春であった。 秋に出会った早瀬伝十郎と槇原四郎は、たまに酒を酌み交わす程度の付き合いをしていた。 その日、四郎は小料理屋の2階にいた。伝十郎に呼び出されたのだ。 すぐ側に植わっている桜の木が満開だった。 と、ガラリと障子が開いて伝十郎が入ってきて、継いで入ってきた女中が酒膳を四郎の前に置くと一礼して去っていった。 伝十郎は無言のまま杯になみなみと酒を注ぎ、一気に飲み干した。 「四郎殿、親不孝者の息子に会いたいと、伝言があった」 伝十郎がそう言ってゴロリと横になった。 「私は……会えない」 四郎がそう言って視線を落とした。伝十郎が寝転んだまま自分の杯に注いでまた飲み干す。 「そうか、別に俺は伝言を伝えただけだ」 はらっと風に吹かれて桜の花びらがひとひら舞い込んできた。 「桜か……今年最後の花見と洒落こむか」 伝十郎が呟いた。
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