翌日。装備を整えたメンバーがロックアックスに突入を開始したのは昼前だった。
おおよその道はマイクとカミュから聞いていたが、道々、白騎士が現れて何度も戦闘になる。
「くっそー、こいつら、一体どのくらいいるんだぁっ!?」
白騎士をまとめて倒した後に、ビクトールが悪態をつく。その様子にシェイが苦笑しながらファロンのほうを向き直った。
「まだこっちでいいのかな?」
「あと少しこのままで。10メートルほど行ってから右だ。」
ファロンは冷静に、カミュに教わったとおりの道順を思い出す。迷いも何もない、ごく当たり前に答えたファロンにシェイは感嘆のため息をついた。
「やっぱりファロンはすごいや。…あれだけ戦ってきたのに、ちゃんと方角と距離を覚えてるなんて。僕なら途中できっとわからなくなってるな。」
「多分、慣れなんだと思うよ。…昔からこういうところにきた時にはおおよその方角とか距離を探るように躾られていたから。」
そうしてまた、先へと歩みを進める。その先、右折する地点でまた白騎士との戦闘が起こる。
マチルダ騎士の中でも白騎士はやはり手ごわくて、デュナン軍のベストメンバーできているのに、たやすくは撃破できない。幸い、こちらのほうが動きが早いため、回避率も高く大したダメージを食らわなくて済んでいるが、いかんせん多勢に無勢。体力のないナナミのばて具合は相当なものであった。
「これでどのくらいまで来たかな?」
シェイの質問にファロンはうーん、と額を左人差し指で押さえながら考える。
「カミュから聞いた話ではこれで半分強ってところかな。…でも、これからもっと敵のレベルも上がってくるだろうし、油断は禁物だ。」
「少し休憩にするか?」
ゲオルグがナナミの消耗ぶりを見かねて声をかける。
「だめっ…だって…急がなくっちゃ…。」
それでもナナミはがんとして休もうとしない。
今回の戦いは確かに一刻を争うものである。城の上からデュナンの旗を下ろし、占領したという事実を城下にいる人々に見せ付けるまで、それがどれだけ早いかによって展開が有利になるかどうか決まってくるといっても過言ではない。
だけど、やはり彼女の消耗は酷く、それでも前に進もうとするのは彼女の責任感から来るものなのか、それとも意地から来ているものなのか、ファロンたちにはわからない。ただ、そうまでして彼女をつき動かしているものは、姉だから、という一点のみであることは想像に難くなかった。
「わかった。…じゃあ、少し隊列を変えよう。」
シェイがナナミを列の一番後ろ、ファロンのさらに後ろに置く。
「こんなんじゃ戦えないよ。」
ナナミの不満にシェイはゆっくりと首を振る。
「ナナミは少し休んでいて。…体力が回復したら元に戻ってもらうから。…ごめんね、ファロン。ナナミの盾に。」
「ああ、わかった。」
「やだっ!私も戦うんだからっ!」
ナナミは首を振ってその配置に反対する。正直、もうナナミの体力としてはここらが限界で、足手まといになりかねない。いくらバナーの山道でレベル上げをしたとはいえ、今、ここにいるメンバーはデュナン軍でもトップクラスの人間達だ。ナナミがどうがんばってもついていくことができるわけがない。
だけど、ナナミは折れなかった。反対を主張して、無理に後衛につこうとするが、その足元がすでにかなり怪しい。
「ナナミ。」
ファロンは静かに口を開いた。
「…これは遊びじゃない。今、私達の進軍にシェイだけでない、デュナン軍全体の未来がかかっている。…私情は捨てなさい。それができないのなら…。」
ファロンは背中にしょっていた棍を取り出して構える。
「あなたをここで倒していく。」
「ひっ…。」
恐ろしいほどの殺気を込めたファロンの目がナナミの目を射抜く。それは冗談とは思えないような、シェイやフリックたちは知っていたがナナミが始めてみる、赤月帝国常勝将軍の薫陶を受けて育った生粋の軍人、トラン解放軍リーダーとしてのファロンの本当の姿だった。
一部の隙もなく、鷲や鷹といった猛禽類が獲物を狙うような鋭い視線は、普段の穏やかな物腰が信じられないぐらい、いや先ほどから白騎士と戦っているときにだってこんな殺気はなかった。
「…わかった…。」
ナナミはファロンの後ろに大人しくさがった。
それでいいのだとばかりにファロンは棍を収め、また普段の穏やかな表情に戻ってナナミを庇うようにして前を歩き出す。
ナナミは前を歩くさほど大きくも逞しくもない背中を見ながら、ぶるりと思わず身震いを覚える。
普段の様子からはあの厳しい表情は一切読み取れなかった。
彼女がトラン解放軍のリーダーだということが信じられないぐらいの、穏やかで優しげな表情しかみていなかった。
自分に向けられた純粋な殺気。もしも、自分が否といったなら、本当にためらいもなく襲い掛かってきたであろう。
それは客人扱いではあるけれど、デュナン軍の人間としての行動。
リーダー、もしくは軍の幹部であるということは仲間を切り捨ててでも先へ進まなければならないのだろうか。
シェイもそうなのだろうか?
リーダーであるということが、ファロンをああさせているというのであれば、それはシェイも同じことである。そして何より、ファロンが自分を襲おうとしているのに、シェイは止めようともしなかった。
それが如実にシェイも同じ考えであるということを語っているような気がして、ナナミは無性に悲しくなった。
自分はただシェイを守りたかっただけなのに。
姉として、唯一の家族として、シェイが無事であるように、ただ守りたかっただけだった。
それなのに、自分の力は全く及ばない。
もうシェイは自分など置いて、随分遠くへ行ってしまったのだ。
ファロンの横を歩く弟の後姿を見る。いつの間にか背中が大きくなっていた気がするのはそれが涙で滲んでいるからだろうか。
「ぐっ…!」
敵から切りつけられたビクトールが思わず声をあげる。
最上階まではもう少し。なのに、もう少し、が突破できない。
ファロンはビクトールに薬を飲ませてやりながら、自分への攻撃をかわしていく。
「このままじゃ拉致があかんな。…シェイ、ここは俺達が何とかする!おまえは先にいけ!」
フリックとビクトールの言葉にシェイは迷ったように、心配そうにファロンたちを見る。
「早く!もう一刻の猶予もない!」
ゲオルグの後押しに、ようやくシェイは頷いた。
「ナナミ!」
きりつけてきた相手に応戦しているファロンから厳しい声が飛ぶ。
「はっ、はいっ!」
「回復役が必要だ!シェイについて行きなさいっ!」
棍を思いきり振り下ろすと、敵の骨が砕ける鈍い音がする。
「で、でも…っ!」
「はやくっ!」
「はいっ!」
ナナミが返事をするとファロンは安心したように微笑んで、そして右手のグローブをはずす。
「あっ…。」
シェイの後に続くナナミが、まだ階下で戦うみんなを最後に振り返ると、ファロンの紋章がごうごうと音を立てながら人を飲み込んでいくところだった。
そして、そのファロンの悲しそうな顔が、ナナミの心に一枚の写真のように焼きついた。
「行ったな。」
ひと段落着いたビクトールが剣の血糊を振って落とす。
ファロンの紋章の力でかなりの人数が減ったが、まだ掃討できたわけではない。階下から新しい敵が上がってくる足音が聞こえてくる。
「ったく、ファロンも人が悪いぜ。…ナナミを脅すなよ。」
ビクトールの言葉にファロンは軽く肩をすくめる。
「そうでもしなきゃ、ボス戦までにナナミの治療だけで流水の紋章使い切っちゃうでしょ?…それに体力も残しておいてあげないとシェイ自体も危なくなる。」
「まぁ、な。」
「無駄話はあとだ。次が来る。」
ゲオルグの言葉にファロンたちは頷いて、上層階に攻め込んだシェイたちを止めようとする追っ手を食い止めるべくまた戦いに向かう。
正直、4人パーティーではきつい。
しかし、今はやらなければならないのだ。押し寄せてくる敵を、追っ手を、上への階段の上り口に4人で立ちふさがって、通せんぼするように陣取る。そうしてしまえば狭い場所だから誰かが倒れない限り突破されることはないし、多数を一度に相手しなくてもいい。それは、ここにいる4人が、今デュナン軍の中でシェイに継ぐ、いや、ファロンの場合にはシェイを上回る実力を持つからできることだった。
倒して、倒して、息もつけぬほど倒しまくって。棍を持つ手が麻痺しそうなほどなのに、それでもまだ敵はどんどん押し寄せてくる。
もう一体、何人倒したのかわからない。
薬の類は全部シェイに渡してしまった。ファロンの持つ水の紋章の力だけが頼りで、ぎりぎりまで回復はせず、なくなりかけたところで回復しながら何とか戦っていく。
シェイはどうしたのだろう?ナナミは無事だろうか?
旗はまだなのか?
そう思いながらも次々と押し寄せてくる敵を倒して、倒して、倒して。
やがて、いい加減に相手も残り人数が少なくなってきたのか、だんだんに人が減ってくる。
ファロンに切りかかってこようとした不運な男を容赦なく殴り倒すと、人の壁に隙間ができた。
ようやく、かたがつくのだろうか?
ファロンが安心しかけたそのときだった。
廊下の奥、曲がり角の壁からぎらりと光るものがファロンの視界の隅に入った。なんだろうと思う間もなく、それは飛んでくる。
そこからはまるでスローモーションのようだった。
鈍い光を放ったそれが、矢であることはすぐにわかった。振り返る暇などなく、ファロンは瞬間的に、頭の中でそれが誰を射抜くのか、計算をし、その結果に驚いて、思わず前に、その矢の軌道上に躍り出ていた。
その矢は、そのまま行ったらフリックを射抜くことは間違いない。
そしてそのフリックは自分の前にいる最後の敵をなんとか切り伏せたところだった。気がつかないのが当たり前なぐらいで、ファロンは、叫ぶよりも先に体を動かしていた。
フリックだけは守らなくてはならない。
自分の命に代えたとしても。
それしかファロンの頭の中にはなかった。
だから、よけることなんて到底できなかったのだ。
「うっ…!」
右肩に深く突き刺さった矢に、思わずファロンがうめく。痛い、というよりも熱い気がした。
じりじりと、熱くなり、ついで初めて痛い、という感覚が全身に向けて肩口から発信される。
「ファロン!?」
最後の敵を切り伏せて、ファロンを振り返ったフリックは最初、何が起こったのかわからなかった。気づかぬうちに自分の前で、傷ついているファロンを見て混乱した。ついさっきまで自分の隣に立って、階段の上り口を突破させないようにしていたはずだったのに。
「く…っ…。」
ファロンはその場に崩れるようにして座り込んだ。それでもすぐに壁の影に隠れたと思われる弓兵を倒そうと立ち上がりかけたが、肩に激痛が走り、足に力が入らない。
今までに何回も矢傷を負ったことがあるが、今回は今までのそれよりも格段に痛みがひどく、同時に酷い悪寒がする。おそらく、毒でも鏃に塗ってあったに違いない。
敵を掃討し終わったゲオルグとビクトールが壁の影に走っていき、弓兵達を倒すのが見える。
「ファロン!大丈夫か!?早く、水の紋章を…。」
「…力が、もう、ない…。」
ファロンの唇からでる声が震えている。
「毒、消し…。」
「待ってろ!今、シェイから貰ってくるからっ!」
フリックが慌てて、階上に駆け上がっていく。
「ファロン、大丈夫か?」
弓兵を倒し終えたビクトールとゲオルグが階段下に戻ってきた。
「…毒が…塗って…あったみたいだ…。」
「ああ、もういい、しゃべるな。」
ビクトールがファロンを背負って、階上に上がる。薬を持っているシェイに少しでも近いところに居たほうが治療が早くできるからだ。
しかし、そこにはもっと悲痛な光景があったのだ。
「ナナミーっ!!!」
シェイの絶叫が城内に木霊した。
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