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心葉は、ふと軒先の江戸風鈴に目をやった。風のない今朝は、いつものかろやかな音色を響かせなかった。
(堂士さん)
と心葉は心の中で呟いた。そして心葉は風鈴を指で弾く。ガラスが揺れる。そして鈍い音をさせた。心葉は涙を流していた。この胸の痛みは、堂士のための痛み。妹、石蕗のための痛み。菖蒲のための痛み。あのようにしか生きられなかった、彼らのために心葉は涙を流していた。それは同情ではない。彼らに《力》がなかったなら、そんな生き方を強制されなかったなら、きっとそれが僅かな友でもいい、そんな人たちと時に馬鹿な話などしながら暮らしていっただろう。それを思うと心葉は自分の無力さが哀しかった。
人は出会うからこそ、別れるのだ。別れの辛さは何度も経験しているのに、それなのに何故、また出会いを喜ぶのだろうか。
心葉は空を見上げていた。青く澄んだ青空は、だが心葉の心を晴らしてはくれなかった。
(伯母様、あなたがいらっしゃったから)
心に直接響くその言葉に、心葉はハッとして辺りを見回した。だが、誰もいない。そして、もう何も聞こえなかった。だが、心葉はにっこりと笑った。堂士が好きだと言っていた、石蕗と同じ微笑みを。それを堂士のために表して、そして心葉は立ち上がった。
青い空がただ拡がっている。飛行機雲がその抜けるような青を断ち切るように白い線を描いていた。きっと、2、3日後には雨が降る。未来のそれだけは真実であった。
伽羅の終焉 完
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