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河川上流中流と海岸を回復させるための新たな工事方法

>(6)「既設の砂防堰堤を改良する方法」

河川上流中流と海岸を回復させるための

   新たな工事方法





2019年8月1日一部変更、2015年12月11日掲載

(6)「既設の砂防堰堤を改良する方法」

 以下の詳細は実際の改良の経験に基づいたものではありません。したがって、記述内容とは異なった状況の現場も多いと思います。 改良の方法にはそれぞれの担当者による工夫の余地が多くあります。
 ここでは、砂防堰堤改良の基本的考え方を説明していると考えて下さい。

(イ)改良をしたほうが好ましい砂防堰堤
(A)砂防堰堤上流側に大量の土砂が堆積していて、その堰堤上流側直近の土砂が小石や砂利や砂ばかりである場合。
(B)砂防堰堤上流側直近に見られる大きめな石や岩の数が、離れた上流と比べて明らかに少ない場合。 或いは上流側直近に見られる大きめな石や岩の大きさが、離れた上流と比べて明らかに小さい場合。
(C)砂防堰堤の下流側で、堰堤の建設当時に比べて川床が低下している場合。
(D)魚類などの移動を妨げている場合。
(E)堰堤の下流側に比べて、上流側で魚類その他の動物の種類が減少している場合。

(ロ)改良の方法
 砂防堰堤の中央部付近にV字型又はU字型の切り込みを作ります。これだけです。
(A)切れ込みの位置
 切り込みの位置は、河川上流側下流側の流れの位置と方向並びに谷の形状を見て決定します。
 例えば、上流側下流側ともに直線的な流れであった場合には、その位置を中心よりも左右どちらかの岸辺に寄せた場所にします。 地図上に直線的に描かれている河川や谷であったとしても、実際には何らかの蛇行をしているのが普通です。
 また、幾つかの堰堤が連続して設置されている場合では、それぞれの堰堤の切れ込みによって、流れが蛇行するような位置にそれぞれの堰堤の切れ込みを設定します。
(B)切れ込みの深さ
 改良の必要がある砂防堰堤の問題点は、堰堤の上端が水平である事と、その高さが高すぎることです。 水流が通過する地点の堰堤の高さを、堰堤のある場所の水量と谷の傾斜と土砂流下量に見合う高さにする必要があります。
 切れ込みによる改良の結果、堰堤周囲の様子が、堰堤より離れた上流側と同じような渓相になるように図ります。 また、下流側も同じような渓相になることを目指します。
 つまり、堰堤の上流側にも下流側にも、大きな石や岩による岸辺や、様々な大きさの石や岩による自然の敷石と自然の石組が出来ればそれで良いのです。 ですから、必ずしも堰堤の高さと同じ深さの切り込みを作る必要はありません。
(C)切れ込みの幅
 切れ込みの底部の幅は、堰堤より上流や下流部で普通に見られる水流の幅や深さとほぼ同じ幅とします。
 広すぎれば、堰堤部の水流の位置が定まらず、上流側に蛇行による水流の移動が常に発生して、改良前の堰堤上流部と同じになります。 この場合では、残された堰堤部分によって過度の土砂流下を防止する事を期待できません。
 切れ込み底部の幅を、堰堤より離れた上流部に見られる大きめな石や岩が充分に通過できる幅とする考え方が良いと思います。 また、上流部にある大きめな石や岩が、切れ込み部分のいずれかの高さの位置で通過できれば良いとする考え方も成り立ちます。 ただし、あまりに高い位置では大きな石や岩が通過する可能性も少なくなるのではないかとも考えられます。

 切れ込み上部の幅は、通常の増水時にほとんどの水が切れ込みから流れ出すような幅とします。 通常の増水時よりも多い水量の場合には堰堤の上端からも水が流れても問題ないと考えています。 この場合では、砂防堰堤がもともと継続していた形態での水の流下になります。
 切れ込み上部の幅があまりに大きければ、残された堰堤部分が水流の急激な増大時にそれを穏やかにする機能を期待できません。
 切れ込みの幅の場合でも考えるべきことは上述と同じです。 つまり、堰堤の上流側にも下流側にも、大きな石や岩による岸辺や様々な大きさの石や岩による自然の敷石と自然の石組が出来ればそれで良いのです。

(ハ)砂防堰堤の改良に要する期間
 初めて改良を加える堰堤の場合では、切れ込みの深さと幅の問題は頭を悩ませる事柄でしょう。でも、実際にはそれほど深く考え込まなくても大丈夫です。
 砂防堰堤の形状の改良は時間をかける必要があります。何故なら、改良の必要がある堰堤には大量の土砂が堆積しています。 堰堤上流に堆積した土砂は、堰堤から離れた遠い上流にも傾斜を持って堆積しています。ですから、以前に建設した堰堤であればあるほど堆積土砂の量も多いのです。
 仮に、そのような堰堤に将来を予想した大きな切れ込みの工事すれば、堆積していた大量の土砂が一気に流れ出します。 或いは、大量の土砂を選別して砂や小砂利だけをほかの場所に運び出す必要が生じてしまいます。

 ですから、改良工事は長い期間を掛けて上下流の状況を観察しながら少しづつ行います。その間に堰堤付近の渓流は少しづつその姿を変えていくはずです。 流れの場所からは小さな土砂の多くが流下して、それまでより大き目な石や岩による自然の石組や自然の敷石が少しづつ形成されます。
 大量に堆積した土砂の山際に近いところには植物が生い茂り、流れだけでなく周囲の自然環境も徐々に改善されるでしょう。

 小規模な堰堤であったとしても月日をかけて複数回に分けた改良をするべきです。高さが高い堰堤では10年或いはそれ以上の年月が必要だと考えられます。 年月を掛けて徐々に切れ込みの大きさを拡大していけば堰堤の改良はより良いものになると思います。
 切れ込みは一度に完成させるのではなく周囲の様子を見ながら年月を掛けて徐々に工事を行いますから、 切れ込みの形が単純なV字型やU字型になるとは限りません。それらが複合した形になったとしても問題ないと考えられます。

(ニ)改良すべき砂防堰堤に対する考え方
 私は、上流にある全ての砂防堰堤を撤去する必要がある、或いは改造する必要があるとは考えていません。 ただし、ほとんどの砂防堰堤の場合で、改良した方が良いのではないかと考えています。
 砂防堰堤を建設することによって実現しようとした治水的考え方が基本的に間違えていたとは考えていないからです。 つまり、砂防堰堤を設置することによって、上流の土砂の流下を押しとどめ、上流から過度に流下する土砂の量を減じ、 或いは山地の過度の崩壊を防ぐことを目的としていた事は正しい考え方だと思います。
 しかし、残念なことに、現実に建設された砂防堰堤はほとんどの場合で、目的通りの機能を果たすことがありませんでした。 そのことこそが問題なのだと思います。

 確かに砂防堰堤は土砂を堰き止めています。しかし、それらの砂防堰堤からは小さな土砂が常に流下し続けています。 また、下流側の川床を侵食することも多くなっています。
 そのような砂防堰堤が余りにも多く建設されたので、中流部には大量の土砂が堆積して河床が上昇する事が増えています。 また、河川全体の流れが急激な増水と減水を生じさせるようになったので、以前には無かったような洪水が発生する事が増えました。 さらに、河川から海へ流れ出る土砂の多くが遠い沖へと沈むので、砂浜も侵食されるようになりました。
 既に幾度も説明しているように、上流や中流にある土砂の流下の仕方は下流のそれとは異なっています。 それにも拘らずそれらの事を考慮しない構造の砂防堰堤を建設したのが間違いでした。 しかも、現実の砂防堰堤がその目的を逸脱していることが指摘されても、際限もなくそれらを建設し続けました。
 河川上流や中流の土砂の流下の規則性に即した構造の堰堤の開発を怠ったので、 目的を達成させるどころか、日本中の河川の上流だけでなく中流や海岸を荒廃させてしまいました。

 私は、砂防堰堤を改良することによって、砂防堰堤の当初の目的を少しでも実現すべきであると考えています。 ですから、砂防堰堤の構造の全てを撤去しないで、その改良を最小限にとどめるべきだと考えるのです。 前述の、切り込みの位置やその幅をどのようにすべきかと言う課題も、そのような立場から考える必要があります。
 砂防堰堤が元々その目的としていた、土砂の過度の流下を防ぐ、あるいは土砂の下流への移動速度を穏やかにする事は、 堰堤の構造を改良する事でより良く達成できる可能性があります。

 他の章で記述したように、自然の上流中流では、大きな石や岩を始めとする様々な大きさの土砂が、 自然の石組や自然の敷石状態を形成することによって、水や土砂の下流への移動速度を穏やかにしています。 堰堤の改良によって、その機能を強化することは充分に可能な事だと考えています。
 現状での砂防堰堤が本来の機能を果たせなかったとしても、それを全て撤去してしまえば、過去の投資が全く無駄になります。 作業量も多くなり、費用も多くなります。それらは避けるべきでしょう。

(ホ)魚類を始めとする多くの生物の移動
 自然の滝と人工的な堰堤は、河川の流れを横断してほぼ一様の落差を生じさせています。そのような構造は自然にある滝と人工的な堰堤だけです。 自然の滝では、ほとんどの河川で上流に至るほどその存在の確率が多くなり、その数も多くなります。中流部や下流部にそれらがある例は決して多くありません。
 河川を移動する生物は、自然が作り出した環境に制約されて生息し子孫を継続して残しています。滝が特定の生物の移動限界になっている例は多くあります。 アユ止めの滝あるいは魚止めの滝などの名称は、それらの事情を表しています。
 河川を移動しているのは魚類だけではありません。 両性類や甲殻類も昆虫類等も河川を移動していますから、それらの生物も滝や堰堤によって移動を妨げられていると考えるべきでしょう。

 河川では一般的に上流に至るほど動物の生育環境が厳しくなります。 例えば、増水や土砂崩れ或いは土石流など生息環境が激変することが多いので、動物の生息が困難なものとなる事が多いようです。 ですから、上流に至るほど河川を生息の場所とする動物の種類は少なくなっています。 それに比べて、中流下流域には極めて多くの種類の動物が生息しています。
 河川を移動する動物はそれぞれの種ごとに河川中の障害物を乗り越える能力や方法が異なります。 穏やかな流れでなければ移動できないもの、急激な流れであっても遡れるもの、空中に飛び上がって遡るもの、水ぎわの陸地を伝わって上流へ向かうものなど。

 動物の移動の事だけを考えれば、堰堤は無いのが良いのに決まっています。 でも、人間の都合によって堰堤を作らざるを得ないのも現状です。その状況に対する答えの一つが魚道なのだと思います。
 一般的に言って、堰堤に付属している現状の魚道は甚だ不十分であると言えるでしょう。もっと様々な種類の動物が容易に移動できるものにする必要があります。

(ヘ)砂防堰堤における魚類の移動
 上流部には、人工的な堰堤でなくても自然の段差が多くあります。先に述べた自然の滝はその例です。 滝でなくても自然の石や岩による段差も多くあります。場所によっては幾つもの巨岩が折り重なって流れの全体が滝状になっている場所もあります。
 魚類を始めとする多くの動物はそれらの状況に対応して棲息して子孫を残し続けてきました。 上流の厳しい生息環境を生き延びて来たそれらの動物の棲息を、人工的な砂防堰堤が妨げてはならないでしょう。
 砂防堰堤の段差はなるべく無い方が良いのだと思います。でも、やむをえなく段差を残さなければならない場合があるかもしれません。 その場合では、その段差はなるべく低い方が良いと考えられます。

 段差を設定する場合は、その河川の周囲の自然の段差を参考にするべきでしょう。その河川ではそれらの自然の段差を乗り越えて魚類やその他の生物が生息してきたのです。 人工の段差であっても同じ程度の段差であれば、それは乗り越えられるのではないでしょうか。
 ただ、注意しなければならないこともあります。自然の段差では、堰堤の場合のように河川を横断して同じ高さの段差が河川を直線的に連続して横断していることはありません。 自然の渓流では、幾つもの岩によってその高さと幅を違えた段差が不規則に前後左右に連続している場合が普通です。
 そこでは、幾つもに分かれた水流が水量や勢いを違えて流れ落ちています。 また、段差の岸辺側には何段かに分かれた浅い流れがあることが普通であり、濡れた岩盤があったりすることも見られます。
 段差を乗り越え移動する魚類やその他の生物は、その全てが水流の中心を移動しているとは限りません。また、水量が多いときに限って移動しているとは限らないでしょう。 魚類やその他の生物は、季節的な移動をすることが多いようですが、全ての種類がそうである事はないでしょう。 堰堤による段差を設置する場合や改造を行う場合にはこれらの事も考える必要があります。

 水流がある場所に砂防堰堤の段差がないのが最も望ましい形態ですが、やむをえなく段差を残さなければならない場合があるかもしれません。 その時にはどうしても守らなければいけない事があります。
 それは、水流が落差によって落ち込む場所に、ある程度以上の広さである程度以上の深さがある水たまりを作ることです。 つまり滝壺が必要だと言うことです。滝壺は大きくて深いほど好ましいのです。魚類などが落差を乗り越えるためには準備行動をする場所が必要なのだと考えられます。 ですから、それぞれの魚類の大きさにふさわしい大きさが必要です。
 段差が大きければ大きいほど大きな滝壺が必要でしょう。段差が高ければ高いほど深い滝壺が必要です。 複数の段差が連続している場合では、それぞれの落差ごとに充分な大きさと深さの滝壺が必要です。
 堰堤の段差がそれほど高くない場合であっても、堰堤の下流側の基部がコンクリート敷きであり、 水深の無いその場所へと水流が直接落下している堰堤は、全ての動物の移動を妨げています。このような堰堤を乗り越える動物はいないと考えられます。
 また、堰堤の下流側に早く浅い流れのコンクリート底がある場合では、その場所が長いほど多くの動物の移動を妨げていると考えられます。

(ト)その他の工事との関連
 砂防堰堤の改良ではもう一つ重要なことがあります。砂防堰堤の改良工事では大量の土砂が下流に流れます。 このことが重大な問題であると考えられます。
 つまり、上流で砂防堰堤を改良すれば大量の土砂がその下流へと流下するのです。 砂防堰堤の改良を長い期間を掛けて少しづつ進めるとしても、改良しなければならない砂防堰堤は一つや二つではありません。 数えきれないほど多くあるのです。極めて大量の土砂が下流に向かって流下して行くことになります。これが問題です。

 私は、「河川上流中流の土砂流下と堆積の規則性を考える」の第4章でコンクリート護岸の弊害を記述しています。 そこでは、コンクリート護岸がその周囲にある土砂を容易に下流に流下させてしまう事を説明しています。 その結果、コンクリート護岸の上流からは大量の土砂が流下し続け、河川敷が広い中流域には大量の土砂が堆積し易いことを説明しています。
 砂防堰堤の上流側から流れ出した大量の土砂は、上流にあるコンクリート護岸の周囲にとどまることなく、 中流のいずれかの地点付近の川床を上昇させてしまう可能性が多くあります。 砂防堰堤を改良していない現状でも大量の土砂が中流部に堆積している河川は既に多くあります。例えば、安倍川などはそれが明白になっている例です。
 つまり、堰堤から流れ下る大量の土砂がいちどきに中流へと流れ下る事を防がなくてはなりません。 上流から大量に流下する土砂をなるべく上流部にとどめる必要があります。 そして、中流部で既に大量に堆積してしまった土砂や、堰堤から流下して来て堆積する大量の土砂もなるべく早く下流へと流下させる必要があります。

 もちろん、全ての河川の中流部に大量の土砂が堆積するとは考え難いのですが、多くの河川の場合で、その可能性を否定することが出来ないように思います。
 上流部のコンクリート護岸の場合では、昔からあった石や岩が河川から流失してしまったり、工事に伴って持ち出されてしまったことを地元の人達は知っています。 そのような状況が、河川に急激な増水と急激な減水を生じさせている事、或いは魚類を始めとする様々な生物の生息を困難にしてしまったことも、 地元に住み続けている人の多くが承知している事だと思います。
 コンクリート護岸をそのままにして、上流から大量の土砂が流下して来ればそれらの状況がより悪化することは明らかです。

 このように困難な状況であっても方法はあります。つまり、上流から流下して来る大量の土砂がいちどきに中流に向かって流れ出すのを止めればよいのです。 同時に、流下し難くなっている中流域の土砂をより流下し易くすればよいのです。
 言い換えると、砂防堰堤の上流から流下して来る大量の土砂を、上流部の河川敷やコンクリート護岸の岸辺になるべく多く止めるようにします。 中流部では、凹型になってしまった河川の横断面をU型に戻すことによって、下流に流れ出していく土砂の量を増やします。

 これらを可能にする技術は「河川上流中流と海岸を回復させるための新たな工事方法」(2)(3)(4)に記述しています。 これらの方法によって、上流の土砂を上流により多くとどめ、これらの方法によって中流域の土砂をより下流に流下させることが可能になると考えられます。

 個々の砂防堰堤の改良には個々の河川の上流と下流の状況を観察して判断する必要があります。 しかし、一つや二つでなく数多くの砂防堰堤を改良しなければならない現状では、上流から河口に至る河川全体の土砂流下状況についても考慮しなければなりません。
 個々の砂防堰堤の改良には長い期間を掛ける必要があります。そしてその時には、河川全体の治水状況も観察し考慮しなければならないのです。
 河川は上流だけで成り立っているのではありません。中流もあれば下流もあります。そして、河川全体の影響は海岸にまで及んでいます。 河川における個々の工事であっても河川全体や海岸の事も考慮しなければならないのでしょう。

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