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「クリスマス・カクタスか」
男の呟きに、女は男を見つめた。
「花言葉は美しい眺め」
男の言葉に、女が驚いて目を見張る。
「やだ、調べたの?」
男は鉢植えを手に取ると、パッと手を離した。床に落ちて鉢は割れる。咲いている花も乱れ散る。
「どうして」
女が哀しそうな表情をして、男と鉢を見比べた。男は女を冷たく見た。
「俺に近づいたのは」
女が不思議そうな顔になって、男に近づこうとした。男は無言で女を見る。女の手がゆらりと動く。いつの間にかそこに握られている黒い固まり。そしてそこから発射される銃弾。男はいつの間にか、女の後ろに立っていた。女は首筋に当てられた冷たい感触に手から力を抜いた。ゴトンと音を立てて、床に銃が転がった。
避けたとも見えなかった。自分の後ろを取られたのにも気づかなかった。女はジッと前を見つめたまま、身動き出来なかった。
「私を殺すの?」
女は震える声で言った。男はスッと女の首筋からナイフを外した。そして女の顔を自分のほうに向けさせた。
「殺すさ。俺を狙ったんだから」
女は、
「そうね」
と微笑んだ。
「いつから気づいていたの? この前も気づいていたの?」
「さあな」
男が笑った。
「クリスマス・カクタスが教えてくれたのさ」
女が花をチラリと見て笑った。
「そう、私の負けってことね」
男は女の髪の毛を掻き上げて、そしてその額にそっとキスをした。
「名前、聞いていなかったな」
男が言う。
「私も、聞いていないわ」
女の言葉に、男が笑う。
「知っているんだろう」
女は男を見上げて、そして首を振る。
「通称なんて意味がないわ。ねえ、教えて」
男の口元が女の耳元で動く。
男の左手のナイフがスウッと動く。
クリスマス・カクタスの緑の葉に霧のような赤い雨が降る。乱れ散った花にも降りかかる。男は窓を開けた。いつの間にか降りだした雪が吹き込んでくる。
「クリスマスには雪が降る……か」
男の頬に流れるものを感じて、男は驚いた。人を殺すことを生業に、何年も生きてきた。哀しいとか思ったことはない。なのに、何故、涙が流れるのだろう。
自分では気づいていない。男は女を愛していた。男は女が自分を狙っていたことに気づいていた。男は女を愛していた。男は女を愛していた。
「花は綺麗だ。咲いている時の、花は綺麗だ。その、美しい、眺め……」
男はクリスマス・カクタスを踏み潰す。跡形もないほどに踏み潰すのだった。
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