「平和問題ゼミナール」
(旧)ユーゴ便り
Masahiko Otsuka Presents
-since 1998-
(Since 98/05/31)

最終更新 0:00 99/04/27

第17回配信<ユーゴ戦争便り・第4弾>
エコロジーの相当ヤバい話


   前回第16回で「ベオグラードは比較的静か」と書いて送ったのは17日土曜から18日日曜にかけての夜でした。小雨と強い風の日で、「今日も大したことはないだろうな」と思いながら、なかなかつながらないネットのサーバーにイライラしていましたが、軍用機の低空飛行が連続してきます。もちろん対空砲火の方もいつになく気合の入った?撃ち方で、そうこうしているうちに私たちの自宅より南のラコヴィッツァ地区にまた爆弾が落ち、ニュースではノヴィサドとパンチェヴォがやられた、という報が次々に入ってきました。
   ネットがやっとつながってメールを送る直前、今度はフッと暗くなって停電寸前の状態。電気、水、電話があればこそ余裕を持って構えていられますが、久しぶりにちょっと恐怖感を感じました。ちょうどテラスに出ていたJが、向こう(磁石で見てみると北北東の方角)の空が明るい、と言います。私たちの自宅はベオグラード南西の郊外、丘の中腹にあって、下で何が燃えているのかは分かりませんでしたが、確かに雲が赤く明滅しています。高級住宅街デディーニェ地区か東部郊外の住宅地の方角ですが、そちらからは爆音も聞こえなかったしニュースも何も言っていません。私に代わってコンピューターの前に座ったJがチャットで、ベオグラードから15キロ、私たちの自宅からは20キロも離れているはずのパンチェヴォの化学工場が大爆発して炎上しているのが見えているらしい、と教えてくれました。すぐに信じることは出来ませんでしたが、明るくなってテラスに出てみてもまだ雲の明滅が続き、風に乗って黒煙の帯がベオグラード上空を縦断しているのが見えました。そして風の方向によってかすかにですが、異臭が届くのが分かりました。
   上の地図でセルビア本国よりも薄いあずき色で示したヴォイヴォディナ自治州は、ドナウ沿岸に広がる広大な平地(ドナウ=ハンガリー盆地)で、ユーゴの穀倉地帯として知られていますが、同時に原油も産出しています。このため旧ユーゴ時代からクロアチア海岸クルク、北部シサクを経由してハンガリーや東欧諸国を結ぶアドリアパイプラインの支線がボスニア・クロアチア共和国境を通ってパンチェヴォまで結ばれており、ノヴィサド、パンチェヴォでは石油精製施設や関連工業が発展していました。
   読者の皆さんもご存知の通り、今回の北大西洋条約気候(NATO)による空爆は軍事施設だけでなく関連するエネルギー施設も対象になっていますから、ノヴィサド、パンチェヴォは既に数回攻撃を受けています。
劣化ウラン弾が使われている?

   イラクでも残留放射能の人体への影響が取り沙汰された劣化ウラン(DU)弾が今回の空爆で使われているのではないか、という噂は先週くらいから出てきています。本来DU弾は対戦車砲などで装甲を高温で能率良く溶かして戦車内部に到達する(その後2次的な炎上で乗員を殺傷する)ために使われるものです。ある西側NATO非加盟国の駐在武官は、「DU弾そのものはジュネーヴ協定で禁止されているわけではないが、本来の使い方が為されていないことになれば国際的な問題になり得る」と言います。英BBC(ネット版19日付)は、BBCがNATO報道官にDUを今回使っているか尋ねたところ、米軍が所有していることは認めたものの、具体的に何をいつ使っているかは解答できない、とのファックスが届いたと伝えています。

   「最初はコソヴォからは遠いし、最新のNATO加盟国ハンガリーの同胞がたくさんいる所だからヴォイヴォディナは大したことはないだろうと思っていたけれど、もうこれでヴォイヴォディナの産業は完全にアウトだな」。今回のノヴィサドとパンチェヴォがやられた後も私は産業のことしか頭に浮かばなかったのですが、まだパンチェヴォで煙が立ち上り続けていた19日の英BBC(ネット版)で「深刻な環境汚染の恐れ」という記事が出てきて思わずギョッとしてしまいました。やられたユーゴ側が騒いでも「また被害を強調するお馴染みのヤツか」で終わりだったかも知れませんが、やっているイギリスのBBCが書いているとなると本気で読まざるを得ません。
   この記事と後の地元報道を総合すると、今回パンチェヴォで攻撃されたのは肥料工場とアンモニア貯蔵施設で、@20万トンのアンモニアの方はちょうど数日前にカラにしておいたので惨事を逃れたものの、ドナウ川に発ガン性の高いニ塩化エチレンが大量に流された可能性があり、ドナウ下流(ルーマニア、ブルガリア及びウクライナなど黒海沿岸諸国)にまで影響を及ぼす危険性があるA大爆発した肥料工場からは大気中にポリ塩化ビニル(PVC)などの有害な気体が放出された。S・パンチョフ・セルビア共和国生活環境保護局長によれば、「爆発の数時間後でもPVCの濃度は許容量の10倍だった」とのことで、風が強かったためパンチェヴォやベオグラードでの大きな被害は免れたものの、今後河川、地下水への影響が心配される。マケドニア環境省も空爆による大気汚染を懸念している、という話です。
   いやベオグラードの事情通をさらに不安に陥れたのは、翌18日から19日にかけてのバリッチ化学工場攻撃でした。ベオグラードからパンチェヴォと同じくらいの距離にあるサヴァ川沿いの町の化学コンビナートでは洗剤、糊、スポンジなどを生産しています。今回の攻撃では大きな被害はなかったものの、もしパンチェヴォ級の爆発・火災になった場合は国際的な環境危機を引き起こす可能性もあるという話です。ボジッチ・ベオグラード副市長は、「危険な塩化物は移動している」と言いますが、一番危険な塩化カルボニルは平時でも移送が大変な物質だけに、まだ工場内にあるのではないかという憶測もあります。バリッチが爆発した場合、ベオグラード市の上水道取水施設が下流にあり、大気汚染だけでなく飲料水の面でも首都の生活がマヒし、広域に影響が出る可能性は消えていません。

コンサートは体制支持集会の色彩を強めつつ共和国広場で連日行われている(22日)
   バリッチがやられた18日はそれでも悪天候のためかベオグラードそのものは比較的平穏で、強風がブラインドを打つ音は対空砲火に、雷が遠くない所で落ちる音はミサイルに似ていないことはなかったのですが、空爆ではないと思うと安心して休めました。空爆26日目、初めて夜の警報が0時まで発令なし(19日0時50分頃サイレン)。しかしそれもベオグラードが3日連続で揺れた「賑やかな」週の序曲に過ぎませんでした。
   21日早朝はまずミロシェヴィッチ・ユーゴ大統領が党首を務めるセルビア社会党本部ビルが攻撃されました。
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4月7日から8日にかけての夜に攻撃されたユーゴ軍の旧参謀本部は現在司法関係の建物。ベオグラード駅や病院にも近い(写真提供:www.net4s)
旧共産主義者同盟中央委員会(CK)ビルで、サヴァ川の西岸・新ベオグラードの入り口にあり、非同盟主義をリードしたティトーの時代には旧ユーゴの政治を代表していた建物、ベオグラード市民は社会党の好きな人も嫌いな人も「ツェーカー(CK)」と呼び習わしているビルです。ここには体制系の民放数社が放送施設を持っていましたが、この攻撃で放送は中断、現在もほとんど復旧していません。攻撃当時(3時15分頃)は放送局職員など15人ほどがビルにいましたが、消防局の救援で大きな犠牲は免れました。
   22日早朝は私が「ベオグラードの田園調布」と呼んでいる高級住宅街デディーニェ地区でミロシェヴィッチ大統領公邸がやられました。大統領と家族は無事で翌日昼のチェルノムイルディン露大統領特使との会談(コソヴォ問題の特使に指名されてから初めての訪ユ)はつつがなく行われ、「国連ベース、非武装ならコソヴォの国際管理を認める」発言があったのですが、NATO側の解答は23日早朝の国営セルビアテレビ(RTS)空爆でした。
   3連発はいずれも私たちの自宅からは遠い所(もう多少の爆音には鈍感になっていることも認めます)でしたが、RTSの空爆には本当にイヤな気持ちにさせられました。まずこの空爆で初めて住宅地に本当に隣接している建物がやられたこと。そしてJや私が日本のテレビの仕事で何度も足を運んだ(第14回で書いたようにこの空爆が始まってからも衛星電送のために空襲警報発令中の夜に行っている放送局です)場所であることです。私たちはミロシェヴィッチ政権のシンパではありませんが、職員の皆が皆コムラコフ製作主幹兼報道部長兼デスク兼記者兼レポーター兼アナウンサーのような社会党ガチガチのシンパでないことを知っています。死者10人以上、の報に、国際部の人たちは、衛星電送部の人たちは大丈夫か、と心配になりました。
RTS攻撃への反応

   国際ジャーナリスト連合(在ブリュッセル)声明「報道関係者の生命が脅かされるのは約束違反だと言える。報道関係者を殺しても戦争に勝ったり、民主主義を築くことにはならないし、むしろ無知と検閲と恐怖を強めるだけだ」
   欧州放送連合(EBU)シャーフ会長「ニュースソースを抑圧することが何かの役に立つとは思えない」
   英ブレア首相「攻撃は全く正当なものだ」(ネット版英スカイTV23日付による)

   23日、欧州連合(EU)は原油制裁の実施を決定、NATOはモンテネグロ沖の海上封鎖、またはバール港攻撃に動く見通しです。今後NATO加盟国ハンガリーほか陸上国境の封鎖(もう実際にはユーゴ側が戦時体制のため成年男子はユーゴ国境から事実上出国できない状態です)、アルバニア、マケドニアへの陸上戦力のさらなる展開、と最悪のシナリオである地上戦へ、地上戦へジリジリ物事が動いていくことでしょう。焦点はNATOとの地上戦がコソヴォだけになるのか、ヴォイヴォディナやベオグラードを含むユーゴ全体が本格的な戦争に巻き込まれることになるのかというところです。

   生活のほうの話題をまとめておきます。何回か書いたように不当値上げや出し惜しみが禁止されたため、現在のところ備蓄品が出回り、ガソリンとタバコ以外のモノ不足は起こっていません。しかしヴォイヴォディナとの交通が橋の切断などで悪化したためか、例えばビールなどはアパティン(ヴォイヴォディナの北西部、クロアチア国境近く)のものが品切れ、逆に割高なオーストリア製が出回る(現在輸入が出来ているとは思えませんから、明らかに在庫備蓄です)といった逆転現象が起こった他、スーパーではコーヒー、洗剤の棚がやや寂しくなってきました。
一部暴徒化したセルビア人から投石などの「誤爆」を受けて閉店していたマクドナルドは今週から営業を再開した。利敵行為?でも0・6から4%は戦時特別税だ
   少女時代から経済危機を何度か経験しているJの進言で、私たちも空爆直後に続いて第二次買い出しを実行しました。ポイントは輸入に頼っているか国内製品の品質が著しく劣るもの、例えば洗剤、石鹸、シャンプー、歯磨き等の衛生関連製品、化粧品、一部の医薬品などです。私たちの場合はパンよりも米の方が主食なので、イタリア製のジャポニカ米も買い占め対象です。
   近所のタクシー運転手のミリヴォエ(仮名)はディーゼル車を運転していますが、「ガソリン車は駄目だけど、ディーゼルエンジンなら最悪の場合は食用油(当地ではひまわり油が主)でも動くんだぜ、空爆になってから油が出回っているからなあ」と経済制裁時代(92 - 95年)の知恵を披露してくれました。日刊紙「ダナス」によれば燃料不足からにわか好景気なのは自転車屋で、子ども用953ディナール(約7600円)から21段変速の高級自転車5200ディナール(42000円)まで、今までにない売れ行きだとのことです。
   住宅は軒並み値下がり、ベオグラードで平均10%。デディーニェの高級住宅街で40%、他に軍事空港のあるバタイニッツァ地区や、空軍司令部が空爆されたゼムン地区も大幅に下がっているようです。
   旧ユーゴは旧ソ連、アメリカに次ぐチェスの強豪として知られていましたが、19日は軍プレスセンターでIM(国際マイスター)のD・ビエリッツァが国内外のジャーナリストと将棋の「角・香車落ち」に相当するルーク・ビショップ落ちで同時対局をしました。どうしてルークとビショップがないかと言うと、セルビア語でルークは大砲(top)、ビショップはハンター=戦闘機(lovac)の意味になるからです。このビエリッツァはなかなかユーモアのセンスのある人で、同時対局の他に詰チェスで黒19駒があっても白2駒でチェックメートに持ち込める例、というのを紹介したそうです。チェスの駒は白黒16ずつのはずですが、19というのはNATO加盟国の数、白はもちろんセルビアとモンテネグロということなのでしょう。ご興味のある方は軍プレスセンターのサイトから「NATO GAMBIT」というページに入ってみて下さい。

   空爆と対空砲火で大騒ぎになるのではないか、と内心ビビッていたNATO50周年式典時は、プリシュティナでこそ空爆があったものの、ベオグラードは(本稿執筆中の25日夜、33日連続の空襲警報発令中ですが)何とか静かに推移しています。ワシントンの式典はJの大叔父の所で衛星放送で見ましたが、最新加盟国ポーランド、チェコ、ハンガリーももちろん参加していましたね。かつて第2回や第3回で(少しヒネクレた書き方でしたが)旧ユーゴを含む旧共産圏諸国がEUへ、NATOへと向かうのは止められないトレンドだということを書きましたし、独立した国がさらに豊かになりたいのは当然ですから内心それを応援していました。でもそれを何とも苦々しい気持ちで見なければならなくなってしまいました。ハンガリーがNATOに入ったのは戦争に巻き込まれないためだったのに、入った途端にユーゴのハンガリー人同胞を巻き込んでこの騒ぎですから、ちょっと可哀相な気もします。最後になりますが北大西洋条約の第1条をここに書いておきたいと思います。どう解釈されるかは読者の皆さんにお任せします。

   The Parties undertake, as set forth in the Charter of the United Nations, to settle any international disputes in which they may be involved by peaceful means in such a manner that international peace and security, and justice, are not endangered, and to refrain in their international relations from the threat or use of force in any manner inconsistent with the purposes of the United Nations.
   (この条約の)締結国は国連憲章の定めるところに従い、締結国が関係する国際紛争を平和的手段で、国際平和・安全・正義を危うくしないよう解決し、締結国の国際関係上、国連の存在目的とは相容れない武力による威嚇と武力の行使を慎むことを約束する。

(99年4月25日)

第14回「ベオグラード(非)中立宣言」      第15回「警戒、警戒!」      第16回「反NATOで『団結』」


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