守護者1

 

「それでは、メンバーをお選び下さい。」
シュウの低い声が静まり返った部屋の中に響く。
シェイはこくんと頷くと、部屋の中にいる全員の顔をゆっくりと見回した。
奪還したばかりのグリーンヒルにある学校の一室には、デュナン軍の主だったメンバーが顔を揃えていた。これからすぐさま、マチルダ騎士団の本拠地であるロックアックスを陥れようというのだ。戦況はグリーンヒル奪還から急激に動き出す。
いや、そうではない。
動かそうとしている、が正しいのかもしれない。
全ては軍師であるシュウの胸の中であるが、ファロンはシュウが意図的に事態を急転させようとしていることを知っていた。
今、この機を逃したらもう次はないかもしれない。
まさに千載一遇のチャンスが今なのだ。
まだハイランドでは人心の動揺収まらず、ジョウイも完全に皇王として信頼を得ているわけではない。奪還した勢いに乗って、このまま突き進み、もう1勝したら流れはデュナン軍に傾くはずだ。
それには今回のロックアックス急襲をぜひとも成功させなければならなかった。
騎士団であるロックアックスが落城ということにでもなれば、デュナン軍の強さはさらに強調され、敵対するハイランドの動揺をさらに大きくし、いかにレオン・シルバーバーグであろうとも、人心がついてこなくては通常の兵の実力を出し切ることも難しいだろう。この展開についてこさせないこと、それがシュウの狙いであるような気がしていたのだ。
そして、ファロンがデュナン軍にやってきてからの暫くの平和な時間が、おそらく、シュウがひそかに下準備していた時間ではないかとも思っていた。
シュウが動こうというのなら、準備は成ったのだろう。
シェイも、それを感じていたらしく、ロックアックス城内に切り込んでいくためのパーティメンバーを真剣に考えていた。この戦いが、デュナン軍にとって、規模や作戦はどうであれ大きな意味を持つ一戦になることは間違いない。
「俺を連れて行ってください。」
悩むシェイの前で立候補したのは、そのロックアックスで青騎士団の団長をしていたマイクロトフだった。
「俺は道案内ができます、それに…。」
「だめだよ。」
マイクロトフの言葉を遮る様に、シェイは悲しそうな表情をマイクロトフにむけて首を振る。
「しかしっ…!」
「この戦いでロックアックスはおそらく壊滅的になるよ。…城も、人も。」
静かな、年齢には不似合いな、けれどもリーダーとして貫禄ある落ち着いた声でシェイは言った。
「城は直せばいいけれど、一番直し難いのは人の心だ。…僕らはロックアックスに攻め入るんだ。壊しに行くんだ。そんな中にマイクがいたら、ロックアックスの人は本当にマイクを裏切り者だと思うだろう。それはだめだ。」
シェイの言葉に、マイクロトフははっとして息を呑む。
「この軍のためを思ってくれるのは嬉しいんだけど、でも、マイクはロックアックスに帰る、という選択肢を残しておいたほうがいい。それがロックアックス攻略後の再建の第一歩である気がするから。いいね?」
シェイの言葉にマイクロトフは言葉を失う。
ロックアックスの再建。それはまさにこれからシェイが起こそうとしている戦いが、ロックアックスを一度潰すことを物語っている。
自分は、あそこが潰されるのを見ていられるだろうか。いや、自分が潰すことができるのだろうか。
それは、絶対にできないことだった。
生まれ故郷であり、騎士として居た場所であり、自分はロックアックスをなくしては存在できなかったといっても過言ではない。そんな大事な故郷を、潰すなど到底できない、いや、逆に守らなければならないと、ずっと考えていたのだ。
そもそもマチルダを出奔したのだって、騎士道精神に背くことはできないと思っただけではない。あのままなら騎士団はおろか、ロックアックス、ひいてはマチルダ全体が存亡の危機に立たされるかもしれない、そう思ったからだった。
騎士団の有り様を間違えると、途端に近隣都市との不和を生む。それは現にジョウストン都市同盟の衰弱を招き、こうしてハイランドからの侵攻を受けるにいたったではないか。
だから、デュナン軍がこの戦いでどうしてもロックアックス侵攻が必要だというのなら、その再建を担う、それがデュナン軍の人間としての自分なりの故郷の守り方だと、そう考えた。
本当に申し訳なさそうに言う年若いリーダーの指摘のあまりの図星に、思わず胸が詰まり、それ以上の言葉は本当にでてこなかった。その代わりにひとつ頷くとリーダーもほっとしたように微笑んだ。
「というわけで。…ええと、かなり大変そうだから、強いメンバーで行かなければだよね。…じゃあ、まず、ビクトールとフリック。」
「おう。」
「ああ。」
二人は当然、といった顔で頷く。
デュナン軍生え抜きの二人がいくのは当然とばかりに回りも頷く。
軍を立ち上げたときからのメンバーであり、実のところ、この二人は軍主からも軍師からも信頼が厚い。トラン解放戦線の主要メンバーでもあり、実力も人望も備わっている。こういう戦いに連れて行くにはうってつけの人物である。
「それから、ええと。ゲオルグさん、お願いできますか?」
「ああ、承知した。」
軍の中では一番の新参者ではあるけれど、腕前はビクトールとフリックと比べても遜色のないゲオルグも当然の選択であるといえよう。
「それから、あとは…回復できる人っと…。」
選んだ人間は攻撃タイプの人間ばかりで回復系および魔法系がいない。あと二人の枠には間接攻撃、特に魔法系が得意な人を、と思いながら該当する人の名前を口にしようとした矢先に、さきほどから膨れ面をしていた姉が勢いよく手を挙げた。
「私、行くからね。」
「ナナミ…。」
その宣言に困惑したような表情をシェイが浮かべた。
「誰がなんといっても、絶対に行くから。」
意志の強い瞳でまっすぐにシェイを見つめたままもう一度、宣言する。
「でも、今度の戦いは危険で…。」
「危険じゃない戦いなんてないわよ!」
「ナナミ。今回は、だめだよ。」
「絶対に行く!誰がなんていっても。たとえシェイがだめだって言っても、絶対に行く。こっそりあとをついてでも行くからね!」
ナナミの固い決意にシェイはどうしたものかと、ちらりとシュウをみやったが、シュウは何も言わず、表情さえ変えずにいた。それは勝手にしろ、とでもいう意味なのだろう。やれやれ。シェイはため息をひとつついてから諦めたような口調で言った。
「わかったよ。…ただし、そのままじゃだめだ。あとで装備を変更しよう。会議が終わったら倉庫に来て。」
そういってから、もう一度ぐるりと辺りを見回した。
確かに回復系は使用できるけど、予定していたメンバーよりも総合的な攻撃力が下がってしまう。どうしたものかと、シェイは困惑しながら、ざっとメンバーを見回すと、部屋の隅に願ってもない人がいたのを見つけた。
客人兼軍師補佐であるために今回の作戦には入れないようにしようと思っていたけれど、ナナミが入るのならそれを補うにはこの人しかいない。
「最後の一人は、ファロン。…お願いできるかな?」
急に名前を呼ばれて、ファロンは驚いてシェイを見る。
「だめ?」
この会議には軍師補佐として出席していたのに、まさかここで自分の名前が出るなんて予想もしていなかったファロンは目を丸くしている。
「私…?」
「うん。…頼むよ。今回の戦いは絶対に負けられない、現時点では間違いなくファロンがこの中では一番強いだろうし、それに、他のメンバーとの息もぴったり合うはずだよ?」
他のメンバーといえば元トラン軍の幹部同士、そしてゲオルグとは赤ん坊の頃からの旧知の仲、ナナミとはバナーの山中で徹夜のレベル上げをした経験を持つ。シェイの言葉はうそではないが、それにしても。
「私が出てもいいのかな?」
自分の身分が客分であることを承知しているファロンはそれゆえの不安を口にして、判断を仰ごうとシュウとクラウスを見た。
「構わない。今回の戦、これは賭けだ。ならば確率の高い選択肢を選ぶに越したことはないからな。もっとも、トラン共和国がどういうかは別物だが。」
そういってシュウはちらりとシーナとカスミを見る。
「別にかまわねぇだろ?親父はファロンのやることに口出しなんかしないはずだぜ?」
「ええ、私もそう思います。」
「ならば決まりだ。ファロン、すまないが我が軍の為に一肌ぬいではもらえぬか?」
「…承知しました…。」
ファロンは複雑な表情で頷いて、明日の出陣を了承した。


夜。
久しぶりの大きな戦の前に、やはりファロンは寝つけないでいた。
ファロンに割り当てられた部屋のベッドで、何度も何度も寝返りを打つ。宿星を持たない自分が本当にこの戦闘に参加しても良いのかという思いと、右手の紋章がいつ牙をむくのかという底知れない恐怖。
やはり辞退をしたほうが良かったのではないかと何度も思い返し、それでもすぐさま、また思い直す。
側にいれば、彼を守ることができる。だけど同時に、何度も夢にさえ見たあの恐怖の瞬間を、彼が去る後姿を、鮮血の滲む腕で敵に切りかかっていく姿を再現させてしまうのかもしれない。やはり、私は行かないほうがいいのだろうか。それとも、今度こそはこの紋章をコントロールできるのだろうか。
何度も何度も、同じ思考を繰り返し、もうそれにも飽きた頃、とうとう眠るのを諦めてファロンは上着を羽織って部屋を出た。
少し、外で頭を冷やしてきたほうがいいだろう。
そうして、部屋をでると、昼間は学生で賑わうであろう綺麗な芝生の間の道を通り、松明がところどころ灯る大通りを渡り、本陣が置かれている学校のそばにある森の手前まできた。
見上げると今日の天気は晴天で、星も良く見える。
夜陰の風はしっとりと湿気を含んで、でも少し肌寒い。
ファロンは羽織っていただけの上着にきちんと袖を通すと、森の向こうに見えるグリーンヒルの学校の様子を見た。シェイが、ビクトールが、シュウが。そしてフリックが苦労しながらここまでやってきた。
デュナン軍の未来を決めるのは明日の戦いである、といっても過言ではない。
負けられない。何をしても勝たなくてはならない。
ファロンは手袋をはめたままの右手を見つめた。
この紋章を開放してでも、自分の命に代えても負けることはできない。そしてそれ以上にフリックを守らなければならない。
自分がどこまでできるのかわからない。でも、あの解放戦争での最終戦のようなことは2度と起こしてはならないのだ。…そのためだったらどんなことでもする。
本来ならば軍主であるシェイを守らなければならないのに、こんなことを考える自分がどんなに愚かであるかよくわかっている。だけど、これだけはどうしても譲ることはできないのだ。
「明日は…守りきる…。」
ファロンは誓いの言葉のように、厳かに口の中でそう呟いて、それでようやく気持ちが少しだけ落ち着いてきた。
戦争はまだまだ終わらない。
だけど、これが自分にとっての正念場になる。そんな気がしていた。






 

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