「平和問題ゼミナール」
(旧)ユーゴ便り
Masahiko Otsuka Presents
-since 1998-
(Since 98/05/31)

最終更新 2001/02/01 1:50

第41回配信
貧しきウラノスの子


サライェヴォ旧市街のモスクを訪れた休暇中のSFOR(平和安定化部隊)ドイツ隊の兵士たち
   新世紀早々、どうも冴えない気分です。正月の新聞休刊日を過ぎた4日から、早速「劣化ウラン弾(バルカン症候群)騒動」が先進国から旧ユーゴ諸国に飛び火したからです。ラジオやテレビでセルビア語の、インターネットで主にフランス語のニュースを聞いたり読んだりするわけですが、劣化ウランの「劣化した」に相当する形容詞はセルビア語でosiromaseni、フランス語でappauvri、ともに「貧しい」の意のSIROMASAN、PAUVREを語源としています。直訳すれば「貧しくさせられたウラン」というわけで、ニュースを聞いても読んでも「貧」の字が目に浮かぶような気がして、景気のいい正月にはほど遠い感じの毎日です。まあいきなり言葉遊びをしても仕方がないので、前半は問題を私なりに整理し、後半は1月中旬に日本のテレビの取材に同行した時の報告にします。

   劣化ウランは原発の燃料や核兵器を製造する際に生ずる放射性産業廃棄物です。これらの利用に必要なのは核分裂の起こりやすいウラン235ですが、自然状態のウランは核分裂の起こりにくいウラン238が99・3%、ウラン235は0・7%に過ぎないため、ウラン235を濃縮する過程を経ます。この際に生じた廃棄物が劣化ウラン(depleted uranium、DU)で、ウラン235の割合が天然ウランより低い0・2%であるため「劣化」ウランと呼ばれますが、放射能毒性までが著しく「劣る」わけではありません。
   ウランは自然に存在する最も重い金属です。重い物体が別の物体に衝突すると高い摩擦熱を発生しますから、劣化ウランを弾頭に使った銃砲弾は装甲車・戦車などに対し高い貫通力を発揮します。タングステン弾頭などでも近い効果が得られますが、産業廃棄物である劣化ウランの市場価格は1トン=約1ドル(劣化ウラン研究会による)と極めて安価です。現在問題になっているのは、95年北大西洋条約機構(NATO)のボスニア・セルビア人支配地域の空爆と99年のユーゴ空爆で、この劣化ウラン弾が大量に使われた後の放射能の影響です。ユーゴ・ヴィンチャ原子物理研究所によれば、30ミリ砲の弾頭に使われている劣化ウランは約300グラムで、このうち約200グラムが爆発時に粉塵となって近くにいた人の体内に取り込まれ、被曝する可能性が高いとのことです。米当局は肺、腎臓ガンなどの危険性は認めていますが、他に免疫システムや遺伝子などへの影響も医学筋からは指摘されています。
問題の劣化ウラン弾(30ミリ砲)。(左)劣化ウランが使われている弾頭のみ(中)弾頭の欠けた銃弾の本体部分(右)弾頭のついた使用前と同形のもの(ヴィンチャ原子物理研にて)
   実戦で初めて劣化ウラン弾が使われたのは91年の湾岸戦争(約100万発、300トン相当)ですが、日本でも95年暮れから96年初めにかけてに米軍が沖縄・鳥島で行った演習で「通常の弾薬と誤って」1520発の劣化ウラン弾が使用されたことが発覚、日本側に陳謝しています。ボスニアでは95年秋、デイトン包括和平直前の時期に10800発が、99年のユーゴ空爆ではコソヴォを中心に31000発が使われたと推測されています。主に米A−10「サンダーボルト」型攻撃機に積載された対装甲30ミリ砲がそれです。手前ミソながら、ユーゴ空爆中の「(旧)ユーゴ便り」第17回配信第18回配信もこの話題に触れています。
   湾岸戦争後のイラク住民や米軍帰還兵などの間でガン・白血病が広がり、「湾岸症候群」の存在が以前から指摘されていましたが、その実状はイラクが現在もアメリカと友好関係になく、また国際制裁下にあることから依然として不明のままでした。
   NATOを中心とする多国籍軍は、ボスニア和平成立後に平和履行部隊(IFOR、現 平和安定化部隊SFOR)として、ユーゴ空爆終了後にはコソヴォ展開部隊(KFOR)として、それぞれ空爆直後に地上展開を始めて現在に至っています。ところが昨年後半からこの多国籍軍に参加しているイタリアなど数カ国で、旧ユーゴ地域勤務経験者でガン・白血病にかかっているケースが少なくないことが判明し、今回の「バルカン症候群」騒動に発展したわけです。  

   デイトン和平後10ヶ月間サライェヴォ地域に勤めていたイタリア兵サルヴァトーレ・ヴァッカが99年9月に白血病で死亡。彼は既に任地でも体調の不調を訴え、ドイツ軍医の診断を受けていましたが、結果は「軽度の過労」でした。98年、99年にボスニアにいた兵士サルヴァトーレ・カルボナーロ(享年25)が年末にやはり白血病で死亡、彼の弟は「劣化ウラン弾の影響に違いない」と各紙に声明を発表しています。96年サライェヴォ地域にいたコッラード・ディ=ジャッコーベも白血病で重体です。「ボスニアで劣化ウランが使われていたことは全く知らされていなかった」。伊国防省、マスコミの発表を総合すると旧ユーゴ任地経験者で8人がガン・白血病のため死亡、30人以上が罹病しています。1月中旬コソヴォ西部ペーチのKFORイタリア隊を訪問したチャンピ大統領は「NATO側に納得の行く事情説明を求めて行く」と強い態度で表明しました。
コソヴォ地図に主な劣化ウラン弾使用地点(黄色)とKFOR主力5部隊の任地分担を示した。ドイツ隊、イタリア隊任地に比較的集中していることが分かる(ヴィンチャ原子物理研、地元報道などを基に筆者作成)
   フランスでは国防省ビューロー広報官が「現在軍事病院で白血病で療養中の5人のうち4人は旧ユーゴ経験者」と発表(5日付リベラシオン紙)。ベルギーでは現在までに兵士5人がガンで死亡、白血病に4人が罹病しています(5日付ユーゴ・タンユグ通信)。スロヴァキアでは95年から96年に国連保護軍の運転手だったガブリエル・R(享年31)が98年胃ガンで死亡していることが判明。彼の母親は「任地に赴く時は全く元気だったのに」(22日付チェコ・プラーヴォ紙)。ノルウェーからコソヴォに派遣予定の「テレマルク隊」兵士400人は契約サインを拒否しました(10日付ユーゴ・ヴェチェルニエ=ノーヴォスティ紙)。ドイツ公式筋は「ドイツ兵の安全に問題はない」という態度を繰り返していましたが、シャルピング国防相が議会から圧力をかけられ1月下旬にボスニアとコソヴォを急遽訪問、「アメリカからは(少なくともボスニアでの)劣化ウランの使用と(コソヴォでも)その危険性について知らされていない」と米・NATO当局を批判する声明を発表。
   5日、国連環境計画(UNEP)は昨秋コソヴォで行った現地調査の中間報告を発表、8地点で劣化ウラン弾による高い放射線反応があったことを明らかにしました。同報告は兵士の健康に悪影響を及ぼした可能性を懸念し、地元住民に対する健康検査を実施するよう勧告もしています(7日付ネット版CNN)。しかしNATO当局は11日の大使級理事会、16日の医事協議会ともに「因果関係を証明するものはない」と劣化ウラン弾の危険性や「バルカン症候群」の存在を否定しています。本稿執筆中の25日も、NATO欧州方面ラルストン最高司令官は「可能性は小さいにしても、コソヴォでKFORが攻撃されるような事態が生じた場合、劣化ウラン弾を使用する」と表明しています(FoNet通信)。
   ともあれここに来て劣化ウラン弾の危険を認めようとしないNATO当局及びアメリカ(と米マスコミ)と、因果関係の徹底究明、使用差し止めなどに動く他の欧州NATO加盟各国(とそのマスコミ)の間の対立が鮮明になってきました。深刻な政治的亀裂に発展するのではないかとの見方も出てきています。
西欧報道の「騒動」は旧ユーゴに飛び火、ニン(セルビア)、スロボドナ・ボスナ(ボスニア)、グローブス(クロアチア)など代表的週刊誌が特集を組んだ
   しかしなぜ今頃になって西欧各国・各紙がこの騒動を盛り上げているのか。ある日本人ジャーナリストは次のように推測します。「ユーゴ政変を呼び起こすことになった9月のユーゴ連邦総選挙や、反ミロシェヴィッチ勢力が政治的実権を握ることが確定した12月下旬のセルビア議会選より前にこのキャンペーンが起こっていたら、『ほらやっぱりNATOはケシカランことをしていた、だから反NATOの立場を鮮明にしていた社会党政権の言い分は正しかったんだ』とミロシェヴィッチ旧政権を間接的に支援してしまいかねなかっただろう。だから政治家の配慮なのか、マスコミの自発的な動きなのかは分からないが、とにかくミロシェヴィッチ政権の崩壊が確定した今になって出てきたのではないか」。
   またイタリア事情に詳しい別のジャーナリストは、4月の国内総選挙に向けてバルカン症候群が政治的な道具に使われている、と指摘します。「NATO離れを進めたい共産党など極左勢力がこれをマイナス材料として宣伝に使い、逆に次期選挙で勝利が有力視されているベルルスコーニら右派・極右はNATOと結束を強めたいので沈黙。その中で政権を担当する中道左派が積極的に「自政府の非」を認めて行くことで何とか選挙戦を有利にしたい、という意図が見える」。

劣化ウラン研究会(代表:伊藤政子氏)コメント

 正直、「やっとか」という気持ちでヨーロッパから送られてくるニュースを見ています。劣化ウラン兵器の危険性はもう何年も前から言われていたことで、欧米のNGOなどはかなり早いうちから活動を始めていました。ボスニアで使われたことは噂のような形で流れていましたし、コソボについても、NATOが発表する前から使っているだろうと確信していました。劣化ウラン弾を使用できる戦車や戦闘機などの種類は限られています。そういった戦車・戦闘機が使われていることがわかれば、ほぼイコール劣化ウラン弾が使われているということになるからです。
 湾岸戦争で何が起こり、その後イラク市民や米英の退役兵に何が起こったかに、もう少し欧米のメディアや政府が関心を持っていれば、事態は違ったのではないかと悔やまれます。(欧米メディアは日本のメディアよりは関心を持っていたようですが、劣化ウラン兵器の問題を追っていたジャーナリストはみな圧力をかけられて、離れていったようです)。
 一方で、湾岸症候群に続いてバルカン症候群が出てきたことで、劣化ウラン兵器は今後、確実に廃絶への道を辿るのではないかと期待しています。ここ10年にわたってイラクは制裁を受けつづけ、国内の実態はあまり知られていません。まともな調査も出来ませんでした。戦争後すぐに国連が行った調査は、すぐに極秘扱いにされたと聞いています。しかし、今後早急にボスニアやコソボの劣化ウラン弾使用地域の包括的な調査を行うことができれば、共通点、つまり劣化ウラン兵器とこうした症候群の関連を示す「確証」ががはっきり浮かび上がってくるのではないかと思います。
 気になるのは、ボスニアやコソボの市民、それから紛争中または後に現地に入ったNGOなどです(私の個人的な友人だけでも、4人はボスニアやコソボに入っています。どれだけ多くの外国人が入っているかがわかるというものです)。ボスニアに入ったNGOは、その多くがその役割を終えて帰国しているはずですが、彼らは何も知らずに現地に何年も滞在していました。影響を受けている可能性はあると思うのですが、国に帰ってから白血病やガンを発症している場合もあるのではないでしょうか。市民はもっと悲惨です。この先もそこで生活していくのですから、ウラン粒子を飲み込んだり吸い込んだりする可能性は大きくなります。
 また、最近ある人から問合せを受けたのですが、日本の建設会社が、ODAの関係でボスニアやコソボの復興作業に関わる可能性が高いようです。何年も滞在する可能性があるようで、とても心配していました。こうした人たちが現地入りを拒めば、復興はどんどん遅れていくでしょう。劣化ウラン弾の使用は、もちろんその破壊能力もすごいものですが、紛争後も長期にわたってその国に大きな打撃を与えつづけるものだと思います。(文責:田中)
   被曝する可能性があるのにそれを平気で使っているとしたら、まことにケシカラン話です。しかし兵士、現地に展開する政府系援助(ODA)や非政府系団体(NGO)、さらにマスコミ関係者は、100歩譲った言い方をすれば何がしかのリスクを承知で赴いています。それに対して地元住民にとっては劣化ウラン弾はいい迷惑ではないでしょうか。また先進国マスコミは自国兵の問題を主に取り上げていますが、ボスニアやコソヴォの現地取材は今のところ希薄といっていい状態です。これでは変ではないか。そう思った私と日本の某テレビ局特派員はユーゴ・ボスニアを取材することに決め、これが私の今年の初仕事になりました。

   「ピー、ピー、ピー」と、実験室の劣化ウラン弾に当てた線量当量測定機が無味乾燥な音を立てながら数字を上げて、850インパルス毎秒を示しました。ベオグラード郊外、ヴィンチャ原子物理学研究所のラドイコ・パヴロヴィッチ研究員は、「自然値の1500倍だ」と説明します。また各地から回収した劣化ウラン弾の入った金属缶は、缶の前に測定機を当てただけで自然値の800から1000倍の値を示しました。「一般にはこの倉庫は立ち入り禁止です。皆さんと5分か10分いるだけならまあ大丈夫ですが、倉庫の近くにいるだけで通常の数倍の放射能を浴びていますよ」。
   空爆終了後、ユーゴ軍と同研究所は空爆地点の放射能測定を始めました。その結果セルビア本国で6箇所、モンテネグロ1箇所、コソヴォで112箇所に劣化ウラン弾が使われていることが判明。劣化ウラン弾の回収作業もモンテネグロのアルザ地区とセルビア本国ではほぼ終了し、土壌汚染の危険のため住民への警告と当該箇所の封鎖を1月から実施しています。ユーゴ軍は「軍参謀本部、旧共産党本部など空爆で巡航ミサイルトマホークが使われた箇所の安全性は問題ない。ユーゴ軍兵士で被曝したケースはない」と公式に発表しました。しかし22日付英ガーディアン紙は「ユーゴ軍にも少なくとも2人ガン発症者が出ている疑い」を指摘しています(23日付ベータ通信による)。本文上記の繰り返しになりますが、パヴロヴィッチ研究員は「30ミリ砲の場合300グラムの劣化ウランのうち約200グラムが粉塵になるので、爆発した時に近くにいた人の危険度は汚染土壌から受ける危険よりはるかに高い」と指摘します。
ヴィンチャ原子物理研R・パヴロヴィッチ研究員「ここでも許容量の数倍ですよ」。倉庫の中の缶に回収された劣化ウラン弾が集められている
   問題はコソヴォでしょう。事実上外国になってしまったコソヴォにはセルビア人であるユーゴ軍や研究所の関係者が安全上入れないため、場所の同定は出来ていても回収作業が滞っています。昨秋の地方選で自らの党が勝利し事実上のアルバニア人指導者の立場を固めたルゴヴァ氏(コソヴォ民主同盟党首)は、KFORが今コソヴォを離れては困る、との立場から劣化ウランによる危険性を否定する立場を取り続けています。「住民に警告し、しかるべき回収措置を取らなければ大変なことになるかも知れない」と、パヴロヴィッチ研究員は懸念していました。
   私は劣化ウランとガン・白血病の因果関係を断定する立場ではありませんが、これだけの強い放射能が確実に存在するのにそれを使う米軍の神経は疑わざるを得ないと思います。私たちはボスニアに向かいました。コソヴォはまだ放射能以外でも安全が確認出来ませんでしたし、アルバニア語が出来ないセルビア・ボスニア語通訳の私が取材班に圧力を掛けた・・・かどうかは皆さんのご推測にお任せしますが。

ボスニア中東部地図。薄緑色が現在のセルビア人共和国、深緑+白がボスニア連邦。ハジッチなど白い領域は戦争中セルビア人勢力支配地域だったが、包括和平でボスニア連邦側に帰属が決定したためセルビア人が流出しボスニア人などが戻った
   ご存知の通りボスニアは現在もセルビア人共和国、ボスニア連邦の2つの地域に事実上分かれていますが、サライェヴォから15キロほどのハジッチは、デイトン和平以前はセルビア人勢力の支配地域でした。セルビア人勢力軍の兵舎など軍事施設がありましたが、95年9月にハジッチからみて東のイグマン山に展開する緊急展開部隊の地上攻撃、NATOの空爆を受けました。デイトン和平でハジッチはボスニア連邦側に帰属することが決まり、セルビア人住民はここを離れて難民化。ボスニア人が再びこの町に戻って現在に至っています。
ハジッチ整備工廠敷地内に集められた劣化ウラン弾
   A−10の30ミリ砲で激しい攻撃を受けた旧セルビア人勢力軍の車両・兵器整備工廠は、現在土地はボスニア連邦国防省のものですが民間の自動車整備工場、自動車保険会社のオフィスとして使われています。責任者のファズラギッチ氏は「薬きょうが敷地内に最近まで放置されていたが、今回の騒動で慌ててSFORの出動を要請した。触らない限りは携帯電話程度の放射能だと聞いている」と語りました。写真の劣化ウラン弾はSFORが集めたもので、間もなく撤去される予定です。同氏は現在のハジッチ町民の間で白血病・ガンが広まっているという話は知らないとしていますが、ボスニア連邦のドゥネヴニ・アヴァズ紙が1月中旬に取材した結果、和平成立後からハジッチに住んでいるアブドゥラフ・ヨヒッチさんが白血病にかかっていることが判明しました(15日、16日付)。ボスニア人のヨヒッチさんは現在セルビア人共和国に入っているヴラセニッツァを93年に追われ、戦争中はトゥズラで兵役を務め、和平後ハジッチに移り市内バスの運転手になりました。「いつ劣化ウランとコンタクトがあったのか覚えがないが、99年のある日に脇腹に激痛を覚えて病院に運び込まれた。診断は急性白血病だった。戦争中も兵隊をやっていたくらいで健康には自信があったのに」。ハジッチ市民の間では「爆発時にここにいなかったからと言って無関心ではいられない」「きちんと調査をしてほしい」といった声が上がっています。
   ヨヒッチさんの一例だけではまだ劣化ウラン弾との因果関係は断言できないのは勿論です。しかし同弾の爆発時にハジッチにいた人々の大半が住んでいるブラトゥナッツ市の状況は、背筋に寒さを覚えるようなものでした。
ブラトゥナッツと同市診療所ヨヴァノヴィッチ医師(前所長)
   ボスニア東部、セルビア人共和国に属する町ブラトゥナッツは和平後にハジッチに住んでいたセルビア人が大量に流入しました。同市診療所のヨヴァノヴィッチ前所長は、97年年間の延べ診療数が92000回で、人口22000の町としては多すぎることに気が付きました。「一人当たり年4回の診察を受けるというのは異常な数字です。そこで統計を取り始め、同時に教会などの記録から死亡者の数を調べました」。96年にはハジッチ難民の推定数4500、死亡36。97年3500、死亡41。98年上半期3000、死亡26。97年の死亡率は元々のブラトゥナッツ市民が6・1‰、ハジッチ以外の出身の難民が8・9‰なのに対し、ハジッチ難民の死亡率は11・71‰と突出していることが分かりました。
   ブラトゥナッツのような小さな町では医療が出来ず、ベオグラードやサライェヴォの病院に入院し死亡した場合、死亡した事実の記録はブラトゥナッツに残りますが、死因は死亡した先に問い合わせないと分かりません。そのため死因別の統計がまだ出来ておらず、ヨヴァノヴィッチ医師は「医学者の一人としては早急な結論を出すべきではないと思います。戦争ストレスや難民の経済事情から来る食生活、衛生その他の要因も考えなくてはなりません。しかし個人的にはガン・白血病が多発していることを見聞きしていますし、何らかの形で劣化ウランが関与していると確信しています。」と言います。
劣化ウラン弾の危険性を追及するラジオ・ブラトゥナッツのゼレノヴィッチ記者(左)と血管腫瘍を患うエルチッチさん(右)
   やはりハジッチ難民で昨年父親をガンで失ったラジオ・ブラトゥナッツのゼレノヴィッチ記者の報告は大変ショッキングでした。彼も統計を簡単に集められる立場にはないので、自分の見聞きした情報だけが頼りだとしていますが、ブラトゥナッツ在のハジッチ難民でガン・白血病で死亡した数は彼の知る限り98年に14人、99年8人、2000年に11人とのことです。ミーレ・グルバッチは97年ガンで死亡(享年69)。ズドラフコ・グラヴァシュも同じ(享年64)。ネナド・アレクシッチは99年にガンで死亡(享年51)。スラヴィッツァ・ココトヴィッチは昨年ガン性の骨疾患で死亡(享年35)。彼のノートはそうしたリストで埋まっていました。「私の父も車両・兵器整備工廠に勤めていた。全く元気だったのに、昨年肺ガンであることが判明し65才で亡くなった。現在ブラトゥナッツには同工廠に勤務していた元職員が22名いるが、そのうち8人がガンか白血病を罹病している」。
ガン性骨疾患のため昨年35才の若さで亡くなったココトヴィッチさんの墓(ブラトゥナッツ市営墓地にて)
   8人のうちのひとりであるヨーヴォ・エルチッチさん(47)は工廠が攻撃された後に30ミリ砲を見つけ、「自分の職場がメチャメチャにされたくやしさを覚えておこうと思い」自宅に持ち帰りました。ブラトゥナッツに移った今もこの銃弾を保存してあります。ところが昨年から体調の不調を感じ診断を受けたところ、「血管の腫瘍。ガン性かどうかはまだ不明」と言われました。「放射能騒ぎになってからは家族や客に近づけないようにしているけどね」と言いながら、エルチッチさんは紙にくるんだだけ(!)の疑惑の30ミリ砲を持ってきて取材班の前にドンと置きました。ヴィンチャにあったものと同型で、黒い弾頭部がほぼ完全に残っており不発弾のようにも思われました。「危険だから処分した方がいいですよ」というのは誰にでも言えるセリフでしょう(もっともゴミ箱にポンと捨てられても困りますが)。しかしこの人は単にヤケになっているのではないのです。「ボスニア紛争を早期に終わらせる」目的で実施されたNATO空爆で職場を破壊され、結果的に故郷を追われることになったくやしさ。「子どもの学校やら生活費のことやらで頭が一杯でね、これが危険かどうかなんてことに気を使っていられないんだ」。
木村朗鹿児島大助教授(「平和問題ゼミナール」主宰)コメント

 NATO軍によるユーゴ空爆の際に使用された劣化ウラン弾の問題をめぐる最近のメディア・報道のあり方には強い疑問を感じざるを得ない。なぜなら、そこでは、ユーゴ空爆に参加して帰還したNATO軍兵士の健康問題のみが注目され、劣化ウラン弾の危険性を否定する米英首脳の見解に対する批判的報道がないからである。すでに、湾岸戦争(1991年)後に帰還した多国籍軍兵士の間で被爆に起因する障害(「湾岸症候群」と呼ばれる)が表面化した時点で劣化ウラン弾使用との関連が多くの専門家によって指摘されていた。また、今回のコソヴォ紛争でもNATO空爆の最中から劣化ウラン弾使用による戦後の深刻な人的被害と環境破壊が懸念されていたのである。この問題の本質は、米英首脳が劣化ウラン弾の危険性を認識していながら同盟国首脳や他のNATO軍兵士にも知らせずにそれを使用したということである。そして、「人道のための戦争」・「正義の戦争」とされたNATO空爆での非人道的兵器の使用は明らかな国際人道法違反であり「戦争犯罪」であると指摘できる。
 NATO首脳がまず行うべきことは、コソヴォおよびセルビアでの住民の健康調査・治療と劣化ウラン弾の処理・汚染防止であり、徹底した実体調査・責任者処罰と被害住民への謝罪・補償である。劣化ウラン弾の使用禁止・廃棄が必要であることはいうまでもない。この点で、沖縄の鳥島での演習での劣化ウラン弾使用の事例がある日本も、米国に対して、劣化ウラン弾の持ち込みと配備・使用への反対姿勢を明確に打ち出すべきである。(なお、詳しくは「平和問題ゼミナール」HP内「平和コラム」No.35を参照)
   ゼレノヴィッチ記者は望郷の思いと相まって、反米感情を剥き出しにします。「今年に入ってから30以上のマスコミを案内したけどね、アメリカのメディアで来たのはAP通信だけだぜ。CNN他のテレビなんか全然来ていない」。早く因果関係がはっきりし危険なものは使わない、使ったものは処分する、という動きが出てくることを望む以外に私たちには何も出来ません。

   モノの本によれば、ドイツの化学者クラブロートがウランを発見したのは1789年。8年前に発見された新惑星、天王星 =ウラノス(ギリシア神話の天空神)に因んでウランと命名されたとのこと。そこでギリシア神話のウラノスに関連する箇所を再読してみました。地母神ガイアの息子にして夫であるウラノスは、ガイアの怒りを買い、ガイアの差し向けたクロノスに男性器を切り落とされます。この時に流された血から海に落ちて泡となり、愛と美の神アフロディテが生まれます(後代ローマ神話のウェヌス=ヴィーナスと同一視される。ボッティチェッリの絵が有名ですね)が、復讐と怒りの神エリニュスなども生まれました。
   「私たちは放射線の有効利用まで反対する立場ではありません。ただ誤った使い方には抗議したいと思います」とヴィンチャ原子物理研のスネージャナ・パヴロヴィッチ研究員が言うのを聞いて、ウランはもしかしたら人類にとってのアフロディテになり得る可能性があるのかも知れない、しかしこの劣化ウラン弾という「貧しきウラノスの子」は、アフロディテにはほど遠いエリニュスなのではないか、と思ったのでした。

(2001年1月下旬)


この配信のためにコメントを寄せて下さった劣化ウラン研究会、木村朗鹿児島大助教授に謝意を表します。地図を除く画像は2001年1月に日本のテレビの取材に通訳として同行した際筆者が撮影したものです。また本文にもこの取材で通訳の業務上知り得た内容が含まれています。これらの本ページへの掲載に当たっては、筆者のクライアントである取材関係者から許諾を得ています。無断転載はかたくお断り致します。

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