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第68回配信 イラク戦争関連特集
問題の本質は、社会主義体制と民族対立の影響を根強く残すバルカン各国が、過去へのこだわりに一応けじめを付けて改革に取り組み、「西側先進国への接近を加速させたまさにその時に当の先進国が二つの陣営に割れてしまったこと」(D・ランチッチ氏、後述)にあります。もう5年ほど前に第3回配信「豊かになるって何だろう」で、西へ向かうレースについては書きました。しかしその頃とは比較にならないくらいペースは上がっています。チェコなど中東欧三カ国が現在では北大西洋条約機構(NATO)加盟国となり、中東欧より遅れていると言われていた南東欧ではルーマニア、ブルガリアがNATO次期加盟を決めました。 さすがに中欧時間の2時や3時までテレビに噛り付いているほどの切迫感はなかったことは認めますが、3月19日の夜は私にとって気分のいいものではありませんでした。一発目のトマホークが飛んでくる数時間前の気分を、幸か不幸か4年前の3月に自分の住んでいる町で経験していますから(幸、と書いたのは、イラクの市民の不安と高揚が経験していないよりも少しだけよく分かるような気がするからです。僥倖、と言うべきでしょうか)。それでも心のどこかではナイーヴ(間抜け)に、「明日の朝何も起こっていない奇跡」を期待しているところがありました。翌朝出勤する妻を送り出した後にテレビを付けて「あーあ、やっぱり始まってしまったか」という無力感にとらわれたことはもちろんです。
セルビアの反戦運動は、前々回配信でも報告したように全く低調でした。さらにジンジッチ共和国首相暗殺により発令された非常事態で市民の政治集会は事実上禁止(前回配信参照)。ユーゴ空爆開始から4年を記す3月24日、首都中心部の聖マルコ教会でセルビア正教パヴレ総主教らが慰霊礼拝を行いましたが、参加者は300人程度で小規模な行事にとどまりました。 イラクに関しては開戦直後にマロヴィッチ・セルビア=モンテネグロ大統領が「米英とも独仏とも関係を良好に保ちたい」とやや玉虫色の発言、一方外務省は「国連の枠組みで解決されなかったことを遺憾」としながらも「平和を脅かしているのはイラク当局であり、それによって生じる結果に対する責任は大きい。市民を無責任な政治の犠牲としている」と明瞭なイラク批判の声明を発表、またウィーン協定に違反しているとの理由でイラク大使館の外交官2人に国外退去を通達しました。 モンテネグロに関してはジュカノヴィッチ首相が「米寄り」の態度をかなり鮮明に打ち出していますが、セルビアでは故ジンジッチ前首相が「イラク問題に関しては中立」と発言した経緯があります。ですからジンジッチ派のセ市民連合党首であるG・スヴィラノヴィッチが正大臣を務める共同国家外務省がこのような動きを見せたことは私にとっては意外でした。一方前々回配信でも引用したベテランフリージャーナリストのドラゴスラフ・ランチッチ氏は、欧・米ならまず欧、それも国連の枠組みと平和を重視するヨーロッパと関係を強めるべきだと改めて強調し、空爆された経験のある国が空爆する側ではなくされる側を叩くのはどうか、とこの声明に対する批判を発表しました(日刊ポリティカ紙3月27日付、週刊ニン誌同日付など)。米英の介入は不当だという立場を貫くランチッチ氏と、これは一回会ってみる価値がありそうに思えました。 同氏はポリティカ・ニンなどの元北京・ベルリン特派員。89年にはベルリンの壁崩壊を伝え、帰国後の92年にはチョーシッチ・ユーゴ連邦初代大統領顧問官を務め4年前からフリーになりました。ジャーナリスト歴40年の大先輩です。
ランチッチ:空爆、ミロシェヴィッチ政権末期の抑圧、政変劇と続いたのは確かについこの間ですよね。いや、だからこそまだ皆疲れているというのが一つはあると思います。さらに政変後もジンジッチ暗殺に至る政治の不安定が続いていますから、自分の生活には直接の影響がない(と思える)事柄にわざわざデモに出かけるほどの気持ちにはなれないわけです。でも空爆の経験は皆同じですよね。ですから庶民の間にはイラク市民に対する同情論があるのは感じています。 大塚:セルビアは、まあイラク支持はないにしても、独仏と米英の間ではもっと故ジンジッチの言っていた中立を貫くと思っていたんですが、共同国家外務省声明は「アメリカ寄り」とも取れる内容となっています。その真意についてはどう思いますか? ランチッチ:結論から言えば軽率だったと思いますが、私にはそれほど意外ではありませんでした。現在のセルビア与党連合がミロシェヴィッチ政権を倒す際にスポンサーの役割を果たしたのはアメリカであって独仏ではありませんから。結局アメリカにタテを突ける政権ではないということです。私は「ジンジッチらはアメリカの傀儡だから裏切り者だ」という旧政権のような言い方はしたくありません。アメリカという国が持つプラスの価値観はそれなりに認めるべきだと思います。ただ今回のイラク介入はあまりにも不当なやり方で行われている、とは考えます。パウエル国務長官は「米を支持している国が45もある」と言いましたが、それはパラオやソロモン諸島、ミクロネシア連邦なども含めてやっと達した、という数で、国連加盟国全体の中では本当に少数なわけです。 大塚:それにしてもルーマニア、ブルガリアなどの態度を見ても、旧東欧圏の米英寄り姿勢は極端なほどですね。 ランチッチ:それがNATOへ(、そしてEUへと)急ぐことだと考えているわけですね。ヨーロッパが独仏対米英プラス東欧、という形に割れた感があります。でもNATOに入った時にも、その中で一番の国とビリの国はやっぱりあるわけですから、加盟を急ぐあまり軽率な政策は取るべきではないと思います。セルビアはEUへの接近はともかくNATO加盟にはまだ市民のアレルギーもあるでしょうし、もっと独自性を出していいとも思うのですが、反戦の態度ではむしろクロアチアの方が元気なほどなのはちょっと困ったことです。
開戦に先立つ2月末、米はNATO加盟第2期候補国クロアチア政府に対し領空通過、緊急時の燃料補給などを可能にするよう要求し、これについてはザグレブ側が政治的に青信号を出しました。
「これほど世論が一致団結したのも珍しい(中略)。好戦的な声に疲れ、戦争で様々なストレス、破壊と悲劇を経験したわれわれの態度ははっきりしている。暴力は新たな暴力を生み、内部対立を呼び起こす。世界の安全を保障するシステムが無視すればそのシステム自体が危機に瀕することになる」(D・ラティン氏、週刊ナツィオナル3月25日号)。
しかし上記のラティン氏の論説が掲載されたのと同じナツィオナル誌3月25日号で、反米英の態度を批判する記事も出ました(M・プレシェ記者)。NATOへ、EUへと点数を稼ぎたいクロアチアが今米英寄りの態度を示すと独仏のマイナス点を稼ぐことになってしまうとラーチャンが考えているとしたら間違いだ。これはあくまでもEU内部の対立であって、現時点で加盟候補国が明瞭に独仏寄りの態度を示すべきではない。クロアチアのEU入りを助ける国は独仏よりも英、蘭、スペイン、ポルトガルなど武力介入支持国なのかも知れないのだから。またクロアチア・ボスニア紛争、コソヴォ紛争+ユーゴ空爆で、力を使って地域を安定させたのはまず第一にアメリカなのであって、間違ってもヨーロッパではなかったことを忘れてはなるまい、というのが論旨です。「次期選挙で民主党には勝ち目がない以上ブッシュ政権は2008年まで続くだろう。ならば長期的に見ても今アメリカとの関係を冷却させるのは不可解だ」。論の当否はともかく、前述のランチッチ氏がセルビア政府に近いメディア(ニン、ポリティカ)で当局の米英寄りを批判し、こちらクロアチアではやはり野党系とは言えないナツィオナル誌で政府の独仏寄りの態度が批判されているのは興味深い現象です。 先進国二大組織への次期加盟が既に政治レベルでは決定しているスロヴェニアで3月23日に行われたNATO、EU入りを問う国民投票は、少なくとも国外のウォッチャーにとっては意外な結果になりました。
しかし結果は左表の通り、NATOに関しても意外や意外の66%、有権者全体で見ても、事前予想をやや上回る40%が賛成票を投じました。前々回配信で詳説の通り、ドゥルノウシェク・ロップ中道政権は、選挙で有権者の信を得て西側接近レースを自信を持って進めていました。ところが国民投票直前に来て対イラク反戦気運の中NATO加盟反対派が伸び、内心穏やかではない春を迎えていました。しかしこの結果が出て一応安心というわけです。 「独立10年のスロヴェニアの方向が間違っていなかったこと、さらに未来へ向けて進めることがはっきりした」とロップ首相が第一声。NATO加盟強硬論者で、第66回配信当時は解任説、さらには失踪説さえも出ていたルペル外相はすっかりご機嫌でマスコミの前に登場、「歴史的なチャンスを活かすことが出来た。これはスロヴェニア国家の大成功だ」とコメントしています。
ではこれでスロヴェニアははっきりと「米英+東欧」陣営に属したことになるのか。右派野党スロヴェニア民主党のヤンシャ党首は、もっと政府は親米支持の態度を明確にすべきだと主張しています。しかし5日付ポータルサイト24Ur.comのインタビューに対し、ロップ首相はこの見方を否定しています。「政府はずっと平和的解決を支持してきたし、反テロ連合には入っていても反イラク連合国には属していない。既にカナダはわが国のNATO加盟を批准しているし、アメリカからも理解は得られると信じている」とし、特別に親米色を出さなくとも対米関係が心配するほど悪化せずに済むとの考えを明らかにし、野党の批判を退けました。またドゥルノウシェク大統領も1日、イラク戦争に反対する国民9300人の署名を活動家から受理、「安保理を通さない介入に至ったことは残念」とし、世論に一定の理解を示しました。 スロヴェニアの政権当局は米英にも独仏にも「はっきり賛成(反対)していたわけではない」と言えるスタンスを作り始めているわけです。玉虫色? 恐らくそういう批判は免れ得ないでしょう。しかし大状況に影響力を及ぼし得ない旧ユーゴ圏の小国がEU・NATO加盟に向けて点数稼ぎに走っている現在、玉虫色もまた「賢明な現実主義的政策」と評価されるのかも知れません。私自身はとても心からは賛同出来ませんし、もちろん譜代大名よろしく最初から毅然と(!??)介入を支持していた小泉政権などはもっての他だと思っていますが。 このページがネット上に出る頃には、イラクは公式に終戦を迎えているかも知れませんね。しかし二つのことが本稿執筆現在でも言えると思います。一つはこれを「正義の勝利」として開放感とともに喜ぶ人の数は、アメリカ人が期待しているほど多くないということです。そしてもう一つは、どんなに「戦後復興」で独仏が取り繕ったような姿勢を見せたとしても、世界の中心がワシントンだと確定した中で、もはや国連、NATO、EUなどの国際組織は今までの一枚岩ではあり得ないということです。国際政治の混乱は今後も続くでしょう。そしてその中で結局振り回されるのはバルカン諸国のような小国だということも、残念ながらかなり確かです。 (2003年4月中旬) 執筆に協力頂いたD・ランチッチ氏、画像を提供して頂いた吉田正則氏、D・リュービッチ氏(反戦団体「戦争はもうこりごり」)、スロヴェニア共和国政府情報センターに謝意を表します。画像・本文の無断転載はかたくお断りいたします。 Zahvaljujem se za saradnju/suradnju/sodelovanje: g.Dragoslav Rancic, g.M.Yoshida, g.Darko Ljubic (Dosta je ratova). Centar vlade RS za informiranje. Zabranjena je svaka upotreba teksta i slika bez ovlascenja./Zabranjena je svaka uporaba teksta i slika bez ovlastenja./Prepovedna je vsaka uporaba teksta in slik brez dovoljenja. |
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