思いつきSSログ保管庫
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雑記掲載SS保管庫 2009年第1期 10月26日〜 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「楽屋裏狂想曲〜鬼ごっこ〜」
3月30日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「楽屋裏狂想曲〜私の時代〜」 3月25日 Canvas sideshortstory 「伝わる想い」 3月17日 originalshortstory 冬のないカレンダー #16 「料理が出来ない男の子は駄目よ、わかった?」 3月16日 originalshortstory 冬のないカレンダー #15 「二日遅れのホワイトデー、だね」 3月11日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle sideshortstory「残された者」 3月8日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory          「楽屋裏狂想曲〜最新作に戻る方法〜」 3月6日 穂積さやか誕生日SS「約束の証」 3月3日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「ひな祭り」 3月3日 originalshortstory 冬のないカレンダー #14 「私のおっぱいのほうが良いの!」 3月1日 originalshortstory 冬のないカレンダー #13 「だってキミはおっぱい星人だっておばさまが言ってたよ?」 2月28日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle sideshortstory                             「時を越えた贈り物」 2月27日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle sideshortstory「再会5秒前」 2月24日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory          「楽屋裏狂想曲〜最新作と人気作〜」 2月19日 東儀白誕生日SS「幸せ」 2月16日 originalshortstory 冬のないカレンダー #12 「だってキミは私のおっぱい大好きなんでしょ?」 2月11日 Canvas2 SSS”扱い” 2月10日 遠山翠誕生日SS「約束の証」 2月8日 Canvas2 SSS”出番” 2月3日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「豆まきと恵方巻きと悠木姉妹」 2月1日 エステル・フリージア誕生日SS「約束の証」 2月1日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS”エステルさんと” 1月29日 FA楽屋裏小劇場”1日の長” 1月28日 FA楽屋裏小劇場”汚れた理由” 1月20日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory          「楽屋裏狂想曲〜ある日のカラオケボックス〜」 1月18日 夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS             ”ある日のカラオケボックス” 1月12日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory             「楽屋裏狂想曲〜おみくじ編〜」 1月6日 FORTUNE ARTERIAL sideshortstory 「年始めの」
3月30日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory              「楽屋裏狂想曲〜私の時代〜」 「るんらら〜ん♪」  コーヒーを飲もうと談話室に来た俺はすごく機嫌の良さそうな  かなでさんを発見した。 「かなでさん、こんばんわ」 「あ、こーへー、こんばんわ」 「なんか凄く機嫌良さそうですけど、何か良いことあったんですか?」 「うん、あったよ♪」  いつもより5割増しと言えるくらいの笑顔のかなでさん。  俺はソファに座ってから話を聞くことにした。 「ねぇ、こーへー。私たち、今は人気作でしょ?」 「まだその事気にしてたんですね・・・」 「だけどね、最新作じゃ無くなっても私たちの時代は続くのだ!」  俺達は生きてる訳だから立ち止まる事はない。だから続くと言えば  続くとは思うけど・・・ 「ううん、私たちのじゃない、この私の時代が来るのだ!」 「かなでさんの時代?」  どういう意味だ? 「ふふふっ、私のフィギュアの原型が他のみんなよりすっごく遅れてたでしょ?  それはほぼ同時に2体発売される伏線だったんだよ」  そう言えば前にそんなこと言ってたっけ。 「2体目はちょっと恥ずかしいけど、こーへーとの思い出だもん。いいよ、ね?」  そう言って頬を紅く染めるかなでさん。 「一体なんの思い出なんですか?」 「いやん、こーへーのえっち♪」 「それってどういう意味ですかってか、どんな姿なんですかっ!」 「んふふ♪」 「良いのかしら?」 「きりきり?」  いつの間にか談話室に紅瀬さんが居た。 「最初から居たわよ」 「いや、俺何も言ってないぞ?」 「そう?」 「そんなことより、何の事?」 「えぇ、だって貴方の恥ずかしいフィギュアが出るんでしょう?  私だったら耐えられないわ、恥ずかしくて」 「こーへーとなら恥ずかしくないもん」 「でも、一般発売されるそのフィギュアは、普通の生徒も買えるのでしょう?」 「え?」 「男子生徒の部屋に寮長の恥ずかしいフィギュア・・・ね?」 「・・・」 「かなでさん?」  うつむいて肩をふるわせている。 「こーなったら直訴するっ! 発売を差し止める!!」 「か、かなでさん? ちょっとおちついて」 「こーへーなら問題ない、むしろおすすめしちゃうけど、他の生徒は駄目!」 「落ち着いて、かなでさん!」 「風紀を乱す物を部屋に持ち込むなんて、私の目が黒いうちは許さない!  早速直訴しに行って来る!」 「風紀を乱すほどの思い出のフィギュアっていったいなんなんですか!」  俺の話を最後まで聞かず、かなでさんは談話室を出ていった 「ねぇ、支倉君」 「何かな、紅瀬さん」  かなでさんが出ていってしまって呆然としてた俺に紅瀬さんは声をかけてくる。 「貴方は、私のフィギュアをどうしてるのかしら?」 「えっと、何の話でしょうか?」 「知ってるわよ、私のを持っていること」  俺、そんなの持ってたっけ? 「いくら私だからって、あんまり見つめないでね」 「えっと、持ってるって前提で話し進めてます?」 「えぇ、それに・・・」  そう言うと顔を背ける紅瀬さん。 「私は・・・自分のフィギュアに嫉妬したくないから」  えっと・・・? 「支倉君・・・いえ、孝平。フィギュアじゃ嫌なの。  私をちゃんと見て。私の全てを見て」 「全てって・・・」  思わずそういう想像をしてしまう。俺だって健全な男子なのだ。 「部屋へ行きましょう、孝平。  私の全てを見て良いのは、孝平だけだから・・・」
3月25日 ・Canvas sideshortstory 「伝わる想い」 「大輔、何熱心に見てるの?」  部屋で雑誌を読んでいた俺の所に恋が来た。 「そんなに熱心に見てたか?」 「えぇ、嫉妬しちゃうくらいよ」  そう、冗談を言う恋。 「お茶を煎れたんだけど、飲む?」 「あぁ、ありがとう」  俺は恋から湯飲みを受け取る。 「それで何を見てたの?」 「あぁ、これさ」  俺は雑誌を恋に見せる。 「今年の桜花展の結果ね、大輔は出なかったのにやっぱり気になる?」 「そりゃね、良い絵はいい刺激になるしな」 「それで、大輔には良い刺激はあったのかしら?」 「あぁ、この絵さ」 「これって・・・」  恋はその絵を見て声を失う。  画家じゃなくてもこの絵を見れば声を失うだろう。  雑誌に掲載されてる、その絵は桜花展で銅賞になった絵だった。  その絵は一人の少女の絵が描かれていた。  雑誌に掲載される際の色の変化とかを考えてみても、元の絵は凄く  良い絵だとオレは思う。  なにより、楽しんで描いているのがわかる、そして対象に対しての  深い愛情も感じられる。  銀賞と金賞の絵も良いのだが、オレはこの絵が一目で気に入った。 「くすっ」 「ん、どうしたんだ?」  突然笑う恋。 「木通さんもこの画家さんも将来大変よねって思ったのよ」 「アケビ?」 「大輔、木通って知らないの?」 「そーいえばどっかで聞いた事があるような無いような・・・」 「あっきれた、この前藍と話したばかりじゃない」 「この前っていうと、あのお嬢様の画家の話か?」 「そう、それがこの子よ」  鷺ノ宮と並ぶグループの一人娘がすごい絵を描くっていう話を  前に藍ちゃんとしたことがあった事を思い出した。 「そっか、そのお嬢様が被写体か・・・確かにこれは大変だな」  この絵の持つ意味を考えると、とても大変な事のような気がする。 「そうね、でも大丈夫よ。だって遊佐ちゃんのこの顔をみれば、ね」  そう、この絵の少女は相手を深く信頼している、だからこそこんな表情を  しているのだろう。  そして描き手も相手を深く信頼し、そして愛しているからこそこの絵が  描き上がったのだろう。 「そうだな」 「でも絵の事はあまりわからない恋が、この絵だけはよくわかるんだな」 「そりゃそうよ、この絵は私の絵と同じだもん」 「恋の絵と?」 「そうよ、大輔が描いてくれた私の絵と同じ、だから私にはわかるの」  ・・・それは、そういう事なんだろうな。 「そ、それはともかく恋が普通の女の子で良かったよ」 「突然なによ?」 「だってさ、好きになった子がグループのお嬢様だといろいろと大変だろ?」 「悪かったわね、庶民で」 「でもそのおかげで一緒になれたんだから、悪くはないさ」 「大輔・・・」 「それにもしさ、恋が鷺ノ宮の一人娘でもオレは・・・」  その時恋の眼がきらきらと輝いてるのに気付いた。 「オレは、なに?」 「・・・察しろよ」  恥ずかしくなって続きを言うのを躊躇う。 「イヤよ、私は馬鹿な庶民ですから、ちゃんと言ってくれないとわからないわ」 「う・・・」 「さぁ、大輔。続きを聞かせて」 「・・・オレは画家だからな、続きは絵で伝えるよ」 「あー、逃げたな」 「逃げてなんか無いぞ?」  本当は逃げてるんだけどな。 「ふふっ、わかったわ。その続きがわかる私の絵を描いてね」 「恋の絵を描くって言ってないぞ?」 「あら? 私の絵を描かないと続きは届かないわよ?」  ったく、言いたいことは絶対伝わってると思うぞ。  でも・・・ 「よし、恋。そこに座ってくれ。スケッチはじめるぞ」 「今から?」 「あぁ、早く恋に伝えないと拗ねちゃうからな」 「私はそんな子供じゃないわよ!」 「いいから、はじめるぞ」 「もぅ」  そう言いながら困った表情をする恋だけど、それが照れ隠しだって事を  オレは知っているから。 「よし、今の表情もらった」 「え? 駄目よ、絶対変な顔してたから」 「そうか? 可愛かったぞ」 「うぅ・・・今日の大輔はいぢわるよ」 「好きな子には意地悪したくなるんだよ、諦めろ」 「・・・うん、諦める」  諦められてしまった。 「それで、私は脱げばいいのかしら?」 「え?」 「なんて冗談よ、ふふっ」  思わず取り乱してしまった。裸婦デッサンなんて今さらどうとでもないのに。 「慌てる大輔って可愛い」  それでからかわれたことに気付いた。 「こら」 「ごめんなさーい、それじゃぁはじめましょう、あなた」  なんとなくだけど、今のと同じような会話を、この桜花展の銅賞作家と  絵の中の少女がしている、そんな確信があった。  ・・・ということは、きっとあの作家も苦労するんだろうなぁ。  自分のことは棚に上げて、同情してしまう。  そう思いつつスケッチブックを開けた。
3月17日 ・originalshortstory 冬のないカレンダー #16                「料理が出来ない男の子は駄目よ、わかった?」  土曜の朝。  今日はホワイトデー、バレンタインのお返しをする日だが我が家では特に  何も用事が無かった。  いつもなら絶対こう言う日は主におふくろ達のお祭り騒ぎになるのだが  今年はそうはならなかった。 「あのね、その・・・土曜日の朝早くからお出かけしなくちゃいけないの」  そう言うアイツの顔色はさえない。 「お父さんがね、どうしても私に来て欲しいって言うの」  バレンタインのお返しがしたいそうだ。 「でもね、私ね・・・」  何かを言おうとするアイツ。  俺はそれを遮って、おじさんの所に行くのを賛成という事を言う。 「・・・ううん、なんでもない」  アイツは無理に笑顔を作った。 「アイツ、絶対帰ってきてから落ち込むだろうな」  恋人同士の大事な日に一緒にいられなかった、と勝手に思いこむことだろう。  俺の部屋にはホワイトデーのお返しを用意してはあった。  だが、今日は渡すことは出来ない。  きっとそのことも気にするに決まってる。 「・・・面倒だな」  だが、俺にはこれしかできないから。  駅前の大型スーパー、普段は此処まで来ないが今日は特別だった。  俺はここで食材を買いそろえる。  少し財布に痛いかもしれないが、まぁ、たまにだから良いだろう。 「あら? 台所にたってどうしたの?」 「おふくろ、今起きたのか?」 「うん、だって今日は特にすることないんですもの。  それよりも、あれ、作るのね。楽しみだわ♪」  机に広げた食材を見て、何を作るのか一目で見抜かれた。  とはいっても、俺が本格的に作れるのはこれしかないから見抜かれる  以前の問題だけど。 「で、いつ食べれるのかしら?」 「月曜日」 「えー! 明後日じゃないの。なんで? 明日じゃだめなの?」 「いろいろと試したいから明日は駄目」 「・・・そっかぁ、月曜の夜かぁ、んふふ♪」  にやにや笑うおふくろを無視して、調理に取りかかる。  フライパンに買ってきたスパイスを入れる。  それを焦がさないよう中火で丁寧に炒る。  しばらくするとスパイスの良い香りがしてくる。  こんなもんだろうか?  そこに用意しておいた他のスパイスを足す。  これがあの色をだすスパイスだった。  火を止めて熱が取れてきたらすり鉢で丁寧についていく。  これで完成だ。  本当は少し熟成するまでおいておきたいが、今日はすぐに使うことにする。  タマネギとジャガイモを切り、フライパンで焦げ目が付くまで炒める。  そうして鍋にいれて、そこに水を足し火にかける。  その後牛肉を炒めてから、その鍋に入れ弱火で延々と煮込む。  灰汁を取り煮こぼれしないよう注意しながら、最後にさっき作ったルーを  いれる。これで下準備は完了だ。  後はひたすら弱火で煮込むだけだった。 「いい匂いね〜、今夜味見しない?」 「今夜だと具が無いから駄目」 「いいじゃん、それでも美味しいんだから」 「駄目、今夜はちゃんと何か別なの用意して」 「えー、私が作るの? それでいいじゃん」 「駄目だ」 「もぅ。それだけは融通きかせないのね、本当に」  そう言うふうにし向けたのはおふくろだろうに・・・  まだ幼い頃、おふくろは俺に良く言い聞かせてきた。 「料理をしない男の子はそれでかまわないの。でも、料理が出来ない男の子は  駄目よ、わかった?」  今思えば、単に手伝わせたかっただけなのかもしれない。  でも、当時の俺はそれが当たり前と思わされていて、たまにだったけど  いろいろと手伝った。  そして最初に一人で作ったのが、カレーだった。  そのカレーをおふくろも親父も美味しいって言って食べてくれた。  おふくろはあまりのおいしさ?におばさん達を呼んでごちそうしたくらいだ。 「美味しいよ」  アイツのその時の顔はたぶん忘れられない。  それからいろいろと調べて、カレーだけはレパートリーは増えていった。  今ではおふくろより美味く作れる自信がある。  ・・・たぶん、本気を出したおふくろの方が美味いとは思うけど、おふくろは  カレーだけはいつも適当に作る。  何故かと聞いてみたい気がするが、たぶんおふくろの思いやりなのだろうか、と  思うと恥ずかしくて聞けなかった。 「ふぅ」  火にかけている以上、この場を離れられない。  もうすぐ陽が暮れる時間だった。  俺は鍋のふたを開けてみる。 「・・・まぁ、こんなもんか」  すでにほとんどの具が溶けて無くなっている。  明日もう一度火を通して置けば、月曜の夜には美味く食べれるだろう。  俺はガスの火を止める。 「よし、今日はお終い」  また明日煮込むとしよう。  その日の夜はチェーン店の弁当だった。 「だってぇ、お台所使えなかったんですもの」 「・・・ごめんなさい」
3月16日 ・originalshortstory 冬のないカレンダー #15    「二日遅れのホワイトデー、だね」 「・・・」  教室であったアイツは明らかに元気が無かった。  友達同士ではいつもと同じように話してる。  けど、やっぱり元気が無い。 「ったく、面倒くさいな」  絶対気にしてるな、アイツは。 「ねぇ、また喧嘩したの? 謝っちゃいなさいよ」 「いきなり俺が悪いような言い方するなよ」  話しかけてきたのはアイツの女友達だった。 「どうせキミが悪いに決まってるじゃない」 「その根拠を聞いても良いか?」 「たいてい喧嘩ってのは男の子の方が悪いに決まってるじゃない」  俺の回りの女共は何故かおふくろの考えに似ているやつが多い。 「ほら、お姉さんが聞いてあ・げ・る」 「おまえ、楽しんでるだろう?」 「うん・・・じゃなかった、あのこのこと心配してるんだよ」  本音が建て前より先に来ていた。 「それで、どうしたの?」 「どうもしてないよ、それが理由だ」 「?」 「それよりも、一つ頼まれてくれないか?」 「依頼料、高いわよ?」 「・・・アイツを呼び出してくれ」 「体育倉庫に?」 「・・・」 「や、やだなぁ、冗談だってばぁ、その手はやめてくれないかなぁ、あはは」  目の前に出した手のひらをおさめる。  まぁ、この手で頭を掴むのはアイツだけだから、他のやつにはする事は  無いんだけどな。  ・  ・  ・ 「わかったわ、明日のジュース1本で良いわよ」 「交渉成立だな」 「交渉成立ね」  お互い固い握手を交わした。  一度家に帰ってから部屋にある鞄にあれをしまう。  そしてすぐに家を出る。  待ち合わせの時間までまだ相当あるが・・・ 「先にいる分には構わないだろう」  付いたのは公園、その中央に大きな噴水がある。  その広場の一角にあるベンチに座る。  そしてそのままアイツを待つ。  ・・・  約束の時間まではまだちょっとある。  ベンチの背に身体を預け、空を見上げる。  そこには青い空。 「もうすぐ冬も終わりだな」  首元に巻いてるマフラーももう終わりの時期だろうか。  コートを着ているのが少し暑いくらいの陽気。  もうすぐ春なんだな。  そう思うとなんだか眠たくなってきた。 「・・・」  気付くとあれから時間がたっていた。  そして俺の横にはアイツが座って眠っていた。  ご丁寧に俺のマフラーを巻いて、だ。 「・・・」  俺は無言でアイツの頭を鷲掴みにする。 「・・・くー」  起きなかった。 「起きないとキスしないぞ?」 「・・・んー、それはいやだにゃぁ・・・」  猫? 「・・・あれ? おはよう」 「おはようじゃない」 「えぅ」  改めて頭を鷲掴みにする。 「どうして起こさなかったんだ」 「だって気持ちよさそうだったんだもん」 「・・・はぁ」 「そ、それで今日は何の用事なのかな?」  アイツの一言で空気が変わった。  俺はどう話を切り出そうかと考える。 「やっぱり、私が悪いんだよね・・・」  アイツの顔が曇る。 「大事な日なのに、大事な日だからこそいたかったのに」  表情が歪んでくる、これはまずい兆候だ。 「落ち着けって」 「だって、こんな所に呼び出すなんてやっぱり・・・んっ!」  俺は抱き寄せて唇をふさぐ。 「・・・」 「落ち着いたか?」  アイツは頷く。 「何度も言ったが、土曜日おじさんの所に行くのは俺も賛成した。  そのことは何も問題無いんだよ」  先週の土曜日、14日。  おじさんのたっての願いでこの日はおばさんだけじゃなくアイツも  一緒に出張先に出かけていった。  その理由は、先月14日にアイツとおばさんは普通に手作りチョコを  作って贈っていた、そのお返しがしたかったそうだ。  たまにしかない家族団らん、だからこそ俺もアイツに行くように促した。  その結果、土曜日にアイツと会うことはなく、そのまま日曜日も逢えなかった。  そう、土曜のホワイトデー。俺はアイツにお返しをしていない。  だから本来悩むのは俺の方のはずだった。  それなのに、その時この街にいなかった私が悪いと、アイツは思いこんで  しまっていた。 「だからさ、これ」  俺は無造作にアイツに紙袋を渡す。 「・・・いいの?」 「あぁ、元々おまえのだ」 「・・・ありがとう、一生大事にする」  そう言って笑うアイツは綺麗だった。   「あのなぁ、お菓子を一生大事にしてどうするんだよ、とっとと食え」 「えー、もったいないよぉ」 「賞味期限って知ってるか?」 「んー、その日まで美味しく食べれるっていう期限でしょ? その日を過ぎても  食べれないことはないんだよね」 「誰がそんなこと言ったんだ?」 「お母さんだよ」  ・・・間違っていないと思うけど何かが違うんじゃないか?  そうつっこみたかったけど、アイツの笑顔に何も言えなくなる。 「えへ、二日遅れのホワイトデー、だね」  そう言うアイツの笑顔はまぶしすぎた。 「・・・それと、あれを作ったんだ」 「え、本当! 私食べたい!!」 「今日の夜で良ければ家に・・・」 「もちろん!! ねぇ、早く行こうよ!」  そう言って駆け出そうとするアイツの頭を鷲掴みにする 「えぅ!」 「・・・なんかこの展開も久しぶりだな」  長いマフラーは危なく俺の首を絞めるところだった。 「走っていくと転ぶぞ?」 「それじゃぁ、こうする。えぃ!」  そう言うと俺の腕に自分の腕を絡める。  二の腕から伝わるアイツの柔らかさに自分の頬が熱くなる。 「ほら、早く行こうよ!」 「わかったわかった。慌てなくても逃げないよ」 「うん・・・あ、でもその前に」  歩くのをやめたアイツは 「ちゅっ」 「なっ!?」 「ありがとう、大好きだよ!」
3月11日 ・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle sideshortstory「残された者」  お兄ちゃんとの距離が遠くなった気がする。  最初はちょっとした違和感だった。  時折見せるお兄ちゃんのちょっとした仕草っていうのかな。  それがいつもと違うなぁ、程度だった。  でも、ある夜のお兄ちゃんを見たとき、胸がざわついた。 「お兄ちゃん、お風呂あいたよ・・・あれ?」  リビングに入った私は、外に通じる扉のガラスから夜空を見上げる  お兄ちゃんの姿を見た、ううん、見てしまった。  そこにいるのにまるでそこにいないような、そんな錯覚がする。  まるで見上げる先にある「何か」にとけ込んでしまいそうな、そんな  危惧感。 「お兄ちゃん!!」 「ん? あぁ、麻衣か。どうした・・・って麻衣?」  私はお兄ちゃんに抱きついていた。 「お兄ちゃん、お兄ちゃん・・・」 「どうしたんだよ、麻衣。今日は甘えん坊だな」  そういって私の背中を撫でてくれるお兄ちゃんの手は温かかった。  さっきまでの不安が嘘のように消えていく。  私はしばらくお兄ちゃんの胸から顔を上げることが出来なかった・・・  私とお姉ちゃんがいるときのお兄ちゃんはいつもと変わらなかった。  変わったことがあるとしたら、以前より勉強に打ち込んでいる事くらい、  でもそれは大学受験の為だから普通・・・だと思う。  でも、私たちがいない場所で、お兄ちゃんは良く夜空を見上げている。  月に戻ったシンシアさんの事を思い返してるのかな、と思ったけど  何かが違うと私の中の何かが訴えていた。 「お兄ちゃん、いいかな?」  夜食の差し入れを持ってお兄ちゃんの部屋へと来たけど、お兄ちゃんは  ドアのノックに反応しなかった。  寝てるのかな? 最近睡眠時間が少ないみたいだからちょっと心配  してたんだけど、この時間から寝てるなら安心、かな。 「一応確認だけしておこうかな、失礼しまーす」  軽い気持ちでドアを開けた私は、あの時と同じ光景に出会う。  窓から夜空を見上げるお兄ちゃん。  そこにいるのに月明かりにとけ込んで今にも消えてしまいそうなほど、  存在感が薄くなっている。 「やだ・・・やだよ、お兄ちゃん。行かないで!」 「え? 麻衣?」 「お兄ちゃん、どこにも行かないで!」 「何を言ってるんだよ、麻衣。俺がどこかに行くと思うか?」  わかってる、わかってるよ、お兄ちゃん、でも、でも! 「麻衣・・・」  涙を流してると私を、お兄ちゃんはそっと抱きしめてくれた。 「大丈夫だよ、麻衣。だから落ち着いて、な?」 「お兄ちゃん・・・」 「そうか、最近の俺はそんなに夜空を見上げてたのか。  自分じゃ気付いてなかったんだけどな・・・」  私の説明に答えてくれたお兄ちゃんはいつものお兄ちゃんだった。 「ごめんな、麻衣。心配かけて」 「ううん、いいの。私が勝手にそうおもっちゃっただけだから」 「でもすまない、たぶん姉さんにも心配かけちゃってるな」 「うん・・・」 「・・・なぁ、麻衣。ちょっと昔話をするけどいいか?」 「え?」  お兄ちゃんが昔話を? 「今から言うのは昔話・・・いや、お伽話だ、いいか?」 「う、うん・・・」  お兄ちゃんは私に念を押すと、そのお伽話をはじめてくれた。  それは、ずっとずっと昔から始まり、今に続く、そして未来へと  つながるお伽話。  人類を、世界を見守る二人の月の女神のお話。  その女神は、自分に課した使命のため、今を一生懸命見守っている。 「そんな・・・」 「ただのお伽話さ」  この話がもし本当だとしたら・・・  お兄ちゃんはもう二度とシンシアさんに逢えないって事なの? 「そんな・・・そんなの悲しすぎるよ」 「良いんだよ、麻衣。それが彼女の選んだ道だからな」  あの短い間に、お兄ちゃんとシンシアさんにそんなことがあっただなんて  全然気付かなかった。 「だから、俺は俺の道を行く。将来月の女神達が安らかに暮らせるように  今の技術を発展させていくんだ」 「でも・・・それでも!」 「あぁ、俺が生きている内には逢えないだろうな」  私は言葉が出なかった。  ただ、悲しかった。  お兄ちゃんとシンシアさんの運命が。  そして、知っていても何も出来ない私の無力さに・・・  私は昔、お兄ちゃんに救われた。  両親を失った私を受け入れてくれたのはお父さんとお母さんと、そして  お兄ちゃん。  お兄ちゃんに優しさに、私は救われたの。  でも、私はお兄ちゃんを救ってあげられない。  だって、お兄ちゃんは救いを求めていないから、今を受け入れてるから。  だけど・・・ 「私、決めたの」  私は一生、お兄ちゃんのそばから離れないことを決心した。  お兄ちゃんの事だからこの先ずっと研究に打ち込んでいくと思う。  それをずっと支えていこう。  だって、お兄ちゃんは強いふりをするのが得意なだけで、本当は  凄く弱いんだって、私は知っているから。  だから、その時だけでもいいから、支えようと思う。 「俺は、麻衣を一番に愛せないんだぞ」 「いいよ、私はずっとお兄ちゃんの妹でいいの」 「麻衣は麻衣の幸せを得るべきなんだぞ?」 「私の幸せは、お兄ちゃんと一緒にいることだもん」 「麻衣」 「いいの、お兄ちゃん。私のわがままだけど、ずっとそばにいさせて・・・」 「・・・俺は」  何かを言おうとするお兄ちゃんの唇を私の唇でふさぐ。  シンシアさんへの罪悪感が襲ってくる。  でも、シンシアさんには文句言わせないよ?  シンシアさんが選んでお兄ちゃんが選んだ道に、今いないんだから。 「お兄ちゃんはシンシアさんへの愛を貫いて欲しいの。だから・・・」 「麻衣・・・その、ありが」 「その先は言わないで!」 「麻衣?」 「私は、シンシアさんの思いを知っていてシンシアさんを裏切ってるんだよ?  だから、非難されてもお礼は言われちゃいけないの」 「麻衣・・・」 「お兄ちゃん、お兄ちゃんは好きなように生きて。  私は、お兄ちゃんを支えれるだけで幸せなんだから、それ以上は望まないよ」  それが偽り無い私の気持ちだった。  シンシアさん、ごめんなさい。  私はお兄ちゃんと共に今を生きます。
3月8日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory              「楽屋裏狂想曲〜最新作に戻る方法〜」  夜の談話室。  今日は日曜で生徒会の仕事も落ち着いていたのでのんびりと過ごした。 「ふぁぁ」 「孝平くんったら大きな欠伸」 「ごめん」 「ううん、違うの、孝平くん疲れてるのかなって思っただけだから」  お茶会には早い時間、談話室でコーヒーを飲みながら陽菜と一緒に  たわいもないおしゃべりをしている。  最近こういう時間も無かったからな、たまにはいいかな。 「あ、こーへー、ここにいたんだ!」  ソファの後ろから俺の首元に抱きついてくるかなでさん。 「ちょっと、コーヒーこぼれちゃいますって」 「そんなことより良いアイデアを思いついたの!」  俺の抗議をスルーしつつ、向かいのソファに座る。 「良いアイデア?」 「そうそう、とっても良い意見だよ、ヒナちゃん!」  なんだか嫌な予感がした。  陽菜を見ると、俺の方を見て苦笑いをした。  きっと同じ事を思ってるんだろうなぁ・・・ 「ん? なんか私のけものっぽい?」 「そんなことないですよ」 「そーかなー、なんかそこはかとなく入りにくいオーラがあるんだけど」 「そ、それよりもお姉ちゃん、大事な用事って何?」 「大事な用事? あー、そうそう! 良いアイデアなの!」 「アイデア?」 「そうそう♪」 「ほら、私たちって今は人気作じゃない」 「・・・」  もしかし前の話、まだひっぱってるのか? 「でもね、また私たちが注目を浴びる時が来る方法があったの!」 「注目を?」  陽菜が頭にクエスチョンマークを浮かべてる。  それ以前に、かなでさんはいつも注目を浴びまくってる気がするのですけど。 「それはね、移植なの」 「衣食?」 「こーへー、漢字違うよ、移植なの、い・しょ・く!」  会話で漢字が違うって、ニュアンスだけでそれがわかるのか?  ・・・かなでさんならわかるか。 「お姉ちゃん、移植って何をするの?」 「うん、PS2やPSPに移植されれば、最新作になるでしょ?」 「意味がよくわからないんですけど・・・」 「でもお姉ちゃん、それだとAUGUST最新作じゃなくてARIA最新作に  なっちゃうけど、いいのかな?」 「う・・・それでも、ARIAではまだ月のお話が最新作だから問題ないよ、きっと。  だから、みんなで嘆願書をだそうよ、移植してくださいって」 「いいのかしら?」 「紅瀬さん」  陽菜の驚く声、突然紅瀬さんが話に入ってきた。 「良いに決まってるじゃない、きりきり。だって最新作だよ? また注目の  的だよ?」 「でも、移植されるとヒロイン増えるわよ、そこにいる貴方とか」 「え? 何?」  突然指名されたのは、たまたま通りかかった眼鏡の女性。  その顔に俺は見覚えがあった。  だいぶ前だが、体育祭のパンフレットの表紙に絵を描いてもらった美術部の  部長さんだった。 「そして、メインヒロインが追加されると、また貴方の順位が下がるのでは?」 「なにぃーーーーーーーーーーーーーーー!!」  かなでさんの悲鳴?のあと、がくっとその場に膝をつく。 「まぁ、私は誰が来ようとも孝平さえいてくれれば気にしないわ。  それじゃぁ孝平、また後で私の部屋で、ね」  危険な発言と共に紅瀬さんは去っていった。 「孝平・・・くん?」  陽菜が何かを訴えるような目で俺をみる。  それは子犬が飼い主を見るような目で・・・ 「あのな、陽菜。その・・」 「いいの、孝平くん。私、信じてるから」  その言葉が一番重いんですけど・・・ 「ふ・・・ふふふ・・・」  その時足下から笑い声?が聞こえてきた。 「か、かなでさん。大丈夫ですか?」 「こんな近くに敵がいるとは思っても見なかったよ」 「・・・ねぇ、私部屋に戻ってもいいかしら?」  それまで様子を見ていたらしい、部長さん。 「すみません、こっちで何とかしておきますんで、お疲れ様です」 「え、えぇ・・・お疲れ様」  よくわからない、という顔をしながら美術部の部長さんも去っていった。 「こうなったら、スピンオフで出番を増やすしかない!!」 「いや、スピンオフって言われても・・・」 「そうだよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんは一度長編で主役してるんだから  無茶いわないの」 「そんなの関係ない! もう一度栄光を掴むのだ!!  ねぇ、だからこーへー、逃げないの!」 「見つかったか・・・」  こっそり談話室から逃げようと思った俺はかなでさんに捕まってしまった。 「ねぇ、こーへー。こうなったら私たち美人姉妹とエクソデス、しない?」 「・・・どういう意味ですか、と聞いたら負けなんでしょうね」 「うん、そうだねぇ・・・FORTUNE ARTERIAL if とかどう?」 「だからそれは本当にまずいんですって!」 「ほら、昔の人が言った名言があるじゃない。  ふたりいっしょじゃ駄目ですか?って♪」 「そんな名言しらないですって」 「んーとねぇ、それじゃぁせつなさ炸裂?」 「いつの話してるんですかっ!  それに前回がんばって伏せたキーワードを言わないでください!」 「それじゃぁ」  ぱしっ! 「えぅ」  次の、たぶん危険な話を切り出そうとしたとき小気味よい音が  かなでさんの頭から聞こえた。  そこには扇子をもった瑛里華が立っていた。 「寮長である悠木先輩が率先して騒いでどうするんですか?」 「瑛里華、その扇子はどうしたんだ?」 「え? あぁ、これね。購買で売ってたから買ってみたの。  なんだか母様に近づいた気がするのよね」  そう言って扇子を手の中で弄る。確かに伽耶さんにイメージが似ている。 「えりりん、いきなりぶつなんて酷いよ」 「でも、そうしないと昔の陽菜さんが復活しちゃうわよ?」 「え?」  昔の陽菜って? 「それはそれで可愛いから良いの!」 「あ・・・そう」  瑛里華は呆れてる様子だった。 「それで、何の騒ぎなの?」 「千堂さん、実はお姉ちゃんが・・・」 「そう、わかったわ。でも、大丈夫」 「何がだ?」  自信満々の顔をしてる瑛里華に思わず訪ねてしまう。 「だって、私がメインヒロインですもの。誰が増えようと関係ないわ」 「・・・でも、えりりん人気投票では2位だったじゃない」  ピシッ!  空気が凍って割れるような音が聞こえた気がした。 「あらぁ、母様より順位が低かった人が何を言うのかしら?」 「それは1度だけだもん! ちゃんと最後には逆転したもん!」 「・・・なぁ、陽菜。俺の部屋でお茶会にしないか?」 「そ、そうだね。千堂さん、お姉ちゃん、先に言ってるね」  二人の無言のにらみ合いの会場から俺達はそっと抜け出した。  その後、涙目で俺の部屋に来た白ちゃん。 「こ、怖かったです」 「よしよし」  白ちゃんは談話室での二人を誘おうと努力したらしい。  一人で部屋に来たという事は、そう言う事なんだろう。  陽菜がそっと白ちゃんの頭を撫でている姿を見て和んでしまう。  出来ればこの平穏な時間がずっと続きますように、そう思いながら・・・
3月6日 ・夜明け前より瑠璃色な sideshortstory 「約束の証」 「久しぶりね、達哉君と一緒にイタリアンズの散歩に来るなんて」  仕事が早く終わった夜、達哉君に誘われて物見が丘公園まで来た。  イタリアンズはリードを外されて、3匹で楽しそうに走り回っている。 「よいしょっと」  私と達哉君はモニュメントのある丘の上まで上ってきた。 「月が綺麗ね」 「・・・そうだね」  夜空には月が浮かんでいる。 「それで、達哉君は私に何のお話があるのかしら?」 「え?」  私の問いかけに硬直する達哉君。 「だって、私を散歩に誘うだけなのにずいぶん必死だったんですもの。  きっと何かあるんだなってすぐにわかっちゃったわ」  普通に誘えば良いのに、あまりに必死だった達哉君。  その姿が可愛くてちょっとからかっちゃったけど、私は達哉君の思惑  通りに誘われて此処まで来た事になっている訳。 「そっか、俺そんなに必死だったんだ」 「えぇ、可愛いくらい必死だったわよ」 「・・・」  ちょっとからかいすぎたかしら?  黙ってしまった達哉君の横顔をのぞき込んでみる。 「ふふっ、まずは落ち着いて。深呼吸、する?」 「あ、あぁ・・・」  達哉君は深呼吸して落ち着いた・・・のかな? 「まだまだだな、俺」 「そうでもないわよ、こんなに立派になったじゃない」 「・・・ふぅ」  何かを言おうとして言えない、そんな感じがする。  もどかしいけど、私はこの時間は嫌いじゃない。  だって、達哉君と一緒の時間ですもの。 「・・・よしっ!」  達哉君が自分に気合いを入れるのがわかった。 「姉さん。話があるんだ」 「うん、何かしら」 「俺さ、今でも姉さんに追いついていないと思うんだ」 「それは・・・」  少し前にも同じ話をしたばかりだった。 「それでさ、この前は姉さんを不安にさせてしまって。  本当に俺はまだまだなんだなって思い知らされたんだ」 「そんなことはない、この前の事は帰ってきたばかりの私が勝手に  思いこんだ、いえ、達哉君を信じなかった私が悪いの」 「でも不安にさせちゃったのは事実だからさ・・・その・・・」 「達哉君?」  達哉君の顔が真っ赤になっている。 「もしかして熱があるの?」 「・・・あー、もぅ、熱はあるに決まってるさ! 姉さんの事を  思うだけでこうなるんだから!」 「え?」  達哉君の独白の意味を瞬時に理解できなかった。 「だから、これを・・・もらってくれないかな」  そうして渡された小箱は・・・ 「達哉君・・・もらっていいの?」 「姉さん、いや、さやか」 「はい」 「手を」  私は黙って左手を出す。  達哉君は震える手で小箱をあける、そこには銀の指輪が入っていた。  それを私の薬指にはめてくれる。 「さやか、まだ先になるかもしれないけど・・・結婚しよう」 「はい」  私は達哉君の目をまっすぐに見ながら、思いを込めて返事を伝えた・・・ 「あの時の話はやめて欲しいんだけどな」 「なんで? プロポーズの思い出話じゃない」  誕生日の夜、ベットで私を嫌って言うほど気持ちよくしてくれた達哉君への  ささやかな仕返し。  達哉君が私にプロポーズしてくれたのは地球に帰ってきてからだった。  帰ってきたばかりの頃、私の思い違いでちょっとした事があった後、  物見が丘公園のモニュメントでのプロポーズ。 「格好良かったわよ」 「だからやめてくれって、恥ずかしい」  達哉君はこの話を恥ずかしがってしまう。  ふふ、それもそうかな。だってあの後・・・  私は想いを込めて返事を伝えた。そして目を閉じた。  けど、私の唇にはいつまでたっても達哉君の感触は無かった。  私は目を開けてみる。 「達哉君!?」  達哉君はモニュメントに背中を預けた形のまま、座り込んでいた。 「どうしたの? だいじょうぶ?」 「ははっ・・・ごめん、気が抜けちゃった」 「もぅ、心配させないでよ」 「ごめんなさい、姉さん」 「あら、私のことは名前で呼んでくれるんじゃないの?」 「ごめん、いまはもういっぱいいっぱい」 「結局あの後、達哉君が落ち着くまで結構時間かかったわよね」 「もう勘弁してよ・・・」 「嫌よ、だって私の素敵な思い出なんですもの」  そう言いながら私は左手をかざす。  その薬指にはあの時からずっと婚約指輪が輝いている。 「ねぇ、達哉。この指輪は、いつ結婚指輪になるのかしら?」 「そんなにまたせないさ。まだまだ俺はさやかを支えれる自信は無い。  けど・・・」 「けど?」 「二人で支え合う事はもうできるって思うからさ」 「えぇ」 「でも、今は一人でも支えられるかな」 「え? きゃっ」 「これ以上恥ずかしい思い出話出来ないようにするからな」 「あ・・・」
3月3日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「ひな祭り」 「盛況だな」 「そうね、それは良かったわ・・・でもあれは何なのよ」 「・・・」 「支倉君、現実から目を背けないでくれるかしら?」 「やっぱり、元会長の仕業だろうな」  雛祭りの今日の午後から、講堂をつかっての雛祭りパーティーを開く事になった。 「実家へ帰れば雛人形もあるけど、ここじゃ飾れないでしょう?  それに、せっかく女の子のお祝いなんですもの」  会長に反対する人はいず、といっても生徒会には俺と白ちゃんしかいないけど、  この企画は立案された。  パーティーは平日の午後に行われるということで簡単な物となった。  講堂の舞台に雛人形を飾って、参加者による立食パーティーの形式となった。  ・・・はずだった。  前日の設営までスケジュール通りだったのに、当日になって会場に来てみると  舞台の上には大きな雛壇があった。  まるで人一人が座れるほどの雛壇・・・つまりそれは誰かが座れるということで。 「れでぃーすえんどじぇんとるめん! 女の子のためのイベント、今から開催だっ!」  舞台を見ると昔ながらの衣装というか、お内裏様そのものの格好をした  元会長が姿を現した。 「東儀先輩までいる」  その横に東儀先輩も同じ衣装を着て立っていた。 「征一郎さんまで・・・」 「やっほ、こーへー!」 「こんにちは、千堂さん、孝平くん」 「かなでさんに陽菜」 「今日は楽しいイベントありがとうね、卒業前の楽しい思い出になったよ」 「美化委員の先輩も楽しみだって言ってたよ」 「そう言ってもらえると俺も嬉しいです」 「そうね・・・そう言うことなら兄さんを怒れないわね」 「そうそう、いおりんの緻密な作戦勝ちだよ」 「作戦?」  俺が不思議そうにしてると、かなでさんは一枚の紙を取り出して見せてくれた。 「なに?」  会長が俺の手元に乗り出してのぞき込む。 「はぁ? 生徒会役員に見つかったら企画が立ち消えますので注意・・って何よ!」  そこにある企画は元会長と元財務とお雛様になって写真を撮るという企画で  生徒会にばれたら消えてしまうので秘密厳守、と書かれていた。 「貸衣装はこちらで用意って、元会長もとことんやるなぁ・・・」 「6年だけに配られたみたいだよ。いおりんもやるよねぇ」 「かなでさん、知ってたら教えてくれたっていいじゃないですか」 「えー、だってこーへーに知られたらアウトじゃない」  確かにそうだけど・・・ 「・・・」 「会長?」 「み、みんなの楽しい思い出になるんだから今は我慢、よね」 「あ、あの、会長?」 「兄さんには後で埋め合わせしてもらわないとね」 「瑛里華先輩・・・ひゃぅ」  運が悪い時に来た白ちゃんは、会長の不気味なオーラに震えてしまった。 「やぁ、支倉君。元気にやってるかい」  会長がいない時を見計らって元会長が現れた。 「元会長のおかげさまで会長が大変なことになってますよ?」 「それは副会長のキミの仕事だよ、それより早くこっちに来て」 「な、腕を引っ張らないでください!」  連れてこられたのは控え室、そこにあるのは・・・ 「まさか、俺もこれを着るんですか?」 「あぁ、その通りだよ」 「なんで」 「なんでって、項目あるんだし」 「項目?」  元会長が渡してくれたプリントはさっきかなでさんが持ってきた物と同じだった。  その用紙の下の方は、申込用紙になっていた事に今さらながらに気付いた。  貴方は誰と写真を撮りたいか?という項目は元会長と東儀先輩と・・・ 「なんで俺の名前まで?」 「結構支倉君をリクエストする女子多いんだよ?」 「そりゃそうだよ、だってこーへーは可愛い弟にしたい後輩ランキング1位だもん」 「って、かなでさん?」  そこにはお姫様の衣装に身を包んだかなでさんが立っていた。 「ほら、私のお内裏様はこーへーなんだから着替えて着替えて!」 「わかりましたからズボン下ろそうとしないでくださいっ!」  結局俺もお内裏様の格好をさせられ、先輩方と写真を取ることになり、会長が  元会長を星にしたりと、修智館学院らしいイベントとなった。 「お疲れ様、孝平くん」  俺の部屋でお茶を煎れてくれる陽菜。 「もぅ、お姉ちゃんも知ってるんだったら教えてくれれば良かったのにね」 「でもさ、先輩方が楽しんで良い思い出になった、って言ってくれたから  良かったと思うよ」 「孝平くんは優しいよね」 「そうでもないさ」  今日のサプライズイベントで会長も白ちゃんも疲れてしまい今日はお茶会に  来ていない。かなでさんは・・・気を使ってるんだと思う。 「でも、先輩方やお姉ちゃんが羨ましいな」 「なんで?」 「だって・・・格好良い孝平くんと写真撮れたんだもの」  あの着せられた格好が格好良いかどうかは俺にはわからないけど。 「ならさ、今日の記念に二人で写真撮ろうか」 「え、いいの?」 「何遠慮してるんだよ、陽菜」 「でも・・・」 「今さら着替えとかは出来ないからこのままだけど、それでいいよな?」 「・・・うん、ありがとう」  部屋の真ん中に椅子を置いてデジタルカメラをおいてみる。 「うん、これなら二人とも入る」  ベットに座ってる陽菜はちゃんとフレームに収まってる。 「準備はいい?」 「いつでもオッケーだよ」 「よし」  デジカメのタイマーをいれる。それからすぐに陽菜の横にすわる。 「・・・」  デジカメの前に付いてるランプの点滅が早くなる、もうすぐシャッターが  きられるだろう。 「孝平くん、ありがとう。大好きだよ」  ちゅっ、と音がした気がする。その瞬間シャッターがきられた。  デジカメには、陽菜が俺の頬にキスした瞬間がおさめられていた。  俺は驚いた顔をしている、これはかなり恥ずかしい。  撮り直していい? と聞いた俺に陽菜は 「だめだよ、私の素敵な思い出だもん」  そう言って微笑む陽菜だった。
3月3日 ・originalshortstory 冬のないカレンダー #14 「私のおっぱいのほうが良いの!」 「ふぅ」  自分の部屋のベットに仰向けに寝転がる。  今日からおふくろは泊まりがけで親父の単身赴任先へと出かけていった。  向こうでたまってるであろう洗濯や掃除、そして本人曰く  「最近不足してるのよね〜」という、親父とのスキンシップを図りに  行っている。あの歳で未だに新婚みたいな雰囲気の両親。  ・・・まぁ、おふくろは見た目だけなら相当若いからな。  何はともあれおふくろの魔の手が無い週末は安心出来る。 「さて・・・何をしようか」 「もちろん、私と遊んでくれるんだよね」 「約束したか?」 「ううん、してないよ」  ・・・ 「ん? どうしたの?」 「おまえさ、いつからそこにいた?」 「んとね・・・今さっき」  俺は笑顔で返事するアイツの頭を鷲掴みにする。 「えぅ」 「勝手に部屋に入るなといつも言ってるだろう、それ以前に勝手に家に  あがってくるな」 「いいじゃない、ちゃんと許可もらってるんだから♪」  そういって部屋の扉の所に現れたのはアイツのお母さん。  右手の指でキーホルダーらしき物を回している。  それはたぶん、我が家の鍵だろうか・・・ 「だからっておばさん、勝手に部屋まで来るのは」 「こらっ!、いつも言ってるでしょう? お義母さんって呼んでって」 「・・・それで今日は何しに来た? と聞くまでもないか」 「あぁ、無視されたっ、しくしくしく」  なんか泣き真似してるおばさんを置いといて、アイツに一応聞く。 「おばさまがね、生活能力の無いキミを頼むって私たちに」 「別に1日だけじゃないか」  1泊してくるだけで心配だからって、二人を呼ぶのは毎回のこととはいえ  やりすぎだと思う。  だけど、心配してくれているのだから無下には断れない。 「仕方がないか」 「うん、仕方がないんだよ♪」  嬉しそうな顔で同意するアイツ。 「それじゃぁ部屋の掃除からはじめましょうか」 「・・・おばさん、なんでそこで屈むんですか?」  長いスカートに包まれたお尻を高くあげて屈むおばさんは、ベットの下を  覗いている。 「やっぱり男の子の隠し場所はベットの下って決まってるじゃない♪」  左右に振れるお尻に目が釘付けになりそうなのを無理矢理押さえ込む。 「無いですよ」 「えー、つまんない〜」 「・・・無いの?」 「おまえまで期待するな!」 「えぅ」  アイツの頭を鷲掴みにする。 「んー、それじゃぁ机の引き出しが二重底とかかなぁ?」 「・・・」  いつもの事ながら後悔し始めた瞬間だった。 「美味しい?」  夕ご飯、コンビニで弁当でも買おうと思ってた俺の晩飯はアイツとおばさんの  手作りカレーとなった。 「お世辞抜きで美味いです」 「ありがとう」 「もぅ、上手なんだから」  アイツとおばさんが照れながらお礼を言う。  そう言う姿を見ると姉妹なんだなぁって・・・ 「いや、違うだろ」 「どうかしたの?」 「?」 「あ、いや、なんでもないです」  ・・・よし、やりなおし。  アイツとおばさんの照れる姿を見るとやっぱり親子なんだなって思う。  うん、これでよし。 「でも、カレーなんて食べなれてるけど今日のはなんで美味いんだろうな」 「んふふ、それは愛情よ! 我が娘があれだけ一生懸命に愛情込めたんだから  美味しくない訳ないじゃない」 「やだぁ、お母さん恥ずかしいよぉ」 「事実だもん」 「もぅ」 「・・・」  俺はどうコメントしたらわからなかったけど 「美味いよ」 「うん♪」 「おかわり、いいですか?」 「何言ってるのよ、良いに決まってるじゃない、はい」  おばさんがご飯をよそってくれる、そしてアイツがカレーをかけてくれる。 「はい、どうぞ♪」 「さんきゅ」 「やっぱり男の子って良いわねぇ、美味しそうにたくさん食べてくれるの嬉しいわ。  ねぇ、いつお婿に来てくれるの?」  その台詞に思わずむせる 「あ、だいじょうぶ? ほら、お水だよ」  アイツが渡してくれた水を飲み干す。 「こんな所も男の子よねぇ、いいわぁ♪」 「ふぅ・・・」  風呂に浸かりながら一息いれる。 「ちょっと食べ過ぎたかな」  今日のカレーは本当に美味かったから思わずたくさん食べてしまった。  後かたづけくらいしようと思ったんだけど断られてしまった。 「ちょっと悪い気もするな」 「そんなことないよ、楽しいから」 「そうか、でも悪いな・・・って!」  いつの間にか風呂の扉が開いていて、バスタオル姿のアイツとおばさんが  立っていた。   「さぁ、家族のスキンシップの時間です♪」 「ちょっと恥ずかしいけど、スキンシップ頑張るよ」 「頑張らんでいいっ!」 「まぁまぁ、恥ずかしがらないの」  そう言うとおばさんは風呂場に入ってきた。  家の風呂場はおふくろの希望で広めに作られているので、3人程度は楽に  入れる。 「ほら、あがってあがって、背中流してあ・げ・る」 「いいですって」 「あら、私は元気になってても気にしないわよ?」 「キミはいつも元気だよね?」 「あらまぁ、うふふ」 「・・・」  アイツもそうだがおばさんも見た目だけなら相当若い、アイツと姉妹って  言って何も違和感ないくらいだ。 「私はいつまでも若いわよ? 変なこと思わないの」 「・・・すみません」  何故かわかられてしまったことに素直に謝っておく。 「それじゃぁ早く出て」 「だからいいって」 「早くしないと強硬手段取っちゃうぞ?」  そう言いながらおばさんはバスタオルのまま浴槽に入り込んでくる 「って言いながら入ってこないでください!」 「あー、私も入る!」 「おい! それはまずいからっ!!」  結局俺が出ることになった。 「やっぱり男の子よねぇ」  そう言いながらおばさんは俺の背中を流してくれる 「こう言うのあこがれだったのよね〜」 「私じゃ駄目なの、お母さん」 「そんなこと無いわよ、きめ細かいすべすべの肌ですもの、いじりがいあるわよ」  いじりがいですか・・・アイツも大変なんだな。 「でも、やっぱり息子の背中ってのもいいものよ。幼い頃可愛くて  今は頼れる息子なんて理想よねぇ」  それは俺のことか?  いつから俺はおばさんの息子になったんだっけ? 「それじゃぁ続きはまかせるわ」 「うん、がんばって背中ながすね♪」 「と、いうわけで私の背中、よろしくね」 「・・・はい?」  俺の前に座り込んだおばさんはおもむろにバスタオルをはだけで背中を俺の前に  さらした。 「やさしくしてね」  聞きようによっては非常に危ない台詞だった。 「ん・・・」  長い髪を手で掻き上げ、身体の前にそっと回す、綺麗な背中が俺の目の前に  現れた。  わきからちらっと見える大きなふくらみが艶めかしい。 「むー」  俺の背後から唸るアイツ。 「そうだ、えいっ!」 「うわ」  いきなり背後から抱きつかれた、その感触はタオルの物では無く。 「何してる!」 「私のおっぱいのほうが良いの!」 「まだそれをひっぱるかっ! ってか動くな!!」 「私の方が良いって言ってくれないと嫌だもん!」 「あらぁ、私の背中はいつ流してくれるのかしら?」 「もう勘弁してください!!」 「・・・疲れた」  いつも以上にハイテンションな姉妹・・・親子に振り回されてしまった。  今日はもう早いけど寝るか。 「おっじゃましまーす」 「起きてる?」 「・・・なんですか、その枕は」  パジャマ姿の二人は何故か枕をもって俺の部屋に入ってきた。  何となくこの先の展開が想像出来るんですけど・・・ 「一緒に寝たいんだけど・・・だめかな?」 「この前は一緒に寝てないんでしょ?」  おばさんが出かけたとき家に来たアイツは、夜おふくろにつかまっていたっけ・・・ 「それじゃぁ私はこっちね」 「っておばさんベットに入らないでください」 「お義母さんって言ってるでしょう?、ほらこっちにいらっしゃい」 「俺の意志は」 「いつまでも立たせておくつもり?」  きらきらした目で順番待ちをしてるであろうアイツ。 「・・・はぁ」 「・・・眠れない」  俺を中心に左右に展開された二人。  よりによって二人とも俺の腕に抱きついて眠っている。  その二の腕に感じる感触に、俺の眠気は吹き飛んでいた。 「明日昼寝すればいいか・・・」  今はこの時間をどう過ごせばいいかを考えるか・・・
3月1日 ・originalshortstory 冬のないカレンダー #13 「だってキミはおっぱい星人だっておばさまが言ってたよ?」 「ただいま」 「おかえりなさい♪」 「・・・」  俺、帰る家を間違えたか?  間違いなく自宅に帰ってきたはずなのに、出迎えたのはアイツだった。 「ご飯にする、お風呂にする、それとも」 「・・・寝る」 「こらっ!」  突然アイツの背後からおふくろが現れた。 「ちゃんと最後まで台詞聞かないと駄目でしょ?」 「・・・おふくろの言うことは聞き流して良いんだぞ?」 「あー、わたしの可愛い息子が反抗期に、よよよ」  今時よよよと口に出す人がいるとは思わなかった。 「おばさん、おじさんの所に行ったのか?」 「うん、だから今日はお世話になるね」 「いいのよ、将来の娘ですもの。今日だけじゃなくてずっといて良いのよ」 「きゃんっ」  そう言っておふくろは背後からアイツに抱きつく。 「ん〜、やっぱり女の子はいいわ〜、さわり心地も最高♪」 「おばさま、くすぐったいからやめてください」  ん?  今聞き慣れない単語が聞こえた気がする。 「だって、可愛いんですもの」 「やん、おばさまそこは」 「おばさま?」 「あ、うん、おばさんが今日はおばさまって呼んで欲しいって」 「だから私のことお母様ってちゃんと呼びなさいよ?」 「わかったよ、おふくろ」 「わかってないじゃない!」  すぐにツッコミが入った。  俺の親父は単身赴任、アイツの所は出張続き。  だからおふくろたちは定期的に出張先へと出かけていく。  たまってるであろう洗濯や掃除をするのと、夫婦水入らずの時間を  過ごすためだ。  そのため子供である俺達が取り残される。 「女の子一人は危険よね、私の家に泊まりなさいな」  その一言から、おばさんが出張先へ行くときアイツが家に泊まる事に  なった。確かにおふくろの言ってることは正しいとおもう。  治安が悪い訳じゃないけど、やはり女の子一人は危険だと思う。  ・・・最初はそう思った。  だが、おふくろの所に俺とアイツがそろう事の方がよっぽど危険だと  言うことは最初の泊まりの時にイヤと言うほど思い知らせた。 「おばさま、これでいいですか?」 「うん、さっすが未来の娘ね」  二人で仲良く台所で料理をしてる。 「やっぱり女の子は良いわぁ、こうして手伝ってくれるし」 「おばさまにはいつもお世話になってるから、これくらい」 「・・・もぅ抱きしめたいくらい可愛い♪」 「きゃん!」  台所の方を振り向くとすでにアイツはおふくろに抱きしめられていた。 「・・・そこじゃあぶないからやめておけって」 「はぁい、怒られちゃった」 「よしよし」  アイツがおふくろを慰める。 「もぅ可愛い♪」 「だからやめろと言ってるんだって!」  エンドレスだった。  リビングでジュースを飲みながらテレビをぼーっと眺めていた。  特に見る番組がある訳じゃなく、部屋に戻っても良かったんだけど  なんとなくここに残ってた。  アイツはおふくろに捕まって一緒に風呂に入ってる。  たまに俺と一緒に風呂に入ろうとするおふくろの魔の手がこのときだけ  すべてアイツに行ってくれるのはありがたいことだった。 「ちょっとかわいそうかもしれないけどな」  まぁ、今日くらいは勘弁してもらおう。  何か恨めしい事をいわれても、アイツならアイスで懐柔できるしな。 「おまたせ〜」  おふくろの声が後ろから聞こえた。 「よし、俺も風呂に・・・」  立ち上がって振り向いた先には、バスタオル姿の二人が立っていた。   「なな・・なな」 「七?」 「なんて姿してんだよっ!」 「え? 見ての通りバスタオル姿よん」  おふくろが笑いながら言う。  アイツはかなり恥ずかしそうにしていた。 「いいから早く着替えてこい」  俺は目をそらしてその場から去ろうとしたが、おふくろに捕まった。 「んふふ♪」 「おふくろ・・・何をする気だ?」 「こうするのよん」  そう言うとおふくろはアイツのバスタオルをはぎ取った。 「なっ!」  何を! という言葉は口からはでなかった。  アイツはバスタオルを取られても平然としていたからだ、何故かというと 「ねぇねぇ、驚いた?」  水着をしっかり着ていたのだ。 「・・・」  俺は無言でアイツの頭を鷲掴みにする。 「えぅ」 「おふくろの悪巧みにつきあう必要なんてないんだぞ?」 「だってぇ、こうすると喜んでくれるっていうから」  その言葉に俺はおふくろの方に顔を向ける。 「遺言はあるか?」 「そうねぇ、私は水着着てないからやめた方がいいわよ?」 「くっ、卑怯」  バスタオル姿のおふくろは水着を着ていない、ということは俺は攻撃  出来ないわけだ。 「ふふっ、それじゃぁ私は部屋に戻ろうかしら」  勝ち誇ったおふくろはそのままリビングから出ていく。 「あ、そうそう。湯冷めしたならもう一度はいってらっしゃいな。  一緒に、ね♪」 「っ!」  俺が抗議をする前におふくろは去っていった。 「くしゅん」 「おい、だいじょうぶか?」 「うん、私は大丈夫だよ」  そうは言っても明らかに湯冷めしている。 「俺は構わないから、風呂に入って温まってこい」 「うん、それじゃぁ一緒に入ろう♪」 「待て、どうしてそうなる?」 「だっておばさまもそう言ってたじゃない」 「だから、おふくろの悪巧みに乗る必要はないんだって」 「大丈夫だよ、私水着着てるから、恥ずかしくないよ」 「そう言う問題じゃない!」  俺の怒鳴り声に、アイツは顔を赤らめる。・・・って何故? 「そうだよね、キミはおっぱいがすきだから水着無い方がいいんだよね」 「ちがうっ!」 「え? だってキミはおっぱい星人だっておばさまが言ってたよ?」 「・・・おふくろ、一度拳で語り合うしかないんだろうか」 「それよりも一緒に入ろう」 「だからっ!」 「私とじゃ嫌?」  アイツの必殺技、俺を下からのぞき込む、その揺れる上目づかい。  無意識にやってるんだろうだけど、俺はそれに敵わない。 「・・・一緒に入るだけだぞ」 「うん、ありがとう、だから大好きだよ♪」 「青春って良いわよね〜」  廊下から聞こえてくるおふくろの声は無視する事にした。
2月28日 ・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle sideshortstory「時を越えた贈り物」  私の役目はこんどこそ終わりを告げた。  ターミナルを独自に発見できるまでに科学技術は発展した。  私は今の、この惑星の状況を確認し、安堵する。 「お姉ちゃん、がんばってくれたんだね」  技術の悪用はされず、月と地球の国交は回復し、自由に行き来できる。  理想の世界になっていた。  技術を監視する体制もあり、私は安心してターミナルの技術を  この世界に譲渡した。  こうして、私は自由の身となった。  もちろん、すぐに自由に生活できるわけじゃない。  今の世界の事は全く知らないし、追いついたとはいえ私の持つ知識は  この世界にとって重要な知識だった。  だからこそ、私はただ見守るだけ。間違った使い方をしないように。 「私の祖先からの言い伝えがあるんです」  それは、私を、ターミナルを発見した技術者チームの主任から聞かされた  事だった。 「地球も月も女神に見守られてる」と。  そして、その女神は寂しがりやだから絶対見つけださないといけない、とも。 「タツヤったら・・・もぅ」  あれからタツヤは科学の勉強をはじめたらしい。  それは、きっと・・・ 「それでは何かあったらご連絡ください」 「ありがとう、アサギリ主任」  窓から空を見上げる。  蒼い空、白い雲、そして月・・・  そして流れる風に乗ってくるこの香り。 「近くに咲いてるんだね・・・」  私の部屋に置かれてる、ブリザーブドフラワーとなったあのヤマユリ。 「あの時と同じ香り・・・変わってないんだね」  それが例えようのないくらい嬉しい事だった。  タツヤが愛した世界、お姉ちゃんが守った世界。  あの時から技術は進歩し変わったけど、変わらない物があったから。 「タツヤ、私頑張ったよ・・・」  もう一度空を見上げる。 「タツヤ・・・私の事、誉めてくれるよね・・・」  それからしばらくの間は多忙だった。  ターミナルを引き継ぐ作業や今の体制の確認などやるべきことが  たくさんあった。  その合間にお姉ちゃんが来てくれた。  私の記憶の中の二人とまた違う姿で現れたお姉ちゃんは私との再会を  喜んでくれた。  今度こそ約束を果たそう、とそう言ってくれた。 「もちろん、お姉ちゃんのおごりでね」 「なに?」 「だって、私お金持ってないもん」 「まったく・・・」  それからしばらくして、私は体調不良で倒れてしまった。  今の環境に慣れなかった事もあるのだろう。  このまま二度と起きあがれなくなってもいいかな、と思ってしまう。  お姉ちゃんとの約束はまだ果たしてないけど、何となく、私は  もうやるべき事が何もないってわかってたから、かな。  でも、それを思いとどまらせるような、検査の結果。  それは、私の予想を張るかに上回っていた。  私は身籠もっていた。 「タツヤ・・・あの短期間でそこまでしていたとはな」 「お姉ちゃん、タツヤの事悪く言わないで」 「悪いとは言っておらんよ、ただ、タツヤもやるときはやるのだな、と」  そう言って笑うお姉ちゃんの顔は寂しそうだった。 「お姉ちゃん」 「どうした?」 「私、産んでもいいのかな?」  この時代じゃない人の子供、もしかしたらタツヤの子孫がいるかもしれない  この世界で、その祖先の子供を産んで良いのだろうか? 「シア、駄目と言っても産むんだろう? 何も悪いことじゃないぞ。  愛した人の子なのだろう?」 「お姉ちゃん・・・ありがとう」 「なに、なんとでもなるさ。元気な子を産むのだぞ」 「うん」  私はそっとお腹を撫でる。  ここに、タツヤと私の子がいる。 「タツヤったら、頑張ったご褒美をちゃんと用意してくれてたなんて・・・」  格好つけすぎだよ、タツヤ。  普通の幸せをつかめないと思ってた私に幸せを教えてくれたタツヤ。  そして、子を産める女の幸せを贈ってくれたタツヤ。 「生まれてくるこの子のために私、幸せになるよ、タツヤ。愛してる!」  私の誓いに、光の羽が祝福をしてくれた。
2月27日 ・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle sideshortstory「再会5秒前」 「それでは姫様、良い旅を」  メイド達に見送られて私は宮殿を後にした。  何人もの護衛に守られながら向かう先は宇宙港。  これから地球に上るのだ。 「ふぅ」  往還船の座席に座って一息入れる。 「姫様、これがこの後の会談の資料となっております」 「ありがとう、ミア」  今回はミアも一緒に地球に来てくれることになっていて、身の回りの  世話を引き受けてもらっている。  往還船が出発する前から渡された資料を読む。  特に目新しい事は見受けられない、いつもの会談の内容だった。 「着実に進んでいるのはわかるのだけど、まだまだ先の話ね」 「姫様?」 「なんでもないわ」  月と地球の交流はここ数ヶ月の間に劇的に進行していた。  それでも解決しなくてはならない課題は山積みであった。  軌道重力トランスポーターの解析は未だに完全には進まず、これをつかった  月と地球の移動は禁止されている。  そのため地球に上るには今まで通り往還船を使うしかなかった。  資料を読み終わっても、まだ地球に着くまで相当な時間があった。 「姫様、お茶をどうぞ」 「ありがとう、ミア」  まるで見計らったようにお茶を出すミア、ううん、タイミングをちゃんと  見てお茶を出してくれたのね。  その気遣いに感謝しながら煎れてくれたお茶を飲む。 「・・・」  シートに深く腰をかける。  目を瞑る。  ・・・この時間がもどかしい。  確かに38万キロの距離をこの時間で行き来できるのは早いと思う。  それでもこの時間、資料を読んだり書類を書いたりするこの合間の  空白の時間が勿体ない。  この時間をまとめれば、地球で達哉に会う時間くらい作れそうなものなのに。  もちろん、それが無理なのは百も承知。  だから、私は心の中で語りかける。 「ねぇ、達哉。共に過ごした日々を、覚えてるかしら?」 「姫様、長旅お疲れ様でした」  地球に着き往還船から出た私たちをカレンが出迎えてくれた。 「カレン、元気にしてたかしら?」 「はい」  いつもの挨拶の後、私は連絡港から外へ出るための手続きに入るため、待合室に  行くことになる。 「姫様、大変申し訳ない話なのですが・・・」  そこでカレンから聞かされたのは、会談の中止の話だった。 「先方の都合で、今回の会談は中止なされました。この件について月王宮も正式に  連邦政府に」 「そんなことしないでいいわ。相手の都合が悪くなったのですもの、仕方がないわ」 「はっ、では特に声明を出すことは無しということで調整致します」  確かにここまで時間をかけて出向いた先で約束を反故にされたのでは、王宮側も  非難するべきなのだろう。  だが、友となる相手なのだ。この程度でいちいち非難してはいられない。 「それで、私はこの後どうなるのかしら?」 「はっ、帰りの往還船のフライトプランまで数日ございます。  その間のスケジュールは全て白紙となっております」 「そう」  用事がない、ということは・・・  私の鼓動が早くなるのがわかる。 「そういえば、まもなく姫様の留学先のカテリナ学院では卒業式だそうです」  そして・・・  私は朝霧家の前に立っていた。  空白のスケジュール、私はまたここに帰ってきた。  留学先のカテリナ学院での卒業式に参加できる手はずも整っている。  そして、留学先へ行くのなら私はここから通いたい。  だから、帰ってきた。朝霧家へ、達哉の元へ・・・ 「達哉、驚くかしら」  まだ連絡していないから、きっと驚くわよね。 「ふふっ」  その時の達哉の顔を想像して、なんだか嬉しくなってきた。  ほんの数ヶ月お世話になった、私の第2の故郷、朝霧家。  その玄関の扉の前に立つ。  この先に達哉がいる、もうすぐ逢える。  どきどきする胸を押さえながら、私は扉を開けた・・・  『夜明け前より瑠璃色な-Moonlight Cradle-』は2009年2月27日に発売です。0 days ago,Feena fam Earthlight
2月24日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory              「楽屋裏狂想曲〜最新作と人気作〜」 「どう? こーへー」 「美味しいですよ」  寒い夜の鍋は温まるよなぁ・・・ 「今夜の締めはラーメンです♪」  そういって取り出したのは。 「インスタントラーメン?」 「そうだよ、保存聞くし以外と美味しいんだよ」  そう言いながら固形のラーメンを鍋の中に入れた。 「ちょっとだけ待ってね〜」  かなでさんは上機嫌で鍋のふたをする。 「はい、こーへー」 「ありがとうございます」  小鉢によそられたラーメンは、とても美味しかった。 「ごちそうさまでした」 「おそまつさまでした」 「それじゃぁ洗っちゃいましょうか」 「うん♪」  二人で洗い物をする。なんか、こう・・・ 「ねぇ、こーへー。なんかこう、新婚さんみたいだよね♪」 「・・・」  思ってしまったことを先に言われてしまった。 「あ、こーへー照れてる?」 「・・・照れてなんかいません」 「でも顔真っ赤だよ?」 「部屋が暑いだけです」 「ふふっ、そう言うことにしておくね」 「はい、こーへー。お茶だよ」 「何から何までありがとうございます」 「ううん、いいんだよ。私がしたいだけだもん」  そういって俺の横に並んで座るかなでさん。 「んー、お茶美味しいね」 「そうですね」  そうして何事もなく過ぎていく夜だった・・・ 「ところでかなでさん」 「ん、なに?」 「俺に用事って何だったんですか?」 「用事?」  不思議そうな顔をするかなでさん。 「だって・・・」  それは今から少しだけ前の出来事だった。  部屋でくつろいでいた俺の携帯にメールが届いた。 「ん? かなでさんからだ」  読んでみると・・・  こーへー、大事な急用があるからこーへーの部屋まで来て 「・・・俺の部屋に来てって俺に言ってどうするんですか」  とりあえず部屋にいることを返信しておいた。  その直後 「こーへー、ちょっと手伝って」  ベランダからかなでさんの声がした。 「急用って何ですか?」 「それよりもこれ!」  そういって渡されたのは・・・ 「電気コンロ?」  薄っぺらい家電だった。寮での火の取り扱いの規定は厳しい。  部屋で何か調理するには電熱タイプのクッキングヒーターを  使うしかない。 「こーへー、コンセントにそれさしてね」 「急用ってこの事ですか?」 「ううん、ちがうよ、その前に腹ごしらえしなくっちゃ♪」  そういってかなでさんは鍋の用意をし始めた・・・ 「というわけですけど」 「・・・」 「かなでさん?」 「しまったぁ、忘れてたぁ!」  ・・・ 「そ、それで急用って」 「あのね、こーへー! 私たち、歳とっちゃうんだよ!」 「そりゃ誕生日を過ぎれば歳とりますよね」  歳をとっても外見が変わらない人達もいますけど、と心の中で  追記しておく。 「ちがう、私たち、先代になっちゃうんだよ!」 「先代? そりゃかなでさんは先代の寮長に」 「違うの! 私たち全員が先代になっちゃうの!」  どういう意味なんだ? 「月のお姫様のお話が先代だったんだよ、なのにそのお話の後日談が  正式に出来ちゃったの」 「月の・・・お姫様?」  思わず窓の外をみる、夜空に月は浮かんでいない。  その月のお姫様と言われても・・・ 「先代になると二次創作も減っちゃうし私の出番、ピンチだよ!」 「・・・」 「ひなちゃんの小説は同じ日に出ちゃうし、私のフィギュアはまだ先だし、  なんだかカウントダウンも始まってるし、どうしよう?」 「別に、良いんじゃないですか?」 「え? こーへー?」  俺は一度目を閉じてから一呼吸いれる。 「先代・・・の意味はわかりませんけど、それで俺達の物語は終わっちゃう  訳じゃないですよ」 「こーへー?」 「俺達がこうして過ごしている内は、俺達の物語はずっと続くと思います」  かなでさんは驚いた顔をしている。  その顔が綻んで笑顔になる。 「こーへー、ありがとう」 「別にお礼を言われることは言ってないですよ」  かなでさんの笑顔になんだか照れくさくなる。 「そっかぁ、私たちの物語は別に終わる訳じゃないんだよね。うんうん♪」  先代の意味は分からないけど、かなでさんが納得したのならそれで  良いかなと思う。 「まだ私はこーへーとの子供産んでないもんね」 「っ! って何を言ってるんですか!」 「私とこーへーの物語だよ♪」 「そうなると決まった訳じゃ・・・」 「こーへー、私とはイヤなの?」  悲しそうなかなでさんの顔。  俺は・・・ 「ちょっと待った!」 「ひゃぅ!」  突然ドアがあき、そこから入ってきたのは瑛里華達だった。 「悠木先輩、抜け駆けは許さないわよ!」 「別に抜け駆けじゃないもん、スタートダッシュだもん」 「それを抜け駆けって言うのよ!」 「ねぇ、孝平」  いつの間に俺の横に紅瀬さんが座っていた。 「私と貴方の物語、紡ぎましょう」 「は、支倉先輩とハッピーエンドになりたいです!」 「私も、孝平くんとの物語、一緒に作っていきたいかな」 「こら! そこ! 抜け駆けしないの! 孝平の物語は私のなんだから!」  いつものように騒がしくなる俺の部屋。  これがいつもの光景だった。  だから、こんな物語になっても良い・・・ 「・・・わけないだろ」 「こーへー!」 「孝平くん!」 「支倉先輩!」 「孝平!」 「孝平!」 「誰との物語を選ぶの?」
2月19日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「幸せ」 「ねぇ、もう今日はいいわよ」 「いえ、まだ時間はあります」  今日何度目かの瑛里華先輩のお言葉です、でも私は仕事の手を止めません。 「今日くらい休んでもいいのよ?」 「いえ、それでは生徒会の仕事が滞ってしまいます」 「もう、支倉君も何とか言いなさいよ!」 「白ちゃんがそうしたいって言うんだから良いんじゃないか?」 「あーもうっ! どうなってもしらないからね!」  その言葉を聞いて、瑛里華先輩が私を心配してくださってる事が良く  わかります。  でも、私事で生徒会の業務を滞らせる訳にはいきません。  最初は休むことに賛成してくださった支倉先輩も・・・ 「そう言うことなら時間まで頑張ろう」  そう、仰ってくださいました。  最近は私にも責任あるお仕事を回していただけるようになりました。  だから、私はその仕事をちゃんとやり遂げたい。  みなさんに学院生活を楽しんでもらえるように、そして何より支倉先輩に  楽しんでいただけるように。 「ねぇ、支倉君。」 「時間ならまだありますよ」 「・・・白」 「あ、お茶のおかわりですか? 今お持ちしますね」  その時ぴしっと何かが割れるような音が聞こえた気がしました。 「?」 「ねぇ、支倉君に白」 「なに、かいちょ・・・」  瑛里華先輩を見た支倉先輩が声を詰まらせます。  私はよくわからない何かに、身体が震えてきました。 「私、生徒会の会長よね?」 「あ、あぁ・・・」  私は声も出せず頷きました。 「うん、よろしい。それじゃぁ会長命令よ。今日は解散!」 「でも会長、そうなると明日の業務に」 「支倉君」 「っ!」  支倉先輩が息をのむ音が大きく聞こえました。 「私は今日はもう休みたいの、疲れたの、わかった?」 「・・・わ、わかった」 「よろしい、白」 「ひゃい!」  思わず声が上擦ってしまいます。 「カップかたづけてくれる? 今日はもう終わりよ」 「は、はい、わかりました」  震える手でカップを落とさないようにするのがとても大変でした。  寮に着いた私は部屋に戻るまもなく瑛里華先輩に連れられて来たのは  支倉先輩の部屋でした。 「さぁ、白。狭いところで悪いけど入って」 「寮の部屋はみんな広さ一緒だろうに」  支倉先輩が呆れながらも、扉の前を私に譲ってくれます。 「あ、あの?」 「ほら、白ちゃん」  そう言って支倉先輩が扉を開けます。 「誕生日おめでとう!」 「え?」  部屋の中にはみなさんが待っててくださいました。 「ほら、白ちゃん。中に入ろう」 「あ、えっと・・・ありがとうございます!」 「私、幸せです・・・」  支倉先輩のベットの上で、支倉先輩と並んで座っています。  そっと支倉先輩に寄り添うと、支倉先輩は私の肩にてを回して  力強く抱き寄せてくれます。 「先輩方にお祝いしていただいて、そして何より支倉先輩がこうして  いてくださいます」 「本当は景色の良い所に誘って一緒に過ごそうと思ったんだけど」 「今日は平日ですから」  授業もあれば生徒会の仕事もあります。  学生の身分で平日出かけるのは無理です、ですけど。 「私は、支倉先輩がいてくだされば何処でも良いんです」 「白ちゃん、ありがとう」 「私こそありがとうございます」  やっぱり私、すごく幸せです。  でも、幸せなのに、もっともっと幸せになりたいと思ってしまいます。  それは私のわがままなのでしょうか?  ・・・今日くらい、私の誕生日の日くらい、わがままになっても  いいですよね、支倉先輩? 「あの、支倉先輩! お願いがあります」 「なんだい?」 「その・・・私をぎゅっとしてくださいますか? あっ・・・」  私の言葉を聞き終えた支倉先輩はすぐ、私を抱きしめてくれました。 「暖かい・・・」 「白ちゃん。抱きしめるだけで、いいのかい?」 「・・・もっと、暖かくなりたいです。  ・・・もっと、気持ちよくなりたいです。  支倉先輩をもっともっと身近に感じたいです」 「白ちゃん・・・誕生日おめでとう」 「ありがとうございます、支倉先輩」  私はそっと目を閉じました・・・
2月16日 ・originalshortstory 冬のないカレンダー #12 「だってキミは私のおっぱい大好きなんでしょ?」  まどろみから覚醒した俺の目に映る天井を見て。 「知らない天井」  ・・・どうやら俺はまだ少し寝ぼけてるようだ。  知らない訳は無い、この天井はアイツの部屋の天井だ。  ということは俺がいる場所はアイツの部屋のベットという事になる。 「なんだか以前にも同じ事を経験した記憶があるな、その時は横に・・・」  顔を向けると、やっぱりアイツが眠っていた。  あの時と同じように、俺に抱きついたまま。 「・・・やっぱりだるい」  軽い頭痛も感じる。何もかもが前と同じ展開だった。  意識がしっかりと覚醒したのに、身体がだるくて動こうとしない。  ・・・いや、抱きつかれてるせいで動けないだけかもしれない。 「・・・やっぱり昨日のアレだろうなぁ」  ぼんやりとした頭で昨日のことを思い出してしまう。 「乾杯!」  グラス同士が触れ合う乾いた音とともに今日のパーティーが始まった。  俺の親父は単身赴任、アイツの所も相も変わらず出張続き。  そんな家族ぐるみのつきあいがある・・・ 「何思いふけってるのよ」 「おふくろ、少しくらい浸らせてくれてもいいだろうに」  どうやら回想さえさせてくれないようだ。 「んー、浸ると格好良いから良いんだけどね、それよりも飲みましょう!」 「おばさんと勝手に飲んでくれ」 「こらっ、私のことはお養母さんて呼んでっていつも言ってるでしょう?  めっ!」 「・・・」  飲んでもいないのに頭痛がしてきた。 「ハッピーバレンタイン、だよ♪」  そんな俺の頭痛に気付かないアイツは暢気に笑いかけてくる。  ・・・まぁ、この笑顔がみれるだけでも良いか。  と、思わないとやっていけない気がした。 「今日も楽しいよね♪」 「そうだな」 「大好きなキミと大好きなお母さんと大好きなおばさんと美味しい料理。  ほんと楽しいよ♪」  もしここにおじさんがいたら涙しそうな気がする。  もしかすると俺の親父も涙を流してたかもしれない・・・  いなくて良かったのか、いないのが悪いのか・・・・ 「ねぇ、もしかして楽しく・・・」 「そう、見えるか?」 「・・・ううん、大丈夫だね。キミも楽しそうだもん♪」  それは、おまえがいるから・・・とは絶対言えないけどな。  俺が楽しくなれない最大の理由は・・・ 「ふふっ」  そう微笑む・・・いや、笑う二人の母親達のせいだった。 「さて、今日のメインイベント! チョコの交換会!!」 「交換会? 俺何も用意してないぞ?」 「んもぅ、逆チョコの事しらないの? 全く勉強不足よね」  またおふくろは俺のことからかってるんだろうか? 「逆チョコってのはね、バレンタインに男の子が女の子にチョコを送る  風習の事よ」  おばさんが説明してくれる。 「なぁ、それって本当のことか?」  信じられずにアイツに訪ねる。 「うん、今年から出来た風習だよ♪」 「・・・みんなお菓子会社の手のひらで踊りすぎ」 「うんうん、私たち迷ダンサーですもの」 「あら、漢字違うわよ?」 「・・・」  おふくろ達の言葉にツッコミを入れる気がしなかった。 「でも参ったな、俺なんも用意してないぞ」 「そっか」  アイツの表情の変化。ほんのちょっとだけだけど、がっかりしている。 「・・・そのかわりじゃないけど、来月は期待してて良いぞ」 「本当?」  今度は誰が見てもわかるほど、ぱぁっと明るい、表情になった。 「とっても楽しみにしてるわね」 「私も今から楽しみ♪」 「・・・」  おふくろ達のその言葉は聞き流しておこう。 「それでは変わりにチョコの贈呈式を行います!」 「わーわー」 「わーい♪」 「・・・」  このノリの良さはどこから来るんだろうか? 「さて、ここに用意してある3つの箱はそれぞれが作ったバレンタインの  お菓子が入っています」 「誰が作ったかを当ててもらおうって寸法よん」 「・・・はい?」 「ちょっと恥ずかしいけど・・・当ててくれると嬉しいな」 「いったいそれって」  どういう意味だ? と問いかけるよりも先におふくろは箱を開けた。 「おーぷん♪」 「・・・」  そこには6つの頂があった。その頂上に小さなでっぱりがある。  それはまさに・・・ 「大好きなおっぱいですよ〜」  おふくろの言葉に俺は頭を抱えた。 「おや、誰が誰のかわからないみたいね」 「え? そうなの?」 「んー、ちょっと難しかったかもしれないわね〜。良し、ヒントをあげちゃうわ」 「やっぱりするの?」  ・・・なんだか嫌な予感がした。 「おふくろもおばさんもちょっと待っ・・って何で脱ぐ!」  俺の制止よりも早く、お袋もおばさんも、そしてアイツも上着を脱いでいた。  肌色の上に来ている下着・・・ではなく。 「大丈夫よ、水着きてるもの」  おふくろは胸の前にリボンがあるビキニ。  おばさんは胸元が大きく広がったビキニ。 「ん・・・」  アイツはあの時と同じ赤いリボンがワンポイントのワンピースタイプ。  お袋はジーンズ、おばさんは長いスカート、アイツはミニスカート。  三者三様の・・・異様な光景だった。 「ほら、これなんて美味しそうでしょう?」  おふくろがお菓子の一つ、マシュマロと思わしきものを自分の胸の前に  持ってくる。  マシュマロが左右にふわっと揺れる。それと同じくらいおふくろの胸も。 「ねぇ、お養母さんのはどうかしら?」  胸元が凄く空いてる黒いビキニの前に、ムースで作られたお菓子。 「・・・」  アイツの胸の前に掲げられたチョコのふくらみは両隣のものよりかなり  控えめに作られていた。 「さて、どれが当たりでしょう♪」 「もちろん私のよね♪」 「・・・」  三者三様のまなざしに俺は・・・ 「これが一番美味しいそうだ」 「あっ・・・うん、ありがとう♪」  アイツのチョコを受け取った。 「ねぇねぇ、奥さん聞きました?」 「えぇ、聞きましたとも奥さん」 「一番美味しそうですって?」 「えぇ、若いって良いわねぇ」 「何を言ってるんだよ、美味しそうなのは間違いないだろう?」 「っ!」  その言葉に顔を真っ赤にするアイツ。 「実はね、今回のお菓子はちゃんと型どりして作ったのよ?」 「・・・はい?」  言ってる意味が理解できない。 「だからね、選んだそれは、全く同じ大きさなのよ」 「・・・なんですと?」 「それが美味しそうってことは、そう言う事よ♪」  そう言ってウインクするおふくろを見て・・・ 「はめられたのか」 「いやん、はめるのは」 「おばさんそれ以上は言わないでください・・・」  本格的に飲み始めた二人から俺達は逃げ出してきた。  正確にはいつの間にか飲んで酔ってたアイツを部屋へと運んで来たわけだけど。 「ほら、だいじょうぶか?」 「うにゃぁ」 「・・・ちゃんと着替えて寝るんだぞ?」  上半身だけ水着が見えるその格好は、そのなんて言うか・・・  やばいので早く着替えて欲しかった。 「うん・・・ねぇ、あれ取って」  そう言って指さす先にあるのはパジャマと・・・可愛い下着だった。 「をい、俺に何を取らせる気・・・」  俺はそれを手に取れず振り返るとスカートを脱ぎ終わったアイツがいた。 「ちょ、ちょっとまて! それ以上は俺が出てからにしろ!」 「えー、なんで?」 「なんでもかんでもないから!」 「いいじゃん、減るもんじゃないんだからぁ」  そう言う問題じゃないだって! 「いいんだよ、見ても。だってキミは私のおっぱい大好きなんでしょ?」  確かにそうですけど・・・ 「んー、そうだ。悲鳴あげちゃうぞ?」 「なっ!」 「見てくれないと見られたって悲鳴あげちゃうぞ?」 「俺にどうしろっていうんだ!」  酔った人ほど酔ってないというフレーズを思い出した。 「・・・」 「・・・」  無言の応酬の後。 「ふにゃぁ」  アイツはそのままベットに倒れ込んだ。 「だいじょうぶか!」 「んー、だいじょうぶだよ〜、だってキミがいるんだもん」  そういって俺に抱きついてきて、そのままベットに倒れ込む。 「おい!」 「んー・・・」 「離せって・・・」 「・・・すー」 「・・・寝やがった」  俺に抱きついたまま寝てしまったアイツ。  前回の経験上、こうなると朝までこのままだろう。 「・・・もう、どうにでもなれ」  俺はそのままベットの布団をたぐり寄せる。  そしてそのまま暖かい闇に落ちていった・・・ 「・・・おふくろ達に見つかる前にどうにかしないとな」  まだ早い時間とはいえ、このままだと何れ見つかる。  そうなると格好の餌を与えてしまう、それだけは避けなくてはいけない。 「おい、起きろ」 「・・・」 「起きろ!」 「んー・・・」  しぶとい。 「んっ・・キスしてくれたら起きるぅ」 「・・・」  がしっ 「えぅ」  俺はアイツの頭を鷲掴みにする。 「起きてるならとっとと起きろ」 「えぅぅ」 「すべてはその後だ」 「え? じゃぁ起きるね」  そう言うと素早くベットから飛び起きた。 「おはよう♪」  笑顔でそう言うアイツはまぶしい 「あ、あぁ・・・おはよう」 「それじゃぁ、んー」 「?」  目を閉じて顔を出すアイツ。 「早く♪」 「何をだ?」 「起きたらキスしてくれるんでしょ?」 「何?」 「だって、さっき言ったじゃない。すべてはその後だって」  ・・・ 「しまったぁ!」 「んもぅ、こうなったら、えぃ!」  ちゅっという音が聞こえた気がした。 「・・・おはよう、一緒の朝って嬉しいね♪」 「・・・」  俺はついさっきの感触に惚けてしまう。 「ね、ねぇ・・・着替えたいんだけど、いいかな?」 「え? あ、ごめん、出る」  俺は慌てて部屋から飛び出した。 「別に出なくてもいいんだけどな」  その声は聞こえなかったことにした。 「うわ・・・」  リビングに降りた俺が見た物は、そこら中散らかっている部屋だった。  お菓子のくずや袋や、気のせいか相当数のアルコールの缶があった。 「んふふ、でもお母さん達気持ちよさそうだね」  後ろから降りてきたアイツは惨状よりも先にソファの上にいる二人を  見たようだ。  そこには二人寄り添って座りながら寝ているおふくろとおばさん。 「・・・そうだな」  この二人の仲の良さは昔も今もかわらないらしい。 「・・・なぁ、朝飯頼めるか?」 「うん、いいよ」 「俺はこれをかたづける、でもその前に毛布かな」  上半身裸に近い格好だった二人をこのままにしておく訳にはいかない。 「そう言うと思って用意しておいたよ」 「さんきゅ」  俺はそっと二人に毛布を掛ける。 「さて、起きる前に全てかたづけちゃうか」 「おー!」  しばらくして目を覚ましたおふくろが最初に俺にかけた言葉は朝の  挨拶ではなく 「ねぇ、寝てる私に悪戯した?」  だった・・ 「するか!」 「えー!」 「えーじゃないっ!」 「ねぇねぇ、私には?」 「おばさんにもしてません!!」 「んもぅ、私のことはお養母さんって呼んでっていつもいってるじゃない?」 「お母さん、一日一回言わないと気が済まないんだよね」 「えぇ♪」 「・・・」  目が覚める前に帰っていれば良かったと心からそう思った。 「おはよう、お母さん、おばさん」 「おはよう」 「おはよう・・あら、良い匂いね」 「朝ご飯用意してあるよ、一緒に食べよう♪」 「んー・・・えぃ」 「きゃん」  おふくろがアイツを抱きしめていた。 「やっぱり女の子は良いわぁ、早く私の所にお嫁に来てよね」  おふくろの所に嫁にこれるわけないだろう、そうツッコミをしようと思った  その瞬間、俺の視界は真っ暗になる。 「それじゃぁキミは私の所ね」 「だめー! キミは私の所じゃないとだめ!」  そういってアイツは俺に抱きついてくる。 「・・・はぁ」  騒がしいバレンタインの翌日の日曜日はこうして始まった。
2月11日 ・Canvas2 SSS”扱い” 「ねぇ、浩樹。最近思うんだけど」  朝の職員室、霧がどこかで聞いたことあるようなフレーズで  話しかけてくる。 「って、なんでそんなに身構えるのよ?」 「いやな、その切り出し方、あまり良い展開にならなさそうだからな」  昨日の夜はエリスに変な話されたばかりだったからな。  否応なしにもそう思える。 「私の話、聞く気あるかしら?」 「・・・話の腰を折って済みませんでした」  霧さん、怖いので両手の指を鳴らしながら微笑まないでください。 「最近私の扱い、酷くない?」 「酷い?」  昔みたいに避けてることはないし、普通に同僚としてつきあっては  いると思うんだけど、何かあったっけ? 「思い当たる節はないんだけど」 「どうもね、私をネタキャラやオチに使う人が多いのよ」 「・・・へ?」 「以前の話では酔わされたとはいえあんな事させられちゃったし」 「以前って・・・あれは最初から酔ってただろうが。」 「確かに絵があるだけ生徒達よりマシよ? でもあの絵はちょっと・・・」  絵って言われても俺は描いた記憶無いぞ? 「これでも私、外伝では一人しかいないヒロイン、つまり主役をやった身よ?」  いや、外伝っていったい・・・ 「それなのにアニメでは最後の最後でメインヒロインの座から落とされるし、  やっぱり私って扱い酷くない?」 「俺にどうしろと・・・」  その言葉に微笑む霧。  絵になりそうな笑顔なのに、俺の背筋に走る寒気は一体なんなんだ? 「そうね、今夜飲みに行きましょう」 「どこをどう展開すればそうなる!」 「あら、私と飲むのは嫌かしら?」  ですから霧さん、指を鳴らしながら微笑むのは怖いからっ!  結局柳をさそって3人で飲みに行くことになったのだが・・・ 「そうだよ、霧ちゃんの扱いはもっと改善されるべきだよ!」 「そうよね、やっぱりそう思うよね!」  出番にしろ扱いにしろ一番不当なのは俺じゃないのか?  そう思う夜だった。
2月10日 ・夜明け前より瑠璃色な sideshortstory 「約束の証」 「あーあ・・・やっちゃったよね、私」  大学から直帰した私は自分の部屋でぼーっとしていた。 「誕生日なのになぁ・・・」  祝って欲しい彼が、今この場にはいない。 「何もこの時期にしなくても良かったのになぁ・・・」  先日、私と達哉は喧嘩をしてしまった。  何がきっかけなのかもう思い出せない。  だけど、これだけははっきりとしていた。 「達哉がいない・・・」  結構激しく言い争っちゃったからなぁ、来てくれないだろうなぁ。 「うー」 「むー」  唸ってみても何かがおきるわけではないんだけど・・・ 「寂しいなぁ」  私の家には人がいない、お父さんもお母さんも仕事で全国をまわって  いるからなかなか帰ってこない。  お手伝いの家政婦さんも長い間家にいる訳じゃない。  そんな我が家に、達哉は事あることに遊びに来てくれた。  いてくれる時間は家政婦さんより短い、それでも、たったそれだけでも  人が来てくれる家に、人がいる家になったと思う。  達哉も毎日来てくれる訳じゃない。喧嘩する前に会ったときよりも  もっと長い間これなかった時期もあった。  それと比べると1人でいる時間は凄く短いはずなのに。 「・・・ふぅ」  突然携帯が鳴り出す音で目が覚めた。 「あれ・・・寝ちゃってたのかな?」  慌てて携帯を手に取る、もしかしてと思った気持ちは発信者名を見て  落胆に変わる。  ううん、落胆なんて言ったら悪いよね。 「もしもし」 「翠、誕生日おめでとう!」 「ありがとう、菜月!」 「・・・翠? もしかして元気無い?」 「そんなこと無いよ?」 「・・・達哉と何かあった?」 「え? そんなこと無いって」 「・・・翠、後で電話し直すわ。ちょっとだけ待っててね」 「菜月?」  そう言うと電話は切れてしまった。 「はぁ・・・元気な私を演じるのは得意なはずなんだけどなぁ」  あの短いやりとりだけでわかっちゃうなんて、さすが菜月というべきか  それともそれほど私が落ち込んでいるのだろうか・・・ 「でも、菜月どうしたんだろう?」 「まったく菜月ったらもぅ」 「翠ほどじゃないよ」  あの後すぐに菜月から電話がかかってきた。  それからずっと楽しくおしゃべりして過ごしている。  ・・・うん、いつもの私、演じていらてる。だいじょうぶ。 「あ、もうこんな時間だね」 「え? あ、本当だ」 「私、明日の用事があるから今日はもう寝るね」 「うん、ありがとう、菜月」 「ふふっ。その言葉はまた後でゆっくり聞かせてもらうわね」 「え?」 「お休みなさい、翠。良い夜を過ごしてね」  ・・・電話が切れて静かな夜。  あぁ、もう夜なんだ。私は菜月と一体どれくらいの間電話して  いたんだろう? 「はぁ、やっぱり一人ぼっちの誕生日かぁ」  達哉と一緒にケーキ食べたかったなぁ・・・  インターホンが突然鳴った。 「ん? 何か荷物でも届いたのかな?」  リビングの子機から外の様子をうかがう。 「え?」  カメラに映っているのは・・・ 「達哉!」  達哉の返事を待たずに私は玄関に駆けだしていた。 「あの・・・さ。その・・・誕生日パーティー、まだ間に合う、かな?」 「・・・達哉、遅刻だぞ!」 「ごめん」 「でも、まだ間に合うから、さ、入って!」 「翠、ごめん。意地はっちゃって」  部屋に入るなり達哉は頭を下げた。 「そんなことないよ、私こそ意地はってたから、ごめんね、達哉」 「それでも翠を悲しませたんだから俺が悪いよ、ごめん」 「だから、そんなことないって! 悪いのは私なんだから」 「俺だって」 「私だって!」 「・・・」 「・・・」 「あのさ、翠。二人とも悪かったって事にしないか?」 「うん、私もそう思ったところかな」 「ははっ」 「ふふっ」 「バイト中に菜月から電話がかかってきて怒られたよ」 「菜月から?」 「あぁ、どうせ達哉が悪いんだからっていきなり言われたよ」 「あはは・・・菜月らしいよ」 「翠を泣かせたら許さないからってさ。わかってはいたつもりなんだけど  結局悲しませちゃったな」 「ううん、もういいの」 「でも」 「それ以上続けると、またさっきと同じ展開になっちゃうよ?」 「あ、あぁ・・・その、ごめんな」 「うん」  その時携帯が鳴った。 「ん? メールの着信?」  何だろうと思ってみると、メールは麻衣からだった。 「・・・達哉、麻衣からメール来たよ」 「麻衣から?」 「読んでみる?」  そう言って私の携帯を渡す。 「・・・」  達哉が読んでるメールの内容はこうだった。 「家の戸締まりをもうしちゃいましたから、お兄ちゃんはお家に帰れません。  ですから遠山さん、後のことをよろしくお願いします」 「俺、鍵持ってるけどな」 「そうなの?」 「あぁ、でも閉め出された訳だし今夜どうするか・・・」 「・・・ねぇ、達哉」 「そうだな、翠。今夜泊めてもらえないか?」 「・・・もぅ、私が駄目って言っても泊まっていくんでしょう?」 「翠なら冬の寒空の中に放り出さないって信じてるからな」 「当たり前じゃない、そんな寒いところより暖かい御布団を提供してあげるから  安心してね。あ、でも・・・」 「?」 「今夜、寝れると思う?」  オールナイトで語るも良しカラオケで歌うも良し、楽しい夜にしなくちゃね。  だって私の誕生日なんだもん! 「・・・わかった、翠が望むなら」  あれ? 雰囲気が変わった? なんかこう、微妙に展開がずれた気がする。  ・・・あ゛  なんか私、誘ってる見たいな言い方しちゃった? 「あ、そう言う意味で寝かせないって訳じゃないよ?」 「違うの?」  達哉が私をまっすぐに見つめてくる。その視線に私は・・・ 「・・・違わない、かもしれない」 「翠、誕生日おめでとう」 「達哉・・・ありがとう」 「ん・・・」  暖かい布団の中、暖かい達哉の胸の上で私は目を覚ます。  電気を消してる部屋の中は、窓から差し込む薄い月明かりで照らされている。  その月明かりは少しずつ暗くなっている。  いや、月が暗いのではなく空が明るい、それはもうすぐ夜明けを意味している。  月明かりと、夜明け前の淡い瑠璃色の空と。  自分の部屋なのに、全然違う世界にいる気がした。  私は自分の左手をそっと月明かりに照らしてみる。  薬指にはめられた銀色に反射する、指輪。 「・・・」  その指輪を見ると心が温かくなる、身体が感じる達哉の暖かさと、指輪が  もたらす心に感じる暖かさが、私をまどろみに誘う。 「達哉・・・」  その先は言葉にならないまま、眠りに落ちていった。
2月8日 ・Canvas2 SSS”出番” 「ねぇお兄ちゃん」  ソファでテレビを見ていた俺の後ろからエリスが抱きついてくる。 「なんだよ、テレビいいところなんだぞ?」 「そんなことよりもね、お兄ちゃん。最近私の扱いが酷くない?」 「酷い?」  記憶を思い返してみるが別に酷い扱いはしていないと思う。  朝はベットから落ちる勢いで起こすだけだし、朝食はちゃんとバランス  良く考えている。掃除も洗濯も交代で何も問題ない。 「思い当たる節がないけど」 「出番」 「出番?」 「そう、私の出番。最近全然ないじゃない」 「あー、よくわからないけど風呂入って寝なさい」 「むー、お兄ちゃん酷い!」 「酷いって・・・それに出番って意味がわからないんだけど」 「ちょっと調べたんだけどね、私がヒロインのお話、去年の7月を最後に  一度も無いんだよ?」  俺にそう言われてもどうしようもないんだけどな・・・ 「スケッチの人やまったりの人は部長LOVE!だから、作品の出番は多くても  私の出番は少ないんだもん、失礼しちゃうよね」 「エリス、言ってる意味が本当によくわからないんですけど・・・」 「もうすぐC3も発売でしょ? そうなると私たちは”先代”扱いになって  ますます出番減っちゃうじゃない」 「先代ってなんだよ?」 「だからね、お兄ちゃんが頑張ってくれれば私の出番増えるかなぁって思ったの」 「俺に何を頑張れと言うんだよ」 「もぅ、お兄ちゃんのえっち」  エリスに思いっきり突き飛ばされて俺はソファから落ちた。 「女の子の口から何をだなんて言わせるなんて、お兄ちゃんそういう趣味の人?」 「をい」 「あ、でも大丈夫だよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんが2次元しか興味ない人でも  私の魅力でめろめろにしてあげるんだから」 「前の話を混ぜ返すな!」 「その時はまたエプロンだけしてあげるね」 「お願いします、エプロンはしても良いから料理はしないでください」 「エプロンは良いんだ・・・」 「あぁ、料理さえしなければいいぞ」  なんとなく墓穴を掘ってる気がしないでもないが、料理をされるよりは  はるかに良いと思う。 「むぅ・・・もうエプロンではお兄ちゃんを救えないかもしれない」 「いや、だから俺を救うって話が飛躍してません?」 「ねぇお兄ちゃん、体操着とスクール水着とどっちが良い?」 「・・・エリス、俺を一体どういう目で見てるんだ」 「あ、そうだ! お兄ちゃん、Yシャツ1枚ちょうだい!」 「嫌だ」  なんとなく嫌な結果が見えそうだったので、拒否しておいた。 「えー、けちっ!」 「なんでそうなる!」 「こうなったらお風呂で作戦タイムよ! お兄ちゃん覗かないでね!」  そう言うとエリスはバスルームへ消えていった。  一体何の話だったんだよ・・・  俺は思わずため息をついた。 「あ、お兄ちゃん。やっぱり覗いても良いよ♪」 「覗くか!!」  翌朝、職員室で。 「ねぇ、浩樹。最近思うのだけど、私の出番が」 「もう勘弁してください」
2月3日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory「豆まきと恵方巻きと悠木姉妹」  鬼は外〜 「ん、もうそろそろか?」  今日は生徒会の仕事を早めに切り上げて寮へと帰ってきていた。  それは寮でみんなで豆まきをすることになってたからだ。  今年は特に大きなイベントにせず、みんなで豆をまくだけだ。 「去年は大変だったからな・・・」  イベント自体は盛況だったのだが、巻かれた豆が大量で回収も難しく  また、絨毯等に絡まり美化委員会に相当負担がかかった。 「よし、俺も参加するか」  俺は部屋の扉を開けて廊下へ出る。 「鬼は〜そとっ!」 「痛っ!」 「あ、こーへー。帰ってたんだ」  どうやらかなでさんに豆をぶつけられたようだが、豆にしては痛すぎる。  俺は足下に落ちている豆を見つめて・・・ 「?」  それを手に取った。  小さな豆ではなく、殻がある、それも大きい。 「・・・落花生?」 「そうだよ、落花生だよ。こーへー知らないの?」 「知ってますって。じゃなくて落花生?」 「だから落花生だよ、こーへー知らないの?」 「知ってますって、だから話先に進めましょう」 「んとね、去年の反省とエコだよ」 「エコ?」 「そう、普通の豆だと床に落ちたのはもう捨てるしかないでしょ?」  確かに去年巻いた豆は大量に破棄することになった。 「これだとね、回収も楽だしちゃんと食べれるでしょ?」 「そう、ですね。そう言われるとそうですよね。かなでさんすごいです」 「そうでしょそうでしょ? お姉ちゃんすごいでしょう?」 「くすっ」  後ろから近づいてきた陽菜が笑っている。 「あー、ひなちゃんすとっぷすとっぷ!」 「わかってるよ、お姉ちゃん。孝平くんも豆まきしようよ」 「そうだな、俺にも落花生くれないか?」 「はい、孝平くん」 「よし、鬼は外〜、福は内!」  俺は廊下の先に向かって落花生を投げた。 「痛っ!」 「え?」 「・・・支倉君、それは私に対する嫌みかしら?」 「ふ、副会長・・・」 「ふふふっ、私も豆をまこうかしら。可愛い女の子の顔に豆を投げつけた  鬼のような人に、ね♪」 「ま、まて、これは不可抗力だ」 「鬼は外♪」  ・  ・  ・ 「あれはこーへーが悪いよ? 女の子の顔にぶつけるなんて」 「そうだよ、孝平くん」 「ごめんなさい」  この場に副会長は居ないけど、謝ることにした。 「でも、そうなると最初に俺の顔に豆をぶつけたかなでさんは?」 「あ、こーへー! 恵方巻き食べようよ♪」 「スルーですか・・・」 「今年は私の手作りだよ♪」  そういってバスケットから取り出した海苔巻きは思ったより大きかった。 「今年はね、東北東の方向だから・・・こっちかな?」 「それじゃぁ食べよう!」 「いただきます!」  みんなの声がはもる。  俺は陽菜が教えてくれた方向を向きながら恵方巻きを食べはじめた。  ・・・美味いな、そう口に出さすに思った。  言葉に仕様にも口一杯に恵方巻きを頬張ってるので声がでないし、なにより  無言で食べなくちゃいけない、そして願い事を願いながら。  何を願うか・・・  ・・・みんなで楽しく学院生活が過ごせますように。  それが一番だな。 「ふぅ、ごちそうさま」  食べ終わった俺はカップのお茶を飲む。  二人はまだ食べ終わってないようだった。 「ん・・」 「んふ・・・」  二人の口から漏れる言葉にドキっとする。  二人とも口を大きく開けて海苔巻きを一生懸命食べている。  その時、陽菜と目があった。  陽菜はすぐに恥ずかしそうに視線を逸らす。  かなでさんは・・・一生懸命食べていた。 「ぷはぁ、ごちそうさま。ひなちゃんの恵方巻き最高だったよ。  さっすが私のヨメ!」 「ん・・・お粗末様でした。ちょっと大き過ぎたかな、口疲れちゃった」 「・・・」 「孝平くん? どうしたの?」 「あ、いや、美味しかったよ、陽菜」 「ありがとう、孝平くん」 「む? むむむ? こーへー?」 「は、はい!」  思わず声がうわずる。 「あー、もしかして私たちの食べてる姿で変なことそーぞーしなかった?」 「え?」  陽菜は顔を真っ赤にする。 「・・・ごめんなさい」  素直に謝ることにした。 「え? 本当にそーなの?」 「・・・」  慌てるかなでさんと無言の陽菜。  この雰囲気は気まずい、気まずすぎる。 「そ、そういうわけで今日はお開きにしよう、お疲れ様でした!」 「そ、そうだね、こーへーお疲れ様でした!」 「うん、孝平くん、またね」 「ふぅ」  なんとか片づいた、か?  かなでさんも陽菜も慌てて帰っていった。 「あ」  恵方巻きを入れてきてくれたバスケットもおきっぱなしのままで。 「明日返しておかないとな・・・」  せっかく作ってきてくれたのに、こんな事になってしまった。  まったく、俺は・・・ 「ねぇ、こーへー」 「うわ、いつのまに!」  いきなりかなでさんに声をかけられて驚いた。 「男の子がそう言うふうになっちゃうと苦しいんだよね?」 「え? えっと・・・?」  こ、この展開は!? 「だ、だいじょうぶです、我慢すれば収まりますから」 「やっぱり・・・孝平くん、我慢は良くないよ」  いつのまにか陽菜もベランダから降りてきていた。 「だいじょーぶだよ、こーへー。こーへーをその気にさせた責任」 「私たちでしてあげるね、孝平くん」
2月1日 ・夜明け前より瑠璃色な sideshortstory 「約束の証」 「ん・・・」  ゆっくりと目が覚める。いつもより身体がだるい気がする。  それでも日曜日の朝は陽が昇る前に目が覚める。  教会の日曜礼拝、早朝から行われる訳ではないけど、準備することは  たくさんある。それを余裕を持って終わらせるのが私の日課。  だけど・・・  もう少しこのまま眠っていたい、暖かいこの場所で。 「・・・あ」  今さらながらに気付き思い出す、昨日の夜の出来事を。  私の誕生日の1月31日は土曜日。  達哉は店でのバイトがあるから教会には来れないはずだった。  それなのに 「誕生日おめでとう、エステル」  雨の夜、教会に来てくれた達哉。  今日は来れないから明日会いに行く、そう言われてた私は驚いた。 「今日は来れないのではなかったのですか?」 「そうだったんだけど、もうすぐ明日だしやっぱり今日会えなくちゃ  意味が無いから。エステル、遅くなってごめん」 「・・・いえ、遅くないです、早いくらいです」 「そう言ってもらえると助かります」 「それよりも中に入ってください、こんなに濡れてしまって」 「すみません、急いで来たから」 「いいから達哉は中に入る、話はそれからです」 「はい」  その夜、遅くまで二人で語らい、そして肌を合わせ過ごした  誕生日の夜は瞬く間に過ぎていった。 「・・・とりあえずシャワーを浴びましょう」  ベットから出ると肌寒さを感じる、当たり前だ。何も着ていないのだから。  部屋着を羽織り着替えを持ち私は浴室へと向かう。  部屋をでる前に振り返る、達哉は気持ちよさそうに眠っている。 「まだ起こすには早い時間です、寝かせておいてあげましょう」  何より昨夜、あれだけ頑張ったのですから。  日曜礼拝を終え、教会の中を達哉と一緒に掃除する。 「今日も良かったですよ」 「達哉、欠伸してましたよ?」 「見てました?」 「えぇ」 「・・・すみません」  疲れてる達哉が欠伸をしてしまうのは仕方がないことかもしれない。  それでもちゃんと説法を聞いてくれる事は嬉しかった。 「今日は良い天気ですね」 「えぇ、昨日の雨が嘘のようです」 「だからこれから出かけましょう」 「え?」 「あ、もちろん掃除が終わってからですけどね」 「でも・・・」  日曜は教会を訪れる方が多い。それを留守にするなんて 「すぐに帰ってこれますから、行きましょう!」 「達哉?」  何か必死な達哉、ちょっと不振に思えるけど 「少しの間だけですよ?」 「はい! ありがとうございます」  嬉しそうな顔をする達哉を見て私も嬉しくなってしまう。 「少しだけですからね?」 「どうしたのですか?」 「あ、いや、なんでもないです」  そう言う達哉だったけど先ほどから落ち着きが無い。 「ただ、もう帰らないと行けない時間なのが・・・」 「ごめんなさい、達哉。私の都合で・・・」 「それは違います」 「達哉?」 「つきあう事になったときからこのことは予測してました。  俺は全てを含めて、エステルとつきあうと決心しましたから」 「あ、ありがとう・・・」  頭の冷静な部分で、何かがすれ違ってるような気がする。  でも、達哉が全てを受け入れてくれている、そのことが私を  安堵させ、そして幸せにしてくれている。  そのことが嬉しかった。 「エステル、ちょっとだけ待っててください。すぐに戻ります」 「達哉?」  私が引き留めるよりも早く達哉はかけだしていった。 「一体・・・?」  そして達哉は息を切らせてすぐに戻ってきた。 「何処に行ってたのですか?」 「・・・それよりも教会に戻りましょう、話は後で」 「え、えぇ」  真剣な表情でそう言う達哉。一体何があったのだろう?  教会に帰ってきてからの達哉は更に落ち着きが無くなった。 「達哉?」 「・・・あーもう、エステル!」 「は、はい!」 「これを」  そう言うと達哉は私に小箱を渡してくれた。 「ごめん、いろいろと言葉とか考えたけど・・・」  達哉が何か話している、だけど私の耳には入ってこなかった。  私の手の中の小箱、その箱はよく見るような、でも一度も手に取る  事が無かった物。 「その、よかったらそれを受け取ってくれないか?」 「私は・・・神に仕える身です」 「聖職者のエステルさんはそうかもしれない。でもそれは俺が好きな  エステルの一部でしかないから」 「私は・・・わがままですよ?」 「知っています」 「私は・・・独占欲強いですよ?」 「俺もそうですから」 「私は・・・任期が終われば月に帰ってしまう身です」 「それは永遠の別れじゃない、フィーナが頑張ってくれているのだから。  それに・・・エステルも頑張ってるじゃないですか」 「達哉・・・一度いただいたら絶対返しませんよ?」 「そうしてもらえると助かりますし、嬉しいです」 「・・・私は神に誓います、達哉を永遠の」 「それは待ってください」 「え? 何故ですか?」  なんで止めるんですか? 「それはモーリッツさんの前で、じゃないと駄目ですから」 「あっ・・・」 「だから、これは約束の証です」  達哉は小箱から取り出した銀色の指輪を私の指にはめてくれた。 「達哉・・・愛しています」 「俺もです、エステル」  私たちの距離はゼロになった。
・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS”エステルさんと” ・エステルさんと柴犬 「わんわん」  エステルさんの買い物につきあって商店街を歩いていると突然  子犬がエステルさんにじゃれついてきた。  エステルさんはその場にしゃがみ込み、じゃれてきた犬をなで始める。 「ふふっ、可愛い、ほら、達哉も見てください。こんなに可愛いですよ」  そういって子犬を抱くエステルさん。  エステルさんが抱いた子犬を見て、首輪があるのに気付いた。  そしてその首輪にはリードがついている。  ということは、飼い主がいると言うことだ。  俺は周囲を見回すと、買い物かごをもった女性が何かを探しているのを  すぐにみつけた。 「すみません、子犬を探していますか?」  俺は大声で呼びかける。  その声に気付いた女性はすぐにこっちに走ってきた。 「ご迷惑をおかけしました」 「いえ、そんなことはありません」  俺とエステルさんに頭を下げる飼い主の女性。 「でも、貴女はよほど好かれているんですね」 「え?」 「この子、あまり人にじゃれつかないんですよ。私も家族以外にこんなに  じゃれつくのはじめてみました」 「そう、なんですか?」 「はい。おまえも遊んでもらって良かったわね」 「わん」  子犬に語りかける飼い主の女性。  その後頭を何度も下げながら去っていった。 「・・・」  子犬は飼い主の元に戻った、別に迷子になった訳じゃないのだから  当たり前だけど、エステルさんの顔は寂しそうだった。 「エステルさん、まだちょっと時間ありますか?」 「はい、少しくらいなら」 「なら、ちょっとだけ家に寄っていきませんか?」 「達哉の家に? そこまでの時間は」 「すぐ済みます、イタリアンズを連れ出すだけですから」 「え?」 「今日はなんとなく昼間の散歩にしたくなったんです。だから教会の所まで  連れて行こうかと」 「早く戻りましょう、達哉!」  目を輝かせるエステルさん。  なんとなく、イタリアンズに負けた気がするが、それでもエステルさんの  この笑顔がみれるなら良いと思う。 「ほら、達哉!」  そう言うと俺の手を握って走り出す。 「時間が勿体ないです、早く行きましょう!」 ・エステルさんと制服  達哉に連れられて達哉が通っている学院に行って来た。  部外者と悟られぬ用、わざわざ制服まで用意して。  達哉の従姉のさやかの制服はちょっとだけ胸の所に隙間があって  ちょっとだけショックだった。  でも、可愛い制服だと思う。  私が月で通っていた所ではこんな可愛い制服ではなかった。  そもそも教団での勉強に制服など関係なかった。  学院での用事が終わった後達哉の家で着替えた私は、この制服を  そのまま返さなかった。  ちゃんと綺麗に洗濯してからお返しします、それは偽りならざる本心。  でも、それ以外にもう一つ気持ちがあった。  私は着ている服を脱ぎ去り、制服に袖を通す。  そして鏡の前に立ってみる。 「これが私・・・達哉が似合ってるって言ってくれた、学院生の私」  私の制服姿に見とれた達哉が見た私。  あのフィーナ様もこの格好で学院に留学されていた。  つまり、フィーナ様と同じお姿になっているということでもある。 「私も・・・達哉と一緒にこの制服で勉強したかったな」  それは敵わぬ夢、だけどあの学院で一緒に過ごせたのならとても  楽しい学院生活だったことだろう。 「あら、エステル司祭?」 「え?」  突然ドアが開いたと思ったら、そこにいたのはシンシアさん 「あらあら、お似合いですわよ」 「シ、シンシアさん!」 「もしかして留学されるんですか?」 「いえ、そんなことはないです」 「では、その制服は?」 「えっと・・・」  どう説明すればいいのかとっさに言葉が出てこない。 「あ、そういうことなんですね」  突然にまっという笑いをしたシンシアさん。 「そういうプレイがあることは存じてましたわ。お楽しみに♪」  そう言って部屋から出ていった。 「・・・プレイ?」  何のことかわからなかったけど、誤解されたことだけははっきりとわかった。 「ちょっと、シンシアさん!」  私は慌てて彼女を追った。 ・司祭服とエステルさん 「達哉・・・駄目です」  甘い口づけの後の拒絶。 「すみません、でも我慢できません」 「でも・・・」 「エステルさんが可愛いすぎるから、我慢できません」  そう言われてドキっとする。  それでも、最後の理性が、いや、聖職者としての誇りがそれを押しとどめる。 「わかったから、ちょっとだけ待ってください・・・今脱ぎます」  聖職者の服、この服を着たまま抱かれるわけにはいかない。  これだけは汚して良い物ではないから。  私はベットの上で服を脱ぎはじめる。  後ろから達哉の熱い視線を感じる。  殿方の前で服を脱ぐなんて、こんな事になるなんて夢にも思ってなかった。  でも・・・  私の身体は達哉の熱い視線を受けて感じている。  本当は今すぐ抱かれたい。でも、これだけは駄目・・・ 「エステルさん、無茶させてごめんなさい」  全てを脱ぎ終わる前に背後から達哉に抱きしめられた。 「俺、エステルさんの気持ち考えなくって、ごめんなさい」 「良いんです、達哉、私だって抱かれたいって思ったのですから、でもこれ  だけは駄目なんです。それ以外なら・・・」  そう、それ以外ならだいじょうぶ。  そう言ってしまった私は後で後悔することになる。  「今はそんなことよりも、エステルさん・・・」 「達哉・・・」  ・  ・  ・ 「ねぇ、エステルさん。これだけ肩にかけてもらっていいですか?」 「え?」  それは司祭服のケープだった。 「・・・」 「もう何もしません、見るだけですから」 「達哉・・・変態だったんですか?」 「・・・」 「・・・ふぅ、今回だけですよ」  達哉の熱い視線に耐えれなかった。  私は素肌の上からそっとケープだけを羽織る。  それは私の胸を隠すことになった。 「・・・」  達哉の視線に耐えきれず、近くにあった法衣の飾り布で腰元を隠す。 「・・・エステルさん、綺麗だ」 「そう言われても嬉しくないです!」 「何も着ていないエステルさんも綺麗だけど、なんだか神々しく見える。  芸術品みたいだ」 「だから、そう言われても嬉しくなんか無いんです!」  ・・・本当は嬉しかったけど、それは言わない、絶対言わないんだから! ・私服とエステルさん 「達哉・・・見てる?」  私はベットの上に寝ている。  そしてスカートの裾を自分でたくし上げている。  達哉は少し離れたところでそれを見ていた。  これは、達哉への罰。  達哉が私以外の女の子に目を向けた、罰。  それは風の強い日、突風で目の前の女性のスカートがまくれた。  その中を達哉は見た。 「そう言うときは目をそらすのがマナーという物です!」 「今回は不可抗力です!」 「そんな言い訳をしてまでも、見たいんですか!」 「違います、見たいとしてもそれはエステルさんだけです!」 「え?」 「あ」  ・  ・  ・  その後どうなったかはあまり覚えてない。  ただ、言い争ってる内に実際に試すことになった。 「いいですか、達哉。これは確認と、達哉への罰でもあります」 「罰?」 「はい、だから達哉はそこで見るだけです」 「達哉・・・変態」 「う・・でも、そうやって見せつけるエステルさんも・・・」 「私は、貴女の言葉の真意を確かめてるだけです!」  達哉が見たいのは私のだけ、それは確認しなくても間違っていない。  でも、他の女の子のを見たことも事実。  なんだか悔しくて、なんで悔しいのかわからないまま、私は・・・ 「私も変態・・・なのかもしれません」 「エステルさん・・・」 「達哉、見てるだけで良いのですか?」 「良い訳ないです、好きな女の子のそんな姿みて、我慢なんかできません!」  そう言う達哉のジーンズの前は、窮屈そうになていた。 「変態な事をしてる私を見て興奮してる達哉も変態ですね」 「えぇ、俺はエステルさんの事ならなんだってそうなりますから」 「・・・そんな達哉が好きな私も変態です」 「俺はエステルさんの全てが好きです」 「達哉・・・して・・・」 「エステルさん・・・」 ・水着とエステルさん 「・・・着てきましたけど、達哉」  今度、室内プールに連れて行ってくれると約束してくれた達哉。  達哉が白い水着は駄目だっていうので、今日紺色のワンピースの  水着を一緒に買ってきた。 「だからって自分の部屋でこんな格好するなんて」  思っても見なかった。  だけど、期待している私がいる。  きっとこの後達哉に愛されるんだって、そう思っただけで感じてしまう。 「・・・」  でも、達哉は手を出してこない。 「やっぱりエステルさんに似合います、可愛いです」 「そ、そうですか? ありがとうございます・・・」  いつものように誉めてくれる達哉、でも今日に限ってそれだけだった。 「着替えてくれてありがとう、もう良いですよ」 「え?」 「暖房の効いた部屋とはいえ、寒いでしょう」 「・・・」 「エステルさん?」 「達哉は・・・鈍感です」 「えっと?」 「私に期待させておいて、それだけですか?」 「期待って・・・えっと」  恥ずかしいけど、私の芯はもう火照ってきている。  暖房なんか無くても身体が熱い。  私はそのままベットの上に仰向けに倒れ込む。  そして水着の肩ひもを卸す。 「エステル・・・さん?」 「達哉は・・・私に・・・私をこんなにさせて・・・  放っておくのですか?」 「そ、そんな訳ない、俺だって!」 「ねぇ、達哉。女の子にも性欲ってあるんですよ?」 「・・・ごめん、今ので我慢の限界。エステルさん、覚悟してください」 「望むところです、達哉」
1月29日 ・FA楽屋裏小劇場”1日の長” 「ありがとう、こーへー」  夜突然やってきたかなでさんにお茶を煎れる。  俺のカップにもお茶を煎れてからかなでさんの横に座る。 「突然どうしたんですか?」 「うん、私思ったんだ」  俺はお茶を飲みながらかなでさんの話を聞く。 「裸エプロンは私の特権だよね」 「ぶっ!」 「わ、こーへー汚い!!」 「いきなり何を言うんですか?」 「え? ナニってもちろん」 「すみません、その先はとりあえず言わないでください」 「それでいきなり何の話ですか?」 「うん、あのね、今度の4コマで裸エプロンが流行しそうなの」  そんなもん流行しないでください・・・ 「表紙ではあのロリっ娘の裸エプロン姿があるみたいなんだけど」 「どんな4コマですか!?」 「でもね、裸エプロンには私に一日の長があるんだよ♪  ほら、本編では私しかしてないし」  ですから本編って何ですか・・・ 「はぁ、わからないけどわかりました。それでかなでさんは  どうしたいんですか?」 「え? ・・・したいって」 「そこまで言うからしたいことがあるんですよね?」 「・・・うん、こーへーがしたいなら私もしたいよ」 「はい?」  なんか展開がおかしくないか?  俺とかなでさんの会話を思い返してみる。  ・  ・  ・ 「はっ、これじゃ俺が催促してるようなものじゃないか!」 「こーへー」 「かなでさん、早まらな・・・」  振り返った俺の目に飛び込んできたのは、恥ずかしそうにしてるかなでさん。  着ているのはエプロンだけ。 「雰囲気を大事にしようって言ったのに、したいだなんて・・・  もぅ、お姉ちゃんを困らせないでよね」 「すみません」 「くすっ、もういいよ。でも私にここまでさせた責任、とってよね♪」
1月28日 ・FA楽屋裏小劇場”汚れた理由” 「あ、こーへー、助けて!」  寮の談話室に駆け込んできたかなでさんは俺の背後に隠れる。 「どうしたんですか? かなでさん。また何かしたんですか?」 「えっと・・・そ、そんなことよりも」 「お姉ちゃん」  いつの間にか俺の目の前に陽菜が立っていた。 「っ」  かなでさんが息をのむ。 「陽菜、かなでさんが何かしたのか?」 「うん、ちょっとね。ほら、孝平くんに迷惑かけちゃだめだよ?」 「え、えぅ・・・」  なんか酷い怯えようだな。それほどのことしたのだろうか? 「ほら、かなでさんも自分のしたことが悪いのならちゃんと謝らなくちゃ  駄目ですよ?  なぁ、陽菜。かなでさん、そんなに酷いことしたのか?」 「う、うん・・・ちょっとね」  一体何をしたんだろう? 「ほら、かなでさんも」 「う・・・うん・・・ごめんなさい」 「もぅ、お姉ちゃん。今度から勝手に持ち出さないでよね?」 「持ち出す?」 「うん、お姉ちゃんが勝手に美化委員会の制服を持ち出して、汚したみたいで  クリーニングに出しちゃったの。そのせいで私の着る制服が無くて困ってるの」 「・・・」  かなでさんが勝手に美化委員会の制服を持ち出して、汚して・・・  それって・・・ 「お姉ちゃん、着たかったらちゃんと貸してあげるから、もう勝手に  持っていかないでね?」 「うん・・・ごめんなさい」 「ごめんなさい」 「え? なんで孝平くんも謝るの?」 「あ。いや、その、なんとなく・・・」 「?」  汚した理由に心当たりがあるから、とはとても言えなかった・・・
1月20日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory              「楽屋裏狂想曲〜ある日のカラオケボックス〜」 「始めに言っておく! 今日は私がヒロインだ!」  いきなり部屋に入ってきたかなでさん。  今日もいつものようにテンションの高いかなでさんでした。 「あー、こーへー、今お話を綺麗にまとめて終わらせようとしなかった?」 「そ、そんなことないですよ」  かなでさんは鋭かった。 「それよりも、今日はずいぶんテンション高いですね」 「うん、だからカラオケ行こう!」 「話がつながらないんですけど・・・」 「いーのいーの、私とひなちゃんと3人でカラオケ行こうよ、ねっ!」 「お姉ちゃん、ちゃんと孝平くんの予定も聞かないとだめだよ?」 「だいじょーぶ、こーへーが私たちのお誘いを断るわけないもん!」 「予定があれば断ることもありますけどね」 「で、今日は生徒会の予定はないでしょ?」 「何で知ってるんですか・・・」 「だって、こーへーのお姉ちゃんだもん!」  小さな胸を張るかなでさん。 「小さくないもん!!」 「俺何も言ってませんよ?」 「あ、うん、なんとなくだから気にしないで良いよ、そゆわけでれっつごー!」 「俺まだ着替えてないし」 「じゃぁ着替え手伝ってあげる♪」 「うん、そうだね。今日の孝平くんは・・・これがいいかな?」  そう言いながら陽菜は俺の着替えを選んでくれた。  何処に何が入ってるか俺以上に把握してる陽菜。 「・・・なんかおかしくないか?」 「え、この色は嫌いだった?」 「いや、なんでもない。それじゃぁ着替えるよ」 「こら、こーへー。うら若き乙女の前で着替えるなんて万死に値するぞ?」 「なんでそこ疑問系なんですか!」 「まぁまぁ、お着替えはあちら〜」  そう言いながら俺をユニットバスルームへと押し込む。 「・・・普通出ていってくれるものだとおもうんだけどな」  そこはかなでさんだし、仕方がないか。 「ほら、いそごーよ!」 「かなでさん、腕引っ張らないでくださいよ。それになんでそんなに  慌ててるんですか」  着替えを終えた俺はすぐに寮から繁華街へと向かって出発した。 「それはね、長い長い事情なんだよ・・・」 「なぁ、陽菜。急ぐ理由ってなんだ?」 「なにーーー、こーへースルーしたっ!」 「私は急ぐ理由無いんだけどね、お姉ちゃんが・・・」 「今日は先手必勝だからだよ、こーへー」 「先手必勝?」 「そう、先手必勝。  メインだからっていつも一番のえりりんや他のみんなに順番を  先に取られないためだよ」  今の一言で俺の平穏な時間が無くなったのを理解してしまった。 「孝平くん、どうしたの? 泣いてるの?」 「・・・いや、なんでもない。ただ目にゴミが入っただけだよ」 「だいじょうぶ?」 「あぁ、もう流れ出たみたいだよ」  俺の平穏と一緒に・・・ 「でも、順番って? それにどうしてカラオケなんですか?」 「話すと長い事情が」 「陽菜、教えてくれないか?」 「こーへー、私のこと放置プレイ?」  話が進まないのでとりあえずかなでさんを放っておく事にした。 「実はね、この前ドラマを収録したでしょ? そこからアルバムを出すって  言う連絡をいただいたの」 「アルバム?」 「うん、歌のアルバム」 「俺の所には何も連絡無かったけど・・・」 「どうなんだろう? その辺はわからないけどね、お姉ちゃんが・・・」 「キャラソン歌うなら今から訓練せねば! そゆわけでこーへー誘って  カラオケへごー、ごーっ!」  回想シーンをかなでさんがそのまま再現してくれた。  非常にわかりやすい動機だったんですね。  そんな会話をしている内にあっという間にお店についてしまった。  受付をすませて部屋へと案内された。 「ここのお店は初めてですけど、結構広いんですね」  3人でいるにはちょっと広く感じる。 「空いてる部屋の中では一番小さいみたいだけどね」 「そっか。とりあえず飲み物でも頼もうか」 「あ、だいじょーぶだよ、こーへー。ほら」  かなでさんがそう言うと同時に扉がノックされる。 「・・・いつのまに」 「部屋にはいるときに頼んだんだよ、時間勿体ないしね」  こう言うときのかなでさんの行動の素早さには感心してしまう。 「それじゃぁ歌う曲を選ばないと」  俺は歌のリストが載ってる本を手に取る。  その時テレビから曲が流れ始めた。 「それじゃぁ喉を暖めよっかな。  悠木かなで、It's my precious time!歌います!」 「はやっ!」 「あ、ちなみにshort ver.ね♪」 「・・・」  短いバージョンというだけあって、曲はすぐに終わってしまった。 「次は誰かな?」 「あ」  元気いっぱいに歌うかなでさんに見とれてたから、自分の歌う曲を  まだ探していなかった。 「それじゃぁ私も歌おうかな」  そう言うと陽菜はリモコンを操作して、歌い始めた。  曲が流れ出した最初に画面に映し出されたタイトルは  「euphoric field Miyako ver.」  聞いたこと無い曲だったけど、静かなバラードだった。 「どうだった、かな?」 「曲は知らないけど、良かったよ」 「ありがとう、孝平くん」 「それじゃぁ次は私だね!」 「え?」  陽菜の歌を聞いてる間にかなでさんは相当歌の予約を入れてたようだ。 「俺、歌えるかな・・・」  かなでさんが歌って踊ってる。 「いぇ〜いっ!」  そしてその場で一回転。ふわっと広がるスカートの裾に目がいってしまった。 「あ」 「どうかした、陽菜?」 「ううん、なんでもないよ」  その次の曲は陽菜が歌った。  アップテンポの曲で歌の途中でターンする。 「あ、きゃっ!」  上手くターン出来ずによろける陽菜をとっさに支える。 「だいじょうぶか?」 「うん、ありがとう。孝平くん」 「むむっ」 「かなでさん?」 「ううん、なんでもないよ、なんでもない」 「?」  よくわからなかった。 「あの、陽菜・・・一つ聞いてもいいですか?」 「なにかな?」 「なんでかなでさん、葱もって歌ってるんだ?」  かなでさんは何故か葱のおもちゃ?をもち、それを上下に振りながら  歌っている。 「なんでも外国の民謡らしいんだけどね、これが正しい歌い方なんだって」 「・・・なんだかシュールだな」 「あはは・・・」 「よーし、次は私のとっておきだよ! こーへー、俺の歌を聞け?」 「なんで疑問系なんですか!」 「シンフォニックハーモニー、リズムチェンジ!」  かなでさんはなにやら呪文みたいな台詞を言ってポーズを決める。 「・・・」  しかし何も起きなかった。 「もー、こーへーったらのりが悪いよ? 魔法少女は女の子の夢なんだからね?」 「いや、いきなりそう言われても・・・」 「というわけで、A wish -Petit fleur Duet ver-! ひなちゃん、一緒に  歌おう!」 「うん♪」  二人のデュエットが終わったところで時間がきて、お開きとなった。 「結局俺は一曲も歌えなかったか・・・でも別にいいか」 「でもかなでさんがいきなり呪文みたいなのを叫んだのには驚きましたよ」 「叫んでなんかないよ〜、呪文を唱えたんだよ♪ 魔女っ娘は女の子の夢なんだから」 「女の子の夢か、陽菜も小さい頃はそういう夢あったのか?」 「私? 私は別に・・・」 「ひなちゃんも変身できるじゃない、エ・・」  パシッ! 「えぅ」 「お姉ちゃん、それは危険だから言っちゃ駄目だよ? わかった?」  頭を扇子ではたかれたかなでさんが涙目で頷いていた。  ・・・扇子? 陽菜に似合わないけど、何故か懐かしい物を見たような気がした。  翌日の監督生室。 「ねぇ、孝平。今度の休み空いてるかしら?」 「・・・えっと、俺は何処に連れて行かれるのでしょうか?」  なんとなく嫌な予感がする。 「実はね、私にキャラソンのオファーが来てるのよ」 「あ、私にも来ました!」 「白にも来たのね、それじゃぁ白も今度の休みにカラオケに行って一緒に  練習しましょう!」 「はい、是非ご一緒させてください」 「別に俺が一緒に行く必要は無いんじゃないか?」 「孝平は私の美声、聞きたくないのかしら?」 「いや、そういう訳じゃないけど・・・」 「それじゃぁ決まりね、白。今度の休みがちゃんと取れるよう仕事をちゃっちゃと  終わらせちゃうわよ!」 「はい!」  この調子だとどうせ俺はまたいるだけになるんだろうなぁっと想いながら、  なんとなくこの後の展開も読めた気がした。  その夜。 「支倉君、今ちょっと時間あるかしら?」 「・・・紅瀬さん、それじゃぁ伽耶さんの所へ行こうか」 「あら、なんで行くことわかったのかしら?」 「もう、諦めましたから」 「?」  しばらくの間、休みが無くなることが確定した瞬間だった。
1月18日 ・夜明け前より瑠璃色なMoonlight Cradle SSS”ある日のカラオケボックス” 「ねぇ、達哉。この後暇?」  放課後、帰ろうとした俺を菜月と翠が呼び止めた。 「バイトはないし、暇だけど」 「それじゃぁカラオケ行こうよ、朝霧君」 「カラオケ? 俺歌える歌なんてないぞ?」 「大丈夫だよ、達哉。歌なんてたくさんあるし、何かは歌えるよ」 「そうだよ、朝霧君、行こうよ!」  歌か・・・歌える歌は無いけど大声を出すのは気持ちが良いかもしれない。  どうせ家に帰ってもすぐにはやることはないし・・・ 「よし、行くか」 「そうこなくっちゃ! 早く行こう!」  翠が俺の腕をひっぱる。 「あ」 「危ないって!」 「だいじょーぶだいじょーぶ、ほら、菜月も!」 「う、うん」 「おまたせ〜、麻衣」 「あれ? お兄ちゃんも行くの?」 「あぁ」 「もしかして、朝霧君の前で歌うの恥ずかしいとか?」 「そ、そんなことないよ! ほら、お兄ちゃん早く行こう!」  そういって俺の腕をひっぱる麻衣。 「あ」 「ひっぱるな、危ないだろう!」 「だいじょうぶだって、お兄ちゃんだもん♪」 「菜月、ぼーっとしてないで行くよ!」 「う、うん」  カラオケボックスに入った俺達はまず飲み物を注文した。 「ほら、達哉も見てみなよ。きっと何か歌える曲あるよ」  菜月から渡された本はまるで辞典の用に重かった。  前から数ページぱらぱらっと見たけど、知らない曲が多すぎる。 「ん、もぅ、時間もったいなから私から行くね」  そういうと遠山はマイクを持つ。  程なくしてスピーカーから曲が流れ出してくる。 「1番、遠山翠! 恋するDolly 歌います!」  テレビ画面を見ながら遠山は歌っている。 「翠って歌上手いよね」 「正直よくわからないけど、上手いとは思うよ」  素人の俺が聞いても音程は外してないと思うし、息継ぎとかそういうのが  とても上手いと思う。  遠山を見てると一瞬だけ目があった。  遠山は微笑みながらピースサインを送ってきた。 「あ、次は私の番ね」  マイクを持つ菜月は先ほどの遠山と同じようにテレビ画面を見ながら  歌い出した。 「おーおー、いきなり菜月18番の歌だね〜、気合い入ってる♪」 「なぁ、遠山、これなんて歌だ?」 「君のもとへ、っていう歌で菜月のお気に入りなの」  お気に入りという遠山の言葉通り、菜月は気持ちよさそうに歌っている。 「菜月って楽しそうに歌うよね、私も歌ってるときは楽しいんだけど  菜月のをみるとまだまだだなって思っちゃうのよね」  確かに楽しそうだ。  その時菜月と目があった。 「・・・」  歌が止まる、その瞬間ぼんっという音とともに菜月の顔が真っ赤になった。 「菜月、まだ歌途中だよ?」 「あ、えっと、その・・・うん」  なんとか菜月が歌に復帰する。 「もぅ、ヨメの手綱はちゃんと持たないと駄目だぞ?」 「だから違うって」 「3番、朝霧麻衣歌います!」  次にマイクを持ったのは麻衣は元気に歌い始めた。 「明日のキモチだね、麻衣にぴったしの歌よね」 「おつかれ、菜月。でなんでぴったしなんだ?」 「これね、歌ってる人も麻衣っていうんだよ」  そういう偶然もあるんだな〜  麻衣はこっちをちらちらと見ながら歌っていた。 「ようし、私だって負けないぞ!」  テレビ画面をみるとそこには「羅針盤(コンパス)」と出ていた。 「あ、今度は私だね」  麻衣が歌い始めたのは「妹…ですけどっ!」。 「まさに麻衣の為の歌よね」 「菜月も仁さんの妹だろ? だったら菜月でもぴったしじゃないか?」 「あー、だめだめ。私は麻衣ほどシスコンじゃないから」 「な、菜月ちゃん!!」 「麻衣〜、外野に心乱されちゃだめだぞ〜」  遠山のツッコミに麻衣は歌に戻っていった。 「ねぇ、達哉も何か歌ったら?」 「そう思って探してるんだけどさ、なかなか知ってる曲なくって」  さっきから歌のリストの本を1冊ずっと占拠してる状態で探してはいるのだけど  歌えそうな曲は何もなかった。 「聞いてるだけでも楽しいからな」 「達哉がそう言うならそれでも良いけど・・・あ、そうだ。ねぇ翠、麻衣」 「なに?」 「こういうのなんてどうかな?」  なにやら3人で相談を始める。 「なんだ?」  その後も遠山、菜月、麻衣の3人で歌は歌われていく。 「そろそろ時間かな?」 「そうだね、それじゃぁ翠、麻衣、あれ行くよ」 「おー」 「おー!」 「あれってなんだ?」  俺の問いには誰も答えなかった。というか答えられなかったのだろう。  その時すでに曲は始まっていたから。 「・・・」  その曲は地球と月をつなぐような歌だった。  なんだろう、初めて聞く曲なのに自然と耳に、身体にしみこんでくる気がする。  誰がこの歌を作ったんだろう? この歌の通りに地球と月とが一緒に歌える日が  来るといいな、と思える曲だった。  曲が終わったとき思わず俺は拍手を送っていた。 「あ、朝霧君・・・照れるよ」 「そうだよ、達哉」 「お兄ちゃんったら」 「ごめん、でも拍手を送りたかったからさ」 「そっか、でも送る必要なんてないよ」 「そうそう、この歌は朝霧君が歌うんだから」 「え?」 「一度聞いたから初めてで歌えないなんて言えないよね、お兄ちゃん」  確かにその言い訳は無理みたいだった。 「はい、朝霧君」  マイクを渡される。 「大丈夫だよ、達哉。みんなも歌うから」  そういう菜月だけど、マイクを持ってるのは俺だけだった。 「ほら、お兄ちゃん。一緒に歌おう!」 「・・・そうだな、みんながフォローしてくれるなら歌えるかもな」 「よしっ、よくぞ言った! 麻衣、時間無いから早く入力を」 「もう終わったよ」 「さ、達哉!」  そうして今日のカラオケの最後に俺の最初の歌が始まる。  その曲名は「未来パレット」。 「ふぅ、たのしかったね〜」 「そうだな」  1曲しか歌わなかったけど楽しかった。 「朝霧君、今度一緒に行くときまでにレパートリー増やしておいてね」 「だいじょうぶだよ、達哉は声も良いしすぐに歌手になれるわよ」 「それは関係ないと思うけどな」 「くすっ、今度二人で特訓しようか?」 「程々に頼むな、麻衣」 「了解♪」  麻衣との特訓はさておき、今度姉さんも誘ってみようかな。

1月12日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory              「楽屋裏狂想曲〜おみくじ編〜」 「なんともなくて良かった」  正月休み、急に書類のミスが気になって監督生室へと出向いた俺は、  その書類の確認をして帰ってきた所だった。  心配してたミスはただの思い過ごし。 「年末はあわただしかったからなぁ、それでも思い過ごしで良かったよ」  さてと、部屋に戻って・・・ 「あれ? 鍵が開いてる」  確かに鍵は閉めたと思ったんだけどな。  ということは、誰かが部屋の中に居るということだな。 「・・・何も起きなければ良いんだけどな」  我ながら無理だと思う願いを込めながらドアをあける・・・  そこにいたのは・・・  瑛里華    桐葉  陽菜  伽耶  かなで case of 瑛里華 「おかえりなさい、孝平」 「・・・」  そこには予想に反して瑛里華が待っていた。 「何扉のところでぼけっとしてるのよ、早く部屋の中に入りなさい」 「あ、あぁ・・・」  扉を閉めて部屋に入る。  そしてそこにいる瑛里華を改めて見る。  白い着物に赤い袴、いわゆる巫女という神職の格好をしていた。 「何、孝平、もしかして見とれちゃってるとか?」 「あぁ・・・」  白と赤のコントラストに、金髪がこうも合う物なんだなぁ・・・ 「えっ?」 「瑛里華?」  急にあわてふためく瑛里華。どうしたんだろう? 「も、もぅ、孝平ったら恥ずかしい事いうんだから・・・」 「俺何か言ったか?」  俺の問いかけに瑛里華はにこっと笑う。 「ううん、いいのいいの、きにしないで。それよりもこれをひいて」  そう言って取り出したのは・・・ 「おみくじ?」 「そう、千堂瑛里華特製のおみくじよ♪」  瑛里華特製って所に不安を感じるんですけど・・・ 「はい、孝平」 「あ、あぁ」  渡されたおみくじの箱をみる。神社にありそうな、ちゃんとした直方体の木箱で  中から番号の振ってある棒が出てくる仕組みになっているようだ。 「ほら、早くっ!」  瑛里華に促されるままに箱をふる。  からから、と軽い音とともに、おみくじの番号が箱から出てくる。 「1番だな」 「えっとぉ、1番は・・・これ!」  瑛里華が懐から取り出した1番の札を受け取る。  懐に手を入れた瞬間、そこに目がいってしまったことは気付かれてないようで  ちょっと安心しながら、その札をみる。 「・・・主役?」  結果が書かれている所には吉とか凶ではなく、主役と書かれていた。 「そう、孝平は主役よ!  今年1年、この学院を支える生徒会の主役となってがんばれる、そういう意味よ!」 「俺には主役は向かないさ」 「もぅ、なに言ってるのよ!」 「だってさ、生徒会の主役は誰が見ても瑛里華だろう?  俺はそんな瑛里華が・・・はっ」  瑛里華のきらきらした目で見つめられてることに気付いた俺は、今とんでもなく  恥ずかしい発言をしようとしてたことに気付いた。 「孝平、続きは?」 「・・・言わなくてもわかってるだろう?」 「うん、孝平の気持ちはわかってるよ。でもちゃんと最後まで言って。  女の子はいつでもその言葉を待ってるんだからね」  俺は瑛里華の耳元で、その言葉を囁く。  そして瑛里華が何かを言う前に、その唇をふさいだ。 case of 白 「おかえりなさいませ、支倉先輩」 「白ちゃん?」  部屋の中には以前のプールでのイベントで着ていた、ミニスカ巫女姿の  白ちゃんが待っていた。 「勝手に入ってしまって申し訳ありません、鍵がかかってなかったので  すぐにお戻りになると思って、待たせていただきました」 「あ、あぁ・・・それは構わないけど、その格好は?」 「はい、今日は支倉先輩におみくじをひいてもらおうと思って準備しました」  なんとなく誰の差し金かわかるような気がする。  それをつっこんだら負けなんだろうなぁ・・・ 「それでは、どうぞ」  手渡されたのは神社にあるおみくじを引く箱だ、サイズが小さめに出来ている。 「これは?」 「はい、伊織先輩の手作りです。伊織先輩ってなんでも出来て凄いです」  その熱意をもう少し別な方向へ向けて欲しいんですけど・・・ 「支倉先輩?」 「あ、ごめん。じゃぁおみくじをひくね」  俺は箱を振って、中からおみくじを取り出す。 「えっと、2番」 「はい、2番ですね・・・えっと、これが2番です、どうぞ」  綺麗に畳まれている紙を渡してくれる。 「凝ってるなぁ・・・どれどれ」  畳まれてる紙を開けると、そこには・・・ 「凶・・・」 「え、えぇ? 凶なんですか?」 「ほら」  俺は白ちゃんに紙をみせる、その紙にはでっかく「凶」の文字。 「今年は運がないのかもしれないな」 「だいじょうぶです、支倉先輩!」  力強く俺の言葉を否定する白ちゃん。 「白ちゃん?」 「私が、凶を舞いで振り払います!」 「舞いって」 「支倉先輩、少し下がっていてください」  白ちゃんが舞う。  俺の部屋の中で、舞う。  東儀の神社での鈴を持った舞いでもない。  プールの時の奉納の舞いでもない。  ただ一心に、俺のためだけに舞う。  それは、白ちゃんの真剣な思いだった。  なのに・・・ 「・・・」  袴がミニの巫女服、白ちゃんが舞うたびに裾がまくれて白いふとももが  あらわになる。  何度も、その先の白い布まで見えた。  目を逸らそうにも、白ちゃんが俺のために舞ってくれている、そう思うと  逸らすことは出来ない。  いや、それは言い訳だろうな・・・ 「ったく、真剣に舞っているのに俺は何を見ているんだ」 「支倉先輩?」  気付くと舞いは終わっていた。少し荒い息の白ちゃんが心配そうに俺を  見ている。 「ありがとう、白ちゃん。これで今年1年安泰だよ」 「はい」  嬉しそうな白ちゃんの笑顔だった。 「あ・・・」 「どうしたの? 白ちゃん」 「その・・・支倉先輩・・・」  白ちゃんが俺の少し下の方に目線を落としている。 「・・・あ゛」  そこは白ちゃんの舞いに反応してしまっていた。 「あの・・・ごめんなさい!」 「?」 「舞いで鎮めるべきなのにそれが出来ないだなんて」 「いや、そんなことはないよ。これは俺が勝手に」 「でも!」  白ちゃんは俺の言葉を遮る。 「私を見て、そうなったんですよね?」 「・・・あぁ」  今さら隠してもしょうがない、俺は正直に答えた。 「嬉しいです」 「え?」 「私でも支倉先輩を満足出来るのが嬉しいんです」 「白ちゃん」 「ですから、私が誠心誠意、支倉先輩を鎮めて見せます!」  その後の白ちゃんの舞いは、俺の上で行われた・・・ case of 桐葉 「おかえりなさい、孝平」  俺はその姿を見て背筋が凍った。  巫女の姿の桐葉は、その長い黒髪と相まって神秘的という言葉が恐ろしい  ほどに似合っていた。  それだけなら良いのだが、何故かその左手には日本刀が握られていた。 「何してるの? 早く部屋にお入りなさい」  桐葉の言葉にただ従うだけの俺。 「・・・始めるわ」  何を、と言いたかったけど口は動かなかった。  それだけ桐葉から発する何かが・・・プレッシャーが俺に重くのしかかって  きているからだ。  桐葉はそっと日本刀を抜刀する。  鞘が落ちない所をみると、袴の紐の所に挟まれているからだろう。  そして両手で日本刀を構える。 「ひゅっ!」  口から漏れる呼気が鋭く鳴る、その瞬間、俺の左右を刀が通り抜ける。  それは一瞬の出来事だった。  気付くと日本刀は鞘の中に戻されていた。  桐葉は鞘事袴から抜き取ると、刀をそばに立てかけた。 「孝平?」  不思議そうな桐葉の声が聞こえた瞬間、俺はその場に座り込んだ。 「あれくらいで腰を抜かすなんてだらしないわよ」 「いきなり刀を向けられたら驚くに決まってるだろ?」 「私が孝平を斬る訳ないじゃない」  それはわかってる、でもあのプレッシャーは思い返すたびに背筋が凍る。 「それで、なんで俺の回りを斬ったんだ?」 「それはね・・・厄よけよ」 「厄よけ?」  俺は厄年だったっけ? 「そう、厄よけ。それだけよ」  桐葉が目線を逸らしてそう答える。  こういう時の桐葉は何かを隠している事が多い。  俺は桐葉の顔をじっと見つめる。  落ち着いて見てみると、桐葉の巫女姿はすごく絵になっている。  長い黒髪、整った身体のライン、白と赤のコントラスト。  まるでこの姿になるためだけに生まれた組み合わせとさえ思えるほどだった。  目線を逸らしてる桐葉は俺の方をちらりと見る。  俺と目線があうとまた逸らす、けどだんだん逸らさなくなってきた。 「・・・もぅ、わかったわ。正直に話すわ」  桐葉の根負けだった。 「厄よけなのは本当よ、でも斬ったのは厄だけじゃなく、女運よ」 「女運? そんなの困る!」 「え?」  俺の言葉に驚いた表情をした桐葉。 「桐葉との運が切れるのは困るに決まってるじゃないか!」  その言葉に驚いた顔が赤く染まる。 「私が貴方との縁を斬る訳ないじゃない」 「よかったぁ・・・」  俺も安心した。 「斬ったのは他の女性との縁よ。貴方の回りには魅力的な女性が多すぎるの。  だから・・・」 「そっか、でも大丈夫だよ。俺には桐葉だけだから」 「・・・お神籤ひかない?」  いきなり話題を変える桐葉、その頬が真っ赤だった。  俺もきっと顔が真っ赤だろう、だからその話に乗ることにした。 「・・・これは何だ?」 「おみくじの結果よ」  ひいたおみくじには「辛吉」と書かれていた。 「からきち・・・からい吉だよな?」 「えぇ、つらい吉じゃないわ」 「これはどういう吉だ?」 「辛い物と一緒だと幸せになるということよ」  桐葉らしかった。 「そっか、でもどっちかというと俺は甘い方が好きなんだけどな」 「・・・そう」  残念そうな顔をする桐葉。 「桐葉だって甘いの好きだろう?」 「私は辛い方が・・・え?」  俺は桐葉に口づけをする。 「んっ・・・んん・・・」  お互いの舌を絡ませるくらい、深く、そして甘いキス。 「ぷはっ・・・いきなり」 「酷いかい? 俺は甘い方が好きだからな」 「・・・私も、甘いのが好きよ。だから・・・ん」  桐葉の甘みを味わいたくて、また唇を重ねた・・・ case of 陽菜 「おかえりなさい、孝平くん」 「ただいま、陽菜」  部屋に戻ると巫女姿の陽菜が待っていてくれた。 「またその格好なんだね」 「うん、この前着たとき孝平くんが可愛いって言ってくれたから・・・」  陽菜がこの格好をしたのはこれが初めてじゃなかった。  だからもう驚きはしない・・・ 「って、俺も順応性出来てきたな」 「どうしたの? 孝平くん」 「いや、なんでもないよ。それより今日はどうしたの?」 「・・・用事が無いと来ちゃいけない?」 「そんなことはないよ、陽菜」 「ありがとう、孝平くん。お茶煎れるね」  何故かその場にある、茶釜。  お茶を煎れるという意味がいつもと違っていた。  陽菜は俺の目の前で、巫女姿のままでお茶を点てている。  俺はその雰囲気に押されたからか、正座してそのお茶が出来るのを待っていた。 「粗茶ですが」  そう言って出される茶碗には緑色の液体が入っている。  満たされると言うほどの量はなかった。  俺は緊張した手でその茶碗を受け取る。 「くすっ、孝平くん。私たちだけなんだから作法は気にしなくて良いんだよ?」  陽菜のその言葉と笑顔に、俺の緊張は解けて消えていった。 「そうだな、もとより作法なんてしらないからな。いただきます」  そっとお茶を飲む。  口の中に苦みが広がる、でもそれは不快な苦みではなく・・・ 「美味いな」 「ありがとう、孝平くん」 「孝平くん、おみくじひかない?」 「この前もひいたと思うけど」 「今度は私のお手製だよ」 「そう言うことなら」  この前と同じ木箱からおみくじをひく。 「・・・5番だな」  この前も5番だった気がする。これって5番以外にも入ってるのだろうか? 「5番はね・・・特吉だよ♪」 「結果も一緒か」 「うん、素敵な恋人と素敵な一生を過ごせます、が占いの結果だよ」 「かなでさんのくじだと1年だったけど、陽菜のくじは一生か」 「迷惑だった?」 「迷惑じゃないさ、たださ、やっぱり当たり前すぎるなって思うだけだよ。  陽菜と居て素敵じゃない日なんてないもんな」 「孝平くん・・・うん、私もそう思うよ」 「これからもよろしくな、陽菜」 「私もよろしくね、孝平くん」 「それでね、孝平くん・・・あのね、今年も素敵な年にするおまじないを  して欲しいんだけど、いいかな?」 「それは俺からもお願いするよ、陽菜と素敵な年にしたいからな。  それで、何をすればいいんだ?」 「あの・・・最初は私がしてあげるから、ベットに座ってもらってもいい?」 「あぁ、いいけど・・・」  俺はベットに座る、その足下に陽菜が近づいてくる。そして胸元をはだけさせる。 「陽菜?」 「孝平くん、最初は私が・・・ね」 case of 伽耶 「・・・何故俺はここにいるんだ?」  寮に戻ったはずの俺は気付くと千堂家の離れにやってきていた。 「にゃぁ〜ん」  足下から黒猫が去っていく。 「・・・はぁ、わかったよ」  この先の展開が読めてきたが、ここで帰ると後が怖い。 「お邪魔します、伽耶さん」 「遅かったな、支倉。それと、挨拶はただいまだろう?」 「・・・」  何を見ても驚かないと思っていたが、その光景を見て俺は驚いた。  伽耶さんが巫女の格好をして座っている、それも着崩していた。  そしてその回りにたくさん転がっているのはお屠蘇を入れる銚子。 「支倉、挨拶は?」 「・・・ただいま」 「待っておったぞ、さぁ、こちらで正月を祝おうじゃないか」 「ほら、支倉も飲まぬか」  俺の手に持った杯に伽耶さんがお屠蘇をそそぐ。 「飲むのは良いんですけど、どうしてこの体勢なんですか?」  そう、俺の足の間に伽耶さんが座っている。  背中を俺の胸に預けて上機嫌の伽耶さん。  「良いではないか、正月なのだからな」  そう言うと自分の杯からお屠蘇を飲む。  俺もそれに習ったわけじゃないけど、そそがれたお屠蘇を飲んでみる。  口から喉にかけて熱い液体が流れ込んでいく感覚に少しむせる。 「良い飲みっぷりじゃないか、もっとどうだ?」  遠慮します、という言葉より先に俺の杯にそそがれていく。  そして自分の杯にも注ごうとする伽耶さんを止める。 「支倉?」 「俺が注ぎます」 「そ、そうか。すまぬな」  そっとなれない手つきで伽耶さんの杯に屠蘇を注ぐ。  注がれた液体は、すぐに伽耶さんの口に運ばれ、消えていく。 「美味いな」 「そうですか? 俺は正直わかりませんけど・・・」 「美味いぞ、こんな美味いのは初めてだ」  そういう伽耶さんは少し震えてるような気がした。  それは、何かを我慢するような・・・ 「もう一杯どうですか? 俺もつきあいますよ」 「・・・そうか、頼む」  俺は伽耶さんの杯に注ぐと、自分の杯を飲み干した。 「・・・正直よくわかりませんけど、こう言うのは美味しいって言うの  でしょうね」 「なんだ、支倉もわかってるではないか」 「ですから、よくわかってません」 「それでいいのだよ、美味いと思えれば美味いのだよ」 「そんなもんでしょうか?」 「そういうものだ」 「伽耶さん大丈夫ですか?」 「あたしは大丈夫だ、あたしが酔うわけないだろう?」  そう言う伽耶さんは明らかに酔っていた。 「そろそろお開きにしましょう」 「嫌だ」 「そうは言ってもこれ以上は伽耶さんが持ちませんよ」 「あたしは吸血鬼だぞ? 持たない訳ないだろう」 「伽耶さん、わがまま言わないでください」 「・・・終わりにしたくないのだ、こんな美味い酒は初めてなのだから」  突然声のトーンを下げた伽耶さんの言葉に、俺は理解した。  今までの伽耶さんは独りだったから、誰かと飲む酒も美味しくなかった事に。 「伽耶さん、今夜はこれで終わりにしましょう。でないと・・・」 「終わりにしないとどうなるというのだ!」 「次の宴が開けません」 「な・・・」 「今日は永遠に続きません、だから終わりにしましょう。  そしてまた次の機会にみんなで一緒に飲みましょう」 「次が・・・あるのか?」 「伽耶さんが望むなら、でも俺は程々にしておきますね」 「・・・そ、そうか。支倉がそこまでいうのなら今宵は終わりとするか」  伽耶さんが立ち上がろうとして、バランスを崩す。  俺はそれを予想していたので、そっと後ろから抱き留める。 「は、支倉!?」 「部屋まで運びますよ、伽耶さん」  俺はそっと伽耶さんを両腕で抱きかかえて、部屋へと運ぶ。  伽耶さんは何も言わず俺の胸にそっと顔を当てる。 「暖かいな」 「そうですか?」 「あぁ、暖かいぞ・・・」 「伽耶さん?」  どうやら眠ってしまったようだ。こうしてみると可愛い子供のようだった。 「さて、どうしたものか・・・」  伽耶さんが俺の服を握ったまま寝てしまった。そっと手をほどこうにも  ほどけなかった。さすがは吸血鬼だ。 「って、納得してどうする?」  どうするか、そう考える俺自身が眠くなってきた。 「・・・まぁ、いいか。このままでも」  伽耶さんの部屋の壁に俺はそっと寄りかかってすわる。  腕に伽耶さんを抱いたまま。  敷いてあった布団から毛布を取り、伽耶さんにかける。  これで伽耶さんは大丈夫だな、そう思った直後にそっと俺も眠りについた。 case of かなで 「かなですぺしゃる!!」 「ぐはっ!」  いきなり俺はすねを蹴られた。 「いきなりなにするんですかっ!」 「こーへーこそなんで帰ってこないの!  そのせいでまたロリっ娘に先越されたじゃないの!!」 「いや、そう言われても・・・」 「選択肢がある楽屋裏なんだから、ちゃんと私を最初に選ばないと駄目じゃない!」  選択肢って・・・そういえば最初の最初にあったような気がした。 「私を選んだ後にセーブとロードすれば問題ないでしょう?」 「いや、人生にセーブやロードはないですから」 「来月には私の小説も発売され、6月にはフィギュアも出る。  今年は私の年! なのになんでロリっ娘に先を越されるのよ〜!!」 「・・・」 「それにあのロリっ娘は今回の主旨わかってないじゃない、おみくじをひかせるのが  今回のテーマなのに、もぅ、駄目だなぁ。やっぱり私がしめじゃないと、ね♪」  そういうかなでさんはやっぱり巫女服を着ていた。 「気付くの遅いぞ、こーへー」 「いや、もう当たり前の光景だったもので、すみません」 「それじゃぁ、そういうわけでやり直しね」  そう言うとかなでさんは俺の部屋の中に入っていった。 「・・・このまま逃げたらどうなるんだろうか」  思わず逃げたくなるけど、逃げた方が後が怖いのは言うまでもなく。 「よし」  覚悟を決めて俺は部屋への扉をあける。 「おかえりなさい、こーへー。さぁ、おみくじひいて」 「展開早すぎですっ!」 「まぁまぁ、ちょっと巻きが入ってるからね。さぁ、おみくじをどうぞ」  もうおなじみになった木箱を振る。 「4番です」 「えー! 4番なの?」 「そうはいっても出てきたのが4番ですから」 「・・・もぅ、こーへーったらぁ」  突然顔を赤くして甘えた声を出すかなでさん。 「4番はね、中吉なの。でね、大吉にするにはお姉ちゃんが厄よけをして  あげればいいの」 「引き直して3番です」 「なにーーーーー!」 「3番はどうなんですか、かなでさん」 「う、うん・・・3番はね、大吉だけど特吉になれるチャンスがあって」 「あ、やっぱり1番でした」 「なぜにーーーーー!」  かなでさんが1番のくじをあける、その間に俺は次をひく。 「1番は凶だけど、凶を振り払うにはね」 「5番が出てきました」 「・・・5番は特吉だよ」 「じゃぁそれにしましょう」 「こーへー、風紀シール!!」  ぽよよんという音とともに俺の額にシールが貼られた。 「なんで私の時だけおみくじひきなおすの?」 「俺は占いなんて信じてませんから」 「わー、このお話の根本を否定する発言!! お姉ちゃんはこーへーを  そんな子に育てた覚えはありません!」 「育てられた覚えもないんですけどね・・・」 「うぅ・・・ちょっと見ない内にこーへーが不良になっちゃったよぉ・・・  あ、それとも反抗期?」 「違います」 「じゃぁ何なの? もしかして姉ばなれ? がーん」 「・・・話進めていいですか?」 「いいよ、いつまでも脱線してるわけにはいかないからね」  誰が脱線させてるんですか、とは言えなかった。 「別に俺は占いとか全部信じてない訳じゃないんです。  結果はただの結果ですから。  俺は、自分の未来は自分で引き寄せます。  おみくじなんかに左右されたくないだけです」 「こーへー・・・うん、さっすがこーへー男の子だね、えらいえらい」  そういってかなでさんは俺の頭を撫でてくれた。 「ねぇ、こーへー。こーへーの引き寄せる未来に、お姉ちゃんは・・・いる?」 「当たり前じゃないですか」 「良かったぁ、こーへー。ずっとずっと一緒だよ♪」  そういって抱きついてくるかなでさんと俺の唇は重なっていた。
1月6日 ・FORTUNE ARTERIAL sideshortstory 「年始めの」  1月2日の朝を俺は静かに迎えた。  んーと背伸びをして布団から出て顔を洗う。 「ふぅ・・・静かだな」  年末年始、帰郷する生徒が多い中俺は寮に残っていた。  親父の所に帰るのも良かったのだが、生徒会の仕事も残っているし 「何より陽菜がいるからな」  それが本心だった。  そんな陽菜は昨日から実家に帰っている。 「私も残るよ、孝平くん」  そう言う陽菜を説得したのは俺だった。  陽菜のお父さんもお休みだし、何よりかなでさんが待っている。  だから親孝行と、姉孝行をしておいで、と。 「うん、わかった。ありがとう、孝平くん。  でもね、早く寮に戻ってくるね。だって私の居場所はここだから」  1日の初詣の後、そう言って帰っていった陽菜を見送ってから俺は  寮へと戻ってきた。 「本当に静かだな」  平日なら学院へと向かう時間、寮に残ってる人が少ないせいか  とても静かだった。それと同時に寂しさを感じる。  それはやっぱり・・・ 「陽菜がいないから、だな」  いつも一緒に過ごしているわけじゃない、生徒会と美化委員。  お互い忙しく夜に顔をあわせる事しか出来ない日もある。 「それでも同じ白鳳寮の中にいるからな」  陽菜が居なくなって初めてそう思えることが出来た。  ・・・なにもやる気が起きない。  俺ってこんなに女々しかっただろうか?  それでもやる気は何も起きず。 「今日はこのまま寝て過ごすか・・・」  コンコン  ドアがノックされる。 「ん? 司か?」  この時期部屋を訪れてくるのは俺と同じく実家へ帰っていない司くらいだ。  何か用事だろうか?  そう思いながら扉をあける。 「ただいま、孝平くん」  そこには外出着の陽菜が立っていた。 「陽菜?」 「だめだよ、孝平くん。ちゃんとおかえりって言ってくれないと」 「あ、あぁ・・・おかえり、陽菜」 「うん、ただいま」  そう言いながら陽菜は俺の胸に飛び込んできた。 「驚いたよ、朝から帰ってくるなんて」 「孝平くんは私が帰ってこない方が良かったの?」 「とんでもない、送り出しておいてなんだけど、とても嬉しいよ」 「ありがとう、孝平くん」  陽菜は1日実家でゆっくりと過ごした後、かなでさんに追い出されるような  形で朝から寮へと帰ってきた。  もっとも、かなでさんが追い出さなくても朝には帰るつもりだったようだ。 「昨日の夜はね、お姉ちゃんと一緒のお布団で寝たの。  夜遅くまでいっぱいおしゃべりしちゃった」  そう話してくれる陽菜の顔を見る。  静かな優しい、陽菜の声が耳に届く。  目の前に陽菜がいる。  ついさっきまでとは違う、世界に色が付いたようなそんな気持ちになる。 「どうしたの? 孝平くん。私の顔に何かついてる?」 「あ、いや、なんでもない。ただ陽菜が居て嬉しいなって・・・」 「え? も、もぅ、孝平くんったら・・・」  思わず出た本音に俺は恥ずかしくなる。  何か話題を変えないと・・・ 「陽菜、さっきから気になったんだけど、その荷物は」 「あ、うん。部屋に戻る前に孝平くんの部屋に来たの」 「それって・・・」 「孝平くんに早く会いたかったから、だよ」  話題を逸らすのに失敗したようだ・・・ 「あ、そうだ。お姉ちゃんからおみやげ預かって来たの」 「かなでさんから?」  おみやげって何だろう? 「・・・よし」  陽菜が小さく頷く、なんだ? 「ねぇ、孝平くん。ちょっとバスルーム借りるね」 「あぁ、良いけど」 「覗いちゃだめだよ?」  そう言うと持ってきた荷物を一緒にバスルームに入っていった。 「何だ?」  覗くなということは着替えるということだろう。  陽菜が部屋にきて着替えるって一体どういうことだ?  以前陽菜が着替えたのは美化委員会の制服で、その時は・・・ 「な、なにを考えてるんだ」  正月早々そんなことを考えるなんて浮かれすぎてるよな、俺も。  でも、こういう事って姫始めって言うんだよな・・・ 「って、だから俺は何を」 「お待たせ、孝平くん。どうしたの? 大声だして」 「あ、いや・・・」  陽菜を見た瞬間、俺は声を失っていた。 「似合う、かな?」  白い着物に赤い袴。  そこには巫女装束に包まれた陽菜が立っていた。 「・・・」 「やっぱり似合わないかな?」 「可愛いよ、陽菜」  否定する陽菜の言葉を聞いて俺は反射的に答えていた。 「ありがとう、孝平くん」  俺の言葉に照れながら、陽菜は微笑んでくれた。 「それでね、お姉ちゃんからのおみやげなんだけど・・・」  陽菜は小さな箱を取り出した。  その箱は神社のおみくじの所にあるような、細長い箱で・・・ 「そのものじゃないか?」  サイズこそ違うけど、おみくじの箱そのものだった。 「これをね、孝平くんにひいてもらって、って」 「まぁ、いいけど・・・」  俺は手渡された小さな角形の箱をふる。  小さな穴から棒が出てきて、そこに番号まで振られていた。 「以外に本格的だな」 「孝平くん、何番だった?」 「これは五番だな」 「五番だね、えっと・・・」  陽菜は別の箱から5番と書かれた紙の包みを取り出した。  作者:ブタベスト様 「孝平くん、特吉だよ」 「特吉って・・・」  陽菜が広げてくれた紙に大きく「特吉」の文字が書かれていた。  その右上の方に「か」と書かれてる、かなでさんのお手製だろう。 「特吉はね、えっと「素敵な恋人と素敵な一年が過ごせます」だって・・・」 「かなでさんらしいな」 「そうだね、お姉ちゃんらしい」  二人で思わず笑ってしまう。 「でもさ、おみくじで言われなくても当たり前の事だよな」 「孝平くん?」 「陽菜が居てくれるんだ、素敵な一年にならないわけ無いだろう」 「うん、そうだね。孝平くんが居るんだもの。素敵な一年にならないわけないね」 「そう言うことだ」 「うん、今年もよろしくね、孝平くん」 「俺も、よろしくな、陽菜」
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