みんな、一様に膝をついていた。立っている者は誰もいなかった。その数は四人。一人、船通だけが少し離れていて、八雲と頓原の真ん中に室戸がいた。すぐにすくっと立ち上がったのは、頓原であった。船通の深滅紫の瞳に惑わされたはずの頓原は、迷宮の中で砕け散った。八雲を攻撃してきた頓原も、迷宮とともに消え去った。
 迷宮を消したのは、八雲の癒しの《力》であった。癒しとは《力》の活力を取り戻すだけでなく、清めの《力》もある。本来はこちらのほうが大切なのだ。室戸が双海を癒した時、『紫紺の《気》を抜いた』と言ったのは、そのことであった。
 迷宮は、言わば一種の結界。それを内側から壊したのだ。八雲はすべての《力》を出し切ったと言っても間違いではない。ぐったりと倒れたまま、八雲は動かなかった。このままにしておくと、八雲は衰弱死してしまう。癒しの《力》がある者は、普通より再生能力が優れているが、それにも限度がある。今、癒しの《力》を持っているのは、他にはいない。内側から自分の結界を壊された室戸も、無事ではなかった。倒れてはいないが、右腕を押さえていた。その手のひらは無残に切り刻まれ、血が止めどなく流れ出ている。船通も肩で息をしていた。そして、一人だけ五体満足で立ち上がっている頓原であった。
「奈半利の……」
 と言いかけて、頓原は室戸の名前を知らないことに気づいた。室戸が顔を上げて、
「室戸だ。五真将の頓原だな」
 と言った。頓原は頷いて、
「室戸、言い残すことは?」
 短く言った。室戸が首を振る。そうしておいて、ふと気づいたように、
「あの坊やに称賛の言葉を贈るよ」
 と室戸は八雲のほうに顎をしゃくった。頓原が笑う。
「八雲の癒しの《気》を見くびっていたお前たちの負けさ。八雲は五真将だ。俺や船通と同じようにな。俺たちをお前たちと同じと考えた、奈半利の負けだ」
 室戸は笑う。
「確かに、今回は我らの負けだ。だが、頓原、奈半利は勝つ。布城崇はすでに我らの手にあり、柚木野遙も明日には手に入るのだ。お前たちはそれを防ぐことが出来ない」
 頓原が笑う。
「俺たちは勝つ。その理由はホントにかーんたんなことだよ。俺が、そうするから。まあ、無駄話は止めようか。お前も早く楽になりたいだろうからね」
 頓原が小さな白緑の球体を作った。
「お前にはこれぐらいがお似合いじゃん。俺の可愛い八雲に殺られた後じゃね」
 フッと頓原がそれに息を吹きかけた。ふわふわと浮かんでいた頓原の白緑の球体は、室戸の側でいきなり大きくなった。室戸が焼ける。炭さえ残さずに、室戸は焼けた。それに見向きもせずに、頓原は八雲に駆け寄った。そしてホッとした。死んではいない。とりあえず、ではあるが。頓原は八雲を抱えると、イチョウの木にもたれさせた。木の《気》が自分から八雲を包み込む。次いで、頓原は船通に肩を貸す。これは別にひいきしている、というのではなく、船通は歩くことが出来たからだ。頓原は船通はケヤキの木にもたれさせた。イチョウの木に反応するように、ケヤキの木もそれ自身の《気》で、船通を包んだ。
「船通」
 意識のない八雲には喋りかけられない頓原は、船通を呼んだ。
「ここから先は、俺一人で行く。お前は八雲を守れ。あいつは限界ぎりぎりまで《力》を出した。死んでいて当然なぐらい、《力》を出したんだ。彼らがそれを望まなかったから、八雲は生きていられるぐらいの《力》を残した」
 彼らとは、イチョウとケヤキの木のことであった。
「それに、お前たちがついてくると、足手まといだからな」
 頓原がニッと笑って言う。船通は、以前ならその笑いが鼻について気に食わなかったが、今は違った。それが、頓原の優しさの表し方なのだ。
「頓原、素直じゃありませんね」
 年上の威厳でもって船通は笑った。頓原が笑いを消す。
「いまさら、年上面するんじゃねえ」
 頓原はそう言って背を向けた。
「宍道には、ここのことを伝えておく。明日にはすべて終わるさ。すべて、何もかも」
 船通は遠去かる頓原を感じていた。きっとまた会えると信じて。これからは、本当に出雲五真将を名乗った同士として。
(それを楽しみにしていましょう)
 船通はそう思った。


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