「平和問題ゼミナール」
(旧)ユーゴ便り
Masahiko Otsuka Presents
-since 1998-
(Since 98/05/31)

最終更新 99/04/10 22:49

第15回配信<ユーゴ戦争便り・第2弾>
警戒、警戒!


4月4日の4時半ごろ空爆を受けたノヴィ・ベオグラード地区の暖房プラント(上の写真右すみの煙突)は西部郊外の大住宅地に暖房用ガスを供給する施設だ。(下)2キロ離れた私の自宅からは、大爆発から2時間近く経った明け方の6時過ぎも黒煙が立ちのぼるのが見えた
 「警戒、警戒!ベオグラード市民の皆さん、空襲警報発令。最低限必要なものを持ってシェルターへ移動のこと。窓は開けて、ブラインドは下げること。市広報センターは『スタジオB』を通して随時情報を伝える。以上!」
 空爆が始まってから、ベオグラードのテレビやラジオで一番出演回数が多くなったにわか有名人は、S・ミロシェヴィッチ・ユーゴ連邦大統領兼軍最高司令官でも、セルビアテレビのM・コムラコフ製作主幹兼報道部長兼デスク兼記者兼レポーター兼アナウンサーでもなく、市放送局「スタジオB」に警報が出るたびに上の軍隊調で声だけ出演するアヴラム・イズラエルというユダヤ名前の市広報センター職員でしょう。空爆が始まって2週間、彼の声を聞いたことのないベオグラード市民はたぶんほとんどいないはずです。
 「敵軍はラコヴィッツァ地区にミサイルを落とした模様。消防当局が現在鎮火に当たっている。救急当局も現場に出動。まだベオグラード上空に敵機が多数展開している。市民の皆さんはシェルターにとどまること。以上!」  
 このところベオグラードでは夜の8時ごろに空襲警報が鳴り、朝の7時ごろに解除されるパターンが続いています。轟音が近くに、あるいは遠くに聞こえて眠れぬ夜を過ごしている人は多いはずなのですが、昼は中心部の共和国広場で連日開かれているコンサートにたくさんの人が集まっていますし、車の数が減った(ガソリンは軍や種まきの季節の農民が優先され一般市民には月40リットルまでの配給制導入が予定されています)ほかは空爆開始前と変わらないような賑やかさです。ガソリンとタバコ(従来は闇ルートに多くを依存していた)を除けば、今のところ輸入品を含めモノ不足やインフレは起こっていません。不当値上げ、出し惜しみには平時の罰金刑に代わり戦時体制のため禁錮刑が科せられるからです。
 私とJはもともと夜型な上、私が日本の某テレビ局に時々電話レポートをする時差の関係などでいよいよ昼夜がひっくり返った生活をしていますが、アヴラム氏もきっと同じようなリズムで暮らしているのでしょう。「アヴラムは『スタジオB』に寝泊りしているのか」「市広報センターには他に職員がいないのか」という下世話な話題はともかく、今日もベオグラード市民は彼の声を聞いています。以上!

4月3日(土)2日の22時ごろ空襲警報。「(旧)ユーゴ便り」第14回管理者に送る。3日続きの雨、「第三段階」になっても何もないのでナメていたら、1時低空の飛行物体がシュウ・・・それほど遠くないところでドーン3発。市内でも中心部と言っていい所の一番南端の共和国警察(内務省)がやられた。1時15分某テレビ局ウィーン特派員に電話。ほどなく東京外信部から電話レポート(2度目)の要請に。自宅の下に住むJの大叔父のところでテレビ見たり、ネットで内務省のすぐ近くにある病院の妊婦や新生児の話題フォロー。チャットでJがブランコ橋で市民が「人間の盾」を作っているという情報。などなど4時15分まで大騒ぎ。早朝警報解除。
 自律神経失調か体調すぐれず眠い。夜はノヴィサドで1日朝に続き2つめの橋破壊、水道橋や電話線もやられたらしく3万人が断水、ドイツ経由国際電話回線も不調に。空襲警報20時。  
4月4日(日)体調すぐれず眠っていた4時半、インターネットを読んでいたJが部屋に飛び込んできた。家のすぐ近くと思しき所で大爆発。大叔父が起きてきて「連邦政府の方角だ」というのでブラインドを上げると空が赤くなってその下で大火災が起こっているのが分かった。連邦政府にしては近すぎる。やがてノヴィ・ベオグラード地区の暖房プラントがやられたと市広報センターが発表。二次的な爆発が5時過ぎまで続き、明るくなった6時になっても黒煙が上空に渦巻いていた。東京のテレビ局外信部に今日は直接電話したが日曜の昼ニュースは11時半(中欧時間4時半)で終わり。よほどこの後大きな動きがない限り今日はレポートなしということに。「嵐の後の静けさ」の中7時ごろ警報解除、また眠る。カトリック暦イースターでもヴァティカンの休戦提案があっても関係ないことがよく分かった。
 前夜の被害状況=ベオグラード(暖房プラント、警察学校)、パンチェヴォ(石油精製施設の一部)、チャチャク(掃除機工場=2度目)、クラリエヴォ(ベオペトロール石油公社備蓄庫)。20時15分警報。

   ヴァティカン代表団がカトリック暦イースター(4月4日)から正教暦イースター(4月11日)の間の休戦を提案、ベオグラード側は受け入れましたがNATO側は一笑に付してしまいました。6日に今度はユーゴ政府が正教暦イースターを理由に「一方的停戦」を同日20時から実施する、と宣言しましたが私はもちろん期待もしていませんでした。案の定、20時10分には空襲警報発令。
pivce za zivce
3日に空爆された内務省は中心部の南端(水色)で私の自宅(赤)から3・6キロ、翌日に攻撃されたプラント(白)は2キロしか離れていなかった。自宅の周囲に軍事施設はないが、ビールなしではどうも落ち着かない

 今はベオグラード発着の民間機は完全に止まってしまいましたが、あるヨーロッパ系の大きな航空会社の時刻表を見ているとベイルート、ベルファスト、ベルグラード(ベオグラード)という順番に町の名が並んでいて、考えさせられます。特に自宅から直線で2キロしか離れていない暖房プラントの大爆発で肝を冷やした後では。
 ベイルートのような150万都市がボコボコになってしまったこともあるのだから、ベオグラード(91年統計では人口113万、のちユーゴ紛争の影響で難民が増えている)もボロボロにされてしまう可能性はあるだろうな。でもベルファストでグチャグチャやっている国がコソヴォのことで空爆する権利は本当にあるのだろうか、等々。  
 幸いもう4月で、日中の気温は20度近いですし、暖房プラントがなくても住宅地の生活はそれほど困りません。ベオグラードには他にもいくつか暖房プラントがありますが(そのうちの一つは私の自宅のすぐ近くです)、その中で最初の住宅までの距離が一番大きいものを狙ったフシも感じられます。しかし軍事施設だけを狙うという話はどこへいってしまったのでしょう。プラントの地下に秘密基地があるという話は(少なくとも私と周囲の知人は)聞いたことがありません。もし軍のインフラに転用が可能というなら攻撃対象は電気や水や電話まで拡大されると考えなければならないでしょう。都市の機能がいつまでもつのか。ドナウに掛かるノヴィサドの橋が壊され、水道や電話に支障が出始めたというニュースとともに、ベオグラードでも不安が拡がりました。

4月5日(月)遠くでの轟音は聞こえたが遠雷のようで比較的静かな夜。  
 朝東京のテレビ局から起こされる。昨夜の被害状況=ベオグラード(空軍、防空軍司令部、ベオグラード空港)、ニシュ(軍司令部)などを踏まえて18時(中欧時間11時)用の電話レポート。とは言え軍事施設がやられた、という話だけではくやしいので、昨日言えなかった暖房プラントの大爆発を加えて「市民生活に影響するインフラ施設が攻撃され、都市機能がいつまでもつか不安が増している」とする。午後東京のジャーナリストAから電話、情報交換。夜20時警報。
4月6日(火)夜のうちから被害のニュース相次ぐ。ノヴィサド(発電関連施設、石油精製施設)、ソンボル、アレクシナツ(市中心部への誤爆か、市民10人以上死亡)、クルシュムリヤ、プロクプリエ。インターネットで西側メディアの情報集め、少なからずうんざりする。
 昼東京のテレビ局外信部から情報「今日の午後、夜にNATOは最大規模の空爆をすると言っているので気を付けて」。午後になってNATOが前夜のアレクシナツ中心部に「NATO側の技術的ミスか、ユーゴ側の対空砲火の影響のどちらかが原因で」ミサイルが落ちた、と間接的に誤爆を認める。連邦、共和国政府が正教暦イースター停戦(同日20時から)を提案、ルゴヴァを代表とするアルバニア人住民との交渉を打ち出したとの報が入り地元ニュースのフォロー。20時10分、ユーゴ側が提案した「一方的停戦」の実効直後に空襲警報。1941年のナチスによるベオグラード空爆(「イースター空爆」)を想起させる番組が国営テレビで数回流れる。 

残った数少ない反体制・中立系メディアの中で週刊誌「ヴレーメ」は新聞のような体裁にして週2回刊行と頑張っている。4月7日号の表紙はノヴィサドの壊された橋だった
 日本ではあまり実感がないと思いますが、ドナウ、サヴァなどの大きな川が流れているユーゴでは橋は重要な戦略拠点として位置付けられています(平時でも橋の撮影は禁止されています)。しかしそれ以上に市民が橋に敏感なのは、橋が人と人、自民族と異民族を結び付けるものだという歴史的感覚に根ざしたものだという気がします(モスタルのことを書いた第6回配信「水がつなぐ分断の町」をご参照頂けると幸いです)。
参考リンク

CNN、BBCなどの西側有名メディアでは連日トップ項目の扱い。これらのリンクは省略します。
INET ベオグラード 口コミ情報や国営メディアのソースもあるが更新が早い。英語有。
国営タンユグ通信 セルビア側の大本営通信。セルビア語中心。
ユーゴ軍プレスセンター 英語有。
北大西洋条約機構(NATO) NATO側大本営の記者会見情報など。

 ノヴィサドの橋が壊されてから、ベオグラードのドナウ、サヴァに掛かる橋では毎夜人々が集まって「人間の盾」を作っていますし、市中心部と西部を結ぶブランコ橋の近くでは空襲警報の中連夜コンサートが開かれています。ノヴィサドではイェヴレモヴィッチという歌手が、「橋は失われたが、セルビア人の団結は逆に強められた」と言って喝采をさらっていました。
 現段階では、NATOが攻撃すればするほどセルビア人は団結を強めていっている感があります。もし市民の蜂起でミロシェヴィッチ政権が打倒されるようなルーマニア型の政変を西側が夢見ているとすれば、トンデモナイ間違いだと言わざるを得ません。いや逆にNATOが空爆したベオグラード、ニシュ、ノヴィサド、チャチャクといった町はみな96年の反体制デモの時に野党が地方自治を勝ち取った町なのですが・・・
 旧ユーゴ事情に詳しい東京の知人のジャーナリストAは、「今回の空爆は地上戦に突入せずにどれほど効果が上げられるか、というNATOの実験ではないか」と言います。ステルス機撃墜の一件にしても、どれくらい低空まで飛べるか試したフシがある、と。となると地上戦の是非が検討されるまではまだ時間が掛かりそうな現在、しばらく空爆は終わらないと言うことでしょうか。Aは悲観的でした。

4月7日(水) 今夜はミサイルの轟音がなかったが防空軍の対空砲が今までにないほどよく聞こえた。ブラインドを上げると遠くで線香花火の火花のように光っていた。
 被害状況=プリシュティナ(団地、郵便局、石油備蓄庫)、ルチャニ、ノヴィサド(石油精製施設)、ニシュ(鋳物工場)、チャチャク(掃除機工場)、ポドゴリッツァ(ブレア英首相のモンテネグロに対する好意的な発言がテレビであった直後)。誤爆の疑いが強い前日のアレクシナツ攻撃の死者17人に。 
 昼東京のテレビ局に起こされる。キプロスの提案で米兵3人の捕虜引き渡しにユーゴ側が動き出したので、地元での伝えられ方などを夜23時(中欧時間16時)のニュースで電話で話してほしい、とのこと。今度は初めてのライブ。午後中東京との連絡やメモのまとめに追われる。某有名キャスターから「大塚さーん」と呼びかけて始まった3分は録音レポートに比べ緊張したが何とか無難に。その後キプロス代表団は今夜ではなく明日来ることに、今日は「100機規模の最大の空爆」の情報。国営テレビは「停戦をユーゴ側が実施しているので難民として脱出を考えていたアルバニア人が帰りつつある」。実際は国境を閉鎖して逆に出さない方針にしたらしい。20時15分頃空襲警報。23時半、ベオグラード中心部の旧参謀本部空爆、の報はあったが轟音が全然聞こえず「???」
4月8日(木) 「最大規模の空爆」と言われた夜は最近で一番静かに眠れた。夜遅くまでベオグラードのブランコ橋で「人間の盾」コンサート、体制系有名人多数。
 前夜の被害状況=ズラティボル(スポーツ施設、放送施設など)、チャチャク(掃除機工場)、ベオグラード(旧参謀本部)、チュプリヤ。
 夕刻キプロス代表団ベオグラード着。国営系報道はミニッチ連邦議会議長らへの「親善訪問」とし捕虜問題には触れず。この数日よりも遅めの22時15分空襲警報(16日連続)。NATO記者会見(英ウィルビー広報官)、プリシュティナでの軍事施設以外の爆撃はセルビア側の狂言(自作自演)であるとし、セルビアテレビが「西側の公正な放送を検閲なしに6時間放送すると認めない限りTV放送施設を破壊する」可能性を示唆。
4月9日(金) 0時半頃飛行機の音相次ぐ。スメデレヴォで石油備蓄施設、クラグイェヴァッツで軍需工場攻撃、従業員多数死傷の報。
 朝テレビの電話レポートは被害のまとめと捕虜問題がらみで簡単に。キプロスのキプリアヌ大統領代行(国会議長)、ミロシェヴィッチと会談も国営メディアでは依然捕虜問題についてコメントなし。20時5分空襲警報(17日連続)。ブランコ橋、パンチェヴォ橋などで「人間の盾」集会。23時20分ごろから集中的に遠方で爆音続く。

 コソヴォのアルバニア人指導者ルゴヴァの腹心F・アガニと日刊紙「コーハ・ディトーレ」の主幹B・ハジウは、NATOによれば「セルビア勢力によって処刑された」ことになっていたのですが、アガニに続いてハジウの生存も確認されてしまいました。
近所の診療所ではガムテープで窓に目貼りをしていた。爆風でガラスが割れた時には有効だ。一般家庭でもこうする所が増えた

 現代(ゲッベルス以降、か?)の戦争は、すべて「メディア戦争」であり、「汚い戦争」だと私は思っています。いったん戦争になってしまえば、ユーゴ側国営メディアもNATOの記者会見も米英メディアもみんな「大本営発表」であって確かな信用が置けないと思っています。それにしてもNATOの発表は連日子ども騙しレベルのひどいものが多すぎないでしょうか?
 プリシュティナがひどい壊され方をしていることはまず間違いないと思いますが、8日の記者会見でNATOのウィルビー広報官は「NATOは軍事施設以外は攻撃していない」とし、郵便局や団地が大破したニュース(セルビア国営テレビ)はすべてセルビア側の自作自演の狂言かテレビによる情報操作だと言わんばかりでした。しかしユーゴ軍が巡航ミサイルクラスの破壊をいくつも「仕組める」ほどの能力があるか、この時期それほど「ヒマ」かどうか考えてみれば、どちらがウソをついているかは想像がつかないでしょうか。
周囲の声

捕虜を捕まえても空爆ストップの役に立たなかったのだから意味はなかった。解放しようがしまいがどっちでもいい(女性、30代)
轟音やサイレンが鳴れば寝てても目を覚ますし、小さな子どものトラウマにならないか心配(女性20代、幼稚園教諭)
下手に警察に捕まって軍隊送りになりたくない、ということかスリなどの軽犯罪も減っている(男性40代)
今は備蓄があるからモノ不足になっていないが、イースター明けくらいから輸入品が心配(女性30代)
ボンバルダーン!(Dobar dan = 今日は + bombardovanje = 空爆)(幼稚園児5才)

 NATOの誤算の一つは、ユーゴ側が「兵力を各地に散らし、戦車や装備を林や納屋、教会のそばなどに隠していることだ。NATO軍幹部は『敵は極めて悪賢い』と漏らした」(ネット版朝日新聞7日)だそうですが、正面から当たったら数でも力でも勝てないのが分かっている相手にゲリラ戦略を取るのはむしろ当然でしょう。
 アルバニア人の難民が多数発生すれば「セルビア人が悪い」。で今度は出さないことにすれば「セルビア人はアルバニア人を『人間の盾』にしていてけしからん」ということになるわけです。ユーゴ軍やセルビア警察がアルバニア人に対する攻撃を続けている。虐殺もやっている。大いにけしからん、というのはいいでしょう。コソヴォ紛争が始まった昨春以来の難民が100万(UNHCR発表)というのもひどい話です。でも、この空爆が始まってから40万(同)と対数的に加速しているのを、NATO側はすべてセルビア人のせいだと言って説明するのでしょうか?信用しにくい国営メディアですが、少なくともプリシュティナ(大塚推計でアルバニア人70%以上)、プリズレン(同70%)、ジャコヴィッツァ(同95%)で軍・警察施設以外にも空爆被害が出ていることは間違いなさそうです。その中で40万のアルバニア人がみな「空爆ではなくセルビア勢力の攻撃を恐れて難民化し
参考バックナンバー

第7回「コソヴォで対話は始まるか?」 コソヴォ問題の背景についてまとめてみました。
第8回「空爆騒動のあとさき」 昨秋のミロシェヴィッチ=ホルブルック協定の当時の話題です。
第14回「ベオグラード(非)中立宣言」 空爆開始直後の第一報です。
ている」というのが自然な話だと思えますか?「コソヴォの人々にとっては、NATO機のジェット音だけが生きる望みである」(NATOシェイ報道官)というのがアルバニア人みなの真実だと思えますか?コソヴォがやがて独立するとして、プリシュティナは首都になるはずですが、ボロボロになったこの町を誰が誰のカネで再建するのでしょうか。どうもアルバニア人はNATOの軍事実験とセルビア叩きのダシにされているだけ、のような気がしてなりません。私の誤解だったらいいのですが。

 第14回の冒頭で紹介したサライェヴォのクロアチア人の友人が電話を掛けてきました。
「プラントが爆発してすごい音がした時はやっぱり怖かったぜ、まあサライェヴォの人に言ったら笑われちゃうかも知れないけどな。地図で測ったらウチから2キロだったよ。」
友人「遠いな。」

(99年4月9日)


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