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「それじゃあ、お祖父様。…お元気で。」
 そう言ってから翡翠が荷物を持つ。
 朝、チェックアウトをしてから貴船まで送りますと言う翡翠の言葉を無視して、逆に祖父が二人を京都駅まで送ってきたのだ。
 それどころか、二人が土産を買うのにも付き合って、結果、帰りの新幹線の時間まで一緒に行動をともにしていたのだ。
 祖父は何も言わないけれど、それはきっと孫の翡翠と離れ難いに違いないと龍麻は思っていた。性格が性格だけに、絶対に素直にそんなことは言わないだろうけど。
 「当たり前だ。わしはまだ死ぬ気はないぞ。…ひ孫の顔をみなくてはな。」
 その言葉に龍麻も翡翠も揃って顔を赤らめる。
 してやったりと、笑う祖父に翡翠はじろりと睨みを利かせるが、赤い顔のままでは大した威力もない。少し会わないうちにすっかりと生意気になった孫を最後の最後にやり込めたことに満足そうに笑う。
 「…龍麻殿。」
 急に真面目な顔になった祖父の呼びかけに龍麻も顔を引き締める。
 「…どうか…よろしくお願いいたします。」
 そう言って深深と頭を下げた老人が言わなかった言葉を、龍麻は汲み取って笑って了解の意で応える。
 「また、遊びに来ますね。」
 微笑む龍麻に老人も微笑んだ。
 「…楽しみに…待ってます。」
 やがて発車のベルに急かされるようにして二人は新幹線に乗りこむと、ドアはプシュンと音を立てて閉じる。
 ゆっくりと動き出した新幹線から、名残惜しそうに、老人の姿が見えなくなるまで龍麻は手を振りつづけていた。
 「全く…。」
 やがて祖父が見えなくなって、龍麻と二人で席についてから翡翠はやれやれとばかりにため息をつく。
 「あんな人じゃなかったんだけどな。」
 そう呟きながら、昔、東京にいた頃のもっと厳しかった頃の祖父を思い出していた。
 口答えは許されず、ただ祖父の言うとおりに過ごしてきた過去の自分。
 「それってさ。きっとお祖父様は翡翠のことを一人前だと認めたんだよ。」
 龍麻の言葉に翡翠は苦笑する。
 そうだといいんだが、と出かかった言葉を飲み込んで、素直にそれに同意した。
 あの頃より、自分は少しだけ大人になったのかもしれない。
 「夕べ、お祖父様は何か言ってたのかい?」
 そういえば、二人が飲みながら一体どんな話をしていたのかは全く聞いていないのを思い出す。
 「…別に…他愛もない世間話とか…。」
 そう言ってから龍麻は昨日のことを思い出すように少し上に視線を彷徨わせて記憶を辿っている。
 「…去年の戦いのこととかさ。…どんな人が仲間になったとか。」
 「へぇ。」
 「他の四神に興味があったみたい。醍醐とか、マリィとか、アランの話をしたら驚いていた。」
 なるほど。それはいかにも祖父らしい。飛水一族は玄武を奉って入るけれど、正直な話、玄武以外の四神がどうなっているのか、祖父でさえも分からなかった。きっと四神の半分が純日本人ではないことに驚いただろう。
 「…あ!それから翡翠の小さい頃の話とか。」
 思い出したように言って、おかしそうに微笑む龍麻に、ぴくりと翡翠の頬が強張る。
 「ち、小さい頃の話って…。」
 「えーとね。…翡翠はおねしょした時に、一生懸命にそれを隠そうと、術をつかってなんとかできないかって思ってたこととか、甘えんぼでお母さんがいたときには、お母さんの膝から降りなかったとか。」
 翡翠の頬がかーっと羞恥で赤く染まる。
 よりによって、そういう恥ずかしいはなしばっかり龍麻にして聞かせたに違いない。
 翡翠は心の中で祖父を恨んだ。
 「それからね。」
 うふふふと嬉しそうに笑って、龍麻がごそごそと持っていた鞄を探り出す。
 「なに?」
 「じゃーんっ。」
 そう言って、翡翠の前に出したのは、1枚の色あせた写真。
 写真には見事な黒髪の小さな男の子が、金太郎の腹掛けひとつで気持ちよさそうに昼寝をしている。
 それは紛れもなく自分の小さい頃。
 場所は、自宅の縁側に違いない。
 「こ、これ…。」
 「お祖父様がくださったの。…かわいいね、翡翠。1歳の頃だって。」
 やられた。
 翡翠はがっくりと肩を落とす。
 やっぱり祖父には敵わない。
 いや、そうじゃない。祖父にも敵わない、だ。
 ずーんと落ち込んでいる翡翠に、龍麻はにこにこと微笑みながら言う。
 「楽しかったね?」
 はっとして龍麻の顔を見ると、花のような笑顔を浮かべていて。
 「…翡翠と二人で旅行ができて嬉しかったの。」
 頬を染めて、とても幸せそうに言う龍麻がとても可愛くて。
 「そうだね。」
 頷くと、龍麻は嬉しそうに笑うから。
 「…また、一緒に旅行しよう。」
 翡翠は掠めるように、龍麻の頬にキスを落とした。
 
 
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