◆◆ プロローグ ◆◆

倭は自分の耳を疑った。ギョッとした顔で芳養を見上げた。
「ご冗談でございますね、王よ」
 芳養は、真面目な顔で首を振った。
「私の本意だ、倭。お前に次代の王を継いでもらう」
「あの……」
 と倭は絶句した。
 確かに王族には連なってはいるが、今の王から見れば、遠い親戚にしかすぎない。芳養の二代前の王(王の祖父)の姉が、倭の曾祖母にあたるのだ。
 芳養には子供がいないが、弟に枝下がいるし、枝下には二人の子供もいる。枝下、あるいはその子供に継がせるのが順当であり、みなもそうなるだろう、と思っていたはずだ。
「しかし、王よ、私は確かに王族とはいえ、それに連なる端のほうにしかすぎません。王には弟君の枝下様もいらっしゃるし、枝下様には、益城様、成岩様という御子がいらっしゃるではありませんか。何故、私なのです。王がそのようなことをおっしゃると、余計な争いの種になるのではありませんか」
 倭は諌めるような口調でそう言った。
「巫覡がな……」
 芳養が口を開いた。その言葉に、倭は背筋にスッと冷たいものが下りた気がした。
「尊……」
 と口にして、倭は顔を強張らせる。言ってはいけないことを言ってしまった、そんな表情を浮かべていた。
「倭、お前に会いたいと言っておる」
「私に…ですか」
 芳養は頷いて立ち上がった。
「さあ、ついてまいれ」
 倭は立ち上がろうとしたが、膝に力が入らなかった。芳養がスッと倭の手を取る。
「脅えずともよい。巫覡は神ではない。元をたどれば我らと同じ血を流している人間だ」
 倭は芳養に助けられるようにして立ち上がった。そして、芳養の手を外す。
「申し訳ございません」
 そう言って倭は頭を下げた。芳養は頷いて歩きだした。


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