武蔵野の原野に一人、男が立っていた。それは腰に何も帯びていない四郎であった。 四郎はふと振り向く。そこに立っていたのは男、青年と言っていい年格好であった。四郎の見たことのない顔であったが、その雰囲気には覚えがあった。 「出馬だな、お前は」 青年は頷く。 「長信様、何もかも貴方様のせいです」 四郎は首を傾げる。西之丸から出てまっすぐにここに向かったので何が起こったのか知らない。 「何があった?」 出馬はゆっくりと四郎に近づいた。 「皆様、亡くなられた。殿も、大御所派と呼ばれていた方々が悉く。どなたのせいだと思われます? みな、貴方様のせいでございますよ」 出馬は四郎の側に立ち止まり、手に持っていた物を投げる。四郎が受け取ったのは無陰刀であった。 「それをお返しします。貴方様ほど業の深い方はおられますまい。早瀬殿も貴方様ほどではござらない。だから、無陰刀を受け取らなかったのではありませんか」 四郎は無陰刀に目を落とし、そして無言で腰に差した。 「羽場殿も亡くなられたのか……」 しばらくして四郎がポツリと零す。出馬はジッと四郎を見つめたままで、四郎は彼に目を合わす。 「お前は私を恨んでいるんだな」 出馬はフッと笑った。 「恨まないでいることが出来るとお思いですか?」 四郎は首を振る。 「お前がそれを望むのなら、私はそれを受けよう」 四郎の言葉に一瞬出馬に殺気が宿る。だが出馬はすぐにそれを飛ばして歩き出した。 「私は殿のお望み通り、これ以上何にも関わることはしません。殿は本当に貴方様のことを心配しておられましたから。私はその殿の思いを大切にしたいのです」 「お前にとって、羽場殿は主人というより、肉親のようなものだったのだな」 四郎の言葉を出馬は背中で聞いていた。 「そして、飛騨が故郷、そこにお前は帰るのだな」 「それが何か?」 振り向くことなく出馬は言う。 「では、私の故郷は、肉親は、その側にいたいと願う気持ちは……私には持ってはならないものだったのか?」 出馬が四郎の言葉に一瞬動けなかった。そしてハッとしたように振り向いたが、四郎の姿はすでに視界になく、ただ、武蔵野の原野が広がっているだけであった。
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