フジTV系 月曜ドラマ

『リップスティック』

〜藍のキモチ〜

教誨師エルピスの訪問日誌

第5話 『青のプラトニック』

[藍の独白]

_あの先生に告白した翌日、先生の出勤姿を見かけては体が凍り、バドミントンやってる時には、ボーっとしてしまった。転んだ時、アリをつかんだので、部屋に持ち帰って放してみたら、真白が「アリ?」って聞いてきた。

あたし、折角先生に告白したのに、先生は余りにもつれない。「淡白だなぁ、何か」明日はあたしの誕生日なのに何もくれない。腕時計無理だったけど、「デートしたい。遊園地行って、夕焼け見て、最後はレストラン行って・・・」だけど、あたしは出られないから、先生は一人で行ってもらって、あたしは、鑑別所の中で想像することにする。

_夜、理恵子が「もし、ここを出たらどうするんだ?」と、みんなに聞きながら、色々説教してたみたいだけど、「あたし、ここを出たら結婚するんだ!」と言ったのはびっくりしたなぁ。「藍、お前はどうするんだよ?」って聞かれた時は、何も考えてなかったから、答えられなかった。みんなが色々励ましてたら、理恵子ったら泣き出した。結構、感激しやすいしたとこあるんだなぁ・・・。

_翌日、あたしは先生とデートした。だけどあたしは、鑑別所の中で、映画館行ったり、お化け屋敷行ったり、カフェテラス行ったり、海岸ではしゃいだりした。そして夕方レストラン行った・・・・つもりになっていた。周囲のみんなは、「藍、大丈夫か?おかしいよ。・・・誕生日かぁ。こんなところじゃ寂しいよなぁ」と理恵子達がハッピーバースデイ歌ってくれてた時、あたしは急に体中がガタガタして、訳がわからなくなった。

_夜、先生がお見舞いに来てくれた。デートをして、いた場所は違うけど、一日を楽しく過ごした。

先生は、画商の人に会ったみたいで「きれいな絵だ。ただそれだけ」って言われたみたい。「・・・僕の絵には、絶望的に足りないものがある・・・君と一日デートして、足りないものに気づいた。それは想像すること・・・」って言った。「あたしが助けてあげる。手をつないで連れていってあげる」って言ったら、先生は帰っていった。

あたしは、服を縫いで先生を見せた。先生は目をそらしたけど、「先生、目をそらさないで。あたしを見て。そして想像して・・・」と言った。先生は、最初は目をそらしていたけど、段々としっかりと目を凝らして見てくれた。

[訪問日誌]

_何回かの訪問を通して、この鑑別所にいる子供たちの置かれている現実やその背景が、単純なものではなく、社会の様々な歪みがの背景にあること、彼らはその影響に対応しきれなくて、様々な問題を引き起こしてしまったのだ・・・ということがわかった。しかし、この暗闇は余りにも深く、私独りが訪問しても、彼らが社会に出た時、再び罪を犯す危険性は少なくなるとは言えないのが、この仕事で空しさを感じる部分だ。

_だけど、この鑑別所にいる子達で最もわからないのは、藍さんだなぁ。少しでも彼女の心の内を見出そうとしてみた。なんか前よりも少しだけ心が向いてくれたようで、少しだけ受け答えしてくれるようになった。思ったよりも反応がよかったので、担当の有明さんと何かあったのかなぁ?だけど、彼女には、貪欲に求める気性の激しさがあるようだ。(前に、家庭教師がいたみたいだけど、その家庭教師は留学して、手紙を出したけど、返事をくれなかったそうだ。)

_安奈さんは、葛西教官が繊細な面を持つ弱い人であることは、見抜いていたみたいだ。彼女は「彼と離れ離れになったら死ぬ」と言ってたみたいだ。よほど彼のことがいいと思ってるらしい。言ってみれば、彼女の場合は、家庭環境が背景にあるせいか、適切な異性観を持てず、彼と「白紙の状態」で知り合って、彼を「理想的な存在」と思い込んでしまったらしい。どうやって、彼女の心の内にある呪縛を解けばいいのやら・・・。まず、彼女自身に「彼の呪縛を離れて、立ち直ろう」という気が起きれば、その立ち直りの半分はできたも同然なのだが、彼女にはその気はないようだ。悪魔を救世主と取り違えてるような感覚なのだろうか?

_安奈さんの彼らしい(?)拡毅君と面接したら「僕はもしかしたら、少年院に行くかも知れません。だけど彼女は、僕と離れ離れになったら死ぬでしょう。」私は何とも言えなかった。彼は彼女を道連れにして地獄に落ちようとでも考えているのだろうか?「一種の呪い」か悪霊に取り付かれたようなものだなぁ・・・。彼の場合、援助交際の強要という罪であるので、現代の日本では、罪悪感はさほど感じないのだろうけど?

『十戒』の「汝姦淫するなかれ」というのは、彼に言っても「的外れ」であるので、「汝、隣人をむさぼるなかれ」という言葉を引用し、彼に話かけた。彼は、彼女に援助交際を強要し、彼女が苦しむ姿を楽しんでいるようにしか見えない。

彼は高い知性もあり、周囲の人を従わせるカリスマ性もあるようだ。そして、自分の気に入らない者に対しては、指示してリンチをさせているらしいことは、それに憤っている葛西さんから聞いた。今までこういうタイプの人物には接したことがない・・・。私は、どうしたらいいのだろう?

_今回も、色々と深刻な実態を見せ付けられ、重い気持ちになりながら、鑑別所を後にした。木村神父の後任教誨師探しで、人選が進まなかったのは、どうもこの深刻さに耐えられる人が見つからなかったのが、本当のところみたいだ。しかし、これが、私たちが生きている社会の一断面であり、これを直視しないことには、今の社会で「絶望的に欠けているもの」を見出せないまま過ごして、より深い泥沼にはまってしまうことであろう。

そんなことを思いながら、私は自分の書斎に入り、考え込みながら、本を読んでいた。そうした時「愛は寛容であり、愛は情け深い・・・」という言葉が、眼に飛び込んできた。彼らに欠けている部分の一つは、「暖かい愛情を受けた経験に乏しい」ことかなぁ・・・ということを気づかされた。


第6話『私だけのあなた』

[藍の独白]

_現場検証が午後にあることを、調査官から聞いた。「なんか嫌だなぁ。見世物にされて・・・。」って言ったら、「私も行くから・・・。担当だからね。」あ・・・あたしの絵かかないって言ってた。「モデルに不服があるの?あたしあんなこと平気でしないのに・・・。」先生の返事はよくわからなかったけど、なんとなく納得させられちゃった。

_午後からワゴン車に乗せられて出かけることになった。先生が前で、あたしは後ろで、なんとなくデート気分でうれしかった。だけど、現場に行ってみると、そこにいたお客さんから「あ・・・手錠かけられてる」なんて後ろ指差されてたから、嫌だった。トイレの中で、あたしは先生の彼女の話を聞いたら、あたしよりも「彼女の方だね」って言われた。先生の好きな人は千尋さんっていうみたい。でも、あたしに聞いたことで、先生は傷ついたみたい。先生が傷付くとき、あたしも傷付く、一般的に・・・。

_部屋に戻ると、色々な話してたけど、真白に彼氏いたんだねぇ・・・。へぇ結構かわいいことあるんだなぁ。「手紙書かないの?」って聞いたけど、2〜3度一緒に帰ったぐらいか・・・。理恵子は彼氏の部屋のカーテン直したりしてたみたい。安奈の彼のこと聞いたら、ムキになって「あたしと弘毅のことは、あんたらにはわかんねぇよ!」って言ってた。なんか安奈と彼との間には、私たちにはわからない「特別の事情」というのがあるみたい。

_翌日、先生は落ち込んだ姿を見てて、あたしは先生に聞いた。そうしたら先生は、お兄さんの死因は事故ではなく、自殺だったことを千尋さんに聞かれたせいらしい。「そうしたら、彼女は『あたしは何だったの?』って怒ってるんじゃないの?・・・だったらそばにいてあげたら?ついでにくっついちゃったら?」って、言ってあげたら、先生は「彼女は壊れているんだ・・・。」と。「だったら、セメダイン貸したげる・・・ついでにくっついちゃったら?・・・」って言ったら、先生は「貸して欲しいよ・・・」って言われて、あたしはショックだった。あたしはキレて書類を投げつけたら、先生は所在なさそうに、拾っていた。

_調査官の尋問で、弟のことを聞かれて、「シュウを殺した。あたしが殺したの・・・。」と言った。あたしがネコにシュウって付けたのは、弟のせいなの。夜、あたしは窓を向いて涙を流した。多分先生は千尋の所へ行って、チャンスがあれば、抱いちゃうんだろうな・・・って思った。なんてことを先生に言ってしまったのだろう・・・。あたし素直になれないの。

_「昨日、千尋に会った?・・・抱いたんでしょ?・・・やらしい・・・あぁ、気色悪い。」って言ったら、「シュウと朝まで一緒だったよ。」って先生に言った。「嘘でしょ?絶対チャンスじゃないっ!」先生は、あたしに下手な嘘ついてると思った。だけど先生は「僕もシュウに聞いてみたんだ。なんで彼女の部屋出ていったのか? シュウが言うには・・・僕はきっと恐かったんだって・・・壊れてしまったものは直せない。好きになってしまった・・・。切なく君を・・・」あたしは、キョトンとしてしまった。本当に千尋じゃなくて、あたしのことを好きになってくれたんだ・・・・。あたしは驚いてしまった。

[訪問日誌]

_ついに、6回目の訪問となってしまった。出かけて見ると、藍さんは、警察の人たちと一緒に連れ出されて行かれる姿を見せられた。どうも、現場検証らしい。

_安奈さんは、「拡毅と精神で愛し合うために、あたしは肉体を売ったの。拡毅は選ばれた人間よ。あたしは拡毅から選ばれた人間」だと言う。葛西さんは「彼女にかけられた封印を解いてみせる」と言い、拡毅くんの担当教官も「あたしも、あなたの呪縛を解ける人がいる。そのサルトルを読んだ、あの人(有明さん?)がね。」って言ったらしい。

彼は「僕の呪縛を解く?それはできない話ですよ。担当教官でも、独りよがりのロマンチストでもね。当然、あなたもですよ。ニーチェは『神は死んだ』って言ってるんですからね。」と。

私はムッとした「自らを神と思うような者に言われるのは、余計なお世話だ。神なし(普遍的価値観なし)で近現代を過ごしてきた日本が、今どのような姿をしているか、君の賢明さでわかるだろう?だが、欧米では社会に色々な問題があるけど、それに立ち向かい続けられるのは、神という『どんな時でも、人々に変わらない価値観を与え続ける存在』があるからなんだっ!君みたいに周囲の犠牲をせせら笑いながら楽しんで生きる人間は、黙示録にある『大淫婦 バビロン』と同じようになるだろう・・・。」と、言い返した。その時、彼の顔から血の気が引いた。「穏やかで、愛情を以って全ての人に接する」という牧師のイメージが崩れたみたい。普段は温厚で通ってる私でも、人のためならエクソシストになることも、怒鳴ることもあります。

葛西さんに聞いてみると、安奈さんは「彼は画鋲を握り締めてくれた。、愛してるから痛くない。」って言ってたらしい。葛西さんもやったみたいで、彼女は悪夢を見たような感じだったそうだ。「友のために命を捨てる。それ以上の大きな愛情はない」を地で行くような形だが。これから、葛西さんは、彼女にかけられた呪縛を解くために、彼がやったことを追試(?)しなくちゃいけないから、大変ですよ。だけど、葛西さんの情熱で、どこまで乗り切れるか・・・難しいところですね。

_藍さんに会ってみて、今日は、浮かない状態であった。どうも担当教官の有明さんとケンカして、書類を彼に投げつけてしまったらしい。「なぜ、そんなことをしてしまったの?」と聞いても、彼女は答えてくれない。有明さんの趣味である絵について聞いてみたが、彼女は、有明さんから絵のことを聞いたことがあるらしい。どうも有明さんに「モデルにして欲しい」って頼んだみたいだが駄目だったそうだ。「あたしがモデルに不服があるの?」と言ってたけどね。まぁそんなものでしょうね。多くの人は、趣味の世界へ仕事を思い起こすようなものは、入れたくないからね。だけど藍さんは、有明さんにした仕打ちや言動に、大きく後悔していたらしい。時々うつむいていたし、目が潤んでいた。

後で、調査官の人と雑談している時、藍さんには、「シュウくん」という小さな弟さんがいたそうだ。だけど、事故か何かで亡くなったらしい。彼女の話では、ぼんやりと藍さんは「シュウを殺した。あたしが殺したの・・・。」と上の空で言ったそうだ。え?実の弟を殺した・・・・。これが本当ならば、彼女の人格形成に「大きなトラウマ」になった要素が、弟殺しであるなら、かなり根は深そうだ。

_こんな色々な複雑な状態、状況を目のあたりにして、私は「これから、彼らはどうなるんだろう・・・?また、私は、彼らに何ができるんだろう?」と自問しつつ、鑑別所を後にした。


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