「ここまで来て、麻績さん、高千穂に行かない、ということは言いませんよね」
 遙は言った。昨日の宿泊地は、高千穂の手前であった。時間は高千穂に入るに充分であったのだが、麻績がそれを拒んだのだ。それがあったから遙の言葉がある。
「判っています。でも、遙、絶対に私の側を離れないでください」
 麻績の言葉に遙は頷いた。
「牟礼、高千穂の直前で車を止めてくれ。克雅様に連絡をしたい」
 朝霞が助手席で言った。昨夜は連絡が取れなかった。だから、高千穂に入る前に戦況を聞いておきたかったのだ。牟礼が間もなくです、と言って車を左に寄せた。朝霞が受話器を取り上げた。短い呼び出し音の後、克雅の声がした。
「ああ、克雅様」
 と朝霞はホッとしていた。克雅が憮然とした声で、
「朝霞、お父様、だ」
 と言う。朝霞はこんな時まで、と思いながらも、
「お父様、戦況はどうなっていますか」
 と言った。
「そちらは高千穂に入ったのか?」
 克雅の声が心なしか震えている。
「これから高千穂に入ります。お父様、何か悪い知らせですか」
「伊勢が捕まった。たぶん、そうだと思う。連絡が取れるわけではないが、そんな感じがする」
 朝霞が言葉を失う。朝熊を相手に、奈半利にそんなことが出来たのか。それほどまで、奈半利は手強かったのだ。
「最悪の場合を考えて、だ。もちろん、無事でいる可能性が高い。わしたちも向かう。出雲は二人を失い、二人は戦闘不能だ。一人、頓原だけが向かっている。今の状況はそんなところだ」
 朝霞は唸った。こんな時に、自分たちだけが観光に精を出していた。犠牲が出るのはしかたないと思っていた。だが、それは奈半利からだけであって欲しかった。仲間たちからそれが出るのは、やはり辛い。仲間、そう、自分たちが始まってから、その意識は初めて出てきたものだ。信じられなかった。戸隠は最初から、彼らを認めなかったはずなのに。いや、戸隠自身が認められるのを拒んでいたのに。
「お父様、今から向かいます。どうなるにしても、これが最後ですよ。その終わり方は、どんな終わり方でも真実なのではありませんか」
 朝霞はそう言って軽く笑った。克雅は何も答えない。
「一つ、お聞きしたかったのですが、お父様。何故、ここに来られたのですか。あなたは戸隠の王として、何もなさらないはずだった。王としての職務も、一族の長としての責任も。何もなさらないつもりではないのですか。確か、以前にそう言われました。なのに、あなたはここにいて、戸隠の王としてここにいて、それが私には何故なのか、判らないのです。どうしていまさら、戸隠の王を名乗るのですか。戸隠の王国などありはしないのに。何故なのです」
 克雅は少し笑い声を上げた。
「今度会った時に話をしよう。朝霞、今日会える。きっと、一同が会するぞ」
 プチリ、と電話は切れた。再度掛け直しても、もう電話は繋がらなかった。後部座席の麻績と遙が心配そうに朝霞を見つめていた。
「牟礼、高千穂駅に向かってくれ」
 朝霞はそう言って目を閉じた。牟礼は無言でそれに従った。
 高千穂の駅前に牟礼は車を止めた。奇しくもその前に神室のRV4が止まっているのだが、まだ目隠しをされていたため見えない。
「妙ですね」
 麻績が朝霞に呟く。そう、妙なのだ。人影が全くない。
「ここはもう、奈半利なのでしょうか?」
 違和感を感じられるほどには二人は実戦経験が少ない。牟礼にそれを求めるのは無駄なことだし、まして遙には判るはずもない。彼女には結界が効かないのだから。
「駅の南に高千穂神社があったな。柚木野さん、高千穂神社にお参りして学校に向かいましょう。少し、時間がありますから」
 朝霞の提案を遙は二もなく飲んだ。高千穂神社は、駅から15分ぐらいのところにある。石段を登って、三人は境内へと入る。牟礼は車のところに残していた。連れてきても、足手まといになるだけだ。
「まあ、綺麗だわ」
 遙が感嘆の声を上げる。朝霞と麻績は回りを見渡して、お互いの顔を見る。
(綺麗?)
 その表現が正しくない、というのは、失礼かもしれないが、どうも二人には遙の感覚が判らなかった。
「麻績さん、会長、神社の回りだけが輝いていますわ。これは倭ちゃんのお陰ね」
「柚木野さん?」
「遙?」
 二人が同時に言う。遙の言葉は何を現しているのか。鳥居をくぐった途端に、清浄な空気に包まれるのを朝霞と麻績は感じたが、つまりはそれをしたのが倭ということなのか。そうだとしても、何故、遙にそれが判ったのか。
「崇に共鳴している?」
 朝霞が呟く。遙がハッとして時計を見た。
「まあ、急ぎましょう。遅れたら子供たちに申し訳ないわ」
 二人の疑問に気づかないまま、遙は先に石段を下り始めた。慌てて、朝霞たちがそれを追いかける。三人は小学校へと向かった。


←戻る続く→