「日本からは出られませんよ、祥吾さん」
 祥吾の目の前に、祖父の妹、冬野が現れた。
「お祖母様、それは何故です。僕は戻りますよ。誰が何と言おうとね」
 冬野は哀しげに微笑んだ。
「日本から出ることは出来ないのですよ、祥吾さん。あなたのために他の方々を犠牲にしてもよろしいのなら、別に構いませんが…」
 祥吾は、瞳の中に爆発する飛行機の姿を見た。
「あなたが乗るボストン行きの飛行機ですわ」
「お祖母様、いったい……」
 祥吾は絶句した。
「あなたを日本に留めるためには、私は何でもしますよ。この手を汚すことさえも、私は厭わないでしょう。祥吾さん、邑楽を継いでもらいます。御母衣家にいらっしゃい。祥吾さんの封印を私が解きましょう」
 祥吾は優しいその笑顔の奥の、ぞっとするような残酷さに背筋を寒くした。
「あなたはいったい、何の権利があって……。あなたは、邑楽家は、いったい何なのです。私をどうしようと言うのです。邑楽家にはどんな秘密があるというのですか。私の封印とは何なのですか」
「ですから、祥吾さん、御母衣家にいらっしゃい。封印を解けばすべて理解出来るのですよ。お知りになりたいでしょう。私はただ、邑楽をあなたに継いで欲しいだけですよ。祥吾さん、戻っていらっしゃい」
 冬野の目は、まるで蛇の目つきであった。祥吾はそれに飲まれそうになった。


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