東京都調布市 とみさわ歯科医院

歯周病の知識

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歯周病

歯周病の遺伝

歯周病は遺伝か?

現在のところ、歯周病発症のメカニズムは細菌などの侵襲因子とそれを防御する側の宿主因子の拮抗により説明されるのが一般的となっている。そして前者については細菌学的見地よりさまざまな研究がなされている。一方、後者については、免疫学を中心として生理学や生化学的側面より多くの研究がなされているが、宿主の歯周病に対する感受性の違いを合理的に説明するには至っていない。

ところで1988年にポリメラーゼチェーン反応(PCR)が開発され、ヒトのDNA研究は飛躍的進歩を遂げた。そして各種の病気と遺伝子のかかわりについて多くのことが知られはじめ、既に臨床においても、診断や治療に応用されはじめている。近年、歯周病についてもこの手法を利用し、歯周病を重症化させる遺伝子マーカーを特定する研究が進みつつある。こうしたもののうちサイトカインの産生や働きに関与する遺伝子クラスターと歯周病の関連をさぐる研究で興味深いものがあったのでここに紹介する。

The interleukin-1 genotype as a severity factor in adult periodontitis.

成人歯周病を重症化させる因子としてのIL-1遺伝子型

J Clin Periodontol 1997;24:72-77

Kenneth S.Kornman,Allison Crane,Hwa-Ying Wang,Francesco S.di Giovine,Michael G.Newman,Frederick W.Pirk,Thomas G.Wilson Jr.,Frank L.Higginbottom and Gordon W.duff

論文の要旨

歯周病は細菌性のプラークに由来するものであると言われながら、それが重症化するかどうかを予知ための指標といったものはみつかっていない。遺伝的な要因をさぐるために双子の研究がなされているが、遺伝的マーカーといったものは特定されてはいない。炎症促進に働くサイトカインとしてIL-1とTNFαがあげられる。歯周疾患の重症化に関与する多型性をもつIL-1遺伝子クラスターのある種の遺伝子型がみつかっている。しかしながらこれは非喫煙者においてだけいえることであって喫煙者にはあてはまらない。いずれにしても、重度の歯周病の86%は喫煙またはIL-1遺伝子型によるものであった。この研究よりIL-1産生増加に結びつく遺伝子マーカーを特定することができ、これは成人が重度の歯周病になるかどうかの強力な指標となりうることがわかった。

緒言

歯周疾患においては細菌が主要な因子であるが、個々の臨床経過の違いを説明できるようなメカニズムは知られていない。双子の研究から遺伝的な要因が考えられるが、遺伝マーカーといったものはみつかっていない。

炎症反応において主要な働きをするサイトカインとしてIL-1とTNFαがあり歯周病ともかかわっている。TNFαの遺伝子は主要組織適合遺伝子複合体(MHC)のクラス・領域に存在する。そしてそのプロモーター領域の塩基転移による多型性を有し、まれな対立遺伝子がA1,B8,DR3,DQ2のハプロタイプをなすことが知られている。IL-1遺伝子はヒト遺伝子2q13のクラスターに3種類存在しており、それはIL-1A,IL-1B,IL-1RN、と呼ばれるものである。最近の研究ではIL-1クラスターに遺伝的多型性があり、それが慢性炎症の増悪と関連していることがわかってきた。特にIL-1Bについていえば+3953におけるある種の遺伝型はIL-1βの産生が4倍にものぼると言われている。

こうしたことから、サイトカインの特定の遺伝型と歯周疾患の臨床的重症度との関連が分かってきた。

調査対象群の抽出

調査対象としたのは35才以上の成人で、病型を歯周疾患が軽度のものから全くないもの (n=49)、中程度のもの(n=42),重度のもの(n=43)を選び出した。臨床的な検査項目としてPD,CAL,プラークの付着、BOPを調べた。また全額のレントゲン写真を撮影し、槽間骨の骨がCEJから根尖までの歯根長の何%残っているかを調べた。

遺伝的多型性の分析

血液サンプルは指をランセットで突っついて出た血液を吸い取り紙で集めた。

分析対象としたのは-889におけるIL-1A遺伝子、-511と+3953におけるIL-1B遺伝子、IL-1RNイントロン-2、-308におけるTNFA遺伝子である。

すべてのスクリーニング法はPCRによった。そしてそのPCR産物を臭化エチジウムにて染色し電気泳動後蛍光下で調べた。

統計的分析方法

喫煙は大きなリスクファクターとなっているが、軽度ないしは中等度のものでは喫煙者の割合少なかったので除外した。第2段階ではDNAの多型性において比較的まれな対立遺伝子(アレル)のコピーを少なくとも一つ持つものの頻度を、罹患群と軽症群で比較した。第3段階ではIL-1遺伝子クラスターにおけるDNAの多型性の組み合わせからなる複合遺伝子型を構築し比較してみた。

結果
考察

歯周疾患には様々な病型があり、早期発症のもの、通法の治療に反応しないいわゆる難治性のもの、そして成人の30%が罹患しているといわれる一般的な歯周疾患などである。今回はこれらを識別することなく調査を行った。

歯周疾患はある種の細菌により惹起させられるといわれているものの、その細菌のタイプや量で重症度の違いを説明できるわけではない。また宿主の免疫炎症反応のマーカーと歯周疾患の関係が示されているものの、個々の感受性の違いを予知したり、より積極的な治療を要する患者かどうかを決める手だてはない。遺伝的要因が歯周疾患に係わっていることを示す研究がなされ,若年性歯周炎に係わる遺伝的マーカーといったものも見つかってはいるが、成人歯周病について遺伝マーカーを特定する研究は盛んではない。ある種のIL-1遺伝子クラスターの遺伝子型が重度の歯周疾患に関与していることがわかれば、免疫炎症反応系が活性化して歯周疾患が重症化する遺伝的メカニズムが分かるかも知れない。

遺伝子の多型性は生物学的に正常と考えられる範囲内での多様性を説明できる。たとえばIL-1レセプターアンタゴニストの遺伝子のアレル2により増えてくる疾患には次のようなものがある。潰瘍性大腸炎、全身性紅斑性狼瘡、円形脱毛症、硬皮性萎縮性苔癬などである。またIL-1A遺伝子多型性は若年性関節炎に関連し、TNFαのプロモーター領域の多型性は脳性マラリアと関連している。

非喫煙者における重度の歯周疾患はある種の遺伝子の多型性によるものであることがわかってはいるが、この複合遺伝子は北ヨーロッパで29.1%の人に見受けられる。

この研究において特筆すべきは、重度の歯周疾患を引き起こすIL-1Bの遺伝的多型性は、IL-1βの産生を高めるということである。

歯周疾患と遺伝子の関係は喫煙者が除外されたときのみはっきりとするが、これは言い換えれば喫煙の影響は、遺伝的に重度の歯周疾患にかかりやすいかどうかには関係しないといえる。いずれにせよIL-1遺伝子型は、喫煙や細菌の侵襲の程度によらず、重度の歯周疾患になるかどうかの重要な指標といえる。

この研究からいえることは

歯周疾患が重症化するかどうかを判断する指標がないため、危険度の高い人を識別することもできないし、その人たちに適切な処置もなされていないのが、現状である。

以上示してきたように、重度歯周疾患と喫煙、そしてIL-1遺伝子型との関係は成人歯周病の病因と臨床経過を説明する鍵になるであろう。

解説

遺伝と病気のかかわりは、1つの遺伝子に起きた変異ですべての説明がつく単因子遺伝病、たくさんの遺伝子が関与する多因子遺伝病に大別できる。またこれらの遺伝病も環境要因との相互作用で発症するものなど複雑な関係にある。こうした観点からすると歯周疾患はプラークを主体とした侵襲因子により発病し、多因子の遺伝子や喫煙などの環境因子がその発症年齢や重症度を左右している疾患といえよう。

ここで紹介した研究では炎症反応の主役となるIL-1の遺伝的多型性をマーカーとしており、歯周病の重症度と比較的高い相関を示している。またPCR法はきわめて微量のサンプルで信頼度の高い検索が可能であり、検査システムは実用的方法である。実際にすでに米国においてはIL-1遺伝子をマーカーとする歯周病の罹患性の診断システムが実用段階入っている。この論文の著者であるKenneth S.KornmanはMedical Science Systems,Inc,というベンチャー企業を設立し、チェアーサイドでできる検査システムの販売を始めている。しかしながらIL-1遺伝子は多因子のうちの一つにすぎず他の因子についても検討が必要と思われる。また喫煙などの環境因子とのかかわりについても明らかにしていく必要があろう。こうしたことが解明されてくれば、歯周病の遺伝子診断は宿主因子を知る上できわめて重要な情報をもたらす可能性があると思われる。