フジTV系 月曜ドラマ

『リップスティック』

〜藍のキモチ〜

教誨師エルピスの訪問日誌

第7話 『17歳の妊娠ーその時少女達の友情が泣く』

[藍の独白]

_「いつのまにか、先生はあたしのこと、好きになったの・・・?」ということが頭の中で響きながら、朝、みんなに聞いてみた「自分だけの思いが片思い。相手があたしの事を思っているなら・・・両思い!」あたしと先生との間には、100パーセントの安心感があるから・・・。

_朝、先生のスケッチブックを見た。あたしがモデルだった。「いいと思う。」なんて言うから、自信を持っていいよ。だけど、「あたしは、もっとスタイルいいよ」って文句言ったけど、ホントは「うれしい、すごくうれしい。死んでもいいくらい・・・ありがとう」って思ったよ。

_お昼、布団干しをしていたら、真白が倒れた。安奈が「大丈夫かな?赤ちゃん」って言うから、びっくりした。だけど、彼とほとんど話さなかったくらいだから・・・相手は誰だろう?夜、真白が帰ってきた。「大丈夫・・・赤ちゃんも?」って聞いたら、驚いていた。「色々考えたけど、おろすことに決めた。ひどいと思う?」って真白が言うので、別に・・・」って返事した。真白が決めたことをあたしが詮索する筋合いではないしね。

翌日、先生に「病院へ真白について行ってもいい?彼女は手術台の上でパニクっちゃうよ」って言ったけど、先生は規則で難しいと言って、「結局、君は連れて行けない。言いたいことがあれば、ここで言いなさい。」って調査室で言われた。「真白、あたし真白と友達になりたい・・・」って言ったら、「あたし、うちに帰れなくなる・・・」って言って黙った。先生が「まさか・・・お父さんと?」と問い掛けたら、小さくうなずいた。「あたしはこんなことで負けたくない。あたしが泣いてあげるのはお母さんだけだから・・・」と真白は言って病院へ行った。あたしは戸惑いながら部屋に戻った。

_理恵子・安奈が「真白が病院に行く時、何を話したの?あたしたちだって、真白が心配なんだ。どうなんだ?」「ひょっとして、相手は再婚した父親なの?」って察しがついていたみたい。理恵子は真白の義父へ怒ってた。

_急に先生が「真白が暴れている」と、あたしを病院へ連れて行った。真白は「連れてきて・・・あたしの赤ちゃん」って言ったから、「もういないんだよ!」って真白に言ってやった。真白は正気に戻って「そう・・・名古屋にいるパパに嫌われるね・・・でもこんなに汚れて・・・」とヤケになってた。先生は、遠足で迷い子になったとき、森の精霊に出会った話を真白にしていた。真白は段々と落ち着きを取り戻していった。

真白が部屋に戻ってきた時、ぽっぽが真白に抱き着いて泣き出した。理恵子が「お前水くせぇぞ・・・友達の前じゃな、自分のことで泣いたっていいんだぞ」と。「藍、ごめんね。みんな」って真白が初めて泣いた姿を見た。理恵子も安奈も泣き出した。あたしも涙が出てきた。

夜、先生が寄ってきて「森の真白な妖精」の話がホントかどうか聞いたら、ホントだと言ってた。子どもの頃の先生に戻ればいいのに・・・あたしがお姫様で、地球の真ん中に閉じ込められている。どうやって助けてくれる?」って聞いたら、モグラになって助けてくれるみたい。「窓も地面もなくて、ただ空だけガーンとあって、そこだけ自由なの・・・」先生の服のポケット見てたら、先生が「・・・シュウのこと聞いたよ。弟さんがいたんだってね。今度は君の番だ。怖がることはない。受け止めてあげるよ。」って真顔で言うから、あたし何となくおかしくなって、笑い転げてしまった。だけど、ホントは弟・シュウのことを聞かれるのが、恐ろしかった。だから笑ってごまかしたかったの・・・。先生は予想外の反応だったみたいで、まるで悪夢を見ているようだった。

[訪問日誌]

_今回で7回目の訪問になる。様々な少年・少女達、様々な現実をかいま見てきた。私にできることは、多くはない。少なくとも、鑑別所にいる約1ヶ月の間に自分のあり方・生き方について考え直す材料を提供することだろうか・・・・。

_真白さんが、お昼に妊娠してたらしくて、倒れてしまった。どう考えても、彼女に男性関係の影は見えなかったのだが・・・。このくらいの年代では、よくある話だが、「おろすことに決めた」そうだ。堕胎は胎児を殺すことになる罪を犯してしまうが、私には何とも言えなかった。

ただ、相手が義父だと聞いた時、私は呆然とした。人の様々な幸福や不幸に立ち会う仕事をしている私だが、こんな事に立ち会うのは初めてだった。だが彼女は「あたしはこんなことでは泣かないの。お母さんのためにしか泣かない。」と、母親への思いは強いのだが、実父に対しては「あたしが真白な女の子になってくれるように、真白と名前をつけてくれたのに・・。(もう、私は実父に嫌われても仕方ない)」と言って、ヤケになっていたそうだ。有明さんは「遠足で出会った真白な精霊」の話をしたそうだが、私は「罪やおぞましい出来事で、あなたの心がどんなに真っ黒に汚れてしまっても、それを真白に洗い流してくれる存在があるんだよ。だから、絶望に陥らないでね。」とだけ、言っておいた。後で、有明さんに聞いてみると、「彼女は立ち直れるでしょう・・・友情によってね。」と言ってた。同室の「同じ心傷付いた者同士」の間に友情があるならば、癒せるかも知れないなぁ・・・と、私は思った。

_「何をしているんです。安奈にあのサルは?」って、紘毅君は沢村教官に言ったそうだ。彼はかなり動揺していたが、「僕の安奈に対する呪縛を解くなんて、どうせできませんよ、あんなサルに。」と、私に言った。私は「精神医療の治療方法の一つに、今まで自分を束縛して来たものを、再現して考え直させる方法がある。それを彼がやっているのかも知れないね。今、安奈さんにとって『最大の呪縛』は君がかけたものだよね。だけど、それが彼女の人生にとって、よいものであるかどうかは、社会的通念から考えてみると、決して良くないものだね。君は『自分と一緒に地獄へ堕ちていく道連れ』として安奈さんを選んだ。そして、この結末を迎えてしまった。君は、道連れを奪われそうになっているから、焦っているんだろうね。」と言ってやったら、彼は呆然とした。まぁB級ホラー映画ならば、私がエクソシストとして、彼の心の悪霊を退治をする展開になるのだろうがね。(笑)

_安奈さんは、葛西さんに「彼はボールペンで目を潰した。彼の右目は義眼よ。・・・どうしたの?紘毅と同じことができないの?」って、言ったらしい。葛西さんは、余りにも意外なことで、凍り付いたように手が動かなかったみたいだ。後で葛西さんは、有明さんに「俺は牧村紘毅に勝てない。あいつは、三池安奈を本当に愛しているかも知れない。」って言ったらしい。インドのボンベイ辺りの流血祭りじゃあるまいし、自分の体を傷つけて血を流し、『愛の捧げ物』にするなんて、ナンセンスだ。

だけど、今は肉体と精神がかけ離れたように思えてしまう世界であるように思う。例えば、ゲームソフトで格闘したり殺したりするのに慣れてしまって、ケンカする時も加減というものを知らないで起こった事故も時折耳にする。逆に自らを傷つけてでしか、意志表現ができないとか。だけど、精神と肉体は切っても切れない関係にある。体が傷付けば心は痛むし、心が痛めば、体にも変調をきたす。そんな「当たり前なこと」が見えなくなってしまったのが、今の時代なんだろうか?

_藍さんは最近落ち着いて来たみたいで、色々と話を聞けるようになったが、家族のことはしゃべりたがらない。更に「兄弟とかはいるの?」と聞いたら、凍り付いてしまう。後で調査官の方に聞いたら、前にぽつりと「弟を殺した」と言ってたそうだ。この辺りに、彼女の心を閉ざしている要因があるのではないか?

_今回の訪問は、めまぐるしい展開があって困惑してしまったが、様々な重い現実を突きつけられてきた。彼らは現代社会の様々な異様さを端的に影響を受けて生きているのだ・・・と思うと、頭が痛い。

昨日(5/23)は聖霊降臨節だった。初代教会の使徒たちが、「この曲がった世から救われよ!」と、語り掛け始めたのを記念する時であった。約2000年も経つと、社会の現実は変わるが、人の心の内面はさほど変わらない。だけど、私には、彼らの魂を奥底から揺るがす「語り掛け」をすることは、全くできない。しかし続けよう・・・と思いながら、鑑別所を後にした。


第8話『彼女の失明−その時奇妙な三角関係は・・・』

[藍の独白]

_昨日の夜先生の言葉に無理して笑っていたら、みんなを起こしてしまった。朝食事中、ふと立ち上がったら理恵子に「藍。(何してんだよ)」って、注意されてしまった。部屋に帰る途中、ふと頭が痛くなった。昨日、先生の言葉を素直に受け止めなくて、無理して笑ったのは悪かったかなぁ・・・?あたしの心の闇なんて・・・あの先生でも受け止められないと思うけど・・・。

_「先生は、永遠を信じる?・・・ずっとずっと続くように思ったりするけど、終わってしまうのはなぜ?・・・恋愛よりも永遠が大切なんだよ。永遠というバスは見えないの。二人とも見えてないとだめなの。・・・」先生は冗談だと思っていて相手にしてくれない。「先生にも見えたらいいのに・・(永遠のバスが)」

_部屋で、理恵子に「藍・・・お前、いつからあのセンセと仲良くなってるんだ!」って冷やかされたけど、一ヶ月限定だけどねぇ・・・ってさ。だけど、みんな色々言ってたけど、みんな変わってしまうものばかりに気を取られている。「永遠なものは、変わらないものじゃない!」そしたら先生が入ってきて、みんなを視聴覚室へ連れて行かれた。

_視聴覚室にみんな呼ばれたけど、そこに桑田千尋さんって人がフルートを持っていた。千尋・・・?先生は、何か戸惑った顔をしていた。もしかして、先生のお兄さんの彼女?演奏なんて上の空で、ただ彼女をじーっと見ていた。

_ふと、千尋さんが入ってきたから、彼女はあたしに聞いて、彼女あたしのことはある程度知ってたみたい。「先生はあたしのことが好きみたい。」って言ってやったら、千尋さんは「あたしは飛べないけど、あなたは飛べるの?・・・」とか言ってたけど、あたしは「あたしは信じる」って言ったら、「信じるの?・・・強いね、あんたは・・・あたしは飛びたいの・・・」って言って、テレビをひっくり返してしまった。バチバチと爆発して、その後には、目から血を流した千尋さんがいた。あたしはぼんやり立っていた。

_夜、安奈が急に吐き気をもよおして、おかしくなった。そう言えば夕食食べてなかったな。真白と同じ妊娠??だけど、真白は「安奈、きれいな目をしていた。今までと違う子どもみたいな純真な目をしていた。」って言ってたけど、何が起きたんだろう?

_翌日、グラウンドでバレーボールやってたら、先生の姿を見つけた。ボールが先生の方へ転がって、拾いに行った。先生はいきなり「吉岡さんって知ってるよね。彼に会ったよ。色々話を聞いた。彼は言ってたよ。彼女は無邪気な顔をした悪魔だと・・・」って怒った顔をして言った。「先生も・・先生もそう思う?」先生は千尋さんの事故の現場に、あたしがいたことを知ってたみたいで、あたしは止めようとしなかったことを知ってたみたいだった。「彼女の目は失明するかもしれないんだ。・・・君はそんなにちっぽけじゃないんだと信じていた。」先生には『永遠というバス』は見えないんだ。先生はこんなことを聞いたあたしに「そんな妄想はもうたくさんだ!」って怒鳴り付けた。あたしは「でも、これでよかったんだよ・・・だって、あたしは先生のことを好きになっちゃった。・・・あたしは先生を壊したい・・・。」って涙流しながら言って、立ち去るしかなかった。

_あたしがシュウを見殺しにしたのは、シュウが親から愛されて、あたしは親に愛してもらえなかった。だから、あたしはシュウは好きだったけど、あたしと親との関係ではジャマだったから、あの事故であたしはシュウを見殺しにした。それと同じで、あたしと千尋さんとは「先生を取り合う三角関係」だったから、あたしは先生を一人占めしたくて、千尋さんを負かして、自分でテレビをひっくり返そうとしてた時、「あ、もしかして先生を一人占めできる。」と思って、じっと見ていただけだったの。

[訪問日誌]

_今回で8回目の訪問になる。淡々と訪問を続けているが、どうしたらいいのかわからないままに、戸惑いながら訪問している。普段は鑑別所に訪問することがあるのは、保護者の方、弁護士とかの法的処分に関係のある人が多い。慰問はたまにあるけど、概して私たち教誨師の縁故(お寺の関係者とか教会の聖歌隊とか奏楽団とか)で、折々を見て訪問することが大抵の場合であり、普通の方はめったに来ない。だけど今日は、クラシック音楽をやる女性の方が来たようで鑑別所の職員さんたちは喜んでいたみたい。なんでも「前に詩を読む人が来た時、みんな寝てたもんなぁ・・・今度は女性でかなりの美人みたいだぞ」だとか。私もちょっと聞いてみたいと思ったが、無理だったみたいだ。演奏会の後、有明さんが戸惑った顔をしてたので、「どんな方が来られたのですか?」って聞いたら、「いえ、よく知ってる人だったものですから、驚いてしまって・・・」って言っていた。へぇ、ひょっとして彼女は有明さんを驚かすために、知らせないで来たんだろうなぁ。鑑別所って普通の事情では、まず来ることができない場所だからね。

_葛西さんに安奈さんは「画鋲を握った時に感動した・・・」って言ったようで、葛西さんは「・・・自分は脇役にしか・・・エキストラにしかなれないって思ってた。僕なんか・・・」って言いながら「牧村紘毅は義眼じゃない。これで君への洗脳を解くことがわかった・・・」って、葛西さんは自分の目をボールペンで突こうとしたけど、安奈さんは必死で止めたらしい。それを機に安奈さんの心が凍った状態から解放される方向へ向かったみたい。葛西さんの弱さを見せても彼女への一途な「更生して欲しい」という思いが、そういう行動を取らせたのだろうね。

_紘毅君は、図書館でカフカの『変身』を読んでいて、世紀末の不安の感傷に浸っていたらしい。沢村教官は「世紀末の不安がコワイの?」って問い掛けた時、彼が言ったのは「ただ、愛するものがいないってのが寂しいですね」だとか。まぁ、彼にとってはそうだろうけど、彼に愛された安奈さんは大変だね。彼に世紀末の話は似つかわしくないなぁ。

日本で「世紀末」という言葉で連想するものは、『ノストラダムスの大予言』だけど、今年の7月でこの世が終わるなんて信じてる人も多いみたいね。だけど、今度来る世紀末は、紘毅君が思ってるような「甘く感傷に浸れる世紀末」ではなくて、『ヨハネの黙示録』に記されているような「世の終わり、最後の審判」が起こると言われていたものだ。かつて最初の千年紀の終わり(西暦999〜1000年)には、大真面目に信じられていたようで、ヨーロッパの多くの人々が「最後の審判」を恐れて、巡礼をしたり教会堂にこもって、悔い改めをしていたのだそうだ。実際には何も起きなかったので、このパニックは落ち着いた・・・とかの話をしていて、紘毅君に「今度の『第二の千年紀の終わり』には、何が起きてもおかしくなさそうだね。私には絶対救われる確信はあるけど、君はどうかな?」って聞いた時、彼の顔は青ざめてしまった。

_沢村教官から安奈さんにかけた封印が解かれた話を聞いて、紘毅君は、封印をする時と同じ方法を使えば解けるのはわかってたらしい。だが、解けたら危険な状態になることを暗示したようだ。そんな話を聞いて、安奈さんに会った時、「あたしは、一杯の男に抱かれてしまった・・・汚れた血を持つ女なの」って泣き出した。(葛西さんもそう言われたらしい。)今までとは全然違うので、私の方が戸惑った。私は前回の訪問で真白さんに言った言葉では通用しないので、ヨハネ伝8章『姦淫を赦された女』の話から、「あなた自身が思うほど、どうにも取り返しがつかなくなったわけではないよ。犯した罪に対して、後悔することは大切だけど、これからどうするべきかを考えていきましょうね。」と話をしたが、あんまり効果なかったみたい。安奈さんが急に変わったので、用意していた話が使えなかったのも、大きな原因だがね。

_こんな調子で「私は何やってるんだろう?論争してきたり、状況の変化に対応できないで。準備のない話をしてきたり・・・」と、思いながら、鑑別所を後にした。彼らに効果があるかは未知数だが、「あなたのパンを水の上に投げよ。多くの日を経て、あなたはそれを得るであろう」という言葉を思い起こし、別の人に変わるまで続けていこうと、家に着いた頃にはそう思っていた。


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