思わず桂は涙ぐんでいた。 「どーしたの、桂、煙かった?」 隣で沙月がハンカチを取り出して桂に渡す。桂は頭を振った。 「ううん、違うの。そうじゃなくって……。何か哀しくなって……いきなり涙が……」 ハンカチで拭っているのに、後から後から涙が出てきた。 今日は中学からずっと一緒の沙月に連れられて、お香を売っている店に行った。古くからある店のようだが、桂はその店があることを知らなかった。 「私もこの前、初めて気づいたんだけどね」 と沙月が言って、 「何かね、お香を焚くと落ち着くのよね」 とさらに言って、桂にもお勧めよ、と引っ張ってこられたのだった。 そのお香を手に取ったのは、桂を呼んでいるような気がしたからだ。片隅に少し埃を被って、長い間誰にも手に取ってもらえなかったようだ。 「私を呼んだ?」 桂は小さく呟いた。 お香の細い煙が形を変える。それは桂の見ている前で、自然に姿を現した。長い黒髪を背に流して、萌黄と紫の松重の袿を着ていた。見たところ、桂より幼い顔だちをしている。そして桂の手の上に乗れるほどの大きさしかなかった。少女はにっこりと笑った。 「桐生の姫君、約束を守りますわ」 少女の差し出す小さな手に、桂は自分の手を近づけた。 「桂ったら、そのお香、よっぽど気に入ったのね」 遠くで沙月が笑っている声が聞こえていた。
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