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ミュージックマガジン(99年6月号)

NATO STOP STRIKES! またもや政治に翻弄されるスポーツマンたちの痛み

千田 善

 コソボ問題に関連したNATO(北大西洋条約機構)のユーゴスラビア空爆は四月に入り、ベオグラード中心街を含む民間施設にまで攻撃対象が拡大されている。コソボの数十万人の難民や、武力衝突で多くの犠牲者が出ている一番の責任がユーゴのミロシェビッチ大統領にあることは間違いないが、それにもかかわらず、NATOの空爆はすぐにやめるべきだ。
 長い歴史的背景のある民族紛争は武力では解決できない。戦争で被害を受けるのはいつも庶民だ。同時に、紛争とは何の関係もないスポーツ選手たちも、民族や国家という「妖怪」に翻弄されている。
 ピクシー(妖精)ことJリーグ名古屋グランパスのドラガン・ストイコビッチ選手は、昨年のワールドカップでユーゴ代表のキャプテンをつとめた。ユーゴは、九二年からのボスニア戦争で制裁を受け、その一環としてスポーツの分野でも国際大会出場が禁止されていた。それが解除され、久しぶりのヒノキ舞台復帰に「長い間の夢だった」と、喜びをしみじみ語っていた。
 そんな矢先、今度は故郷が空爆されるというとんでもないことになった。欧州選手権予選の対クロアチア戦も中止になってしまった。
 毎日、国際電話で両親や友人の無事を確かめるが、空爆拡大のニュースに眠れぬ夜が続く。Jリーグの試合でアンダーシャツに「NATO STOP STRIKES(NATOは空爆をやめろ)」と書いて抗議したところ、Jリーグの川渕チェアマンは、「ピッチ(グランド)に政治を持ち込むな」と、黒い腕章など無言の抗議まで禁止する通達を出した。川渕氏が政治とスポーツが無関係というなら、ユーゴの国際大会出場禁止にも反対してほしかった。そういうのをご都合主義というのではないのか。
 ストイコビッチは代表のキャプテンとして、NATO諸国でプレーするユーゴ出身選手たちにボイコットを呼びかけるアピールにも名を連ねた。ミヤトビッチ(レアル・マドリード)らとの連名だ。
 ミヤトビッチも、スペインで活躍する他のスポーツ選手とともに、ユーゴ国旗に身を包んでアメリカ大使館前で抗議し、「両親が地下室で暮らしている時にユニフォームは着られない」と出場拒否を表明した。
 ユーゴ空爆を実施している戦闘機の大半は、イタリアのNATO軍基地から出撃している。そのイタリアのセリエA(中田英寿の移籍で日本でも一躍有名になった)のトッププレーヤーの一人シニシャ・ミハイロビッチ(ラツィオ所属)も黒い腕章を巻いてプレーしたが、こちらは何のおとがめもなかった。
 イタリアでは連立与党内部からも空爆中止要求が飛び出し、各地で抗議デモも行われており、サッカー連盟も抑圧的対応はとらない。ヨーロッパでは反戦運動は「政治活動」とはみなされない。「グランドに政治を持ち込む」ことの禁止も、特定の政党の宣伝をしてはいけないというほどの意味だと理解されている。
 しかし、ミハイロビッチは、ボイコットとは違う方法でアピールすべきだと語る。
 「ミヤトビッチやオレのように、一生困らない蓄えができている選手は良いが、レギュラー争いをしているようなレベルの若手は、出場拒否をきっかけに解雇されるかもしれない。それに、試合に出ている方が、マスコミにも取り上げられ、アピールする機会は多いと思うよ」
 ミハイロビッチは、イタリア首相に面会を求め、空爆中止要求の手紙を官房長官に手渡すなど、「グランドの外」でも精力的に活動している。ちなみに彼の両親は、空爆でドナウ川の橋が落とされたノビサド市に住む。中田の所属するペルージャのボシュコフ監督も同市の出身だ。
 ドイツ・ブンデスリーガのコムリェノビッチ(デュイスブルク)は抗議とは別の理由で試合を欠場した。コムリェノビッチはワールドカップの対アメリカ戦でストイコビッチのアシストからヘディングのゴールを決めているが、空爆開始以来、日に何度も、時には徹夜で故郷に電話し、眠れなくなって体調を崩した。
 サッカーをやめて帰国し、軍隊に志願するプロ選手もいる。フランス・メッツのストライカー、ブラーダン・ルーキッチだ。彼は「同胞と同じ方法で国に尽くす」という。
 空爆拡大で紛争は長期化しそうだが、一日も早く平和が戻ってほしいものだ。(原稿終わり)

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