招待〜10〜

 

 

「そんじゃ、乾杯!」
夕食を終え、ようやくファロンと遊べるとシェイは喜んでいたのだが、度重なる遠征や会見、調印などで書類仕事が山の様に溜まってしまい、喜んだのも束の間、さっさとシュウの部屋に連行されていった。そうしてあとに残されたファロンをビクトールが無理やり酒場に連れてきて、遅ればせながら再会を祝う乾杯をしている。
「それにしても、ファロンも20かぁ、早いもんだなぁ。」
ビクトールは感慨深げに目の前のファロンを見つめた。
20歳になったとは言っても、ソウルイーターを継承したときから肉体的には加齢することはなく、その姿はビクトールと初めて会ったときのままである。
「おまえと出会ってからもう随分とたっちまったんだなぁ。」
門の紋章戦争で1年半一緒に戦って、そのあと3年以上も互いに行方不明になっていて。消息が余人に知られるようになったのは、ビクトールはデュナン統一戦争と呼ばれるこの長い戦いの初めのほう、ミューズの傭兵をしたあたりからで、ファロンはハプニングにより不本意ながらもグレッグミンスターに帰還してからだった。
5年も月日が経っているはずなのに、一向にファロンの見た目は変わらない。真の紋章の継承者が肉体的に加齢しないのは知っていたし、実際にルックがそうであるのを見ているけれど、改めてファロンを目の前にするとそれが本当だったんだと実感してしまう。
「昔話でもしたいの?」
可笑しそうに笑うファロンは、リーダーとして戦っていた頃よりは少しだけ表情が豊かになっていた。
先の戦争の終戦前の、立っているほうが不思議なほどのボロボロになった心は癒されたかと心配になるけれど、こうして笑っている姿を見ているとそれが杞憂だったとわかり安心する。完全に癒されたわけではないだろうが、自然な笑顔が戻ってきていることが何よりの証拠だと思う。
「昔話したいなんて、トシ取った証拠ね?」
くすくすとからかうように笑ったファロンにビクトールは肩を竦めた。
やはりトランの大統領にならなかったのは正解だったかもしれない。あんな状態のまま大統領になっていたらファロンはとうに壊れてしまっていたかもしれないから。再会した後、たとえどんな状態になっていようとも最大限大事にしただろうが、それでも今のような笑顔を見れたほうがよっぽどいい、いや、この方が遥かに好ましい。
そんな言葉を本人には伝えずにワインと一緒に飲み下す。
「おうよ。最近はめっきり腰が痛くてなぁ。」
「ふふふ。」
とんとん、と腰を叩いて見せるビクトールに可笑しそうにファロンが笑った。以前だったらこんな笑顔は絶対に見せなかった。
変わったのは、放浪生活のせいなのか、それとも今夜も歩哨当番の貧乏くじをひいた運のない生真面目な相棒のせいなのか、ビクトールには図りかねる。
結局、再会した夜に何があったかをフリックに尋ねても、積もる話をしただけだというファロンと同じ答が戻ってきただけである。もっとも、そこで手を出せるようならオデッサの時だってとっくにそうしていただろうし、そうしないところがフリックらしいのだ。
「ホウアン先生に見てもらったほうがいいわね。」
「まったくだ、大体シュウの野郎、人使いが荒くていけねぇ。」
ファロンの前に置かれているのはワイン。カナカン産の上等なもので、この酒場にある中でもかなりいい酒だ。ファロンはグラスを傾けると一口、その液体を口に含む。
こうして、酒を一緒に飲める日が来るとは思わなかった。
ビクトールは嬉しそうに目を細める。
ファロンがフリックのことを好きだなんてとうにわかっているけれど、だけど、それでもファロンの側にいたいと思う。
戦うことしかできない自分でも、今のこの状況ならばファロンの役に立てるから。ファロンとファロンが最も大切にしている人物を守ってやることができる。
グレッグミンスターでの最終決戦のあと、ファロンの前から姿を消した後、フリックには言わなかったが密かにもう一度ファロンと共に戦いたいと思った。ファロンが全力を尽くしてデュナン軍に協力すると宣言し、シェイもそれを喜んで受け入れたことで図らずもその願いが叶って、今度はどうしたら離れずに済むだろうかと想いを廻らす自分がいる。
そして、今度はファロンとフリックと俺と。
3人で旅ができたらどんなに楽しいだろう。
「あ…れ…?」
想いに耽っていたビクトールに訝しげなファロンの声が耳に入り、ふと我に帰る。
「どうした?」
「あれ…。…もしかして。」
ファロンは酒場の戸口を見つめていた。
そちらに視線を送ると、先ほど入ってきたらしい二人連れの客はまっすぐにこちらを目指して歩いてくる。
「…っ…てめえらっ!」
入ってきた男たちは、どこにでもいる、ごく普通の町人の格好に身をやつしてはいるけれど、先日ラダト郊外の元の自分たちの砦の側でやりあった(正確にはファロンとやりあった)ハイランド軍のシードとクルガンに間違いはなかった。
どこから入ってきたのか、表門の歩哨はギルバートで、裏の歩哨はフリックのはずだからそうやすやすとは突破されないのに。しかも表で目立った騒ぎは全く起こっていない。
気色ばむビクトールを見ると、クルガンは苦笑して軽く会釈をしてよこす。
そうして腰をぽんぽんと叩くと、そこには普段、肌身離さず佩いているであろう剣がない。
「ああ、別にね、今日は戦いにきたわけでも、スパイにきたわけでもありません。軍のこととは全く無関係な、個人的な用件で参りました。」
叫びそうになるビクトールにクルガンはにっこりと微笑んで言う。
「…どういうつもりだっ!」
「ああ、騒がないで下さい。…私たちはね、ファロン殿に会いたくてきたのです。」
クルガンはそう言って、自分の目の前に座るファロンを囲むようにして両脇に座る。
一体どうしたことだろうと、ファロンは両隣に座る二人を交互に見つめ、不思議そうな顔をしていた。
普通、敵側の将軍が供も連れずに単独で相手の軍の本拠地に乗り込んできたりなんかしない。
「ファロン殿、覚えてるか?俺はハイランド王国第4軍将軍、シード。」
赤毛の男は嬉しそうに微笑んで言う。
戦地で会った時には恐るべき力と剣の技を持って恐れられるこの男も、間近でこうして笑っている姿を見ればまだ充分に若いのだと実感する。人懐こいような明るい笑顔はファロンの反対側に座る落ち着いた笑みを浮かべるクルガンとはまさに正反対。
「ええ、覚えていますけど…。」
困惑の色が隠せないファロン、自分のことを覚えてもらっていたという嬉しさからなのか、満面の笑みを浮かべるシード。ビクトールの目の前には一刻前までは予想もつかなかったような場面が繰り広げられている。
「よかった。忘れられていたらどうしようかと思っちまったよ…。…あのな、どうしてもファロン殿に伝えたいことがあって、危険なのはわかってたけど、来ちまった。」
ファロンはどうしていいかわからないようで、困った顔をこちらに向け、それでも話を聞こうともう一度シードに向き直る。敵の話もきちんと聞こうとするのはファロンの美徳であるといつも思う。
ファロンに話を聞く用意ができて、シードは安心して口を開く。
「俺は、少しは腕に自信があったんだ。軍じゃ、猛将の異名をとってたし、剣だって軍でも一、二を争う腕だったんだけどよ。ああもあっさりやられちまうとは思わなかった。」
にこ、と屈託のない笑顔でファロンに言う。
「さすが、トランの英雄だぜ。…伝説の戦女神ってのは伊達じゃなかったんだな。」
「それはどうも。」
ファロンは話の筋が読めないのと、英雄呼ばわりとで少し困ったような顔をしている。
「そんなことをわざわざ言いに?」
「いや、違う。…俺はな、アンタのその強さに惚れた。」
惚れた、だとぉ?
俺は真剣な目をしてファロンに向かいあっているシードと、ファロンの反対側で苦笑しているクルガンとを交互に見比べる。どうやら冗談じゃないみたいだ。ファロンはというと、真面目な顔をして話を聞いている。
「この戦いが終わったら、俺と結婚してくれ。」
続く言葉に俺は思わずワインを噴出していた。
「汚いねぇ。」
ワインを噴出した俺を見てカウンターの中のレオナが眉を顰めている。
いや、そんなことはどうでもいい。こいつ、今なんていった?結婚してくれだと?
がやがやと賑やかな酒場では、ここで交わされている会話も、こいつらの正体もみんなわかっちゃいねぇ。それが逆に今、とてもありがたかった。
そしてとんでもないプロポーズを受けた本人、ファロンはというと、何をか考えているようで少し目を伏せていた。そりゃ考え込むだろう。ファロンにはフリックがいて、こいつらはそのフリック、いや、デュナン軍と戦っている敵なわけで。
だけど、ファロンは何かを思いついたようで顔をあげてにっこりと笑った。その笑顔は、見覚えのある、何をか考え付いたときの策士的な笑顔。
「返事はいつ貰えるか?」
せっかちな性質らしいシードはファロンに言い募り、ファロンは微笑しているだけで。
「本気だぜ。…これでも。」
やれやれといった顔でファロンは口を開く。
「…戦いが終わったら。」
「ほんとかっ!?」
ぱっと輝いた、とでも言ったほうがいいようなシードの顔。
「本当です。でも、あなたにいい返事ができるとは限らない。」
忘れずに釘を刺したファロンの言葉に、それでもいいと頷いて。
「じゃあ、こんな戦争なんかぱぱっと終わらせちまうから。絶対に、絶対に待ってろよ。…さぁ、帰るぞ、クルガン!」
そうしてクルガンを促して、嵐のように帰って行ってしまった。
「…ビクトール。ここの城はあんなに出入り自由なわけ?」
苦笑しているファロンにぽりぽりと頬をかきながら返事をする。
「シェイの方針だよ。丸腰の人間はたとえ敵であろうとも酒場、宿、店までは出入り自由なんだ。」
「それにしても敵将も来るなんて…千客万来だよね…。」
ファロンの呟きにビクトールはううむと唸ってしまった。
「ファロン。なんで断んないんだよ。」
厄介なものに惚れられたファロンに、同情の目と、そうして少しだけ嫉妬を滲ませて尋ねるといつもの、小首を傾げる可愛らしい仕草で答えてみせる。
「断ったらどうなると思う?」
「そりゃ、どうしてだとか、誰か決まったやつがいるのかとか…あいつのことだから、その男と決闘だとか抜かしかねないな。」
「でしょ?…あれこれ詮索されるのは嫌だったし、ここで暴れられるのも困り物。彼、かなりの使い手だから、この店の中にいる人が巻き添えを食っちゃうでしょう?あんなのは早く返したほうがいいじゃない?」
あっさりと答えるファロンは、フリックがこのことを聞いたらどう思うのかなんてきっととうにわかっていて、その対応も計算できているのだろうが。
やっぱり少しだけ同情してしまう。
敵将までも魅了してしまう恋人をもった、運のない我が相棒に。

                                                

END

 

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