヤム・クーの顔が赤く染まる。
「なっ…なにを…。」
「ありがとね、ヤム・クー。すごく嬉しい。」
嬉しそうに笑うファロンにさらにヤム・クーの顔が赤くなり、熟れ切って落ちる前のトマトのようになってしまった。
「い、いや…。」
「また遊びに来てもいいかなぁ?」
ファロンの上目遣い付きの言葉にヤム・クーは真っ赤なままうなづいて。
「…よかった。…また暇になったら来るね。」
「あ、ああ…。」
そう言ってファロンは竿をしまい、ビクを持ち、足取りも軽く厨房へと向かう。
シェイも同じように慌てて竿を片付けながら、どうしてあんなにファロンのファンが多いのかわかったような気がした。
そして、ファロンの恐るべき疎さも。
今、一体どれぐらいの人がファロンにやられているんだろう。
ある意味、悪質な伝染病より性質が悪いかもしれない。
だけど。
感染してしまえば、それはそれで幸せなのかもと、赤い顔のまま嬉しそうにファロンの後姿を見送るヤム・クーを見ながらシェイはひっそりと思った。


                                                

END

 

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