序 章

 確かにその時、時代は、揺れ動いていた。その波に呑まれただけだと言ってしまうのは易しい。だが、彼らがその時代に生きたという、その確かな真実が、語る者がいないというだけで忘れ去られるのは哀しくはないだろうか。
 歴史の変革時において、彼らは表舞台に出たわけではない。そして、出ようと思っていたわけではない。彼らはただ、自分の信じている通りに、ほんのささやかな幸せだけを求めていたのだ。
 彼らすべてが、その幸せを掴めなかった、とは言えない。だが、胸が締めつけられるほどの哀しみを、彼らは生涯持ち続けたのだった。
 時代は古着を脱ぎ捨てて、仕立て下ろしたばかりの新着を着ることになった。彼らはそう考えると、古い時代の遺物であったのかもしれない。それにこだわり続けたのは、彼らに敵した者たちだが、彼らも、新しい着物を着るのを、ほんの少しためらった。だが、ただそれだけのことだ。
 あの時代に生まれていなければ、そう、もし、ということが可能ならば、彼らのささやかな幸せは叶えられたかもしれない。
 夜明けに山の稜線が黄金に輝いて、世界は闇を一掃する。だが、そのほんの一瞬前の暗さは、闇をさらに暗くするのだ。
 黎明−夜は、必ず明けるのに、夜明けは必ず来るはずなのに、夜明け前の闇は、どうしてこんなに暗いのだろうか。


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