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桂は校庭の鈴懸の木の側に立っていた。手には小さな包みを持って。ドキドキとして顔を上げていられない桂は、俯いたままだったので、いきなり声を掛けられてドキッとして顔を上げた。目の前に立っているのは、深草柚木。昨日、会ったばかりの少年。
「君から呼び出してくれるなんて、嬉しいよ」
柚木は少し照れた笑いを浮かべた。桂が包みをバッと差し出す。
「え、これを僕に?」
柚木が包みを受け取って、一瞬、それを見つめた。そして、桂に目を戻す。
「桂、僕たちのためのお香だね」
桂と呼ばれて頬を染めて、そして開けずとも包みの中身を判る柚木に、桂は思わず、
「ええ、私たちのためのお香なの、柚木」
と答えた。
彼らには、そのお香の名が月影だということを教える者はいない。そして、その月影の姿を見ることはない。ただ、時に燻らせるだけだろう。
柚木の姓が桐生に変わったのは、それから五年後のことであった。
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